インタビュー|

京都「仁修樓」上岡誠氏に聞く、常に進化し続ける滋味を大切にした広東料理とは

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数々のホテルで中国料理の技を磨き、2019年秋に京都・北区にて独立。その後またたく間にグルマンの話題を席捲した広東料理店「仁修樓」。今回はオーナーシェフ上岡誠氏にお店の開業までの経緯や、滋味溢れるスペシャリテの数々についてなど、多岐に渡ってマッキー牧元さんにインタビューをしていただきました。

常に身近な存在だった料理の道へ

-まず料理人を目指したきっかけと、中でも中国料理を選ばれた理由をお聞かせください。

両親が共働きだったので、ご飯は物心ついた時から姉と一緒に買い物に行って、自分たちで作っていました。また私がアトピー性皮膚炎だったため、添加物や酸化した油が駄目で、市販品や外食ではなく、なるべく作って食べるようにしていました。お菓子も作っていましたから、料理をするということは常に身近にありましたね。また、小さい頃は美術と野球が好きで、学校ではその2つしか真剣にやっていなかったんです。先生には美術の仕事をやったらと言ってもらえていたのですが、仕事にした時に美術はいろんなクライアントから嫌な仕事も受けなくてはいけないかもなと考えました。でも料理に関しては、どんな料理でも作るのが嫌いではなかったので、料理で嫌なもんはないんやろなと思ったんです。毎日やっていることだから毎日できそうだ。それで料理を志したのですが、なぜ中華の道に進んだのかは、あまりよくわかってないんです(笑)。

最初は「京都ホテル」(現在は「ホテルオークラ京都」)で、16歳からバイトとして働かせてもらったんです。というのも、その2年前に料理の鉄人に「京都ホテル」の宮澤料理長が出ていたんですよ。それを見て何かしら華やかな世界を感じたんでしょうね。調理師学校の先生に「京都ホテル」でバイトをしたいとお願いしたんです。

-その後に香港や広州でも修業なさっていますね。

いや香港や広東は、修業というほどのもんじゃないですね。修業は日本です。料理人とはどういうことかを、日本人として学びました。技術を研鑽するのは修業じゃないです。料理人として、料理を通して人をもてなすことを日本人として学びました。例えばですけど、お客さんがお店にきて。昨日まではアイスコーヒーやったけど、今日は幾分涼しくなってきたので、ホットコーヒーを出そうかとか。あるいは、営業の方が料理長に挨拶に来た時に、色々飛び回ってこられたんやろなと思ったら、冷たいおしぼりとお茶を用意せなあかんなとか、それが修業やと思うんです。そこに至る考え方を持つということがお客さんへの思いにつながっていく。こういう季節やからこんな料理を食べてもらいたいということにつながると思うんです。中国料理の修業というより、料理人としての修業、そこには料理のジャンルはない。だから香港や広州では、そういう土台があって、自分に足らないピースを探しに行っているだけなので、あまり修業ではないんです。

合理性から離れ自分の料理を提供したい、そんな思いから独立

-その後2019年に独立されました。そのきっかけをお聞かせ願えますか。

合理性の中で作られる料理は、お店やホテルの名前の料理だと思ったんです。自分は合理性から外れたところで、自分の名前とか個人の力で料理の道に進んでいきたかった。合理性と別れ、誰が作っても同じものができる料理でないものをやりたかったんです。僕が作ったから僕の味がするという軸、そっちへ行った方がいいと思ったんです。
研鑽してきた技術やレシピは、親父だったらこうするだろうというもので、経験値があって独立するということは、積み重ねてきたもので戦うのでなく、積み重ねてきたものと戦わなければいけない。だから積み重ねてきたレシピは一切出してないんです。
以前の職場を知るお客さんがいらっしゃって、意外ですとか、ホテルらしくないとかおっしゃいますが、実はそういうことなのです。

