「Amandier」柏木暢介シェフに聞く、お客様の心に感動を届ける独創性に満ちたフレンチへの挑戦

人の本能に訴えかける料理を創り出す「長谷川稔」。食通をも唸らせる料理で話題の長谷川氏が情熱を注ぐのは、料理を継承し若い感性で新たな一皿を作ること。「長谷川稔Lab.」より巣立ったブランド「broc」が、名前を「Amandier」とし、白金で開店しました。今回はシェフの柏木暢介氏に、新しいお店での取り組みについてお伺いしました。

20年、30年の未来を見据え、自らを厳しい挑戦へと追い込んだ修業時代

―柏木シェフが料理人を目指されたきっかけについて教えてください。

高校2年生の頃には、料理人としてどの分野で料理をするか考えていて、専門学校に行こうと思っていた記憶があります。美術が好きで成績もそんなに悪くなかったので、学校の先生から美大を薦められたのですが、その後の進路がどうなるのか、当時知りうる職業の知識では想像できなくて。もっと色々なことを知ってたら別の選択肢があったかもしれませんが、その頃は手に職をつけたいと考えていました。
一番身近だったのは、母の料理の手伝いをしながら、調理の様子を子供の目線の高さで見ていたことです。例えばサンマをおろして「内臓がこうなっているのか」などと見ていて面白いなと思っていたんです。今考えれば母は、食べられる内臓を敢えて取っていたので、嫌いだったのかと想像しますが、僕には心臓がえらく綺麗に見えて「魚って面白いな」と感じました。

専門学校では、一番未知の世界だな、と感じていたフランス料理を選びました。
中華料理やイタリア料理は家でも家庭料理として食べる機会がありますが、フレンチってあまり食べる機会がなくて。「フレンチって何だろうな?」と。
全然知らないことを知りたいなという、興味本位でしたね。

―専門学校を卒業されてからは、国内・フランスで修業をされていたそうですね。

(ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ)

専門学校卒業後、色々なご縁が重なって北海道の「ザ・ウィンザーホテル洞爺 リゾート&スパ」内の「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン(※現在は閉店)」に所属しました。
東京育ちで、田舎が好きということもあって、リゾートで働くことも考えていた時に、学校の企業説明会で「ザ・ウィンザーホテル洞爺 リゾート&スパ」の人事の方が「フランスの三つ星レストランがホテルに入った」とご紹介されていて。でもホテルに就職する場合は入ってから配属が決まるため、どこに配属になるかは分からなかったんです。

専門学校時代に「メートル・ド・セルヴィス杯」というサービスのコンクールがあって、決勝戦で「コミ(サーヴィスアシスタント)」として参加したことがありました。決勝戦の選手の中に「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」の方がいて「僕も一緒に働きたいです」と伝えました。外部講師として調理実習を教えていただいたレストランのシェフが「ホテルの飲料部門の人を良く知ってるから言ってあげるよ」と言ってくださって。色々な出会いから応援していただいたことは、今も感謝しています。

(フランス修業時代の写真)

3年働いて札幌にあるレストランでクラシック料理をみっちり叩き込んだ後、26歳頃にフランスへ行きました。「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」時代のフランス人シェフから日本人を募集しているかもしれないお店を紹介してもらい、ボルヴィックから北に30分ほど行ったオーヴェルニュ地方の、ヴィシーという小さな町にあるお店で3年ほど。帰国後は、札幌の「Restaurant MiYa-Vie」というレストランで1年間働きました。その後、麻布十番の「リベルテ・ア・ターブル・ド・タケダ(※現在は閉店)」に入ってから、浅草の「HOMMAGE」に入りました。

―様々な場所で修業される中で、今でも心に残っていることは?

どの先輩方からも非常に多くの学びがありました。どの分野でも修業時代が厳しくないことはないと思いますが、20年後、30年後に「あの時もっとやっておけばよかった」と後悔したくなくて、修業中はずっと自分を追い込むように仕事をしていました。
ある時シェフから「レストランの小さなミスが3か月後の店の行方を左右するから、気を引き締めてやってほしい」と淡々と言われたことがあります。
その時はお菓子のポジションにいて、3人分のデザートのうち1人分のデザートがオーブンに入っていなくて、あと20分待たせてしまうということが起きました。追加で20分かかってしまうことになって、シェフとしてはすごく怒ることだと思いますが、冷静に淡々とした言葉だったので、温度感と力強さに衝撃を受けました。

(フランス時代に愛読していた料理本)

