神戸「Aspirant」松本拓也氏に聞く、多彩なフランス料理を追求し続ける新天地での挑戦

兵庫県・三宮駅から徒歩約7分のところにある「Aspirant(アスピラント)」。2023年にオープンした完全予約制のレストランで、見目麗しい料理の数々は、多くの美食家の舌を唸らせてきました。

実は同店、神戸の予約困難店として知られた「Courière(クーリエール)」のオーナーシェフ、松本拓也氏による2店舗目。ここでも、若き才能が光る多彩な料理を生み出しています。今回は松本氏に現在のスタイルを確立するまでと、新たな挑戦をし続けるパワーの源についてお伺いしました。

異なるフレンチスタイルの店で築き上げた、いまにも活きる基礎力と応用力

―飲食業界に興味を持ったきっかけを教えてください

僕が高校生だった頃、叔父が料理人で創作居酒屋を営んでいました。料理が美味しいのはもちろん、店に来るお客さんもみんな楽しそうで。それから料理に興味を抱き始めたのがきっかけですね。高校卒業後は料理の専門学校へ通い、イタリアンとフレンチを学びました。そこでフレンチの多彩なソース使いや、素材から出汁を取る調理法に魅了されたんです。

―では専門学校を卒業後は、迷わずフレンチの世界へ進まれたんですか?

はい。最初は結婚式場で、クラシックなフレンチを提供していました。当時の総料理長がフランス料理の巨匠ピエール・トロワグロ氏の下で修練を積んだ実力派。ここで僕は、いまにも繋がるフランス料理の実践を教えてもらいました。無我夢中で目の前の仕事をこなし、すると少しずつできることが増えていく。2年目には早い段階で、ソテー料理の責任者・ソーシエという重要なポジションを任せてもらえるようになり凄く嬉しかったですね。同時に、自分で仕上げた味がお客様の口に入ることに、これまで以上に強い責任を感じました。

―その後、松本氏は創作フレンチ料理の店で修業されています。これは「Aspirant」のイノベーティブ料理にも通ずるところがあるように思いました。当時はどのような思いで、環境を変える決意をしたのでしょうか。

自分の料理がしたい、将来は自分の店を出したいという思いが明確になってきたんです。
地元・神戸市内にあった人気の創作フレンチで修業をしたのですが、ここで学んだ応用力は確かに「Aspirant」に活かされていますね。例えば、賄いは予算が与えられ、自分たちで仕入れ献立を作ります。これは、在庫管理という面でもとても勉強になりました。意見があればアイディアを採用してくれたりと、モチベーションにも繋がりました。

コースでは、その日に獲れた新鮮な素材を使うため、特に魚は当日届くまで何が入っているか分からない。一度、小魚ばっかり届いたことがあって、ひたすらさばき続けたのはいい思い出です。在籍中は日々、旬をいただいているという実感があり、とてもいい経験をさせてもらいました。

“自分の料理を追求したい”抑えきれない思いが行動力を掻き立てる

―松本氏のご経歴で、ポップアップを積極的に企画・運営されていた時期がありました。とても興味深く感じられたのですが、当時、どのようなことに情熱を燃やしていたのでしょうか。

これも、自分の料理をもっとやりたいという思いからですね。レストランで働きながら、仕事終わりに毎日最低1品は、自分の好きな料理を作っていました。するとやっぱり、誰かに食べてもらいたくなる。

ポップアップは、職場の休日にキッチンを使わせてもらいスタートしました。インスタグラムで集客をして、何度か回を重ねるうちに、同業者も来てくれるように。そこで新しいコミュニティができました。

基本はコースでしたが、1度アラカルトでもやったことがあります。その時は、想像をはるかに上回るお客様が来て。僕たちもてんてこ舞い。嬉しい悲鳴が上がりました。そしてポップアップで最も良かったことは、自分の店をやることに対する自信を持てたことです。

人気を博した「Courière」は、新たな章「Aspirant」へ

―そして遂に2020年、ご自身の店「Courière(クーリエール)」がオープン。神戸で予約の取れない店として様々な雑誌やメディアでも取り上げられ、瞬く間に人気店となりました。

自分の店を持つと決めたときから、どんなに忙しかろうと、妻と2人でやると決めていました。その理由は、自分の好きなことをとことん追求したいと思ったから。そして、これまでの経験で人に教える難しさを知っていたからです。妻にはずっとサービス全般をお願いしています。

