【対談】「été」庄司夏子氏×中村孝則氏が語る、ジェンダーイコーリティーな食の未来とは

2022年3月に発表された「アジアのベストレストラン50」で、日本人初となる「最優秀女性シェフ賞」を受賞した「été」のオーナーシェフ・庄司夏子氏。
今回は「アジアのベストレストラン50」で評議委員長も務める中村孝則氏との対談が実現。
料理業界における女性の活躍について、そして庄司氏の今後の展望など多岐に渡って語っていただきました。

「アジアのベストレストラン50」における「最優秀女性シェフ賞」とは

-「最優秀女性シェフ賞」について、設立の経緯や受賞者を選ぶ基準など、概要をお聞かせください。

中村孝則氏

中村孝則氏(以下、中村):まず「アジアのベストレストラン50」とは「世界のベストレストラン50」のアジア版、地域選のようなもので、2013年に設立されました。
このランキングは投票によって決まるのですが「アジアのベストレストラン50」には、318名の投票者がいて、自分の住んでいる地域の中から6票、2022年は海外渡航がしづらかったことも考慮し、自分の住んでいる地域外から2票、計8票を投票することができました。
「世界のベストレストラン50」は“レストランを通して社会をより良くしたい”という理念を掲げています。
その一つが“ダイバーシティー”や“ジェンダーイコーリティー”という考え方。なので女性をもっと、食やレストラン業界に参画させようという想いがあるんです。
そのため、僕のような評議委員長が選ぶ投票者も、男女半分にするというルールがあるほどです。
そしてこの業界における、女性の活躍を後押しするため「最優秀女性シェフ賞」は2013年当初から設けられています。

この賞に関しても通常のランキングと同様、各々が自分の好きなレストランに投票するので、明確な評価基準はありません。
ただ「世界のベストレストラン50」「アジアのベストレストラン50」は、イノベーティブな取り組みを積極的に行うガストロノミーが表彰されるので、挑戦の姿勢やおもてなし、クリエイティブであるかどうかなど、通常のランキングと同じ基準で投票者が選んでいます。

-そんな「最優秀女性シェフ賞」ですが、2022年版「アジアのベストレストラン50」では「été」のオーナーシェフ・庄司夏子さんが選ばれました。この受賞を聞いた時の感想、そして受賞された理由についてご自身でどう分析されていますか?

「été」オーナーシェフ 庄司夏子氏

庄司夏子氏(以下、庄司):まず「最優秀女性シェフ賞」は目標にしていた賞の一つだったので、純粋に凄く嬉しかったです。そしてお客様やお店のスタッフ、支えてくれる家族に対して、感謝の気持ちで一杯です。
私達飲食業界の人間にとってここ最近では、コロナが一番影響のあった出来事でもあります。
営業の自粛などを含めマイナス面も多かったですが、私はそれをチャンスに変えようと、攻めの姿勢を続けました。それが受賞できた要因だったのかなと、考えています。

2022年3月29日「パレスホテル東京」で行われた「アジアのベストレストラン50」授賞イベント

例えば2021年にアントワープで開催された「世界のベストレストラン50」も、日本から参加したシェフは私一人だけでした。
海外渡航をすれば隔離期間もあり、レストランの営業もできず、感染リスクもありますが、そこで立ち止まってはだめだとあえて行ったんです。
世界中のトップシェフと実際にお会いし、そしてコロナ禍という苦境の中で皆がどう動いているのかを知ることができ、たくさんの刺激を貰いました。
これがきっかけで、2022年にアブダビで行われたイベントへの参加にも繋がりました。

-その他、コロナ禍において積極的にアーティストとのコラボレーションを発表されていたのが印象的でした。

現代美術家の村上隆氏がオーナーを務める中野の「バー・ジンガロ(Bar Zingaro)」とのコラボレーション

普段海外にいる日本人アーティストの方々が、コロナ禍で国内に戻って活動していて、これはチャンスだと思い、すぐに動き始めたんです。今ちょうどそれらが発表になっている時ですね。

お客様一人一人に寄り添うオーダーメイドなレストラン「été」について

-苦境の中でも戦略的に攻めの姿勢を貫いたのですね。「ベストレストラン50」に深く関わりのあるお2人ですが、出会いはいつ頃ですか?

