佐賀県・唐津「料理屋 あるところ」平河直氏に聞く、自然との調和が生み出す素朴な日本料理

「むかし、むかし、あるところに……」という日本昔話の世界観がしっくりくる古民家で、素朴な料理を食べることが出来る「料理屋 あるところ」。決して便利とは言えない場所にあるにも関わらず、全国から食通が集う日本料理屋さんです。今回はタベアルキスト・マッキー・牧元氏が店主の平河直氏にインタビュー。料理人になったきっかけから料理に対してのこだわりまで、隅々まで語っていただきました。

料理という“モノづくり”に気付き進んだ道

-小さい頃から料理を作るのがお好きだったようですね。お料理と触れ合うことになったきっかけは何でしたか?

子供の頃、甘いケーキが食べたくても買ってもらえませんでしたが、家にはケーキのレシピ本があって。それを読みながら作ってみるのですが、美味しくできないんです。美味しくするためにはどうすればいいかと繰り返す……そんなことをよくしていました。
その頃から親の代わりに料理を作ったり、釣った魚を料理して食べたり、遊びの延長のようにやっていたのが、料理を始めたきっかけだと思います。

-お仕事として料理に携わろうと決意されたのはいつ頃ですか?

大学の頃ですね。大学では伝統工芸の金属工芸を専攻しモノづくりを学んでいました。
そんな時、フィンランドに1年くらい交換留学をする機会があったんです。僕は寮のようなところに入っていたのですが、各国から集まっている学生と一緒にご飯を作り、談笑する日々を過ごしていて。フィンランドの冬は真っ暗で英語もできず、暗い気持ちになることもありましたが、料理を作り皆で食べると自然と輪に入ることが出来たんです。
「これは素晴らしい“モノづくり”だな」と思い、再び料理をやるようになりました。

-料理という“モノづくり”で、コミュニケーションが成立する素晴らしさに、気が付いたのですね。

そうなんです。卒業直前に留学当時の気持ちが湧いてきて「料理の道に進まないと後悔しそうだな」と思いました。勢いで大学卒業後は上京し、この世界に飛び込みました。

-どのようなところで修業されたんですか?

僕は富山県の大学に通っていたので、訳も分からず初めはうどん屋さんに雇ってもらいました。そこに和食の元料理長だった方がいて、銀座の懐石料理屋を紹介してもらい、3年半くらいお世話になった後、緑が丘にある「みきとう」に行きました。

-魚料理が充実している日本料理屋さんですね。

そうです。そこでも3年半くらいお世話になりました。その後は地元の福岡に戻り、約4年間修業したので、計10年ほど下積みを経験しましたね。

どこか懐かしい雰囲気が漂う古民家レストラン

-それで独立しようとなったのですね。「あるところ」は決して便利な場所にあるとは言えないと思いますが、最初からこういった場所でやりたいとお考えだったのですか?

辺鄙なところでやりたいとは思っていませんでしたが、結果的にそうなりました。実家も博多、東京で働いてはいましたが、僕は都会より田舎が好きなんです。さらに工芸をやっていたので、古民家にも憧れがありました。
ある程度の内装は自分でできると思い、田舎の古民家を探していたんです。この築130年の古民家を見た時「ここしかない!」ってピンときました。

-素晴らしい出会いですね。

かまどでの調理も想定していて、そういった目線で見ると「隣の建物が近いのも難しいな……」という条件も考えて探していました。出会えた瞬間「ここしかないぞ!」と思って。

-ここまでお客様が来るのだろうかと不安になりませんでしたか?

「やりたいからやる」という気持ちが先行し、心配してもしょうがないなって。

-土間がとっても素敵で懐かしい気持ちになります。

作業台や土壁、建具などは自分で作り、電気の配線や配管また構造に係るような箇所はプロの業者さんにやってもらいました。

-リフォームが完了するまで、どれくらいかかったのですか?

中の家具を外に出すという作業から進めて、お店をオープンできたのは11ヶ月後です。

-「あるところ」という店名もキャッチーですが、この店名も最初から考えていたのですか?

