名古屋「浜源」鈴木太郎氏に聞く、基本を磨き上げた江戸前鮨との向き合い方

名古屋市内、閑静な街並みの一角に佇む鮨屋「浜源」。こちらでは、名店「あら輝」で学んだ気鋭の2代目・鈴木太郎氏が握る、江戸前の基本を磨き上げた鮨をいただくことができます。今回は“江戸前の作法”を探求する鈴木氏の、鮨との向き合い方についてお話を伺いました。

鮨職人になったきっかけと「あら輝」での実り豊かな修業時代

-鈴木さんが料理の道に進まれたきっかけは何でしょうか。

僕は「浜源」の2代目なのですが、昔から両親ともにお店に出ていたので、小さい頃は祖父母によく預けられていました。祖母がとても料理上手な人だったので、いつも「美味しいな」と思って食べていて、料理には自然と興味が向いていました。
また、父が外で食べ歩くのが好きで、僕も子供の頃から色々なお店に連れて行ってもらっていました。なので、ありがたいことに小さな頃から、料理や外食産業に触れる機会に恵まれた環境で育っていました。

-小さな頃から料理が身近にあったのですね。その中で、鮨職人を目指された経緯についてお聞かせください。

鮨の道に進んだのは、やはり家業が鮨屋というのが一番大きな理由です。子供の頃から実家のお店で、出前の手伝いや皿洗いなどをずっとやっていたので、鮨屋自体に馴染みがありました。でも、それを仕事にするということを真剣に考えたのは大学の卒業前でした。
ただ、親からはっきりと言われたことは無くても、自分は家業を継ぐんだろうな、という圧が自然と家族の空気感の中にあって(笑)。それを受けて、大学卒業間際になって僕の方から親に「店を継ぐ」と伝えました。
それから、まずは実家で約1年間修業しました。その後に、3年ほど名古屋のカウンター割烹のお店でお世話になってから、東京の「あら輝」に飛び込みで行きました。

-「あら輝」に飛び込みで修業に行かれたのですか!お店自体は元々知っていたのですか?

元々は、知りませんでした。でも当時、たまたま「浜源」に来ていたお客さんから「あら輝」という、若手だけど将来凄くいい鮨屋になりそうなお店があるとの話を聞いたことがありました。その数日後に、書店で見た雑誌に載っていたのを見つけて運命を感じ「弟子にしてほしい」とすぐに電話しました。それは断られたのですが、親方から「一度食べにいらっしゃい」と言っていただけたので、お邪魔することになりました。

でも、どうしても食べるだけではなく働きたかったので、どうにか頼み込んだら1年限定という条件付きで許可してもらえることになったんです。「1年経ったら実家に帰りなさいよ」と言われていましたが、どうにかこうにか伸ばして、その後もう半年ほど無理やり使ってもらいました(笑)。

-凄い行動力ですね!「あら輝」での修業時代で、特に印象に残っている経験や、今に活かされていることなどはあるでしょうか?

技術的な部分の指導ももちろんありますが、親方がいつも「自分が幸せでないと人を幸せにできない」と言っていたことが、僕には印象的でした。「鮨の勉強も大事だけど、普段から芸術に触れるとか、音楽を楽しむとか、そういうことをして常に自分の感覚を磨いておきなさい」ということを常々言われていました。

当時、親方には色々なレストランに連れて行ってもらって、食事を沢山勉強させてもらいました。それとは別に、舞台を観に行ったり、器を鑑賞しに行ったりと「食」以外のことでも本当に色々とお世話になりました。それが僕にとっては大きな経験で、今の姿勢にも活きています。

-それではお休みの日も、親方と一緒に行動されていたんですね。

そうですね。一番大きなイベントだと、北海道へマグロ漁船に乗りに行く、というのがありました(笑)。当日は漁船には天候不良で乗れなかったのですが、現地のマグロ漁師さんと直接お話ししたり、行かなければできなかった様々な体験をすることができました。
そのような経験を通して、自分だけじゃ何もできない、様々な人に支えられている、ということを学ぶことができました。荒木親方自身が「人に支えられて成り立っている」という考えをいつも大切にしていて、支えてくれる人々のルーツを知りたがる人だったんです。そんな親方と一緒にいる時間を通して「作っているのは鮨だけど、常にその前後に人がいる。だから作ったら終わりではないんだ」という感覚を強く持つようになりました。

酢と米にこだわったシャリと、吟味して仕入れた食材が光る鮨

-鮨のシャリには厳選したお米や、赤酢・米酢のブレンド酢を使用されているとのことですが、シャリはどのようにして作られているのでしょうか。

まず米に関しては、先代から付き合いのあるお米屋さんと「天日干しの米」という条件を最優先にして、試行錯誤しながら決めていきました。先代は天日干しにはそこまでこだわっていませんでしたが、僕は“米粒の力強さ”というか、弾力を感じる、歯応えのある米を鮨に使いたかったんです。その上で、一番大事だったことが機械乾燥ではなく、天日干しした米である、ということでした。それで色々と試した結果、今使っている新潟県産のコシヒカリが僕の理想とする“力強さ”に近いものを持っていたんです。

-お酢についてはいかがですか?

