東京から約1時間、埼玉県・東川口の住宅街に位置する「restaurant KAM」。3歳の頃からの幼馴染同士という本岡将氏と田代圭佑氏が、1日2組のみをもてなす古民家レストランです。自家菜園で育てた採れたての野菜や果物、ハーブをたっぷり使ったお料理の数々は、“畑の恵み”そしてその “香り”を堪能できるここならではの味わい。今回「KIWAMINO」ではお二人にインタビューを実施し、開業までの経緯からお料理のこだわりまで多岐に渡って伺いました。
20歳の頃に共通の夢を抱き始めた幼馴染の二人
-お二人は、幼馴染なんですよね?
(本岡将氏:以下本岡)はい、3歳の頃からの幼馴染です。お互いの実家の距離が徒歩1・2分の所にありまして、幼稚園から、小学校、中学校とずっと一緒でした。出身は兵庫県の加古川という場所なんですが、クラス数も少なかったので学年の友達みんな下の名前で呼び合うくらい仲が良かったですね。
-いつ頃から将来二人で料理の世界へ進もうという話が出てきたんですか?
本岡:20歳の頃です。僕がフランスから一時帰国していた時に、当時大学生だった圭佑と再会したんです。そこから一緒にアルバイトすることになり、週6くらいのペースで顔を合わせていました。その中でアルバイト先の1つが、料理を出すだけでなく、料理人がカウンターでお酒も作る立ち飲み屋みたいなお店でして。「料理を作るだけじゃなくて、話もできるんや」って、そこで圭佑から「将来何か一緒にやりたいね」と声をかけてくれたのがきっかけです。
-料理人になろうと思われたきっかけ、なかでもフレンチの道に進もうと思われたきっかけをお聞かせください。
本岡:祖母が管理栄養士でして、食に重きを置く家庭で育ちました。そんな中、自然と料理の手伝いをするようになり、りんごの皮を剝いたり、餃子を包んだり、料理は身近な存在でした。中学生になり自分の進路を考える中で「ずっと続けられるもの」「自分が本当に好きなもの」って何だろうって突き詰めた結果「当たり前のように毎日やっている料理の道に進みたい」って思うようになりました。高校を卒業したら専門学校に進もうと思っていましたが、僕が目指していた専門学校では、西洋料理の基礎は学べるんですけど、製菓はあまり学べない環境のようでした。そこで地元の有名なフランス製菓店でアルバイトを始めたんですが、レシピはフランス語ですし、シェフが年に2回フランスに行くくらいフランス好きだったこともあり、僕も自然と「フランス料理の世界に行きたいな」と思い始めました。
-田代さんは、料理の道に進む前、一旦企業に就職されていたんですよね?
(田代圭佑氏:以下田代)「将来は一緒に何かしたいね」と常に話していましたので、いつか料理の道に行こうと思っていました。ただ、まずは最低限の社会人経験を積みたいと思い、企業に就職しました。旅行会社に勤めていたんですが、全国の様々な食文化に触れることができるかなと、将にも相談して就職先を決めました。旅行会社では2年間だけ働くと決めていて、その後は「ぐるなび」という飲食店の予約サービスの会社で営業をしていました。そこでは町場のレストランの色々な数字に触れられたので、非常に勉強になりましたね。
-その頃、本岡さんはフランスから帰国し、静岡県・富士宮市のフレンチレストラン「レストランビオス」でシェフを務めていらっしゃったんですよね?
本岡:調理学校卒業後はフランスで修業していました。当時はパリの「アガぺ」というレストランでスーシェフをさせていただいていたんですが、ご縁があって「レストランビオス」のシェフをやらないかとお声がかかったんです。正直なところ最初は、まだフランスで学びたいこともあるし、他の国のレストランからもお声がかかったりしていて、迷った部分もあったんです。でも、当時23歳という年齢でシェフにチャレンジさせてもらえる機会なんてそうそうないと思い「レストランビオス」で働くために日本に帰国することを決めました。
-「レストランビオス」での経験で印象に残っていることや、今に活かされていることはなんでしょうか?