物件が決まってからです。「あるところ」は日本昔話から取りました。釜でご飯を炊いて、おむすびを握って山に持っていき、野良仕事……そんな世界観がいいなと思って。豪華ではないけど、素朴で美味しい料理が日本的だと思ったんです。自分はそういった料理を食べたいですし、それを提供したいなと考え“昔、昔、あるところに……”という文章から名付けました。

-僕は実際に伺い、食事をいただき、深読みをしていました!「あるところ」とは“〇〇があるところ”という意味合いで、〇〇には「笑い」「自然」「調和」という言葉が入る。その〇〇は食べた人それぞれが考え、答えを持って帰る場所なのかなと想像していました。

そこまで考えていませんでしたが、今後そう言ってもいいですか?(笑)

-そういうことにしましょう(笑)!

うちのスタイルは決して分かりやすい料理ではありません。鯛や伊勢海老のようなご馳走が出てくるわけではないですし、本当におむすびを提供したりもします。そこをお客様がどのように受け止めていただくのか、委ねているような気がします。

土地ならではの特色から生まれる食材をできるだけシンプルに

-僕が伺った時にいただいた料理も非常にシンプルで、高級食材を使っているわけではないけれど、時間の過ごし方も含めとっても贅沢な気持ちになりました。都会では味わえない時間が流れているなと感じたんです。空気感も含め、あのシンプルな料理が活かされたステージだなと感じました。
ご自身で野菜を作られたり、近隣で獲れた魚を使われたりしていると思いますが、佐賀の魚介はいかがですか?

素晴らしいです。例えば魚屋さんは、適切な処理をすることを評価され続けないと、続けられないと思います。でも、元々唐津ではそういった仕事をちゃんと評価する文化があります。正当な手当をすれば、きちんと評価を貰えるという点に、料理が支えられているなと思います。
もちろん、玄界灘の魚自体が良かったり、魚種が豊富だったりというのはあるのですが、それ以上に、僕のところまで最もいい状態で届けてくれる人達がいるというのは、大きいですね。

-それはエリアの強みですね。

食材の鮮度や下処理などは、さすがだなと思いますね。おそらく、唐津の政財界や文士が好んだ「洋々閣」という旅館があったり、人間国宝を輩出している唐津焼の人達が食通だったりで、質の高い食文化が育まれていったのではないでしょうか。

-魚以外では、筍や山菜も色々採れますよね?

そうですね。筍や山菜、春には山椒の花が出たり、うどが大きくなったりしますね。

-野菜は実際にご自身で作ってみて、いかがですか?

畑では鶏も飼育している

今、自分の畑では、在来種の野菜を育てています。なくなりつつある在来種のことをもっと考えた方がいいと、知人を通じ、育ててらっしゃる方と繋げてもらいました。その方のイベントに呼んでもらったりしているうちに、在来種の持つポテンシャルや意味に気付いたのが、3年前くらい。そこから、畑にも在来種の種を撒いて育てています。
あまりうまく育たないこともありますが、お出しできるようなものができればお店で料理として提供することもあります。

-在来種の野菜の中で特に食べて欲しいものはなんですか?

色々ありますが例えば、かぼちゃはぜひ召し上がってもらいたいです。
以前、雲仙で在来種を長年作られている方とイベントを行ったのですが、事前に在来種の野菜を送っていただき料理してみたんです。でも全くうまくいかなくて。
いわゆるほくほくとして甘いかぼちゃは、こうやって調理したら美味しいというのがありますが、送られてきたのは「北海道かぼちゃ」で、甘味も少なく、少し水っぽいもので、僕の知っているレシピだと全くハマらないんです。
その時は一から料理を考え、大きくカットしたものをゆっくり油で揚げて天ぷらにしたんです。水分が抜け、ほくほくした美味しさとは違った美味しさが出ることに気が付きました。
その時「在来種をうまく使いこなすことが出来れば、オリジナリティーある料理が出せるな」と可能性を感じ、ぜひ使いたいと思い作ってみることにしました。

-料理の世界では、足し算、掛け算という言葉がありますが、僕が思う平河さんの料理はあまり足し過ぎない、素直な料理だと思っています。何か心掛けていることはありますか?

