「メゾン・ド・ユーロン」 阿部淳一氏に聞く、 洗練されたヌーベルシノワの魅力

「メゾン・ド・ユーロン」は、ヌーベルシノワ(フレンチの要素を取り入れた新しい中国料理)の先駆け。多くのお客様に長年愛されている赤坂の名店です。火を自在に使いこなす「炒」の天才料理人の一人として知られる阿部淳一シェフに、華やかな料理の数々を作り上げる際に大切にされていることを伺いました。

大皿料理から、「二人でも楽しんでいただける中華」を目指して

―早速ですが、シェフが中国料理の料理人を目指されたきっかけについて教えてください。

18歳の時に「東京會舘」に入り、25歳の時「メゾン・ド・ユーロン」を立ち上げた鈴木訓氏に、六本木の「上海錦江飯店」を紹介してもらいました。ここで、料理長や先輩方と出会えたことが、一番の転機になりましたね。

―ヌーベルシノワをコンセプトにしたのはいつごろからでしょうか。

鈴木氏が青山に「オーセ・ボヌール」という中国料理のレストランを出したことがきっかけです。二人でも多くのお料理を召しあがっていただけるようにということがコンセプトでした。
中国料理の料理人にとっては、大皿で盛り付けることが当たり前でしたから、美しい盛り付け方には苦労しましたね。
そのなかで、「リストランテ アルポルト」の片岡シェフなど別ジャンルの方ともよくお話しさせていただきました。励ましていただくことも多く、諸先輩方には大変感謝しています。

―「メゾン・ド・ユーロン」というお名前の由来は?

直訳すると「遊ぶ龍のお家」ですね。中国では龍は縁起の良い天を駆け抜ける力の象徴です。お客様に味の世界を存分に楽しみ、遊んでいただきたい、そんな思いでおります。「遊ぶ龍」ってかっこいいですよね。

―料理の見た目が素敵なのはもちろん、味付けも繊細で上品な印象を受けますが、味について気をつけているところはありますか?

実はいたってシンプルで、化学調味料を使わないこと。その結果、口の中が気持ち悪くならないというところでしょうか。塩や醤油がほしいという方もいらっしゃいますが、好みの問題なので特に何も思いません。
下処理や下味を付けることはもちろんですが、野菜に関しては油の温度が良くないと、野菜がどんどん油を吸ってしまい、盛り付けた時に流れ出てきてしまいます。揚げ方も素材によって変える必要があるのに、全部同じ時間で揚げてしまえば、素材が死んでしまいます。ものによっては、油通しを3回する場合もあるんですよ。

―火入れはもちろん、仕込みにしっかり時間をかけることが大切なのですね。食材では、ワラビやタラの芽、空豆など、和食材も合わせていらっしゃいますね。

最近はお肉が苦手な方が多いということもあって、季節の野菜をよく使っています。
確かに、言われてみると野菜多いなぁ。

―中国料理は、濃い味付けもあると思うのですが、味付けをシンプルにした理由は?

食材の流通が良くなり、野菜は格段に美味しくなりましたね。やはり、美味しいものが手に入るようになったのが一番の理由だと思います。昔は、冷凍ものや缶詰ばかりでしたし、味付けも濃かったのでしょう。
あとは、若い時に美味しい賄いを食べさせてもらえた経験も大きいです。蒸籠で蒸したタラバガニを食べさせてもらった時は「こんなにうまいものなのかっ」と思いましたね。カニは海で泳いでいるからもともとしょっぱいものだと知って無駄に手を加えなくなりました。そのあたりは、和食の考え方と似ていますね。

―スペシャリテの「フカヒレ」は、あとからふわっと甘味が感じられて、いくらでもいただけそうでした。

醤油のほかに、オイスターソースと砂糖が入っています。スープを煮詰めて、鍋の周りを焦がしながら仕上げる方法は、先輩方の教えを引き継いだものです。「オーセ・ボヌール」では1日50枚のフカヒレを調理していましたね。今でも、1日に30枚は下処理をしながら提供しています。
フカヒレは、1つの鍋で3枚くらいしか調理、煮詰めることができません。お皿の上に盛り付けて、ソースをかければいいものではありませんので、20枚でも毎日大変なんです。

今の時代に求められる「飲食店」の使命

―シェフはお店でどのようなことにこだわりを持たれていますか?

