東京・国領「ドン ブラボー」平雅一氏に聞く、クラシカルとクリエイティビティが融合したイタリア料理の魅力

新宿駅から約30分、東京・国領に佇む「ドン ブラボー」は、都心から離れたエリアにありながらも、多くの人が足を運ぶ人気のイタリアンレストラン。今回は、シェフ・平雅一氏にインタビューを実施し、数々の有名シェフと過ごした修業時代から現在の料理に対する思いまで、たっぷりとお話を伺いました。

両親の影響やアルバイトをきっかけに料理の道へ

-まずは、料理人になったきっかけについてお聞かせください。

何か大きなきっかけがあったわけではないのですが、両親が料理人だったことが大きいと思います。僕の父親は「ドン ブラボー」があるこの場所で、ずっと鉄板焼き屋をやっていましたし、母親の実家は今でも浅草でラーメン屋をしていて。料理に関係している親戚も多いですね。

子供の頃は父親がいるお店のカウンター席で食事をすることが当たり前でした。
その後、料理について考えることもなく大学へ通っていましたが、無国籍料理やイタリアンのお店でバイトをした経験も料理の道へ進んだきっかけと言えるかもしれません。

数々の有名シェフと過ごした修業時代

-国内外の有名店で修業されていたそうですが、当時について印象に残っているエピソードがあればお聞かせください。

僕がバイトをしていたイタリアンのお店には「TACUBO」の田窪大祐シェフや「Principio(プリンチピオ)」の根岸輝仁シェフなど、有名なシェフの方々がたくさん働いていたんです。僕は、シェフの皆さんが帰った後の夜に出勤して、パティシエの方と一緒に朝までケーキやタルトを作っていて。そのまま大学へ行くという生活を送っていました。

大学3年生の頃、就職先を考えていたときに「acca(アッカ)」を訪れたことがあったのですが、そのとき食べた料理がとても美味しくて。最初は断られましたが、アルバイトとして雇ってもらえることになり、最終的には就職するまでになりました。

「acca」の林冬青シェフは、僕の中で天才とも言える存在。すごく厳しい面もありますが、他にはなかなかいない天才というか、一言で表すなら「静」。触れるのが少し怖くなってしまうほど、シェフの料理を神聖なものだと感じていました。当時は働くだけで精一杯でしたが、僕の料理に対する考え方の根底には「acca」があると思っています。

-料理人として、早い時期から有名シェフの方々と働かれていたのですね。

「acca」の後は、3年間イタリアへ。日本に帰ってきてからは、林シェフに紹介していただいた「トラットリア ダディーノ」を経て、田窪シェフのお誘いで「リストランティーノ バルカ」で働かせていただくことに。オープンから5年ほどお世話になり、その後お店が恵比寿へ移転するタイミングで、三宿の「ボッコンディヴィーノ」(現在閉店:ピッツェリア ノーチェ)へ移ることにしました。

自分でも思うのですが、僕は本当に物覚えが悪くて(笑)。色々な店を渡ってきましたが、レシピとかってほぼ覚えていないんです。でも、出会ったシェフの佇まいはよく覚えていて今でも本当に尊敬しています。「追い越したいけれど、追い越せない存在がいる」って、ある意味幸せなことですよね。そういう方々と過ごせたことは、貴重な経験だったと思います。

都心から少し離れた国領で店を続ける理由

-国領という都心から少し離れた場所で独立されたのは、やはりお父様がお店をされていた場所ということが影響しているのでしょうか。

実はそれも、特に思い入れがあったわけではないんです。
独立しようと物件を探していた頃、久々に実家へ帰ったら「そう言えば、うちって飲食店なんだよな」と改めて気付いて。父親に「あと何年くらいお店を続けるの?」と聞いたら、「5、6年はやるんじゃないかな。でもお前がここで店をやりたいなら、すぐ始めてもいいよ」と言われて。父親が何十年も続けてきた店ですから戸惑った部分もありましたが、選択肢としてはアリだなと。そのまま話が進んで、3か月後には独立することになりました。

