北九州「江戸前鮨 二鶴」舩橋節男氏に聞く、伝統江戸前鮨の復興と継承

北九州市小倉北区にある「江戸前鮨 二鶴」は「ミシュランガイド福岡」で過去2回共に二つ星に輝いた名店。“江戸前鮨”という言葉が注目される以前から、小倉の地で江戸前鮨を追求している舩橋節男氏に、江戸前鮨のルーツから豊かな漁場がふんだんにある北九州ならではの一貫についてお話を伺いました。

江戸時代から脈々と伝わる江戸前の味と技に魅了された修業時代

―舩橋様のご実家は1965年に創業の「二鶴寿司」をされていて、3代目ということですが、何歳頃から修業を始められたのですか?

20歳から修行を始め2002年に帰郷し、店名を「二鶴寿司」から「江戸前鮨ニ鶴」に変更し代替わりをしました。
幸いにも修行させていただいた店が江戸前鮨の伝統技術を継承している老舗で、20才で初めて出会った伝統江戸前鮨に衝撃を受けると共にその奥深さにすっかり魅了されました。
修行に出て分かったのですが、すしには「寿司」と「鮨」の2通りあり父の営んでいた実家の「二鶴寿司」は「寿司」の流れを汲む店でした。
「寿司」は、その字の通りハレの日の料理(雛祭りのちらし寿司や葵祭りの鯖寿司)として由緒や華やかさが重視され、日本人の生活に欠かせないものとして長い間親しまれてきました。
一方の「鮨」は今から約200年前江戸の町に新しく誕生した鮨でその字の通り魚の美味しさを追求し、たどり着いた鮨です。

―ご実家の寿司と江戸前鮨ではそんなに違いがあったのでしょうか。

あまりの違いに最初は衝撃と戸惑いを受けました。
元々おすしは鮒寿司が原型と言われています。鮒寿司はお米の乳酸発酵による魚の長期保存が目的でお米は食べずに魚だけを食べます。日本人の面白い所は「お米も一緒に食べたい」と言い出し魚と酸っぱいお米を一緒に食べるようになったのがおすしの始まりと言われています。
時代の流れの中で、すしは発酵時間を短く、より美味しくを目指し進化し、今から約400年前に白酢(米酢)の普及により一気に進化が進み、ハレの日の食べ物(雛祭りのちらし寿司や葵祭りの鯖寿司など)となり日本人の生活に欠かせないものとして全国に普及しました。
それから約200年後の文化・文政時代、人口100万世界一の都市として発展した江戸の町で、独自の技術を作り出し辿り着いた究極のすしが江戸前鮨だったのです。
その日取れた魚を鮨に調理し屋台で出来たてを食べる「美味しさ10、保存性0」の握り鮨でした。

その時美味しい鮨を握る為の江戸前鮨独自の技術「3つの基本」が誕生しました。
①本手返し②塩梅③鮨ネタの鮮度です。

①本手返しとは「鮨」の握り方です。
「本手返し」は味を追究する中で辿り着いた製法「握り」の完成形です。200年前に誕生したその製法は美味しい鮨を握るのにとても理に適っており、当時の職人の技術力の高さには脱帽です。ニ鶴では伝統に則り「本手返し」で鮨を握り、店のロゴマークは「握」の漢字をデザインした物です。
ちなみに「握り」以前の「寿司」は保存食としての歴史が長かった為にその製法は「つける」でした。
現に古い職人さんは鮨を「握る」とは言わず「つける」と言い鮨屋の調理場は今でも「つけ場」と言います。

②塩梅
塩梅とは料理の味付けの事を言います。料理の味付けをする時、塩加減と酢加減のバランスの良い状態を「塩梅が良い」と言い、塩梅は素材の自然な味を引き立たせ料理を甘くします。この「塩梅」を利用したのが江戸前鮨です。酢飯の味付けを塩と酢で行い、塩梅の良い酢飯で鮨を握ると魚の味が引き立ち鮨が甘くなります。
また「塩梅」は「うま味の相乗効果」を引き立てます。
「うま味の相乗効果」は和食の美味しさの根幹で、例えば日本料理のお出汁は鰹節と昆布を合わせる事で鰹節の「動物性うま味」と昆布の「植物性うま味」の相乗効果を引き出しています。
実は鮨も同じで鮨ネタの「動物性うま味」とシャリの「植物性うま味」この二つを握る事でうま味の相乗効果を生み出しているのです。
ここで大事なのが、うま味の黄金比です。「動物性うま味」と「植物性うま味」の比率が5:5の同量の時に相乗効果は7~8倍になります。
この黄金比を出すには、鮨ネタと同量の「植物性うま味」をシャリに含ませる必要があり、酒粕を発酵させて作る赤酢は「植物性うま味」を多く含んでおり、赤酢のシャリで鮨を握る事で鮨ネタとシャリの黄金比が生まれ、「寿司」が「鮨」へと進化しました。

