鎌倉「イチリン ハナレ」齋藤宏文氏に聞く、実力派料理人が追求する独自の中華とその未来とは

鎌倉の閑静な地にひっそりと佇む「イチリン ハナレ」は、風情ある日本家屋のなかで新感覚の中華料理であるヌーベルシノワを堪能できる名店です。オーナーシェフ・齋藤宏文氏は「赤坂 四川飯店」にて12年の修業を積んだ後「東京チャイニーズ 一凛」や「TexturA」といった注目店を手掛けてきた、実力派の料理人です。今回KIWAMINOでは、齋藤氏にインタビューを実施。「イチリン ハナレ」ならではの食体験や料理へのこだわりについてなど、多岐に渡って伺いました。

新しい価値・サービスの提供を目指して鎌倉で開業

-「イチリン ハナレ」を開業された経緯についてお聞かせください。

元々、築地にある「東京チャイニーズ 一凛」を開業したときから、離れを作るという構想を持っていました。築地の店舗はカウンターとテーブルだけだったので、カウンターだけの店で、より近い距離感でお客様と接する場所を作りたかったんです。

その当時、都内でも別館とか離れがいっぱいできてたんですよ。でも、単価だけが上がっただけで、提供するサービスや価値はほとんど変わらないというところも多くて。サービス業なので、どうせだったら新しい価値・サービスを作って提供したいと考えていました。そんな時にこの場所と物件に出会い、ピンときて開業を決めました。

-場所は鎌倉の高級住宅地、建物は特徴的な日本家屋ですが、どんなところに惹かれたのでしょうか。

こんな場所に店はないだろうなという所だったので、ワクワク感があったんです。あとは、これまで東京で飲食をやってきた自分にとって、新たな土地で、新たなチャレンジとサービスを作るっていうことに適していましたね。鎌倉には中華料理店も少ないし、あまり食のイメージも無かったので、面白みがありました。

-空間作りへのこだわりについてお聞かせください。

まずは、お客様には普段僕らが感じるものと同じものを届けたかったんです。僕らは例えば鳥の鳴き声や、風向きが変われば潮の香りとか、色々なものを感じることができる。空間を作りこんでしまうと、作ったものに対して感じることになってしまうので、内装も建具とかはそのままにし、なるべく元の状態を残しました。営業中は、音楽もかけていないので、静けさと中華の良さのシズル感を感じて、元々ここにあるものを楽しめる空間作りをするというのがこだわりですね。

あとは、人との距離感が近いのも特徴です。自分たちの表情を見てもらえたり、カウンターからは調理場も見えたりしますね。もちろん僕らから、お客様の表情もよく見える。ある意味、緊張感と楽しさを両方持ちながら調理をしています。料理人も「どんな人が、どんな顔をして食べているんだろう」とかを考えるし、お客様も「この料理はどんな人が作っているんだ」ということを感じながら過ごしていただけます。

自分の料理に飽きずに、中華料理を追求する

-店のコンセプトである“分解と再構築”について詳しくお聞かせください。

美味しい中華料理店はたくさんあるんですけど、僕は、自分が体験したものをお客様にも体験してほしいし、自分にしか作れないものを感じてほしいんです。なので、あの店よりもうちの方が美味しいとかではなくて、もっと、自分たちだからこそ表現できることを価値・サービスに変えて、提供したいと考えています。

最初は、洋食のような要素も取り入れていたのですが、今は本当に中国の料理・技法を日本の食材を使って表現したり、日本の古いお皿を使ってみたりして、また新たに工夫しているところです。

-齋藤氏ならではの料理へのこだわりについて教えてください。

僕は、かれこれ何十年もずっと「よだれ鶏」を出しているんです。どんな料理にこだわっているかでいくと、たくさんあるのですが“自分の料理に飽きないというこだわり”を持って料理するということが大切だと感じています。ずっと変わらないのもどうかとは思いますが、変わらないものとか、1つのものを常に突き詰めるというのは、大切なんじゃないかなと今は思うんです。

正直、自分では何十年も提供していて多少飽きてしまったとしても、お客様は毎月楽しみにしてくださっている人もいるし「よだれ鶏」を期待して来てくださっている人もいる。事前に情報を見て、ネタバレしているのに楽しみにくださっているのも面白いですよね。だから、自分も飽きないでいようと思います。あとは、仮に自分や店がなくなったとしても、料理が残っていくのか、というのは料理人として興味がありますね。

-季節のおまかせコースを提供されていますが、メニュー構成を決められる際のこだわりをお聞かせください。

あまり決めつけないというのを念頭に置いています。いつもこの流れだからこの流れで行こうという型にはまってしまうと進化が無いままなので、色々なスタッフと話し合いながらメニュー構成を考えています。基本は1か月ごとにメニューを変えていますが、1か月の中でオペレーションを含めて変更になることもあります。お客様の反応も見ながら、決めつけるのではなく「本当にそれでいいのか」と疑いながら、日々模索していますね。

