神戸「erre」濱部隆章氏に聞く、香りと共に楽しむ素材を活かした薪焼きイタリアンの魅力

三宮駅からも近い、神戸北野に2017年12月にオープンしたイタリアンレストラン「erre」。薪焼きや発酵など原始的な調理法を用い、素材を活かしたクリエイティブな料理を、香りとともに楽しむことができます。
今回は、オーナーシェフの濱部隆章氏に、修業時代のエピソードや薪焼きの魅力、今後の目標など、多岐にわたってお話しを伺いました。

名店での経験を経て、素材の活かし方をとことん学んだ修業時代

-料理人を志されたきっかけについてお聞かせください。

高校生の頃に、親戚がやっていた海鮮料理の店でアルバイトをしたのが、最初のきっかけです。店内の半分が生簀になっている店と、もう1つ、海に浮かんでいる筏の上にあった店は、海中に生簀がありました。祖父が漁師、祖母が海女さんをやっていたので、どちらも生簀には伊勢海老やアワビ、サザエなどがたくさんいて、そこから網ですくってそのまま焼くというスタイルが印象的でした。食材が身近にあって、店自体も自然の中にあって、飲食店って面白いなと興味を持つようになりました。
その後、大阪の調理師専門学校に行き、卒業後は大阪のイタリア料理店で約6年、基礎を積ませてもらいました。

-東京に行こうと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

大阪の「サバティーニ」で一緒に働いていた方の影響です。当時、イタリアの一つ星レストラン「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」が日本にオープンすることになり、僕に料理を教えてくれていた人が移籍をすることになったんです。
その方は、ポジションシェフをしながらパティシエもやっていたんですが「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」にはパティシエとして移籍をされ、活躍されているという話を聞いていました。それをきっかけに、自分も東京に行ってみたいと思うようになりました。

-東京では「アロマフレスカ(Aroma Fresca)」「ARMANI / RISTORANTE 」など、名だたる名店で約9年修業をされたと拝見しました。その中で現在のご自身に特に影響を与えたエピソードを教えてください。

「アロマフレスカ」の考え方はすごいなと思いました。
大阪で働いていた店はクラシックなスタイルで、仕込みベースで料理を作っていましたが「アロマフレスカ」では、素材をその場で瞬間的に調理するのが当たり前だったので、今までと全く違う料理のスタイルに衝撃を受けました。
例えばパスタは、生地だけを作っておいて、注文を受けてからその場で伸ばして作ります。品川の「アロマクラシコ」ではパスタを担当していましたが、そこでは16個のタイマーを駆使してその場でパスタを作り、ソースも、ラグー以外はその場で全部作るという感じでした。

-それは衝撃的ですね。私も「料理=仕込み」というイメージでしたが、その場で調理することのメリットは?

一番のメリットは、食感を大事にできるということです。
でも、ただその場で炒めればいいというのではなく、茹でるのか蒸すのかなど、素材によってアプローチを変えていかないと美味しくなりません。どんなアプローチをしたらその素材が美味しくなるのかということを常に考えさせられた仕事でした。

-大阪から東京に出てきて、今までやってきた料理の概念が大きく変わっていったのですね。

人と人との繋がりに支えられて、2017年12月に「erre」をオープン

-その後「erre」をオープンされるまでは、どのような経緯だったのでしょうか?

東京と大阪で働いていた時は、独立する気はありませんでした。
「erre」の前は大阪の商業施設のイタリア料理店でシェフをやっていて、オープンから約4年働いていましたが、カジュアル業態の店で、このままでいいのかと思い始めた頃でした。そんな時、奥さんに「自分でそれだけ料理ができるんだから、独立したらいいのに」と言われて、その一言に背中を押されました。凝り固まっていたら何も進化しないし、自分も成長しない、そんな状態で何をやっても続かないと気付いたんです。

神戸を選んだのは、奥さんが神戸出身で、訪れるうちに、街のサイズ感やゆったりした雰囲気、日本と西洋の文化が入り混じっている感じが好きになったからです。
あと、兵庫県は、北は日本海側の浜坂から南は淡路島まで食材の宝庫だという点にも惹かれました。

-様々なジャンルのスペシャリストの方々とタッグを組んで「erre」を立ち上げられたそうですが、そのようなスタイルでやろうと思ったきっかけは?

それまでの店では個人で仕事をするスタイルで、チームで仕事をしたことがなかったのですが、店を開業するとなった時に、自分一人では何もできないということを現実問題として突きつけられました。
そんな時に奥さんから「これだけのクリエイティブな仕事をやりたいなら、チームじゃないとできないよ」と言われたのがきっかけです。スペシャリストの方との出会いは、まさに人と人との繋がりで、奥さんがやっていたシェアオフィスのメンバーだった建築家さんを通じて農家さんや色々な方が繋がっていきました。
不思議なものですが、僕に一番欠けていた部分で今の店が成り立っています(笑)。