-お料理は肌感覚を大切に作ってらっしゃるとも伺いました。

もちろん積み重ねたことも自分の中に入っていて、それなしには何も語れないですよ。全く別々ではなく、複雑に重なっているんです。そんな中で肌感覚を大切にしているというのは、レシピに振り回されないことなんです。例えば焼き物は、乾燥時間で仕上がりが変わってくるので、その肉はどんな水分を持っていて、どんな塩を当てたらいいのかを感覚でつかみます。重さは測らない。だからこそ合理的ではない自分の料理、それを肌感覚と言っています。僕が作ったら僕の料理になると思っていますが、それが崇高だとは思っていません。

“滋味”を大切にするスペシャリテの数々

-スペシャリテについて伺いたいのですが、広東料理と言えば、代表するものが「焼味(シャオ・ウェイ)」(肉のロースト料理)と「スープ」ですね。私もお店で素晴らしい焼味をいただきました。でも焼味は、一朝一夕には体得できない料理だと思うのですが、いかがですか?

はい。3年前にお店を始めた時は、厨房も釜も全て新しかったので、自分の思っている感覚で仕事ができていないなと感じることもあったんです。ですが最近は、釜からの音や匂いで、外からでも焼き具合が感覚的に捉えられるようになってきました。それも含めてまだまだ途中ですね。

-焼き物は、提供するまでに切ったり味見したりはできない世界ですから、難しいでしょうね。

はい、なので提供する前に、自分で何回も試作して、焼いて、食べてみないとわからないです。温度計もあてにならない世界ですから。

-肉の個体差やその日の気温や湿度もありますから、さらに難しいでしょうね。

その時その時の状態があるので、前はこうだったらこうなるとか、教科書通りには行かないんです。だから自分の中に強い固定概念があると、簡単に覆されちゃうんで、あまり気にしないようにしています。

-「脆皮燒肉」(豚バラのクリスピーロースト)の豚の脂が弾ける感じとか、「脆皮鶏」(鳥のクリスピー焼き)の鳥皮のパリンと仕上がった香ばしさと中の肉のしっとり感など、東京で長年やられている焼き物師に負けない美味しさがありました。

実際焼き物に関しては師匠がいないので、自分の考えでやっています。香港などで焼かしてもらった時には「お前の火入れは生」と言われました。ただ僕の中では、香港のローストの完全なる再現ではなく、鴨とか鶏はそこまで火を入れなくともいいのかなと思い、一気に強火のアプローチをかけて、あとは休ませて火を入れるというやり方で仕上げています。これは広東式の火入れのやり方ではないですよね。広東式で休ませるのは、肉のジュースを馴染ませるためであって、僕は釜から出した後、その間に火が入っていくイメージでやっています。香港のやり方ではないですが、召し上がるのは主に日本人なので、そこに沿った形です。だから現地至上主義ではありません。

-ではもう一つのスペシャリテであるスープの話を伺わせてください。夏にいただいた、陳皮(みかんの皮)や朝鮮人参を入れた雛鳥のスープは、夏の弱った体をいたわっていくような温かさがあって美味しかったです。また別の日は、杏仁や干しダコ、干し貝柱を使ったスープで、味に淀みがなく澄んでいるのに滋味深く、素材のバランスや蒸す時間に相当気を使ってらっしゃる印象がありましたが、特に意識されていることはありますか?

蒸しスープはいろんな食材を入れて一斉に蒸すことが多いと思うのですが、私は入れる時間に差を設けています。一気に蒸すと、食材の中には香りが抜けてしまっているんじゃないかとか、一番いいところじゃないかなと思うことがあるんですね。だからそれぞれ入れるタイミングを調整していて、中には30分しか入れないものもあります。

-それぞれエキスや香りを出すには最適な時間があるはずで、それを測っているということですね。

はい。ゴールを合わせるためには、スタートを調整しなくてはいけない。僕はその方がいいと思って、やっています。

-スープを食べるゲストにこんな風に感じて欲しいというのはありますか?