「無知が罪なんだよ。だから勉強しなさい」と言われたこともあります。なので色々な知識をつけるために必死で打ち込みました。朝早くから夜遅くまでやるべきことをやってきて良かったと思います。
フランスでも色々なことを思って、帰国を決断した瞬間とかもあったんですけど、シェフの姿勢を見ていて面白いなと思うことも多かったですね。様々なお客様がいらっしゃる中でどうコミュニケーションをとるのかというのも、勉強させてもらいました。

―修業時代には、日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35」へも参加され、2018 SILVER EGGを受賞されましたね。

「RED U-35」は、毎年テーマを基にしたメニューを作ります。それまで自分で料理を考えたことがなかったので、自分で考えた料理を作り、その説明をするというのをしてみようと思いました。この時は2度目の挑戦で、1度目は書類で落ちてしまったんです。他の方の作品を見て「テーマに求められているものが何か」ということを深く考えるようになりました。

それは「シェフがお客様に何を求められるか」ということと同じベクトルだと感じました。料理の評価は自分以外の人がすることになります。相手に評価されないと自分の表現として成り立たない、自己中心的なアピールになる、ということに近しいなと。「RED U-35」が求めているものは、お客様、社会が求めているものを考えるきっかけになりました。自分が仮にシェフになった時に、何を求められるかということに寄り添う練習のようで、とても勉強になりました。

長谷川稔氏との出会い、「Amandier」で育てたい料理とは

―長谷川稔氏との出会いについてお聞かせください。

(長谷川稔氏、2020年3月撮影)

「HOMMAGE」を辞めてから何をしようとなった時に、リュック一つで旅行するのが夢で、歴史が好きなので城や寺とかを巡ってみようと思ったんです。人の出会いって縁だなと思うのですが、ちょうど奈良まで来て歩いてる時に昔の同僚から電話がかかってきて「リベルテ・ア・ターブル・ド・タケダ」時代の同僚から「シェフを探してるんですけど、柏木さん、今何やってるんですか」と連絡がありました。その電話をきっかけに翌週、長谷川さんとオーナーと3人で、本店のフロアでお会いすることになり、幸運にもファーストインプレッションでOKと言っていただけました。それまでに沢山シェフの面接を重ねていたということを後から聞いて、これまで地道に修業を続けた成果のようにも思います。

―長谷川稔さんの「broc 長谷川稔Lab」で働かれ「Amandier」を白金にオープンされましたが、店名の由来は?

「broc」という名前がフランス語で「水差し」を意味するのですが、長谷川稔の2店舗目ということで、芽が出たところに育てていくといったストーリーはどうか、と命名しました。「Amandier」はアーモンドの木という意味ですが、フランスではアーモンドは結婚式でドラジェ(糖衣菓子)を配る習慣や、沢山の実をつける繁栄の象徴として復活祭のシンボルとされています。
「broc」から本当に木に育つというストーリーを込めていて、良い時間をお家に持って帰っていただきたくて、お帰りの際にはアーモンドチョコレートを渡しています。
たまたまフランスで部屋を契約する前に滞在していたホテルが「Les Amandiers(アーモンドの木々)」という名前で、縁を感じます。

―柏木シェフが長年ご経験された中で、長谷川氏と出会って変わったことは?

料理を作る時にまず素材があって、皿のビジュアルと、調理法の3つの観点から考えるのですが、長谷川さんにすごく影響を受けた点は「料理は、食材の命を絶つところから」という考え方でした。
今までは食材もお店に運ばれてくるところからのスタートでしたが、長谷川さんは土から掘り起こした瞬間から料理が始まっているという考えの人。人の手によって食材が左右されることを分かっているので、配送の仕方とかも細かく指示するし、肉なら獲った瞬間から保存して熟成する方法まで指定する。
本来持つ香りや味わいが全く違うし、良い食材をいかにお客様のテーブルにお届けするか、という点ですごく感銘を受けました。

僕は料理人として、職人でありたいなと思っています。アーティストが自分の表したいことを表現するとしたら、職人は100を求められたら101で返せるような、そういう立場でいたいなと思います。アーティスティックな表現というよりも、美味しいものを食べてもらうためにどう調理するか、どの温度でお出しするか、ということに向き合いたいですね。

―お店にいらっしゃる方にはどのように「Amandier」の料理を楽しんでもらいたいですか?

