京都「LURRA°」宮下拓己氏・Jacob Kear氏に聞く、薪火や発酵を取り入れた料理で挑戦するイノベーティブの世界とは

京都府東山に2019年にオープンした「LURRA˚(ルーラ)」は、町家を改装した京都らしい佇まいの一軒家レストラン。薪火で調理した京都産の旬野菜をメインとした料理やドリンクペアリング、温かいおもてなしと共に楽しむ食体験で、京都のみならず日本中のゲスト達を魅了しています。
今回は、ゼネラルマネージャーの宮下拓己氏と、シェフのJacob Kear(ジェイカブ・キアー)氏に、フードコラムニストの門上武司氏がインタビュー。創業メンバーの出会いから、料理・おもてなしのこだわり、今後の展望まで、たっぷりと語っていただきました。

ニュージーランドから日本へ、3人で切った新たなスタート

-まず「LURRA°」ができるまでの経緯をお話いただけますか?

宮下拓己氏(以下、宮下):5年、6年前にニュージーランドで出会いました。Jacobがシェフをしていたニュージーランドの「Clooney(クルーニー)」というレストランに僕が入って、3人が同じ場所で出会いました。
その後、そのお店がクローズすることになったのをきっかけに、日本に帰ってお店をやろうと話が決まりました。ニュージーランドは、食材が豊かで面白いものもあるんですけど、何せ流通がちゃんとしていません。日本ほどプライドを持ってやっていないというか、日本は食材が豊かだし、その中で生産者レベルからの意識がしっかりしています。Jacobはアメリカと日本のハーフ、僕は日本人で日本のバックグラウンドがあるので、日本でお店を開こうとなりました。

-3人でやろうと決意したきっかけは?

宮下:同じ日本人で、休みの日も大体一緒にいましたし、良かったなと思うのは、そもそも専門性が全く違うことです。Jacobがシェフで、僕は当時ワインをやっていたんですけど、どちらかというと、経営や文脈をしっかりと整えたり、編集したりするような部分が好きだったんです。役割としてのポジションが全然違ったのはすごく面白いなと思いました。既存のレストランのやり方って、オーナーシェフが居て、軍隊式みたいなイメージですけど、それだけじゃ超えられない壁を、3人のバランスだったら新しいことができるのではないかなと思ったんです。それぞれの良いところを生かせるはずだと。僕は数字とか、銀行のやり取りとか、面倒くさいことも好きなんです。今までのレストランの形だと、オーナーシェフが全部背負わなきゃいけないけど、クリエイションとはまた別のものだから、それをする必要ないなと思って。役割を分けるという新しい形はありなのかなと考えたんです。

生産地や都市文化に恵まれた京都の地に「LURRA°」をオープン

-初めから、東京の選択肢は無かったのですか?

宮下:東京は、最初から選択肢に無かったです。かと言って、京都にゆかりがある訳でもなくて。理由としていつも言うのは、京都は都だったので、その周辺に都を支えるところがあります。生産地や山が周りにあって、中心地からの距離感も近い中で、しっかりとした都市としての文化を持った街だというのが、何かを発信していく場所として一番適していると思ったんです。

-生産地が近いというだけでなく、都市文化が無いとダメだったのですか?

宮下:そうですね。僕達がやりたいことを世界も含めてやろうとすると、やっぱり京都という街でやる理由があります。僕達は「季節と文化のショーケース」という言い方をしているんですけど、手仕事を遡れば京都は中心地だし、食の文化も同じだと思っています。ただ、同時に思ったのは、例えば海外からゲストが来た時に、3日間和食を食べるのはしんどいので、イノベーティブと言われるジャンルも必要だと。東京はもう10年以上前に、1回世代交代が終わった飲食の街という感じがしていて、東京や大阪はもうイノベーティブ文化ができています。その中で、自分達がそこであえてやる必要もなかったし、京都でならやる意味があると思ったんです。僕達がオープンしてから、スペイン料理の「KOKE」や他のお店ができていって、そういう文脈で考えていくと、やっぱり京都で始めて良かったと思います。