中村:庄司さんとの出会いは「été」が代々木上原に移転する前、まだ1日1組、4名までのお店だった頃からの付き合いです。なので、6年~7年の付き合いになります。

-とても長い付き合いですね。庄司さんが料理の世界に進まれたのは、中学生時代に調理実習で作ったシュークリームがきっかけだったそうです。

庄司:シューがオーブンのなかで一気に膨らむのを見た時すごく感動して、それをきっかけに家でたくさん作りました。
作ったシュークリームを友達にプレゼントしたら、すごく喜んでくれて。その時、人に料理を作って喜んでもらえることが嬉しいと感じたんです。
友達にも「シュークリーム屋さんになった方がいい」と言われて、調理師免許の取れる高校に進学しました。

-その後フレンチの世界に進まれ「フロリレージュ」でスーシェフを務められました。

庄司:当時は常に料理のことばかり考えていて、早朝の満員電車で立ちながら寝られることが幸せでしたね。
そんな生活を送っていた時に父が他界したんですが、看取ることもできず仕事をしていました。
ふと立ち止まった時、母にも同じ事をしてしまいそうだと感じ、すごく怖くなったんです。そこで一度この世界から離れることにしました。

-その後再びレストラン業界に戻られますが、なぜオーナーシェフだったのでしょうか。

スタイリッシュな外観

庄司:お世話になった恩人に「結婚式のケーキを作って欲しい」とお願いされたんです。
ケーキを披露した時、凄く喜んでもらえて。「自分は料理を通して幸せを得ることができる」と改めて感じ、この世界に戻ってきました。
ただ以前のお店を辞めたにも関わらず、他のお店に入るというのは筋が通っていないと感じて。それであれば自分のお店を持つしかないと考えました。

-24歳の若さ、そして女性ということでお店を開業するにあたりご苦労されたそうですね。具体的にどのような点でしょうか?

庄司:やはり若い女性ということで融資が受けづらかったですし、タルトの箱一つ作るにしても信用を得ることができなくて。20軒の業者に問い合わせして、最終的に仕事を受けてくれたのは1軒だけでした。
もう一つは人を雇うことの難しさ。キャリアが少なかった自分のお店で、自分より年上で経験のある人は雇えなくて、当初は一人でできる範囲の仕事をしていました。解決策を考えた時母校に目を付け、特別講師をやりたいとオファーしたんです。当時ケーキが有名になっていたのもあり快諾していただき、そのおかげで生徒さんが研修に来てくれました。その後気に入ってくれたら就職してくれて、という流れでやっと人が雇えたんです。

-困難を打開した庄司さんの代表作ともいえるケーキ「Fleurs d’été(フルール・ド・エテ)」は、どのような経緯でできた作品ですか?

“幻のケーキ”とも評される「「Fleurs d’été(フルール・ド・エテ)」

庄司:困難にぶち当たった時、知名度のない女性シェフの小さなお店に、誰が来てくれるんだろうと思ったんです。
そこで一目で私の料理とわかるような、アイコニックな作品を作ることでブランドを確立させよう、そうすれば今後のレストランに関しても知名度が高まると考えました。

-「Fleurs d’été」はもちろん、庄司さんが生み出す料理はどれも美しく、まるでアート作品のようです。庄司さんのインスピレーションの源はどこにあるのでしょうか。

庄司:ファッションやアートの世界、季節の野菜からインスピレーションを受けることが多いです。お皿一つに関しても例えば花器を見たり、インテリアから着想を得たり、お皿から生まれる料理もあります。
料理人は料理本やカタログを読むことが多いと思いますが、そうすると同業の方も見ている。そこから自分ならではのものを作り出すことはすごく難しいです。

具体的に「été」は6席しかないので、料理を盛り付けるためのアート作品も買えるんです。アートピースの上に料理というアートを乗せて「アートオンアートです」とお出ししています。それもこの規模だからこそ可能なこと。そういったことを通じて料理の価値を伝えていきたいと思っています。

—「手の届く所までしか事業を拡げない」と仰っているのを拝見したのですが、そういった理由もあるのだなと感じました。

庄司:後はお客様がレストランに求めるものを考えた時、やっぱり現場に立っているシェフなんです。シェフが直接迎えてくれて、コートを預かってくれたりしたら、すごく大切にされていると感じることができ、プレシャスな体験になりますよね。
ここはそういう空間でありたいと思っているので、今は大きくしようとは思っていないです。

-長年庄司さんの活躍を見続けている中村さんへ、庄司さんそして「été」の魅力をお聞かせいただけますか?

