2019年4月にオープンした「TexturA」。中国料理とスペイン料理の目新しいコラボが、美食家らの話題をさらい、瞬く間に人気店となりました。オーナーシェフである齋藤宏文氏はこれまで、予約困難店である「東京チャイニーズ 一凛」と「イチリンハナレ」を立ち上げた、華麗な経歴を持つ方。今回は、その齋藤氏を訪ね、ご自身の原点やTexturAが目指す料理体験について、お話を伺いました。
目 次
修業時代 、料理漬けの日々を過ごした「赤坂四川飯店」
―料理人を志したきっかけは何でしょうか?
小学生の頃から、料理やお菓子を作るのが好きでした。それを両親に食べてもらうのが好きでしたね。友達のご両親の中で、飲食店をやっている方が多かったことも、影響していると思います。
地元が静岡なのですが、高校生の頃は、東京に出たかったという思いが強かったですね。上京した際、東京には様々な国籍・ジャンルの料理があることを知りました。
上京後は専門学校で1年間、その後八王子にある中国料理のお店で働きました。そこの先輩から、「ここじゃなくてももっと良いお店があるからそこへ行ったらどうか」と勧められ、「赤坂四川飯店」の門を叩いたんです。
実は、八王子にあるお店の店長は、「赤坂四川飯店」の陳建一さんに『料理の鉄人』で勝った方で、それを見て次の日に電話をかけて、入店することになったんです。
そこで赤坂四川飯店を紹介されたものですから、まさかそこが陳さんのお店だとは思わなかったんです。面接にも陳さんはいませんでしたから、知らないまま入店したんですよ。
―四川飯店時代のエピソードをお聞かせください。
四川飯店時代は、ただただ忙しかったですね。陳さんがテレビ番組に出演して、すごい勢いがあった時代でしたので。男30人がいる厨房の中で、毎日ひたすら料理について考える日々でした。
当時の四川飯店は、ほとんどの料理にレシピがなく、観察を通して技術を身に着けるしかありませんでした。先輩や陳さんが作っているのを見て、調味料は何を入れて、どういう器具を使っているのかを、いつも横目で追っていたんです。とりあえず覚えて、お店が終わった後、自分で手を動かして作るの繰り返しでした。
懐かしいですね。厨房の仲間と『料理の鉄人』をもじって、毎回テーマを変えて料理を競うこともありました。
「東京チャイニーズ 一凛」で、カウンタースタイルの中華を確立
―13年在籍されていましたが、独立を思い立ったきっかけについて。
実のところ、いつまでに独立しようとか、目標を立てていたわけではないんです。
自分の場合は、独立ありきではなくて、自分が作った料理を通じて、人に喜んでもらえることがうれしいという思いが根底にあったからこそ、独立の道を選んだということでしょうか。
―凛やイチリンハナレ立ち上げのきっかけや、一凛オープン初期のエピソードついてお聞かせください。
上京後に働いていた八王子のお店の同期が、その後一凛やイチリンハナレ、TexturAの運営会社となる「ウェイブズ」に務めていたんです。彼から、手伝ってくれないかと誘われたのが、一凛を立ち上げるきっかけになりました。
手伝ううちに、独立したいという思いが芽生えてきました。カウンタースタイルの中華をやりたかったんですよ。それでいざ辞める時に、そのことを代表の多代に話したところ、「それならうちでやりなよ」ってなったんです。1か月後には場所が決まって、一凛の開店がとんとん拍子に進んでいきました。
一凛は、コンセプトや料理などについては、自分が自由に決めて良いということになったので、それならここでやろうと決心しました。経営も、自分の理論でやらせてもらいました。
「飲食という行為、そのものを楽しんでほしい」
―2017年には「イチリンハナレ」をオープンし、一凛同様人気店となりました。その中で、異なるコンセプトで「TexturA」をオープンした理由についてお聞かせください。
自分では、楽しみ方の提案に違いがあると思っています。
TexturAのコンセプトは、「ハイクラス」「ハイテンション」。そこに、ダイバシティー(=多様性)を持ったお客様がいらっしゃると想定し、自分たちだけにしかできない提案をして、お客様に楽しんでもらいたいと考えているんです。