-最初にやるというのは、その街を牽引するという部分もありますよね。他のお店にとっては「ここがあるからやっていける」という思いもあるでしょうし。

宮下:街としての食の成熟度が、和食である程度出来ているところに、僕達は黒船みたいな感じで入ってきました。風穴を開けたとまではいかないですけど、いいポジションを作れたのかなと思うんです。
新しい形ですが、僕達が大事にしているのは、食材ベースで料理を考えていることです。シェフが特にそうですね。アウトプットの方法としては、日本の食材を使ってタイ風のアメリカンドッグみたいなものとか、色々な料理があるんですけど、食材はどれも日本のものです。それをいかに自分達の世界で作り上げるかを考えています。

-「LURRA°」名前は、バスク語で「地球」と「月」を意味するそうですが、どのようなお店にしたいという想いだったのですか?

宮下:元々「LURRA°」は、シェフがアメリカでやっていた時のプロジェクトの名前で、日本語で言うと「母なる大地」という意味が近いです。そこから「地球」を意味する「LURRA°」になって。「°」の部分は、地球と月のバランスみたいな、デザイン的な意味もありました。

Jacob Kear氏(以下、Jacob):色々な意味があるんですけど、食べながら色々な国の料理で世界旅行ができるような感じとかですね。

宮下:僕達は、枠で言うとレストランですけど「レストランに来る」と言うよりは、家に遊びに来たような感覚で空間や時間を楽しむことや、食の体験が重要だと思っています。帰る時に「楽しかったな」と思う体験の方が「すごく美味しかった」と感じてもらえると思うのです。

-それは食べる側としても料理だけではなく、空間や過ごす時間も、味のうちに入ってきているということですよね。そういう意味では、料理だけではなく、空間や過ごす時間も含めてのイノベーティブですね。

宮下:他のレストランと比べて、軸の部分にそこの差があるなと思っています。意図して、と言うよりは、意外と自然に僕達は「それがいいじゃん」となって。スタッフ達もそうですが“お客様は神様”みたいに気を遣うのではなく、何かいい意味で対等でいられる方がいいなと思います。

薪火、発酵、ペアリング「LURRA°」で味わう独自の食体験の魅力

-「LURRA°」と言えば熱源の話を伺いたいのですが、基本的には薪と電気を使っているのですか?

宮下:食材に直接使う火に関しては、熱源は薪です。薪だけっていう言い方はまたちょっと違うのですが、食材に香りが付く要素として薪を使っています。世界的にトレンド感もありますし、プリミティブな方に戻るのは、必然的なものだったのかもしれないですね。

Jacob:炭と火では、香りの要素が違います。真ん中の暖炉では桜の薪を使って、甘い香りをお肉や魚に移しています。窯は、香りがあまり強くない楢の薪を選んでいます。燃える温度が高くて、ピザ窯に相応しいんです。

-新しい食材や違う文化と出会って、京都で料理をする意味というのはだんだん変わってきましたか?

Jacob:僕目線から言うと、毎朝買い出しに行っていると毎年新しいものが出てきていると感じるので、京都の農家さんも新しいチャレンジをしていると思います。和食の料理人から農家になった人や、色々な繋がりも出来ているので面白いです。

宮下:最初は「なぜ京都で?」と言われましたけど、何かに縛られるのではなくて、自由にやれるところも京都だと思っています。最初に言った黒船感というのは大きいと思いますし、派閥とか流れに関係なくやってきたのが良かったのかもしれません。

-京都で、新たな世界観を作ったということですね。

宮下:「monk」さんや「チェンチ」さんには、すごく可愛がってもらいました。仲良くすることが損得じゃなくて、シンプルに高め合うことができるのは、京都の狭さであり良さだと思います。彼らはすごく懐が深くて、僕達のことを後輩扱いしないのも、すごく有難かったです。和食だと出身や系列があって、それは日本の文化だし、繋がりや信頼関係が価値でもありますよね。

-和食の場合はそこが家業で、何代も続いているところがあるから。でも、西洋料理は新しい料理でみんな初代だから、対等な関係が作れるんだと思います。

宮下:僕達はいい意味で「この食材だったら何料理」という枠が無いというか、縛りがありません。それを認めてくださる方が多いのも嬉しいです。

-京都で新しい食材と出会ったことで生まれた料理は何かありますか?