中村:ここ10年、20年くらいで人がレストランに求める要素が変わってきていて、美味しいこと、クオリティや技術の高さはもちろん、求める物が以前より膨らんでいます。デザインやファッション性、アート性、驚きやイノベーティブな革新などを求めるようになり、レストランの表現が今まで以上に多岐に渡っています。
そんな中、庄司さんの魅力の一つは卓越したファッションセンスをはじめ、多方向に渡って感性が豊かであること。そしてそれがレストランに反映されている点です。

例えば箱庭も一つの表現だったり、東信さんの「BlockFlowers」というアート作品の上に料理を盛りつけていたり、大理石の一枚テーブルやアントリオ・チッテリオのチェア、インゴ・マウラーの照明も全て選び抜かれている。この感性や彼女のキャラクター性の延長線上にレストランがあります。この感性は「été」、そして庄司さんの大きな魅力ですよね。

そしておもてなしについて。僕は茶道をやるのですが、この空間は茶室のようなこぢんまりとしたサイズ感です。さらに坪庭があったり、窓際も縁側のような造りになっていたりします。ここでお客様をお迎えすること、そして来られるお客様を熟知した上でパーソナルなおもてなしをしている。
彼女は茶人ではないので自然にやっていることだと思いますが、日本人ならではのおもてなしの心がすごくあります。

後は発信力やパワー、行動力がある点。昨今レストランの在り方が変わってきているように、シェフの在り方も大きく変わってきています。
レストランは再現性がなく、実際に食べに来た方しかフルに体感することができないので、インターネットやSNSを通じてレストランの世界観やシェフのパーソナルな部分をいかに伝えるかというのは、求められる大きな要素です。
それを積極的に行う彼女のクリエイターとしての能力の高さも魅力の一つだと考えています。

庄司:中村さんに改めて仰っていただくとすごく嬉しいです(笑)。

料理業界における女性シェフの活躍について

-飲食業界は、まだまだ男性が多い世界かと思います。そんな中お2人が考える、女性シェフならでは魅力をお聞かせいただけますか。

中村:僕は「女性だから」ということはあまり感じていなくて、特にホスピタリティ業界は女性なしには成り立たないですよね。
そもそも能力の差はなく活躍できるし、むしろ女性の方が優秀な方が多いように思います。特に感性は男性の方が高いとは一概に言えません。
しかしこと飲食業界においては、火や刃物、重い物を扱う、労働時間が長いなど、女性にとっては体力面で大変な環境です。
そして特に日本は歴史的に封建時代が長く、料理業界もジャンルに捉われずその名残で女性の参画が難しかったという背景があります。その2つの理由から、女性シェフの数が少ないというのが現状です。
「ベストレストラン50」の本部でも“ジェンダーイコーリティー”という理念を掲げているのであれば「最優秀女性シェフ賞」自体いらないのでは?という話がよく出ます。
なので女性シェフの割合が増えていけば、将来的にこの賞はなくなるでしょう。
ただ、日本をはじめアジア諸国ではそういった名残がまだあって、その中で女性シェフは毎日戦っています。
だから男性シェフに比べて努力の割合は高いです。そして努力し続けている部分が高い評価を受けているのだと考えています。

-庄司さんもメディアを通して「最優秀女性シェフ賞」がなくなれば……と仰っていたかと思います。

男女の比率が同じになるまでは女性としてフォーカスしていただき、バランスがイーブンになったら「最優秀シェフ賞」だけになればいいと思っています。
男女を均等にしている中、自分が「最優秀女性シェフ賞」を取ることで、その比率を変えることのできる人間の一人として発信力が増し、改革する力を持てるようになります。なので今はまだフォーカスすべきだと考えています。
そしてこの少ない女性シェフの中で際立っている人達は、普通よりもたくさんの努力を重ねている方々ばかりです。
そこにしっかりとフォーカスを当てていただき、それによって世界を変えていければと思っています。

最近、料理人は振るいにかけられていて、同じ作業量だとやはり女性は体力的にきついので、網目からすり抜けてしまう人が多いんじゃないかと思っているんです。
それであれば振るいの網目を細かくするために、労働環境を変える必要があります。実際私もお店を開業した時は体力的に辛く、入院も手術もしました。
「été」は最大6名のお客様なので、家族に料理を振舞う規模と一緒なんですよね。そうすると仕込みの単位がぐっと小さくなります。
大きな鍋でコンソメをひかなくてもいいし、そうすると身体への負担も軽減でき、必然的に振るいの網目がふさがり、女性が残りやすくなる。
だから私は、このミニマムでラグジュアリーな世界をビジネスモデルとして広めていきたいと考えています。

後は自分が働いているレストランと同じレベルのお店を、スタッフ自身が体験できなかったら本末転倒です。なので休みを増やしお給料を上げ、同じレベルのお店に行って勉強しよう!と言っています。
そういう工夫をしていかなければ、飲食業界で働きたい人は増えないですよね。
世界を変えていけるよう、私自身はアーティストの方とコラボすることで料理自体をもっと評価してもらい、その対価を生産者さんやスタッフにちゃんと返していきたいです。