「寿司」と「鮨」の違いで1番驚いたのはこの「塩梅」でした。砂糖を使う事が当たり前だった実家の「寿司」の常識を打ち破り、塩と酢だけで「鮨」が甘くなる。初めは信じられませんでした。
しかし「塩梅」の良い「鮨」を食べると、素材の甘み、しかもネタによってそれぞれ違う甘さとうま味の相乗効果による余韻に感動し「鮨」の虜になりました。そして実家の「寿司」と決別し、「鮨」を握る決心をしました。
江戸前鮨の誕生と共に「塩梅」の酢飯に抜群に合うネタとして「小肌」「カツオ」「マグロ」など「寿司」では縁の無かった魚が「鮨」の花形として一躍スターダムに躍り出ます。

③鮨ネタの鮮度
江戸前鮨にとって最も重要なポイントは魚の鮮度です。特に魚が海で取れて昆布〆や酢〆、茹でなど鮨ネタに仕込むまでの時間がとても大事で、早ければ早いほど美味しさをネタの中に閉じ込める事ができます。


200年前に「1日千両の商い」と言われ、江戸随一の繁華街であった日本橋魚河岸は鮮度の良い魚に溢れていました。その鮮度の良い魚を鮮度の良いうちに「鮨ネタ」に仕込み、握りたての「鮨」を食べる。これが江戸前鮨の原点です。
氷も冷蔵庫も無い時代なので「鮮度命」「スピード命」です。なので江戸っ子はせっかちなのです。
美味しい鮨を握るには、鮮度の良いうちに鮨ネタの仕込みを行う必要があります。二鶴は伝統的な江戸前鮨の味を受け継ぐために良質な漁場に囲まれている北九州に店を構えています。

地元・北九州の豊かな地魚で握る「江戸前鮨 二鶴」が目指す江戸前鮨

―北九州と言えば良質な魚が豊富にありますが、産地としての特性についてお聞かせください。

北九州の海は良い鮨ネタの産地として最高の条件が揃っています。美味しい魚の獲れる条件は①大陸棚、②潮目、この2つが重要です。

①大陸棚は水深200mまでの海の浅い所を指し、鮨ネタとなる白身魚や貝類、穴子、海老シャコなどの甲殻類など海洋生物の大多数は大陸棚に生息しています。実は日本の海の大部分の水深は深く、日本海は500m~3,700m、太平洋は4,000m、三陸沖は8,000mに達し大陸棚は限られた範囲しかありません。そのような中で北九州付近の海は日本で最も広大な大陸棚が広がっており、その結果、魚の種類とその生息数は極めて多くダイバーシティの高い「海の大都会」が形成されています。

②潮目は暖流と寒流が出会う場所です。そこでは深海の栄養豊富な海水が上昇してくるため、魚のエサとなるプランクトンがたくさん発生し、食物連鎖の好循環が生まれ、魚の脂がのります。北九州の海は対馬暖流の温かい海流が栄養豊富な日本海の寒流に流れ込む通り道であり、大きな潮目を形成し高品質を生み出す好漁場となります。①大陸棚と②潮目を併せ持つ北九州は魚の宝庫であり、
天然真鯛の漁獲量は福岡県が日本一など魚種・漁獲量・脂乗りと鮨ネタの確保においてとても重要な2つの好条件が整っています。
北九州は美味しい江戸前鮨を握るには最高な場所です。

本来の江戸前の味を、北九州から世界へ届けたい

―今後の展望についてお聞きしたいのですが、先日タイ・バンコクにお店を出されましたね。仕入れはどういった形でやられていらっしゃるんですか。

オープンの経緯はバンコクでビジネスをされているお客様が鮨屋を開かれるということで、お声掛けいただきました。お陰様でホテル「Wバンコク」の1階と言うとても良い場所で、江戸前鮨の魅力を海外に発信させていただいています。