-お店のコンセプトである“根源を敬う”という言葉に込められた想いを教えてください。

先ず、薪をやりたいというのが一番にありました。薪は原始的な調理法なので、ただの薪焼き料理というコンテンツではなくて、きちんと料理人として仕事をしている部分がありつつ、原始的な調理法を取り入れるスタイルにしたかったんです。
他にも、発酵も日本で昔からやっている文化で、色々な微生物や菌と一緒に暮らしているという感覚がいいなと思っていたので、そういったものをまとめて“根源を敬う”に辿り着きました。
ただ焼いたら美味しい、そのまま食べて美味しい、というだけではなく、その先に起こる科学的な変化や、味覚や嗅覚の感じを“根源を敬う”ことで料理に落とし込んでいけたらいいなという想いも込めています。

-“根源を敬う”の始まりは薪だったんですね。

そうですね。農家さんから紹介してもらった薪職人のおじいちゃんのところで初めてやった薪焼きが、とても美味しかったんです。
丹波の黒枝豆を焼いたのですが、茹でずにそのまま焼くので、枝豆の水分は中に含まれたままになり、その水分だけで蒸し焼きにできるんです。そこに薪を燃やして出た水蒸気が循環して、薪の香りが枝豆に付いていく。水蒸気自体も薪の香りを含んでいて、自然が循環しているというのがいいなと思い、薪焼き料理をやろうと決めました。

-薪焼きに関しては、東京・代官山にある「TACUBO」の田窪シェフを“薪焼きの師匠”として紹介されていたのをInstagramで拝見しました。

薪焼き料理をやりたいと思いましたが、実際に食べたことも作ったこともなかったんです。そんな時に、同じ「アロマフレスカ」出身の田窪さんが薪焼き料理をやられていることを思い出し、僕のパスタの師匠である根岸シェフを通じて紹介していただきました。
実際に食事をしに行って、薪焼きの美味しさや魅力にますます惹かれたので、改めて「研修させてください」とお願いしたんです。

当時の僕は薪のことを何も知らなかったので、持参した薪を見て「こんな薪どうやって燃やすの?」と聞かれても、何も答えられませんでした。
薪は、火をつけると先ずは炎を上げて燃えます。時間が経つと炎が収まって、高温だけど煙が出ない、真っ赤な熾火(おきび)になりますが、僕の薪では大きすぎて、コースの流れの中で肉を焼こうとした時に、熱源となる熾火にならないということだったんです。

そこから試行錯誤して、現在はこの薪を使っていて、煙の量を考慮し、燃やす本数は6本と決めています。木によって香りも違うので食材に合わせて種類も変えていますし、例えばシイタケを焼くには原木のクヌギの木、というように、繋がりのある木であることも大事にしています。
何を焼きたいか、どういう風に焼きたいかによって変えないといけないことに気付くきっかけをいただきました。

-濱部シェフにとって薪焼きの魅力とは何でしょうか?

熱源を作るということが、薪焼きをやる上で一番大事というか、面白いところだと思います。昔の人が薪で焼いた料理も、きっとそこのコントロールから入っていたと思うんですよね。

コンロをひねって火を付けるのではなく、熱源を先ず作る。熱源が上手にできたら料理を作るベースができて、更にそこから強火弱火をコントロールする。肉の焼き上がりをイメージして、薪の種類、熾火の温度、肉の温度や状態、厚さ、部位などを考慮して焼いています。薪で焼いた肉は、表面はほどよく焦げて、中は薪に含まれた水分でしっとり焼き上がりますし、薪の香りをまとった肉は口に入れると幸せな気持ちになると思います。

-薪焼き以外にもコースには様々な料理がありますが、メニューを考える際に心掛けていることはありますか?

同じ料理でも、ブラッシュアップをし続けるということです。店の接客スタイルや、物を置く場所も、常に何か変わろうという気持ちでいます。同じ料理を作るにしても、食材の状態や生産者によって味が変わるので、作る側も変化をしていかないと、良いものは作れません。あと、人の味覚は飽きてくるので「またあの店に行きたいな」と思ってもらえるように、進化し続けることが大事だと思っています。

-生産者との交流も大事にされていますよね。

そうですね。食材は、兵庫県産か、なるべく近くのものを選ぶようにしていて、生産者と話せる食材を使っています。
でも、商業施設の店で働いていた頃は決まった業者さんから食材を買っていたので、生産者さんとの繋がりが必要だと思っていませんでした。神戸にはベースも無く知り合いもいなかったので、開業したばかりの頃は食材の調達にはすごく苦労しました。

生産者さんとの交流を大事にするようになったのは「料理屋植むら」の植村さんの影響が大きいです。ある日、閉店も近い頃に「今から行ける?」と店に電話がかかってきて、来られたのが植村さんでした。僕はその方が植村さんだと気付かなくて、料理を食べた後に「すぐそこで店をやっている植村だけど、一緒に神戸で面白いことをやろう!」と言われて、それ以来、たくさんの生産者さんを紹介していただきました。
植村さんと生産者さん達との付き合い方を近くで見させてもらって、植村さんの人柄がすごくよくわかりましたし、こういう風にお付き合いをしないと、良い食材は手に入らないんだと感じました。兵庫県に関わらず、日本各地に足を運んでいますし、そういう姿勢はとても勉強になりました。

長屋シェフを中心とした新生「erre」のこれから

-2021年10月から長屋シェフを中心とした新体制がスタートされたそうですね。きっかけは何だったのでしょうか?