本岡:「レストランビオス」は、静岡県・富士宮市の山間にあります。すぐ隣には畑があり、常に野菜に囲まれていました。働き方もゆっくりしていて、朝起きて山菜や野草、野菜を収穫して、その後に仕込みを始めるような生活でした。今でこそ地方が注目されてきていますが、当時はそんなに地方は重きを置かれていない時代です。そんな頃から地方の良さを表現するために、その土地で採れるものだけで完結させようというコンセプトのレストランでしたね。ただ、本来フランス料理ってあまり野菜は使わないんです。昔からあるフランス料理こそ野菜は使わず、使ったとしてもインゲンやじゃがいものサラダとか、とてもシンプルなんですよね。なので、はじめの1年は野菜を大量に使うフレンチに難しさを感じていましたが、いかに野菜が主役になるかを意識して料理しつつ、フランスで磨いた技法を用いて試行錯誤していきました。「レストランビオス」での、採れたての野菜とそうではない野菜の違いを肌で感じ、地方ならではのライフスタイルで過ごす経験は今のレストラン作りに大きく影響をしています。
-その頃、田代さんは「マルタ」で働かれていらっしゃったんですよね?
田代:サラリーマン生活を終え、本格的にサービスを学ぶために調布市にある「マルタ」で働かせていただきました。将が「レストランビオス」という野菜を重視したレストランで働いていて、将来一緒にやるお店でも畑は絶対にやりたいと思っていたので、そういうことに関連しそうなお店を選びました。「マルタ」は、深大寺の近くにある神代植物公園に隣接した一画に建つ一軒家レストランなんですが、自家菜園や近隣の生産者さんから育てた野菜を使ったお料理や、独創的なノンアルコールドリンクも色々と提供しているので非常に良い経験になりました。
自家菜園で採れる野菜をふんだんに使った“香り”を味わう料理
-その後「restaurant KAM」を開業した経緯について教えてください。
本岡:「レストランビオス」は元々閉店する時期が決まっていたので、お互いの仕事のキリが良いタイミングでどこにお店を開くか考えていました。自分たちが目指している世界観を東京で表現するのは難しかったんですが、お客様は東京の方が多かったので東京周辺のどこかでお店を出せればと思っていました。そんなタイミングで、僕の奥さんの祖父が昔住んでいた築60年以上の日本家屋を使わせてもらえることになったんです。畑があるというのは僕らにとって重要だったので、この場所で挑戦してみようと思いました。それにゆっくり落ち着いて営業したかったので、新築のピカピカしたお店より、この古民家な雰囲気が僕ららしいかなって。
-お料理を作る上で1番こだわっていらっしゃる部分はなんでしょうか?
本岡:“香り”です。野菜やハーブは生のままでも香りがありますが、その新鮮さをダイレクトに感じられるのって野菜の青々しさや、採れたてのフレッシュな香りだと思うんです。もちろん、目の前に畑があるので新鮮というのは目でもわかると思うんですが、より“香り”を通してそれを感じてもらいたいなと思っています。
-畑ではどれくらいの野菜を育てていらっしゃるんですか?