お店に来る人は、自分で汗水たらして稼いだお金を使って、予約してくださってます。少しおしゃれして、誰を喜ばせようか、とワクワクしてお越しいただくので、お腹いっぱいになりたいだけでなく、ちょっと感動を求めたりしていると思います。
1万円で行く遊園地より、5万円で食べるディナーで感動させるには、ということを考えた時に、コンサートホールでのクラシックコンサートのことを思い浮かべました。
クラシックのコンサートは大体3曲程度の構成ですが、弦楽器の四重奏やピアノの演奏があって、最後にオーケストラで交響曲を演奏するような、抑揚があって最後に盛り上げるという。その抑揚や強弱、驚きを組み合わせて感動させるとしたら、コース料理という着地点になりました。

抑揚の一つに飲み物があります。僕はお酒が好きなので、お客様がお酒を飲むことを前提に料理を考えるんです。五味や温度、色、食感や香り、お皿自体の立体感。「蓋を開けたら何が出てくるんだろう」って思ってもらうように蓋をしたり、ちょっと火をつけてみたり、臨場感と温度感、立体感でコンサートのような心に響くものが伝わったらと。口下手なので、お客様とお話をするのがあまり得意ではないですが、料理で伝わるといいなと思います。

―実際にオープンされてすぐ人気店となりお忙しいと思いますが、これから挑戦してみたいことは?

レストラン業界は色々な面で今厳しい状況ではありますが「厳しいのは我々だけじゃなく、世の中全体が厳しい」という話をたまにするんですけど。
レストランが一つの船であったりとか、例えば村であったり、国家であるとか、何かそういう一つのコミュニティであった時、どういうふうにそのコミュニティを持っていきたいかなと思います。互いが互いを見るのではなく、同じ方向を見ていきたいなって思うのですよね。
例えば女性を喜ばせるために来た男性のお客様がいれば、その気持ちに寄り添っていくという、目的に向かう船でいたい。そのために同じ目的を持ったチームを作っていきたいですね。

「チームマネジメント」って、僕もそんな偉そうに言っていますが、割とネガティブな事との戦いなんですよ。例えば食券のあるお店に行って食券を買うスタイルは、すごく合理的ではあるんですが、一方でなんの感情もないスタイルとも言えます。レストランはどこまでいっても人の力というものが必要で、人間同士のコミュニケーションなんです。
ただ、人間はちょっとしたテンションの違いや、疲れが出てしまうと「まぁいいや」というのが出てきてしまう部分もあります。人には苦手な部分と得意な部分があって、技術的な部分はある程度カバーできるところもあるんですが、目的をちゃんと持つことで、完成度の高い一つのコミュニティとして成立するんだと思います。
そのスタッフの合格ラインを、どれだけ自分が見ながら狭い厨房の中でクリアしていけるのかというのが、顧客単価を守っていくために必要なディティールだと捉えていて、気をつけていきたいです。

たとえ玄関の枯葉1枚、階段に落ちているゴミ1つない状態にするには、どんなチームワークを作っていけば良いのか。お料理を召し上がっていただくことだけでなく、細部のところにまでそれぞれのスタッフが気を払って、運営できるようにしていきたいですね。

***

【プロフィール】

柏木暢介
北海道・フランス・東京で20年間、日本・フランスを代表するフランス料理店で研鑽。
長谷川稔と出会い、『料理は食材の命を絶つところから始まる』の言葉を胸に
素材の向き合い方とアプローチを見直し、常に最高を超えることを目指す。

「ミッシェル・ブラス・トーヤ・ジャポン」
「ル・ジャンティオム」
「メゾン・デコレ」
「ミヤヴィ」
「リベリテ・ア・ターブル・タケダ」
「オマージュ」
「broc 長谷川稔 LAB」

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イノベーティブ・フュージョン

Amandier

東京メトロ日比谷線 広尾駅 徒歩10分

30,000円〜39,999円

【編集後記】

柏木シェフは本当に勉強熱心で、様々な本を修業中に読まれていたそうです。これまでも料理とひたむきに向き合われてきたことが、お話しぶりからとても伝わってきました。料理を食べ手がいかに美味しいと感じるか、楽しい時間を過ごすためにレストランとして何ができるか、を第一に考えられる柏木シェフだからこそ、繊細で驚きに満ちた料理が生み出されているのかと納得しました。

※こちらの記事は2023年05月09日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Airi Ishikawa

一休のメディア事業部長。日本全国を旅しながら、その道のプロにインタビューや取材をしています。休みには足をのばして国内ワイナリーを巡るのが好き。地産地消や、生産者に近い距離で食材や料理に向き合う「極みのシェフ」がいる店をご紹介します。
【MY CHOICE】
・最近行ったお店:銀座 しのはら / 南青山 まさみつ / サエキ飯店 / コートドール
・好きなお店:鮨 梢 / フランス料理 エステール / コンチェルト / エンボカ 京都
・注目しているお店:SeRieUX / プルサーレ / bistronomie Avin
・得意ジャンル:フレンチ / バー
・好きな食材:山菜 / 鴨

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