―それから約3年後の2023年4月に「Aspirant」として場所も店名も新たにスタートしました。これにはどのような思いがあったのでしょうか。

移転するなら店の名前も変える、これは僕にとっては必然。その裏には、もっと多種多様な料理を提供したいという気持ちが強くなったことがあります。現在「Aspirant」はカウンター6席で、多くの場合3組2名でいらっしゃいます。すると品数の多いコースをご提供するにも丁度良いのです。約3時間で15品のコースを提供していますが、本当はもっと品数を増やしたいくらいなんですよ。

―提供するコース料理は毎月変えていらっしゃるということですが、素材や本来の味を活かした松本氏ならではの調理法について教えてください。

素材は国産にこだわること。生産者さんとの信頼関係をすごく大切にしています。例えば京都のオリジナルブランド「七谷鴨」はよく使わせてもらっていますが、先日、生産者さんに熟成をかけてもらえないか相談しました。すると、これが凄く良かった。互いに自分の仕事に本気だからこそしっかりと意見交換ができるんだと思います。

素材を活かすことでは、出汁へのこだわりの強さも自負しています。汎用性の高さから鶏のブイヨンについては特に研究を重ねていて、既存の考えに囚われず旨味を最大限に引き出す方法を追究しています。さらに、減圧調理を行うことで食材にじっくりと出汁を浸透させていく。こうした方法は、うちならではだと思います。

ペアリングにも力を入れていて、これは妻が中心にやってくれています。毎回、料理と一緒に飲んでみてコースに合うワインを探していくのですが、色々試しているとピタッとはまる瞬間があるんです。2人で「あっ、これだね」って。

フランス料理だとフランスワインに合わせる店が多いのですが、うちは日本ワインのみを取り扱っています。スパークリングでは「安心院ワイン」を食前酒に。また宮城で元料理人だった方が営むワイナリー「Fattoria AL FIORE(ファットリア・アル・フィオーレ)」もお気に入りです。

家族の絆とお客様が紡ぐ「Aspirant」らしさ

―来店された方の感想では、皆さん料理の美味しさはもちろん、松本氏の人柄についても言及しています。心から温まるような空間は「Aspirant」らしさの1つになっていると思うのですが、家族でレストランを営むからこその魅力でしょうか。

それはもうお客様に感謝ですね。
以前、妻が出産間近のときに1人でキッチンからサービスまで行ったことがあるんです。すごく大変で。子供が生まれてからは、店に連れてくるのもいかがなものかと悩んでいました。そんな時、お客様が「そんなの、連れてくればいいじゃん」って。とても救われました。子供もいざ連れてくるとなんだか馴染んでいてとてもいい感じ。今は三人四脚とお客様でこの空間を造り上げていると感じています。

―最後に今後の展望とKIWAMINO読者の皆様にメッセージをお願いします。

今後はノンアルコールのペアリングにも、もっと力を入れたいです。
でもやっぱり1番の目標はミシュランですね!そのためにまた近い将来、店を移すかもしれない。僕自身が現状に満足できないタイプなので、ずっと進み続けていきたいと思います。

独立して約3年半。料理も空間も、うちでしか味わえないモノになっていると思います。KIWAMINO読者さんにはぜひ来ていただきたいです。

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松本拓也氏 プロフィール
19歳で料理の世界に飛び込み、料理の専門学校へ。卒業後はフランス料理の巨匠トロワグロ氏のもとで働いた経験のあるシェフからクラシックスタイルの基礎を学ぶ。その後、神戸市西区の創作料理店、神戸市中央区のミシュランビブグルマン獲得店、神戸北野のイノベーティブレストランでスーシェフとして更なる経験を積む。2020年9月、神戸元町に国産食材と日本ワインにこだわるモダンフレンチ店「Courière」を夫婦で開業。人気絶頂の中移転し、2023年4月「Aspirant」を三宮にオープン。
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公式Instagram:https://www.instagram.com/restaurant_couriere

【編集後記】
取材から、松本氏は料理界に飛び込んだ瞬間から、自分の料理を沢山作りたいという強い情熱を持っていたんだと、実感しました。出汁を使った調理法に魅せられ、独自のセンスと経験で日々進化し続けていること。「Courière」から「Aspirant」へと変えたことは、再スタートではなく発展なんだと感じました。近い未来のミシュラン候補「Aspirant」ならではの料理と空間を体感してはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2024年04月29日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Sonoka Watage

スイーツ専門メディアから「KIWAMINO」編集部へ。美味しいだけじゃない食文化の面白さや、作り手の思いを発信していきます。
好きなワインはピノノワール。お気に入りはカウンターで食べるデセールコース。
【MY CHOICE】
好きなお店:ADI /FARO
好きなジャンル:スイーツ/イタリアン

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