「ニカクバンコク」でも江戸前鮨の「3つの基本」①本手返し②塩梅③魚の鮮度をコンセプトとし、200年前に誕生した「鮨」の味を楽しんでいただいています。

「ニカクバンコク」

鮨ネタについては、「江戸前鮨 二鶴」と同じく鮮度重視で採れたての魚を鮮度の良いうちに鮨ネタに仕込み、美味しさを閉じ込める取組を行なっています。
例えば鯛昆布〆の場合、深夜漁師が獲った魚が早朝北九州の市場に並びます。その中から毎朝私が選んだ1番をニ鶴に持ち帰り午前中に昆布〆を行います。
「江戸前鮨 二鶴」では昆布〆はその日には握らず一晩冷蔵庫で昆布を馴染ませ翌日に握るのですが、「ニカクバンコク」では午前中に昆布〆にし、そのまま空港に運び飛行機の中で昆布を馴染ませます。こうする事で翌朝には鮨ネタがバンコクに届き、北九州の「江戸前鮨 二鶴」と同じクオリティーで提供できます。

―バンコク店の仕込みもされているとは、恐れ入りました。仕込んだネタを輸出するというのは世界的に見ても中々ないのではないでしょうか?

開店準備を進めていく中で知ったのですが、輸出にはHSコード(※1)というものが必要で、ありとあらゆる輸出品には世界共通の数字がつきます。
魚の場合、例えば丸の魚、頭と内臓を外した魚、3枚に捌いた魚、柵にした魚など。同じ魚でも形状・状態によりHSコード分類が異なります。問題は鯛昆布〆や小肌酢〆のHSコードが無かった事です。
これは、世界中の全ての鮨屋は丸魚の状態で輸入し現地に到着してから鮨ネタの仕込みを始めていると言う事で、昆布〆や酢〆など鮨ネタの状態で輸出した実績が今まで何処にも無かったのです。
税関やジェトロ(日本貿易振興機構)に相談したら「ところで昆布〆のHSコードはご存知ですか?」と聞かれ「HSコードって何ですか?」と落語のような状態になり、初めて鮨ネタのHSコードが存在しない事が発覚しました。

もうひとつ問題がありました。
衛生管理認証です。
衛生管理認証はHACCP が有名ですが、食品の安全を確保するための衛生管理手法の事で、日本でも2021年6月からすべての食品関連事業者に義務化された制度です。輸出の際は国際基準をクリアした衛生管理に関する認証書を相手国から求められます。
バンコクで江戸前鮨の「3つの基本」のうち、③魚の鮮度「鮨ネタ」を提供するには「江戸前鮨 二鶴」が衛生管理認証を取得しなければなりません。一般的に飲食店はフードサービス事業者向けJFS -G(※2)規格が対象になりますが、今回は輸出に関する取組なのでタイ政府が求めるJFS -B(※3)と言うよりハードルの高い規格認証が必要となり、その規格に取り組み取得する事が出来ました。
お陰様で美味しさを担保する衛生管理や安全性の見直しを1から行うことが出来、バンコクでも「本格的な鮨ネタが食べられる」「鮨ネタが新鮮である」などご好評をいただいています。

―小倉にも、1日1組の「二鶴 馬借」を始められましたが、どういうコンセプトなんでしょうか。

「二鶴 馬借」

後継者育成のために始めました。うちにいると、なかなか握る機会が持てないですが、ご常連のお客様によっては弟子にも「そろそろ握ってもいいんじゃない」と声をかけてくださります。
それなら1日1組の貸切りで、最初から最後まで握れる場所を作るので、やってみなさいと。朝は本店に出勤してきて仕入れと仕込みを一緒にやり、夜は握りの経験を積む。鮨ネタは本店仕込み、シャリは同じ塩梅を現地で炊くのでバンコクと同じスタイルです。

―「江戸前鮨 二鶴」のこだわりとして、コースの最後に出される和菓子も好評とのことで、詳しくお聞かせください。

「江戸前鮨 二鶴」では食後に講師の資格を持つ女将が考案したオリジナル自家製の和菓子を提供しています。

コンセプトは鮨と同じ「塩梅」です。季節の果物の甘味や酸味など素材の味を存分に味わえる様に伝統的な和菓子の手法を用い提供しています。乳製品や小麦は使用していないので、安心してお召し上がり頂けるとお陰様でご好評をいただいています。