肩肘張らずに訪れ、ハイクラスの食材を楽しめるお店というコンセプトは、一凛やイチリンハナレにはないものです。その楽しみ方の違いを、お客様に届けたいですね。
技術や味を追求することはもちろん大切です。でも、自分は料理人として、飲食という行為そのものを楽しんでほしいということを追求したいとも、考えています。
東京では近年、飲食が大変ブームになっていますよね。単価が高いお店に通う方も多いと言われています。ただ、そういう方が、本当に肩肘張らずにいろんな方を誘えるお店ってあんまりないと思うんですね。
例えば、単価の高いお店だと、先輩が後輩、同僚を誘うというのはなかなか難しい。そうなると、そういうお店はどうしても接待での利用となってしまいますよね。それは一つのスタイルですから、否定するつもりはありません。
ただ、もっと気軽にいろんな方と飲食を楽しみたいのであれば、単価が高すぎると実現しにくいことも事実です。
また、若い方にも、いつもと違うドキドキを感じてもらいたいです。ディナーで8,000円という少し高めの価格設定のお店で、いつも飲まないようなワインを楽しんでもらう。そうすることで、コンセプトである「ハイテンション」になってもらえると考えているのです。
お客様の心を動かす。「TexturA」こその料理体験
―少しスタイルは異なりますが、TexturAでも一凛やイチリンハナレに引き続き、カウンターを導入しています。齋藤シェフにとって、カウンターで料理を楽しむことへの想いについてお聞かせください。
料理人にとってカウンターは、より身近に人の心を察して、それを料理やサービスを通じて動かせる、変えられる場所なんです。料理人という職業自体、人の心を動かす職業なのですが、それがもっとも発揮される場所が、カウンターだと考えています。
一凛を立ち上げた当初からの思いなのですが、自分はお客様に、気分がさえないときにでも、お店に来てほしいと考えているんですよ。
どうして今日このお客様は、このお店に来たんだろう? その理由をカウンター越しに想像し、料理やサービスを通して、心を動かし、気分を盛り立てていけるかを、カウンターを通して追求していきたいですね。
若いころは味ばかりを追求していましたが、年を取るにつれ、視野が広がったと思いますね。
―仕入れの量が増加する中で、質を維持するために、仕入れ時に工夫していることがあればお聞かせください。
素材については、TexturAの立ち上げをきっかけに考えをめぐらしているところです。これまでは、高級店が使うものや、高いものが良いと言われていましたが、それは本当なのかと問うようになりました。
もちろん、絶対に使いたい食材があることは事実です。例えば、スペシャリテともいえる「よだれ鶏」がそう。ここを変えるつもりはありません。
ただ、今は使われていないものの、良いものがまだいっぱいあるのではないかと考えています。日本には、埋もれている良い食材がまだまだありますから、TexturAを起点に、積極的に掘り起こしていきたいと思います。
その結果、一凛やイチリンハナレにも、その影響が及ぶかもしれません。楽しみにしていただきたいと思います。
味の追求だけでなく、楽しみ方そのもののアップデートも試みる齋藤氏。新たに立ち上がった「TexturA」では、「東京チャイニーズ 一凛」や「イチリンハナレ」とは一味違う料理体験ができそうです。今後、どのような進化を遂げるかが、今から楽しみです。
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齋藤 宏文 プロフィール
1976年、静岡県生まれ。四川料理の名店「赤坂四川飯店」で13年間研鑽を積んだ後、飲食店の企画運営を行う「株式会社ウェイブズ」に参画。2013年に「東京チャイニーズ一凛」を開店し、2016年にはウェイブズの総料理長に就任。2017年には「イチリンハナレ」を鎌倉に、2019年4月には「TexturA」を東京・有楽町にオープンした。
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※こちらの記事は2020年10月23日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。