Jacob:野菜がメインになったことですかね。元々コースが10品だったので使える野菜が限られていたんですけど、毎朝食材を買いに行っていると「あれも使いたい、これも使いたい」となってしまう。せっかく京都でやるんだったら、色々な野菜のメインを出したら面白いのではと思って、一口サイズくらいの野菜を約13種類、季節毎に種類を変えることで京都の色々な野菜を味わえる一品が生まれました。

宮下:お客様からすると、メインはお肉というイメージがあるじゃないですか。僕達にとって一番贅沢なことは、その日その場所でここでしか食べられないものを食べることです。「薪を使った野菜は京都のここでしか食べられない」という言い方ができるのは、自分達らしい食体験だと思います。

-薪ともう一つ、発酵というキーワードがあると思います。世界的な流れでもありますし、日本の伝統的なものでもありますが「LURRA°」で発酵を取り入れようと思ったきっかけは何ですか?

Jacob:「ノーマ」で学んできたことも当然大きいし、日本の食材は特に、旬が短いものは本当に一瞬です。例えばベリーは、長野や北海道のものがある時にたくさん集めて、冷凍保存したり、プリザーブにしたりしています。それを発酵という手法を使って色々な調理に使っています。今4年目ですが、毎年同じものを発酵して、それで冬を乗り越えています。

-料理と飲み物のペアリングも特徴ですね。

宮下:今は主にシェフが料理を作っていますが、料理の中でソースを100で作るとします。例えば、魚の料理でサフランのソースにオレンジを使うんですけど、ソースで使うオレンジを90%にして、残り10%をドリンクに使うというような、そういうやり方もできるんですよね。

Jacob:バーテンダーが作るペアリングとシェフが作るペアリングは、やっぱりちょっと違うんですよね。

宮下:正解は無いと思いますが、僕達にとってペアリングは、ソースのような感じですオープン以来ずっとノンアルコールとアルコールを同じ金額でやっていますけど、世の中のイメージでは、ノンアルコールは安いと思われています。でも人件費を考えたら、間違いなく割に合わない。「ノンアルコールの人は安く済む」って、よくわからない概念ですよね。お酒を飲まなくても同じ体験、同じ満足度ができるというのが、僕達のペアリングの魅力です。メニューでも、追加料金でペアリングのような書き方はしていなくて“ペアリングも含めた体験もセット”という形なので、そういったやり方をしてきて良かったと思います。

-アルコールもノンアルコールも、どちらもすごく努力していますよね。

Jacob:はい、めっちゃ頑張っています(笑)。
前までは料理だけだったけれど、今は料理を考えながらドリンクを考えています。例えば、ある料理で松の実のソースにするなら、松の実を使ってドリンクを作ってみようということです。

宮下:お客様が飽きてしまわないように、いい違和感があっていいと思うし、そこが難しさでもあり面白いところですよね。

-食後のデザートは、カウンター席からテーブルに移るのが楽しいですね。

宮下:家に遊びに来てもらう感覚で、お客様同士が家族のような体験をしたり、友達のように話したりというのが目的です。場所が変わることで自然にマインドが変わるというか、楽しむための一つの要素だと思うんですよね。僕達はパーソナルのためにレストランをやっていなくて“体験を共有するとか共感する。食事を囲む”ってすごく大事な体験です。このスペースを「囲炉裏」と呼んでいるんですけど、昔の家族は囲炉裏を囲んで食事をして繋がりができていました。お客様同士で、実際にそのような関係になることも多いです。

続けること、上を目指していくことの先に見えてくる世界とは

-今後の料理業界についてどう思われますか?