-3か月後に独立!お父様とは言えスムーズに話が進んだのですね。

そうですね、わりとすぐに決まったと思います。
一方で、立地についてはこれまでに色々と思う部分もありました。
2022年にある新聞社からレストランの賞をいただきまして、他の受賞者の方々とお会いする機会があったんです。郊外にある有名なレストランの方ばかりだったのですが、お話ししていると皆さん自分たちならではの“武器”を持っているなと感じて。

そこで選ばれたレストランって、周りに綺麗な山や海があったり、その地域でしか食べられないような食材を使った料理を楽しめたり、独自の魅力があって。一方で、うちのお店って同じ郊外でも住宅街ですし、すごく中途半端だと思ったんです。

でも、日本全国を見ても東京ってすごく個性的な場所だと思うので、“個性的な東京の郊外にある”というのも、また違った意味で個性になるんじゃないかなと考えて。自分たちらしさを見失わずにここでお店を続けていくことも、今は尊いことだと思っています。

「ドン ブラボー」ならではの料理に込める思い

-伝統的なイタリアの郷土料理をベースにされているそうですが「ドン ブラボー」ならではのメニューを考えるうえで意識していることはございますか。

一番意識していることは「自分たちが納得できるほど、美味しい料理かどうか」。
僕がお店を始めたころはクリエイティブな料理が脚光を浴びていましたが、最近は再びクラシックの波が来ているように感じます。

とは言え、その波にただ乗ればいいというわけではありません。
例えば、本場イタリアの食堂のような雰囲気で、自然派ワインに生ハムとイチジクを出すだけでも「これがイタリアンの良さだよね」となる。ただ、本当の意味で“記憶に残るほどの感動”を生み出せるのって本場のお店だけだと思っていて、ほとんどが“想定内の料理”になってしまうんです。でもそれは、自分たちが目指すものではないと思っていて。

日本にいながら“もう一歩先の料理”を作るには、下品にならないクリエーションをかけていくことが必要です。それは生ハムのカットを変えることや、イチジクの温度を変えることかもしれませんし、洗練されたお皿を使うことかもしれません。
クラシックな部分を忘れずに、クリエイティブさを取り入れていく。
時代の流れに乗りつつも、自分たちらしさを見失わないことの重要さを最近改めて考え直しています。

-食材や調味料など、仕入れについてこだわっている部分はございますか。

実は僕、生産者さんのもとへ足を運ぶことに前向きではなかったんです。食材を作っている人の話を聞くと、僕も熱が入り過ぎて何でも美味しく感じてしまって。冷静じゃなくなってしまうんですよね。でも最近は、直接生産者さんとやりとりすることの大切さを改めて感じているので、度々足を運ぶようになりました。

正直なところ、うちのお店って同じスタイルのレストランと比べても、かなり価格を抑えているほうだと思うんです。本当に高級な食材だけを使おうとすると、3~5万円くらいのコースになってしまいますからちょっと難しい。生産者さんとの繋がりが深い食材や、その時期にしか味わえない産直のものなどを上手く取り入れて、なるべくシンプルで美味しい料理を提供したいと考えています。

-お店の魅力を語るうえで、ピッツァは欠かせないメニューだと思います。生地やソースなど「ドン ブラボー」のピッツァの特徴をお聞かせください。

日本のピッツアって、どのお店のものも本場に負けないくらいレベルが高いんです。基本的にどれも美味しいからこそ、周りと同じように作らなくてもいいんじゃないかと思っていて。うちのピッツアはナポリスタイルですが、使う材料が他とは異なります。

一番の違いは、塩の使い方。通常のナポリピッツアは生地にしっかりと塩をきかせて、上に乗せるソースはシンプルに。“下から突き上げるような意味で食べるもの”という感じで、とても美味しいです。一方、うちのお店ではコースの締めにピザをお出ししていますが、最後のピザで一気に塩味を上げると、コース全体のトーンを崩してしまうことに繋がります。そのため、うちのピザ生地は少し塩を抑えた仕上がりにしているんです。