-体力の負担を軽減するビジネスモデルの先にラグジュアリーな世界観が出来上がっているというのが、とても素敵です。
次に中村さんに伺いたいのですが、近年の「最優秀女性シェフ賞」から見る、トレンドや傾向をお聞かせいただけますか。

「最優秀女性シェフ賞」でいうと多様性があり、過去にはタイや台湾、フィリピンや香港、韓国、上海、そして日本と様々な国のシェフが受賞されています。
だから国籍や人、料理やレストランも多様なジャンルやスタイルがあるというのがすごく面白いですし、頼もしいです。そして全て投票で決まっているので、このアワードがシェフ達を発掘する役割もあると考えています。
中でも庄司さんはアジアの「ベストパティシエ賞」「最優秀女性シェフ賞」の2つを受賞しています。
それは「Fleurs d’été(フルール・ド・エテ)」のクリエーションに対しても評価され、パーソナルな部分も評価されているということ。これは今までになかったことです。
これから庄司さんは世界を目標に邁進されるかと思いますが、今後の活躍にも期待したいですね。

-ありがとうございます。中村さんから世界を目標にとありましたが、庄司さんの今後の目標をお聞かせいただけますか?

庄司氏の胸元に輝く「ベストレストラン50」のバッチ

目先の目標は「世界の最優秀女性シェフ賞」を取ること。そうすれば今以上に発言の重みが増すと思うので、食の世界をサポートしてくれる人を増やしたいと思っています。
「ベストレストラン50」は、食やレストランの業界のいわばオリンピックのようなもの。
オリンピックではスポンサーとアスリートが支えあっているのに、食の世界ではシェフの独りよがりになっている場合も多いです。
海外では政府が支援をしてくれたり、国全体で食をサポートしてくれたりしますが、日本ではまだまだ認知度が低いのが実情。
「食というのはかけがえのないもの」という点をしっかりアピールし、認識を変えていきたいと考えています。

母校のコンポストプロジェクト。調理実習で出た生ごみを液肥に変える。

後は力を入れているSDGs の活動ですね。我々シェフには当然のことですが、今の若い子にとっては自分事ではありません。
でも10代の頃からスタンダードにしていけば、将来的に大きな力になります。
現在母校でコンポストのプロジェクトをやっているんですが、年間で生ごみを5キログラム液肥にしています。それが当たり前の世界と思ってもらえるよう活動を続けていきたいと思います。
なので目先5年間はアワードを取り続け、その後10年にかけては、獲得した賞をパスポートに、食の世界を改革していきたいです。

***
庄司夏子 プロフィール 
1989年、東京都生まれ。駒場学園高等学校 食物調理科を卒業後「ル・ジュー・ドゥ・ラシエット」(現「レクテ」)、「フロリレージュ」を経てオーナーシェフとして、24歳の時にスイーツ専門店として「été」を開業。
宝石箱のようなマンゴータルトが“幻のケーキ”と称され人気を呼び、翌年、スイーツ店を併設したレストランに。2020年「アジアのベストレストラン50」にて「ベストパティシエ賞」受賞。2022年には「女性最優秀シェフ賞」受賞。

中村孝則 プロフィール
1946年、神奈川県生まれ。美食評論家、コラムニスト。
ファッションからカルチャー、グルメ、旅やホテルなど“ラグジュアリー・ライフ”をテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。
2007年、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を授勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士の称号も授勲。
2013年からは、「世界のベストレストラン50」、「アジアのベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士七段7段。大日本茶道学会茶道教授。

※編集後記※
私が「女性シェフ」というテーマに興味を持ったのは、庄司夏子さんの存在がとても大きく、しなやかに活躍する様は同じ女性として長年憧れを抱いていました。
そんな庄司さんと食の世界を知り尽くす中村さんとの対談を通じ、女性シェフが世界で活躍することの大変さや意義を改めて感じ、そしてさらに庄司さんの魅力を堪能できた時間でした。今後も世界へと羽ばたく庄司さんの活躍と、その先にある食の未来が楽しみでなりません。

※こちらの記事は2023年04月20日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Minaho Ito

一休.comの宿泊営業から編集部へ。子供を預けて、つかの間の贅沢をレストランで過ごすのが楽しみ。見た目が美しい料理が好きで、イノベーティブ料理やフレンチ・イタリアンがお気に入り。
自分へのご褒美にスイーツ店巡りをすることも多く、行きたいお店リストは常に更新中。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:ラペ (La paix)
・好きなお店:NARISAWA/Crear Bacchus/オテル・ドゥ・ミクニ/ガストロノミー ジョエル・ロブション
・得意料理:イノベーティブ料理/フレンチ/イタリアン
・好きな食材:赤身肉/チーズ

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