―今の取り組みを通して、これからの想いをお聞かせください。

「江戸前鮨 二鶴」にいらっしゃる海外の方々は、日本文化について驚くほどよく勉強されています。食事もスマートで我々の仕事にリスペクトをもって接してくださる。反対に日本人は自国の文化や歴史について案外よく知らないのではないでしょうか?鮨をはじめとして和食や和菓子、日本酒や日本茶、和食器と食に関するだけでこれ程豊かな文化を有する国は世界を見ても珍しくとても誇らしい事です。「鮨」と「寿司」は歴史も目的も違う食べ物でそれぞれ独自の進化を遂げ、この素晴らしい文化を日本人に分かっていだだきたい。同時にこの素晴らし日本独自の文化を世界の方々にも紹介し体感していただき、この貴重な文化を後世に受け伝える。これが使命だと思っています。

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舩橋節男氏 プロフィール

1970年、北九州市小倉北区生まれ。寿司屋(「二鶴寿司」の息子として幼少期から酢飯の香りに囲まれて育つ。
1990年、東京の江戸前鮨の名店「二葉鮨」に修行に入る。寿司と鮨の違いに驚き、江戸前伝統の技術を取得することを決意する。
2002年、北九州に帰省し、代替わりする。実家の「二鶴寿司」を「江戸前鮨 二鶴」に店名変更。
2014年「ミシュランガイド福岡・佐賀」で北九州唯一の2つ星
2021年、ゴ・エ・ミヨ(Gault et Millau)で「地方における伝統江戸前鮨の先駆者」と評される。
2023年、タイ王国の首都バンコクに「NIKAKU BANKOK」オープン。

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http://edomaezushi-nikaku.com/

https://www.instagram.com/edomaezushi__nikaku/

【編集後記】
舩橋様の言葉には、江戸前鮨に対する並々ならぬ敬意が伝わってきました。世界中で「SUSHI」が食べられる一方、概念の境界があやふやになっている昨今。元来の「江戸前鮨」という文化を理論的にとらえ、継承する姿勢に、お話を聞いて私も心から賛同しました。何より産地に近い地の利を活かした握りは、想像しただけで喉が鳴ります。現存する数少ない「伝統江戸前鮨」を味わいに、ぜひ「江戸前鮨 二鶴」を訪ねてみては。

※1
HSコードは、「商品の名称及び分類についての統一システム(Harmonized Commodity Description and Coding System)に関する国際条約(HS条約)」に基づいて定められたコード番号のこと。
https://www.jetro.go.jp/world/qa/04A-010701.html

※2
JFS規格(フードサービス)セクター:G(JFSフードサービス規格)は、一般財団法人 食品安全マネジメント協会が作成した規格である。食品衛生法の改正によるHACCPの制度化に対応したフードサービスにおける日本国内向けの規格を作り、フードサービス事業者が安全な料理等を提供するための取組を向上させる目的のため制定。(https://www.jfsm.or.jp/information/2019/190822_000397.php

※3
JFS-B規格は、一般財団法人 食品安全マネジメント協会が作成した規格であり、組織が、安全な食品を製造するための取組を向上させる目的のために使用することができる。また、その組織の取組を、内部監査者や外部の評価者が検証・評価するためにも使用することができる。特に、B規格においては、HACCP7原則12手順を含んでいる。
https://www.jfsm.or.jp/scheme/docs/f83ca7492f65b9a57aff49e425352c1b170c5225.pdf

※こちらの記事は2024年04月04日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Airi Ishikawa

一休のメディア事業部長。日本全国を旅しながら、その道のプロにインタビューや取材をしています。休みには足をのばして国内ワイナリーを巡るのが好き。地産地消や、生産者に近い距離で食材や料理に向き合う「極みのシェフ」がいる店をご紹介します。
【MY CHOICE】
・最近行ったお店:銀座 しのはら / 南青山 まさみつ / サエキ飯店 / コートドール
・好きなお店:鮨 梢 / フランス料理 エステール / コンチェルト / エンボカ 京都
・注目しているお店:SeRieUX / プルサーレ / bistronomie Avin
・得意ジャンル:フレンチ / バー
・好きな食材:山菜 / 鴨

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