足し算という意味合いで言うと「十分な味になればもうやらない」という感覚があります。極端に言うと、トマトをもぎって、食べてみたら美味しかったので調理せずに終わり、みたいな。食べてみて塩味が欲しいなと思えば足しますし、もう少しこういった味があればと思えば手を加えますが、やり過ぎないように心掛けています。

-また行きたくなってきました。器も唐津焼が中心ですか?

7割くらいが唐津焼ですが、全てにしてしまうとコース料理としてメリハリがつかないので、お隣の有田や伊万里の器、それと少し古いものなどを混ぜたりしながら使用しています。

-最後に出される釜炊きのご飯は、1つのクライマックスかと思います。眼の前の土間で湯気がどんどん上がっていく光景が堪らないです。

釜戸自体はこの家にあったもので、ずっと前から唐津で使われていたものなんです。年配の方だと「懐かしい」「嫁に行った家がこんな感じだった」など、色々な思い出話が出たりしますね。逆に若い方にはすごく新鮮に映るようです。

-現代ではなかなか見ることのできない光景なので、色々な想いも交差するのでしょう。おもてなしという意味合いでいうと、僕が伺った際は、ご自身で作られた竹の菓子切楊枝が素敵でした。そのようなことは今もやられているのですか?

自作の品たち

裏にたくさん竹が生えているので、自作で薬味入れを作り、それに自作の粉山椒を入れたりしています。
後は竹のボールペンも作りました。キャッシュトレイも自作ですね。僕も遊びで勝手にやっていることなので、お客様に気付かれようが気付かれなかろうが関係なく、満足している状態です(笑)。

ここだけの食体験を求めてレストランを決める時代

-素晴らしいですね。もう展望なんて言っている状態じゃないですね。

そうですね、やりたいことがたくさん湧き出てきます。自然は計り知れないですし、教わることが山ほどある。自然が近くにあり、無限に遊べるような感覚なので、遊びながらその中でできてくる料理を、自分自身も見てみたいと思っています。

-おそらくこのインタビューを読んで、何人かの料理人が羨ましいと思うはずですよ(笑)。
「僕もこんな風に伸び伸びと料理を作ってみたい」と。

そうですね、なかなか都会ではできないことがたくさんあります。

-辺鄙な場所というと失礼ですが、我々食べる側もこういうレストランに行くと、様々な気付きや学びがあります。レストランは美味しいものを食べるために行きますが、美味しいものが溢れているこの時代、食べるだけじゃない触発が、これからの時代必要になってくる。こういった価値観が求められていくような気がしています。ぜひまた寄らせていただきます!

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平河直氏 プロフィール
1982年福岡県福岡市生まれ。富山の大学で伝統工芸を学んだのち、東京の懐石や割烹料理店で6年間修業。福岡に戻り、さらに4年間割烹料理店に勤める。
その後古民家を改修し2015年、佐賀県・唐津市に「料理屋 あるところ」を開業する。
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http://arutokoro.com/category/home/

※取材後記※
今の世は美味しいもので溢れている。高級食材も簡単に食べることができる。だが本当の贅沢とは何か、食べることの意味とは何か、そんなことを考えさせる店こそ、今後我々の心にとっての栄養になるのではないだろうか。店主・平河さんの話を聞いているうちに、そのことを確信した。彼の言葉には、自然と向き合いながら生きていかなくてはいけない人間の性があって、お店や料理だけに特化しない、新たなレストランのあり方がある。こんなお店があることが、我々にとっては幸せだ。

マッキー牧元

「味の手帖」編集顧問。 国内、海外を問わず、年間700食ほど旺盛に食べ歩き、雑誌、テレビ、ラジオなどで妥協なき食情報を発信。近著に「超一流サッポロ一番の作り方」(ぴあ)がある。

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