京都「祇園にし」西隼平氏に聞く、和と洋が融合した斬新な日本料理でのおもてなし

名店がひしめき合う京都・祇園。円山公園のほど近くに暖簾を掲げる「祇園にし」は、和の伝統技法を大切にしながら新しさを感じるお料理と、心のこもったおもてなしが魅力のお店です。
店主の西隼平氏は、日本料理だけではなくイタリアンでも研鑽を積んだ人物。
今回、斬新なお料理や温かなおもてなし、今後の展望など、フードコラムニストの門上武司氏にインタビューをしていただきました。

日本料理からイタリアンの世界へ、あくなき食への探求心

-自分が料理人になりたいと思ったのは、いつ頃からですか?

母親が料理上手だったので、小さい頃から料理を手伝うのが好きでした。母親は 看護師で栄養バランスをすごく考え、おかずが5品くらい出る家庭でしたね。
この世界に誘われて入ったのは、20歳の時で少し遅めです。居酒屋のような所でいきなり店長になったんですけど、やっていくうちに、ちゃんとした料理を学んでみたいと思って「日本料理 とくを」の門を叩いたという流れです。

-料理の何が面白いと思われたんですか?

当時お店に年配の料理人の方がいらして、その人がきっちりとした仕事をしていたんです。「自分もこういう技術を身に付けたい、教わるばっかりじゃなくて、自分で作れるようになりたい」と思いました。

西さん愛用の包丁。有次のもので揃えている


最初は包丁技術に惚れました。とても美しく切られるので、自分も手に職を付けたいなと思いました。 給料が安い中で包丁を一本ずつ買って、勉強していましたね。

-そこから「日本料理 とくを」に行かれたわけですね。大将はどんな方でしたか。

日本料理 とくを

大将はとても優しい方で、 料理の基本を学ばせてもらいました。創作とかはあまりしないタイプなので、自分の土台ができたと思います。
基本は利尻の昆布を使った出汁の取り方。今、僕は「日本料理 とくを」の時と違ったやり方にしているんですが、昆布だけ56℃のお湯で2時間くらい引っ張って、昆布の味を綺麗に出してから出汁を引いています。お客さんがくる15分くらい前を目安にしています。

-「日本料理 とくを」に何年間いらっしゃったのですか?

僕は丸4年間いました。そこで最後は次板をやらせてもらって、1年間味を直されなかったら卒業させてもらおうと考えていました。
そして、1年間味を直されなかったので「よし、卒業しよう」となりました。 一番大きかったのは食材への姿勢。大将は妥協をしない方なので、毎日中央市場へ、食材を選びに行くというスタイルは、僕もいまだに引き継いでいます。

卒業後はイタリアンやフレンチなど、和食では触らない食材を触りたいと思ったんです。和食ではない、新しい技法であったり食材だったり。
トリュフやフォアグラはやっぱり和食の人間は触らないので、我流でやるのではなく、ちゃんと修業に入ってやりたいと思いました。
盛り付けも和食ならではの伝統的なものではなくて、新しいチャレンジをしていきたいと思ったんです。

-それでイタリアンレストランへ行かれたわけですね。衝撃を受けたのはどんな所でしたか?

まずジビエには触れたことがなかったので、面白かったですね。 パスタとかも作ったことがなかったので「こうやって作るんだ」と、本当に勉強になりました。コンソメや出汁の取り方も和食とは全く違います。
一番典型的なのは、スープ系ですかね。トウモロコシにしろ、じゃがいもにしろ、全然和食とはやり方が違います。

イタリアンの経験を活かして生み出される新しい日本料理

-洋の世界にも触れて独立をされましたが、今の料理にも活かされている部分はありますか?