本岡:ハーブは30種類、今は夏野菜も終わりかけなので14種類くらいですね。なかでもトマトは種類が多いので、1番採れていた時はトマトだけでも16種類くらい育てていました。基本的には、自分たちが好きな野菜を好んで育てているんですが、その中でも“採れたての状態が大切な野菜”を中心に育てています。例えばハーブは土の中にいる時は、土の養分を補給しながら香っているんですけど、ちぎった瞬間に養分を補給できなくなるので、そのままだと香りってどんどん抜けてしまうんですよね。なので、その場でちぎって出すハーブと、出荷されてから何日か経っているハーブの香りは全然違います。アメリカでは「豆ととうもろこし、アスパラガスは湯を沸かしてから取りにいけ」ということわざがあるくらい、採って時間が経つと甘味が変わります。なので、そういう鮮度が大切な食材は、畑で育てるようにしています。
-日々メニューは変わってくると思うのですが、その中でも定番のこれだけは味わって欲しい逸品についてお聞かせください。
本岡:「レストランビオス」時代から出している焼きたての「フォカッチャ」と「自家製リコッタチーズ」です。「自家製のリコッタチーズ」は、エキストラバージンオイル、花塩、そしてメレンゲを乗せて甘じょっぱい感じにしています。それにヒッコリーという木の冷たい薫香をガラスの器に閉じ込めて、お客様の前で器を開けてお出しします。スペシャリテってお客様が良いと思ってくれるものだと思うんですけど、この「リコッタチーズ」に関しては、食べる度に「KAMに来たなって感じる」とお客様は言ってくださいますね。
-ノンアルコールペアリングがおすすめと伺いました。「restaurant KAM」ならではのノンアルコールカクテルへのこだわりと、お客様に味わって欲しい食体験についてお聞かせください。
田代氏:もちろん新型コロナウイルスの関係で、ノンアルコールドリンクが流行るというのがありました。ただうちは東京や静岡から来てくださるお客様も多いので、車でいらっしゃるお客様も一定数おられます。なので、ノンアルコールドリンクに関しては、新型コロナウイルスが流行る前から力を入れていました。車で来ると運転手は飲めないですし、せっかく記念写真を撮っても、氷がガシガシ入ったジンジャーエールみたいなのはちょっと悲しいですよね。せっかくの特別な時間なので、アルコールを飲めない人も、他の人と同じグラスで、同じ色味を天然の色で表現して、そこにいるみんなが同じように楽しめる雰囲気を、ノンアルコールドリンクで作りたいなって思っています。
-独創的なドリンクの数々はどこから発想を得ているんですか?
田代氏:コンブチャが海外で流行っているよと聞いて、コンブチャを使いつつアップルミントとかのシロップを作ってみたり、その香りを使ったコンブチャを作ってみたり、色々と試してみました。もちろん何度も失敗しましたし、時にはペクチンが強すぎてスライムみたいになってしまったこともありましたね。今はコンブチャは使わず、畑で採れる野菜を連想させるようなものや、ブルーベリーやみかんなどの果実を中心にお出ししていますが、日々濃度や酸味を調整し、お料理に寄り添えるようにしています。基本的なベースは自分で用意していますが、その日のメニューを教えてもらって、そこからどういう風に料理に合わせていくか二人で話し合って進めています。
夢である二人のレストランを続けつつ、好きなものをさらに増やしていきたい
-最後に今後の目標や展望などがあればお聞かせください。
本岡:純粋に「自分たちが食べたいな、行きたいな」と思えるお店を作っていきたいと思っています。例えば、軽く1杯飲みながらつまめるようなビストロやワインバーみたいなお店です。「KAM」は営業が終わるのも早いので、食べた後にここから自転車で行けるような範囲内でお店を作れたらなって。「restaurant KAM」は、僕たちの夢だったので、今後も二人でこのお店を続けていきたいなと思っています。ただうちは2テーブルしかないので、提供できる数は限られています。そんな中でも、通い続けてくださるお客様が一人でも二人でも増えたら嬉しいですね。
***
プロフィール
本岡将氏:
1993年、兵庫県生まれ。調理師専門学校を卒業後、南仏、フランス・バスク地方、スペイン・バスク地方をまわり、研鑽を積む。2017年、23歳の若さで静岡にある「レストラン ビオス」の料理長に就任。2021年に埼玉に自身のお店「restaurant KAM」をオープン。
田代圭佑氏:
1993年、兵庫県生まれ。「レストランマルタ」のソムリエを務め、2021年に埼玉に自身のお店「restaurant KAM」をオープン。
***
【編集後記】
20歳の頃に二人で描いた夢を実現させた「restaurant KAM」。採れたての野菜で表現する“香り”を味わう料理、そしてそれを引き立てるノンアルコールペアリング。お互いに尊敬し、尊重し合う二人だからこそ織りなせるマリアージュをぜひ味わってみたくなりました。
※こちらの記事は2024年10月28日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。