ただ、そうすると今度はピッツアを食べたときの“ひと口目のインパクト”が欠けてしまうため、風味と旨味で補うというアプローチをしています。

風味を上げるために挽きたての全粒粉を使い、旨味を上げるためには普通の水で生地を練るのではなく、生の玉ねぎと水で作る「玉ねぎ水」と、チーズを作ったときに生まれる「ホエイ(乳清)」を使用します。こういった工夫を凝らすことで、ストレスなく食べ続けられる生地に仕上がるんです。上に乗せるソースもシンプルなものはもちろん、マヨコーンのような複雑な感じのソースでも味のバランスがとれるので、ここも大きな特徴かなと思います。

-料理に合わせるワインも種類豊富だそうですね。普段はどのようにワインを選ばれているのでしょうか。

ワイン選びはスーシェフに任せているのですが、ペアリングも様々なバリエーションがあって、自然派から王道ワイン、ノンアルコールのものもご用意しています。あえて言うなら、同業の方が見れば見るほど驚くようなものが多いんじゃないかなと。有名なシェフの方からも好評ですね。料理を作るシェフがワインを合わせるので、ソムリエとは少し違ったアプローチができていると思います。

自らのアップデートを怠らず、新しいことに挑戦したい

-今後挑戦していきたいことや、未来への展望についてお聞かせください。

レストラン業界、特にうちのような価格帯のお店って、労働時間が長くなりがちです。でも、もうそれも変えていかなきゃいけないタイミングだなと。良い仕事をしているわけですから、お店は続けつつ、別のところで稼いでいく必要があるわけです。

そんななか、実は今小学校時代の同級生が会社に入ってくれていて。彼は海外で会社を立ち上げた経験もある凄腕のビジネスマンですが、今後はレストランのように自分たちが作ったもので目の前の人に喜んでもらえる仕事がしたいと言っているんです。
彼の持つノウハウを僕たちに展開してもらうかたちで、一緒に仕事をやっていこうという話になりました。

最近は彼の力を借りて、うちの姉妹店である「CRAZY PIZZA」を、日本一の冷凍ピザにチャレンジする“旨味を研究するラボ”にするかたちで日本一の冷凍ピッツアを作ろうと考えています。「CRAZY PIZZA」は国領と神楽坂にあり、今年の秋には虎ノ門にも新しい店舗がオープン予定。新しいビジネスの幅を広げていきたいですね。

僕が一番やりたいことは料理なんで、すでに夢は叶っていると思うんです。
当たり前ですが、ただ歳を重ねていくだけではそのうち時代に乗り遅れてしまいます。
僕が尊敬しているシェフや職人さんたちって、歳を重ねても常にアップデートしているんですよね。皆さんに魅力を感じてもらえるような料理を作るためにも、今後は僕自身のインプットも増やしつつ、やり方を模索しながらチャレンジを続けていきたいと思います。

平雅一 氏 プロフィール
1979年、東京生まれ。広尾「アッカ」で勤務後、本場イタリアの有名店を渡り歩き3年間修業。帰国後は「TACUBO(タクボ)」で勤務したのち、三宿「ボッコンディヴィーノ(現在閉店:ピッツェリア ノーチェ)」でシェフを務める。生まれ育った東京都調布市・国領に2012年「ドンブラボー」を、2020年にはピザ専門店「クレイジーピザ」を開店。

イタリア料理

ドン ブラボー

京王線 国領駅 南口より徒歩3分

6,000円〜7,999円

【編集後記】
取材当日は、ランチタイムが終わる頃お店の前に到着。帰りがけのお客さんたちの「美味しかったね」という満足気な表情がとても印象的でした。料理の美味しさはもちろん、平シェフやスタッフの皆さんが作るお店の雰囲気も人気の秘訣だと実感。姉妹店の「CRAZY PIZZA」も合わせて、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

※こちらの記事は2023年08月30日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Yuri

校正の仕事に興味を持ち、スクールを経て一休コンシェルジュ編集部へ。好き嫌いはほぼなし。食べることが大好きで、どんなものでも美味しく・楽しくいただきます。編集部メンバーとのお店巡りが最近のマイブーム。もう少しお酒が強くなりたいと思う今日この頃です。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:さ行/デンクシフロリ/BLESS/レストラン プルニエ/ラフィナージュ

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