体に染み渡っていくようなスープなので、最初の一口は混ぜないで飲んで欲しいですね。
混ぜると味が淀んでしまうので。蒸すということは、対流を起こさないという調理方法で、極々緩やかな対流しか起こらないので、あれだけ味がクリアになるんです。それを混ぜてしまうと、その瞬間から味がボケるんですね。でもあまりこちらがお客様に食べ方を細かく指示するのもどうかなと思い、今まではお伝えしていなかったのですが、これからはお伝えしていきたいとも思っています。やはりスープは、混ぜずに一口飲んで、その余韻を感じて欲しいと思っています。

-ありがとうございます。今度はそのように心して飲みたいと思います。また焼き物やスープ以外で広東料理といえば「乾貨(ガンフォ)」(干した高級食材)になると思うのですが、なかんずく皆さんがご存知なのはフカヒレですね。その中で私がいただいた「紅焼(ホンシャオ)」(上海風醤油風味の煮込み)は、他の店より上品で、エレガントさを感じたのですが。あれはどのようにつくられているのでしょうか?

それは広東料理プラスということで、広東料理にも紅焼はあるのですが、醤油を入れないスタイルなんです。うちのはそれをさらに北京とかの紅焼に少し寄せた感じです。昔お世話になっていた香港のシェフは、フカヒレに「上湯(シャンタン)」(最高級のスープ)を使うのに、そこに醤油なんか入れるやつがどこにおんねん、という感じでした。まさしく香港至上主義の考えで、自分もその中で育って、そういう見方をしてきたんです。でも店を始めて1ヶ月も経たないタイミングで醤油を使ってみたら、その方が圧倒的にお客さんの反応が良かった。上湯だけで押すのも劣っていることではないし、知らない味を味わうのもいいと思います。ですが味の入り口というか、やはり味噌とか醤油で培ってきた人たちにお食事を作る場合、日常で食べ慣れた味の中に上湯があるのは、受け取りやすいと思うんです。
だから上湯も活かし、醤油も活かす、その二つの味が交差するところが、この辺じゃないかなと思ってやっています。

-煮込みではなく、上から熱々の上湯をかけたフカヒレ料理もいただいたのですが、あれも上湯の味が活きて美味しいですよね。

煮込むと味がボケるというのがどうしても出てくるので、上湯を活かして美味しく仕上げます。また煮込みは、煮込んでいく段階でフカヒレの匂いを飛ばすんですが、煮込まない分、掃除をしっかりして臭みを取る仕事を、煮込みのお店より丹念にやっています。でも煮込みは煮込みで、今後自分としても挑戦していきたいと思っています。例えばモウカザメとかを使うなら、やはり煮込みですし、今のヨシキリザメではない、掃除しきらないサメ感を食べる料理も今後はやっていきたいと思います。

-あと皆さんが喜ばれるのは最後のチャーハンだと思います。僕はラーロウ(中国ソーセージ)と干大根炒飯と、夏にはウニの上湯かけ、アワビの肝ソース添えチャーハンをいただきました。どちらも素晴らしかったです。

あんかけの方は、どちらかというと日本人を意識したもので、香港ではあんかけはなかったですが、こうしたら喜んでいただけるだろうなというのをある程度反映して、ご提案したものです。でもそっちの方にいきすぎないように、ラーロウと干大根炒飯も作っています。
それは他の料理とのバランスもあるのですが、お客さんのカラーと自分のカラーでちゃんとセッションができたらいいなと思っています。
僕の料理を食べてくださいという、僕のアイデンティティー一辺倒で成立すればいいんですが、できればセッションであってほしいと思います。

攻めの姿勢は今の等身大の自分を映す料理

-今後やっていきたい料理や出していきたい料理はありますか?

新しい何かを作るより、今ある料理をどれだけブラッシュアップできるかということをずっと考えています。また基本的にネタを温めないタチなので、あれをやってみたいと思ったらすぐやります。それで食べてみて、ああしたらいい、こうしたらいいと削っていき、お出しするので、あまり遠くは見ていません。

-あと皆さんが喜ばれるのは、花の形をした最初の前菜や、鯉の形をかたどった杏仁豆腐のといった、繊細で美しい仕事を施した料理だと思うんですが、最初と最後に美しさでお客さんの心をつかむ料理を持ってきたいと思われているんでしょうか?