全部が全部イタリアンの技法を活かすと創作になり過ぎるので、多少ですね。使える部分を和食にアレンジしていることは多いです。 八寸とかは色々な料理をしなくてはいけないので、ちょっとしたことはよく使います。
例えば、トウモロコシのムースなど。その他にも、夏場だったら冷製のカッペリーニがありますが、極細の白髪そうめんに変えたり、オリーブオイルは使えないので太白の胡麻油を使ったり、少し和風にアレンジしています。

-「あまり創作にならないように」ということですが、どこに気を使われていますか。

お客様は和食を食べに来られるので、ベースは日本料理というのは決めています。
でもたまに、このあいだ来店回数が100回を超えているお客様がいて「何を食べたいですか?」と聞いたら「パスタ」と言われ、パスタを作ったこともあります(笑) 。

-一番は椀物、その他に焼き物や八寸などありますが、西さんのここは負けないぞという所はありますか?

単純ですけど、造りはすごく推しています。「切ったらいいだけ」っておっしゃる方もいらっしゃいますけど、やっぱりそれだけではないですよね。
自分が美味しいと思う他の日本料理店も、やっぱり造りがとてもいいです。

-全然違いますよね。いい食材を仕入れるというのも料理人の技術の一つだと思います。ちなみに魚はどの状態で買うんですか?

ものにもよりますけど、活〆のものもあれば、泳ぎでもらうものもあります。

-造りといえば、最近単に添えるだけではなくて、魚によって付けるものを変えたりする所もありますよね。その辺はいかがですか?

僕も変えていますね。今からはちょうど鯛の季節になると思いますが、例えば白子ポン酢や、塩とか色々ありますよね。鯛白子合わせも、よくします。鮪なども変えています。

-コーヒーカップもすごくいいものを使っていますね。

うちでは食事の最後に抹茶ではなく、デミタスコーヒーを出しているのですが、それに「エルメス」や「ヘレンド」などの食器を使っています。

-ということは、料理を盛られる器も相当こだわりがあるのでは?

そうですね。器はこの歳にしたら、いいものを使っていると思います。

-修業時代からコツコツ貯めていたのですか?

貯めていたんですけど、やっぱりセンスが変わるので、以前のものは全く使ってないです。だから若い時は買わなくてよかったなと思いますね(笑) 。

-日本料理、懐石は3つの“キ”ってあって。「機会」の「キ」、それから「季節感」の「キ」、「器」の「キ」があります。お客様の「機会」に関して、どのように感じるのでしょうか?

今もですけど、最初は話がそこまで得意な方ではなかったんです。
バーテンダーさんってめちゃくちゃ話が上手じゃないですか。 あの、すっと入る感じの接客がすごく素敵だなと思って「どうしてはるんですか?」と聞いてみたら「入ってきて3分以内に絶対に声をかける」と仰っていて。
僕も、それ以上時間が超えたら声を掛けづらいんですよね。こっちはバタバタしているし、お客様はもくもくと食べていらっしゃったりして。だから来たらすぐに「どちらからお越しですか?」など、すぐに声をかけるようにしています。

-「季節感」に関して食材はもちろんですが、それ以外に何で表現されているんですか?例えば八寸など、そういったものは季節感を出されますか?

出しますね。よく女将さんとウォーキングをするんですけど、今だったら、歩いていると梅が咲いているので、八寸を梅の盛り付けにするなど、そんなことは良くしています。

-そういう所で季節感を盛り込んでいくんですね。胸元にはソムリエバッジがついていますけど、西さんは利き酒師でもありますよね。

ペアリング自体はやっていませんが、要望があればやったりしています。
ソムリエの方はワインに合う料理という感じじゃないですか。僕らは料理に合うワインを選びに行くので、まずそこからアプローチが違います。 自分の料理は自分が一番わかっている。だからお酒も料理に一番合うものをピンポイントで持ってくることができます。

-やっぱり料理をわかっているから、それに寄り添っていくという。そういう面では日本のお酒っていうのは寄り添いやすいですよね。

そうですね。昔は「剣菱」とかしかなかったですけど、今はめちゃくちゃレベルが高いのでバリエーションが増えましたよね。

コロナ禍でもあゆみを止めない新たな取り組みの数々

-女将さんにもお話を聞きたいのですが、元々飲食業は全く関係なく?