宮下:料理業界の未来を考えたら危ういのは、トレンドが早くて、お店の寿命が確実に短くなったなと。今やっているお店が、15年後も同じ立ち位置ではないと思うんです。世代交代されていくって、悪い事ではないと思うのですが……。
ただ、経営者サイドでシンプル考えると、留まった瞬間に15年後の未来は無いって事実が確実にあって、次の世代が絶対出てくるんです。そこのサイクルが、確実に早くなりましたよね。

-本当に、そうですね。

宮下:でも僕達がオープンしたのが3年前で、東京で言うと「kabi」とかが4年、5年ぐらい前。僕は32歳ですけど28歳で開業していて、シェフも37歳くらいだったと思うんですけど。今、20代で出てくる雰囲気をあまり聞かないから、そろそろ出てくるべきだなって、日本の業界的には思います。

-今後はどのような感じで考えていますか?

宮下:これまで3年間、シェフが海外に行ったり来たりという交流が無かった中で、ここから海外への横断も開いていくと思います。その中で見えてくるのは「ベストレストラン50」や「ミシュランガイド」を始め、何かしらの形で上を狙っていきたいというのは当然あります。今見えるところのいくつか分かりやすい、越えなければいけないアチーブメントなのかなと思っていて、それを超えた時に、また見える世界があると思います。
今後、世界が開かれていく中で海外のシェフとの交流も増えていくと思いますし、一緒にやりたいと思っているシェフも、何人かいます。そういったプランに向けて、常に動いていることが大切だと思っています。

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宮下拓己氏プロフィール

1991年生まれ、東京都出身。
食が唯一“五感が使えるアート”だと感じ、高校卒業後「辻調理師専門学校」上級のフランス校へ。首席で卒業し「ミシェル・ブラス」で研修。
帰国後は大阪の三つ星レストランでサービスを経験し、食の背景を伝える大切さを知る。東京のレストランでソムリエの資格を取り、オーストラリアへ。ソムリエの知識を深め、NZの「Clooney」のヘッドソムリエに。2019年「LURRA°」をオープン。
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Jacob Kear氏プロフィール

1982年、米国・カリフォルニア州にて米国人の父と日本人の母の間に生まれる。生後6カ月で日本に渡り12歳まで過ごす。
米国 の「ル・コルドン・ブルー」を卒業後、数々のレストランを渡り歩き「NOMA」のキッチンに。「NOMA東京」のチームの一員にも選ばれ、日本の食材やテクニックを使った新たなジャンルに遭遇。その後、NZの「Clooney」のヘッドシェフに。2019年に「LURRA°」をオープン。

イノベーティブ・フュージョン

LURRA°

地下鉄線 東山駅 1番出口から徒歩1分

40,000円〜49,999円

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編集後記
「LURRA°」は、確実に京都にイノベーティブな世界観を持ち込んだレストランです。料理の提供スタイル、場の演出、スタッフの役割分担など、これまでにはなかった手法を取り入れ、成功を収めた存在です。訪れるたびに変化を感じる。それは、料理はもちろんのこと、スタッフの動きやインテリアなどを常に考え、それを具現化しようという意志の表れだと思うのです。このレストランが京都に出現した意味は大きいと思います。

※こちらの記事は2024年03月04日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

門上 武司

1952年10月3日大阪生まれ。フードコラムニスト。
株式会社ジオード代表取締役。
関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。一般社団法人 全日本・食学会 副理事長。2002 年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与。
著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。2023年11月29日発売の「あまから手帖別冊 食べる仕事 門上武司」(クリエテ関西)はこれまでの門上武司の食の歴史と、これからの「食」を考える刺激的な一冊。

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