お酢は、昔の「浜源」は米酢のみを使っていました。今は赤酢と米酢をブレンドして使っています。赤酢はコクや旨味が強くて、米酢はキレを感じるシャープな酸味です。この2つをバランス良く合わせて、どの魚にもちゃんと寄り添える“マルチに使えるシャリ”を作りたくてブレンド酢を作りました。赤酢:米酢の割合は、大体6:4くらいですね。
1つ納得のいくシャリを作り出すのは物凄く難しい作業なので、うちはその1種類のシャリのみを使っています。

-鮨ネタも非常に吟味されていると伺っています。豊洲市場の鮪卸、地元の三河湾の魚介類など、食材ごとの仕入れに関するこだわりについて教えてください。

仕入れに関しては、人付き合いが大切です。人との関係性次第で、良い食材が入るかどうかが決まります。鮪卸の「大善」さんは、先代からの付き合いですし、その他の地元を含めたお魚屋さんとも、ある程度の年数のお付き合いがあります。
魚ってどれもやっぱり一点物なので「この魚を誰に使ってもらいたい」という思いをお持ちの魚屋さんも多いんですよね。良い魚が手に入った時にどのお店を選ぶか。その中でうちを選んでもらえるよう、お付き合いを欠かさない、ということを一番大事にしています。

流行りに流されず「江戸前鮨の原点」を深い部分で考え続ける、ということ

-鈴木さんは江戸前鮨の作法を探求されているとのことですが、その作法とはどのようなものでしょうか。

最近は鮨のスタイルも、目新しいことをしたり、パフォーマンスを工夫したりするお店が増えてきていますが、僕の目指す方向性としてはそのような“クリエイティブ”な鮨ではないんです。
それよりも、当たり前のもの、基本的なものをより高いレベルで仕上げる、ということに重きを置いています。これは職人的な考え方なのかもしれないですけど。
奇抜さで一瞬人目を引くことよりも、見た目は普通だけど、食べてみてしみじみと感じる「美味しさ」を追求することが、仕事として一番理想的なのかな、って思うんですね。「何がこんなに違うんだろう」って思ってもらえるような。

魚のコンディションや自分自身のコンディションなど、不安定な要素が多い中で、高いレベルを維持していくのは、やればやるほど難しさを感じます。
でも、継続しないと見えてこない世界があるので、基本を大切にして、ずっと歴史が続いている「江戸前鮨の原点」をもっと深い部分で考え続ける、という姿勢を持つようにしています。流行りや時代性は、続けている中で自然と入ってきて鮨に表現されるものですから、それに流されず、むしろ自分がブレないように基本を保つことが大切だと思っています。

-そんな鈴木さんが生み出す、これだけは味わって欲しい自慢の1貫などがあれば、ぜひお聞かせください。

うーん、自慢の1貫ということではないですけど、鮪などですかね。鮪はコースの中で、握りで4種類程度出します。赤身に中トロ、大トロときて、最後はミニ手巻き。やっぱり信頼ある卸先から仕入れている自慢の鮪なので、ぜひ味わってもらいたいですね。
でも、やっぱりコース全体を楽しんでもらいたいですね。
握りの1貫目はイカにしています。イカで始めて、白身や鮪などのお魚が出て、握りの最後は穴子で締める。その後にデザート代わりに卵焼きをお出ししています。
全部で14、5貫を出してコースの流れを作っています。

鮨職人として「無駄のない動き」が自然なパフォーマンスになる

-鈴木さんが現在挑戦されていることや、今後取り組んでみたいことがあればお聞かせください。

今でいっぱいいっぱいです(笑)。先ほど言ったように、基本の姿勢をどれだけ高いレベルで維持するか、ということなので、毎日必死に鮨と向き合っています。ただ「あら輝」の親方から「お茶はやっておきなさい」と言われたことがあって、それは今後やろうと思っています。お茶、つまり茶道は芸術や所作、おもてなしをトータルで勉強できるものなので。
お店での演出でも、目指しているパフォーマンスは「当たり前のことをやっているだけだけど、無駄のない動き」。その一挙手一投足が自然とパフォーマンスになっている、という域にいけたら理想だな、と思っています。そのような所作を身につけるためにも、今はまだ始められていないですが「お茶をやる」というのが、当面の目標ですね。

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鈴木太郎氏 プロフィール
愛知県・名古屋市生まれ。東京・世田谷にあった「あら輝」で修業を積んだ後、名古屋に戻り、父の後を継いて「浜源」2代目の店主となる。先代から受け継いだ伝統の仕事を下地に、江戸前の基本を大切にして日々研鑽を重ねた鮨を提供し続け、今では名古屋屈指の江戸前鮨の名店に。

寿司

浜源

名古屋市営桜通線 御器所駅 徒歩7分

【編集後記】
誠実に、自身の鮨に対する姿勢を正面から語ってくださった鈴木太郎氏。「江戸前」という基本を日々続けることの大切さ、難しさが伝わってきました。鈴木氏が生み出す鮨には、古くから変わらないシンプルな形の中に、伝統の重みと、本質的な美味しさが備わっていることが、インタビューを通して感じられました。洗練された江戸前鮨を味わいに、ぜひ「浜源」へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2023年09月21日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Katayama yuta

神楽坂在住の、外食を楽しむ編集部メンバー。
旬の食材を活かした料理がとても好きで、特に季節の野菜にはこだわりが。
気になった食材は、採り方などまでしっかりと聞き込みます。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:南青山 七鳥目/鮨 はしもと
・好きなお店:笠井/ひらまつ 広尾
・注目しているお店:比良山荘/cenci
・好きなジャンル:和懐石/フレンチ/イタリアン
・好きな食材:季節の旬野菜/お肉/麺類

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