(女将)そうなんです。大将の独立を機に入らせてもらいました。 そこからお店をするにはどうすればいいかというのを、結婚してから一緒に考えましたね。 あまり染まってほしくないという大将の考えからどこでも修業をしていないのですが、開店前に1日だけ「日本料理 とくを」の女将の仕事を学びに行きました。

-色々な発見があったのではないでしょうか。また新たに2階にカフェをオープンされるそうですね。

カフェとテイクアウトのショップを今年の春にオープンします。コロナの時期にやはり飲食店は止まってしまっていたかと思うのですが、僕らは動こうと思って。

-アイテムとしてはどんなものを扱っているんですか?

調味料や味噌漬け、うちはプリンも人気です。 後は食後、お腹が足りていないお客様に「牛テールカレー」を出しているんですが、それをレトルト化しました。レトルトって大体外注なんですが、そうすると「求めるレベルのものができません」と断られるんですよね。味も落ちるし、もう自分でやろうと思って。
レトルトにする機械は一番小さいもので300万円くらいするんですが、購入しました。

-それはすごい!無事に開業から5年経ち、カフェも始まり、テイクアウトも充実。お店はオープンした時から育っていき、お店を開くことが目的ではありません。今後はどんなことにチャレンジしたいと考えていますか?

「祇園にし」では、2年後くらいにはワンランク上のお店にするため移転を考えていて、京都でもっと頑張っていきたいと思っています。2階のカフェも、若い子が育ってくれる環境を整えて。
契約はまだですが、大阪のあるホテルでもう一店舗挑戦してみようかなとも思っています。

-今後はここの移転にお店のランクを上げる、店舗が一店舗だけではなくて多店舗化するという。 もちろん商品化というのもあるだろうし、夢は広がりますね。

そうですね。やる気のある子に次は料理長を任せたいです。夢があって頑張ってきた子には、夢は無限なので、色々してあげたいなとも思います。

(女将)大将の夢が大きくて、私も付いていくのに必死なんですけども(笑)。
でもこのコロナ禍という思いがけないことがあって、やっぱり「夫婦2人で和食のお店をやっています」だけじゃダメということをすごく感じました。 10年後、20年後、京都の和食の世界はどうなっているかを考え、お店で一歩ずつ努力したり、色々なことを実行していったりしなくちゃね、とよく話し合っています。
休業期間中を使って皆で話し合い、2階のカフェをオープンしたり、テイクアウトをやったり。この2年間はみんなで一丸となれた時期だったなと、反対に前向きになれたと思います。

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西隼平プロフィール
1983年、京都府出身。子供の頃から料理が好きで、料理人の道を歩むようになる。
京都木屋町にある「日本料理 とくを」や石塀小路通にあるイタリアンのお店で修業。その後、祇園の日本料理店で料理長を経験。
2016年7月に独立「祇園にし」をオープンさせる。
2022年には2階にカフェをオープンさせるなど、様々な取り組みを行っている。
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https://www.gionnishi.net/

【編集後記】
料理人にとって大切なのは未来を見ることだと思う。 「祇園にし」を取材して感じたのは、主人の西隼平さんと奥様が10年後いや20年後の京都の料理人の在りようを考えていることのすごさであった。 ややもすれば独立することで安定感がうまれ、歩みが停滞することも多い。だが2人はしっかりと未来を見つめ、次々と展開を練っているのが頼もしい。 それは若い料理人を育てることや、新たな業態を作ることにつながっているのだ。

※こちらの記事は2023年08月24日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

門上 武司

1952年10月3日大阪生まれ。フードコラムニスト。
株式会社ジオード代表取締役。
関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。一般社団法人 全日本・食学会 副理事長。2002 年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与。
著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。2023年11月29日発売の「あまから手帖別冊 食べる仕事 門上武司」(クリエテ関西)はこれまでの門上武司の食の歴史と、これからの「食」を考える刺激的な一冊。

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