実は、ホールだからどうとか料理人だからどうという決め事も無く、料理を作ったら誰であっても、お客様の元へ料理を運んで説明までするんです。そういう時に、自分の説明でどれだけ伝わって、お客様がどういう反応をされているのか、料理人は確認できますね。そこでの気付きがメニュー作りにも活かされていると思います。

-お客様にとっても、料理人に提供してもらえたら、嬉しいですよね。

そうですよね。より中華の良さである臨場感も感じてもらえるのではないでしょうか。僕自身も自分で考えて行動しているし、スタッフにもそのスタンスを大切にしてもらいたいです。だから、ホールだからとか、調理場だからとか決め事や制限はしていないです。

-「イチリン ハナレ」の今後の展望について、お聞かせください。

開店して8年が経ちました。はじめの頃は、目新しくおしゃれに盛り付けたり、中華をあっさり作ったりということもやっていました。ただ、今はもっと本質的なことをやっていきたいと考えています。もう1度中華料理の原点を勉強して、良さに向き合って、再構築していく。熱々で美味しいとか、辛くて美味しいとか、より本質的なことを見つめて、料理を作っていきたいと思っています。

何事も決めつけずに、ワクワクを形にしていく

-オリジナリティを生み出す、齋藤氏の発想の原点やインスピレーションの源は何なのでしょうか。

自分が体験したものしか形にできないので、自分が色々な所に行ってみたり、見てみたり、たくさんの経験をすることが、新しいものを生み出す刺激になっています。僕はそういう刺激が無いとつまらなくって。中華の料理人ではありますが、新たに感じられるサービスや価値を作るのが好きなんです。「イチリン ハナレ」を開業したときも、鎌倉にはあまり中華料理店は無かったし、大きなカウンターがある店も無かった。でも、ウケるし面白いと思ってやっていました。今は、せっかく鎌倉にいるので、自分がワクワクするものを形にしていければと思いますし、それをお客様が楽しんでくれたら嬉しいですね。

-現在挑戦されていることや、今後取り組んでいきたいことについてお聞かせください。

まずは今後、鎌倉でワインバーをやろうと思っています。鎌倉って、最近美味しい店や、単価の高い店もできてきましたよね。でも、ただご飯を食べにその店に行って、帰るのみということが多くて、それが惜しいなと思いまして。もっと鎌倉の良さを知ってほしいと感じたんです。

一方で“鎌倉らしい”っていうのもなかなか無いですよね。なので“鎌倉らしい”を作りたいとも思ったんです。鎌倉に来る理由が、山・海・寺社仏閣の観光だけではなく、食事をしてからお酒をゆっくり飲んで帰るとか、そういう新しい動きを作れたらと思い、構想しています。何かを作れば、10年後には鎌倉っぽいね、となると思うんです。そういう新しいサービスをやってみたいし、大人の新しいコミュニティが生まれる場を作れたらと考えています。

あとは、もちろん飲食ビジネスも興味はありますけど、宿泊・民泊にも興味があるんです。こんな空間で寝られたらいいなとか、こんな空間でお風呂に入れたらいいなというイメージはあるので、それを形にできたら面白いですよね。本当に1組のゲストだけを徹底的に喜ばせる宿泊体験とか、作ってみたいです。僕自身、やりたいと思ったらとことんやり抜くタイプ。自分のワクワクすることを形にして共有するのが楽しいので、今後も新たなチャレンジを続けていきたいです。

四川料理

イチリン ハナレ

JR横須賀線 鎌倉駅 徒歩15分

20,000円〜29,999円

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齋藤宏文氏 プロフィール
1976年静岡県出身
赤坂四川飯店にて12年修業後、
2008年 株式会社ウェイブズ勤務
2016年 総料理長に就任
2013年3月 築地「東京チャイニーズ 一凛」店主
2017年4月 鎌倉に一凛の離れである「イチリンハナレ」を開店
2019年4月有楽町に中華×スパニッシュ「TexturA」を開店
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【編集後記】
鎌倉駅から歩いて15分ほどの場所に佇む「イチリン ハナレ」。店内に足を踏み入れると庭を望む風情のある空間に、心を奪われました。そのような空間の中で、この店ならではの中華料理をいただけば、記憶に残る食体験となるでしょう。料理の枠を超えてチャレンジを続ける齋藤氏の今後にも目が離せませんね。

※こちらの記事は2025年01月16日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Kanaka.S

ウェディング業界を経て株式会社一休へ。一休.comレストランの営業として約200店舗を担当した後、編集部へジョイン。演奏家の父の影響で幼い頃から舞台芸術に触れ、自身も“人に感動に届ける仕事をしたい”という想いを持つ。プライベートでは、好きなエリアのレストランを開拓して、お気に入りを見つけるのが趣味のひとつ。皆さんの“こころに贅沢な時間”に繋がりますように、素敵なレストランの魅力をたっぷりとお届けいたします!

好きなお店:HOMMAGE・渡辺料理店・Lol.
気になるお店:apothéose・CIRPAS・オトワレストラン・鎌倉 北じま

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