コロナ禍が続いて、みんながしんどくなってきていたので、何か変えなければと考えた時に「erre」の開業から働いてくれていて、料理が大好きな長屋くんに、このタイミングで任せてみようと思ったんです。以前の僕なら、人に任せようとは絶対に思わなかったので、自分の中では劇的な変化でしたね。

-コースもリニューアルされたそうですね。

今はコースのメニューも長屋くんが作っていて、お客様が体験されたことが無いような食材の組み合わせや、色々な発想で料理を考えています。ランチの時間もディナーコースだけでやることにしたのと、料理構成を9皿から12皿にしました。デザートは2種類出しています。

理由は2つあって、1つは、自分達が実際にレストランで食事をした時に、9皿だと、使える食材の種類が少ないし、ポーションが1皿に対して存在感が大きい印象がありました。「リストランテ」としてやるのであれば、12皿くらいないとワインも楽しんでもらえないと思ったんです。
もう1つは「リストランテ」として上を目指すことを考えた時に、神戸では「カセント」を目標にしています。「カセント」も皿数が多いですし、料理を提供するスタイルも、いつ行ってもいいなと思うので、そういったことを参考にしました。

-今後、濱部シェフはどのように「erre」に関わっていかれるのでしょうか?

ワインを中心にやっているのと、顧客の方との会話や料理説明は僕が担当しています。あと、11月に「erre」の1階にオープンした店の料理の仕込みです。1階は少しカジュアルなスタイルなので、今後はスタッフが料理の幅を広げられるように落とし込んで、ベースアップをしていきたいと思っています。

長屋くんの体制になったので、神戸や関西のレストランのシェフとの関わりを増やしたり、コラボレーションをしたりというのも考えています。僕自身、昔は閉鎖的でしたが、地元のシェフとの繋がりから刺激を受けたり、情報をもらったりできるようになりました。長屋くんにも、東京や海外のレストランだけでなく、近くの繋がりを広げてもらいたいです。

-最後に、この記事を読んでくださる方、これから「erre」に来てくださる方へメッセージをお願いします!

「erre」はお客様と一体になって楽しむというよりは、クリエイティブした料理を楽しんでいただくスタイルです。でも、決して堅苦しい訳ではなく、僕が料理の説明やお話しをさせていただいて、料理だけでなく「erre」という空間も楽しんでいただきたいと思っています。

一番意識しているのは香りです。香りと料理をどう合わせるか、全ての要素で香りを大事にしています。店に入ってきた瞬間に薪の香りがするので、そこから別空間に来たような感覚になると思います。開放暖炉の薪の炎を見つつ、食材が焼けて姿を変えていく時間も楽しんでいただきたいです。

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濱部隆章
1981年生まれ、徳島県出身 大阪の調理師専門学校を卒業後
大阪のイタリア料理店「サバティーニ」で約6年基礎を学ぶ。
その後、東京の「アロマフレスカ(Aroma Fresca)」「ARMANI / RISTORANTE 」など、名だたる名店で約9年修業。
再び大阪に戻り商業施設のイタリア料理店でシェフとして約4年働いた後に神戸で「erre」をオープン。「根源を敬う」をコンセプトに薪を熱源として、かつて料理が生まれ大切にされてきた調理法の起源を再考しながら、すべての根源である火・水・土・空気をテーマにした料理を提供。

公式HP:https://erre2017.com/
公式Instagram:https://www.instagram.com/erre.2017/
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イノベーティブ・フュージョン

erre

JR線 三ノ宮駅 徒歩8分

15,000円〜19,999円

【編集後記】
笑顔で気さくにインタビューに答えてくださった濱部シェフ。「昔は尖っていたから」と何度も話されていたのが全く想像もつかないほど、語られるお話しからは、一緒に働いているスタッフや関わってくれているスペシャリストの方々、お付き合いのあるシェフの方々への想いを感じられました。濱部シェフと「erre」が進化を続けるために今後どのような挑戦をされるのか、引き続き注目していきたいと思います!

※こちらの記事は2023年04月20日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Mika Tsuboi

一休.comの宿泊営業アシスタントから編集部へ。ワインと一緒に、美味しいものを少しずついただくのが最高の幸せ。こぢんまりとしたフレンチやネオビストロがお気に入り。
最近は日本ワインにも興味を持ち、旅先で出会った好みのワインを自宅で愉しむのが日課。パンやスイーツなどにも目がなく、週末にはカフェやパン屋巡りをし日頃の情報収集も欠かさない。
・最近行ったお店:Restaurant Fermier/六雁/Varmen
・好きなお店:広尾 ぺりかん/RESTAURANT MAMA./LATURE
・得意ジャンル:ビストロ
・好きな食材:ジビエ/蛤/伊勢海老/キノコ

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