入り口と出口がある中で、毎回あの杏仁豆腐を出すかというと、そうでもないので、出口に関しては言い切れないのですが、ご来店いただいて、最初に華があるのは大事やと思って、前菜に花を入れ込んだ演出をしています。
造形の美しさに関わらず、料理として美しく見せる工夫はしないといけないと思ってます。焼き物を大きく切って、ダイナミックにお出しするのもひとつの表現ですし、多種多様なものがあるのは大事かなと。だから入り口と出口だけでなく、流れがあり、コースというのは山もあれば引く所もなくてはいけない。ただし引くことに関しては自分ではまだ考えていません。
老練な方の料理を食べると、一歩引いた見事さがありますが、そういう老練さというのは、真似できても、僕がやれることではない。それがいいと思った時にやろうと思ってます。
どちらかというと押しの料理が多く、それが今の自分を表していると思うので、料理を通して自分を味わっていただくことを考えれば、あまり諸先輩の方が到達した域のことをやるより、今の自分を表現できている方がいいと思います。それに、後々自分の中で引く時が来ると思うので、長い期間を持って自分の成長をわかってもらえたらいいと思います。
できうる限り長く通っていただきたいと思います(笑)。

-普段から本などを読まれて勉強なさっていると思われますが、違うジャンルの店に出かけて、刺激などを受けられていますか?

お客様にお誘いを受けて、一緒に様々な料理をいただいています。私はここが好きだからというのが良くて、店との距離の近さを感じる。料理よりも、自分が好きな店を自分が好きな人と一緒に食べたいという、そっちの方が大事で、新しいコンビニスイーツを食べに行こうと誘われても行きます。食べに行った料理をすぐに反映するということはなく、何かを取りに行くということもない。その方と一緒に食べに行くということが大切なんです。
これはイメージ的に、最後の晩餐は何がいいですかと聞かれた時に、何が食べたいかより、誰と食べたいかの方が大事だと思うんです。料理を考える時も、どんな気候なのか、過ごしやすいか、湿気があるならこの料理を作ってみようか、とか考えます。夏だけど、この料理が作りたいから作るというのはないです。
料理だけに特化するのは、香港や広州に行く時で、その時はパズルのピースを拾いに行きます。

-常連のお客さんが多いと思いますが。初めて来るお客さんに何か伝えたいことはありますか?

人見知りなんで、最初の人はいっぱい喋りかけて欲しいです(笑)。もちろん黙って、食べることに集中したい人もいらっしゃるので、それは自由ですが、カウンターなんで、喋りかけた方が楽しいと思われたら、ぜひ喋りかけてください。

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上岡誠氏 プロフィール 
1983年、京都生まれ。
京都ホテル(現在の京都ホテルオークラ)、ホテル日航大阪、エクシブ有馬離宮などで研鑽を積む。香港や広州など広東省各地へも足を運び、知見を広げる。2019年、仁修楼を開業。
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中華料理

仁修樓

線 駅 市バス:46系統「大宮交通公園前」駅徒歩1分

20,000円〜29,999円

【編集後記】
今まで数々の名店で中国料理をいただいてきたが「仁修楼」の料理は頭抜けている。だがそのこと以上に、このお店で料理をいただいた時に、居心地の良さを感じるのはなぜだろうと、今まで思っていた。それは決して普段口には出さない、お客さんに対する上岡氏の思いやりの心根が秘められていたのである。香港や広東に出かけるのは修業ではなく、自分の料理の中で足りないピースを探しに行くことであって、日本で学んだ季節への思いやり、お客様の気持ちに応えることこそが、料理より大切で。それこそが修業だと言う思い。何を食べるかより、誰と食べるかの方が大切だという、人間らしさの根本である共食の意義などを大事にする、上岡氏の慈愛が合ってこその料理なのだということを知ることができました。今後ますます「仁修楼」に伺うことが楽しみです。

マッキー牧元

マッキー牧元(「味の手帖」編集顧問) 国内、海外を問わず、年間700食ほど旺盛に食べ歩き、雑誌、テレビ、ラジオなどで妥協なき食情報を発信。近著に「超一流サッポロ一番の作り方」(ぴあ)がある。

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