常にお客様目線であった鈴木氏のおかげで、お客様を中心に考えることが当たり前になりましたね。中国料理ですけど、お客様一人ひとりに合わせた対応を心がけています。洋食ではお肉やお魚などメインを選べるじゃないですか。
中華でも同様にやり始めたのは、僕たちのころからだと思います。

中国料理の料理人として、これから挑戦してみたいことはありますか?

うーん、難しいですね。
年を取ったら居酒屋をやりたいです。中国料理もカウンターでやりたかったのですが、どうしても油がお客様にはねてしまうのでやめました。もう一度できるなら、カウンターがいいですね。あとは、中国料理以外のこともやりたかったかな。32、3歳のころはイタリアンにも興味を持ちましたが、「初めまして」と入っていく勇気がなかったんですよね。

―イタリアンに興味を持った理由は?

西麻布にあった「リストランテダノイ」の、桜エビとキャベツを使ったパスタが美味しくて。当時はミートソースやナポリタンしか知らなかったもので(笑) 「うまいな、これは!」と感動したのを覚えています。

―中国料理は原価が高いし、仕込みも大変なのではないですか。

やはり、手間はかかりますね。
今は、真空パックに入った野菜をそのまま使うお店も多いそうですが、パックだと素材が腐っていてもわからない。でも、そうしないとお店が回らないんでしょうかね。

―最後に、読者の方へひとことをお願いします。

100人中100人が美味しいと思ってくれるとは考えていないですが、やはり定期的にお越しくださり帰り際に笑顔をいただけるのは嬉しいですね。良い仕事ができたのだと実感しています。
麻布のお店から赤坂に移った頃、食事を終えたお客様が「これ、麻布に居た人が作ってる?」とおっしゃてくださったことがあって。本当に嬉しかったです。

あとは接客ですね。やはり、ホールスタッフの力は大きいです。もう長いスタッフですから、料理のことをよく理解してくれていて彼らなりに考えてサーブしてくれます。ソムリエがいてワインの種類も多いのですが、僕はワインに合わせる料理ということは何もしていなくて。スタッフの方が考えてくれて、一同一丸でお店を作り上げているという感覚ですね。遊龍だけの味とサービスをぜひ楽しんでいただきたいです。

素材の味をシンプルに引き出し、華やかな盛り付けの一品を美味しいワインと共に味わう。中国料理のイメージが一新するようなお料理の秘訣は、まさしくシェフ・阿部さんの仕事の丁寧さそのものと言っていいでしょう。料理に対する真摯な姿勢と、スタッフへの信頼が、心地良い龍が遊ぶ宴の空気を支えています。

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阿部 淳一 Junichi abe

1964年東京生まれ。「東京會舘」を経て、「上海錦江飯店」で中国料理の知識と技術を習得、青山「オーセ・ボヌール」にて研鑽を積む。「オーセ・ボヌール」時代から「炒めの達人」と評価され注目される。1995年 「メゾン・ド・ユーロン」開店に伴い、シェフに就任。その後独立し麻布にて「A-Jun」を立ちあげる。
2008年「メゾン・ド・ユーロン」リニューアルに伴い復帰、現在に至る。

ヌーベルシノワ

メゾン・ド・ユーロン

東京メトロ千代田線 赤坂駅 徒歩6分

20,000円〜29,999円

※こちらの記事は2022年08月15日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Airi Ishikawa

一休のメディア事業部長。日本全国を旅しながら、その道のプロにインタビューや取材をしています。休みには足をのばして国内ワイナリーを巡るのが好き。地産地消や、生産者に近い距離で食材や料理に向き合う「極みのシェフ」がいる店をご紹介します。
【MY CHOICE】
・最近行ったお店:銀座 しのはら / 南青山 まさみつ / サエキ飯店 / コートドール
・好きなお店:鮨 梢 / フランス料理 エステール / コンチェルト / エンボカ 京都
・注目しているお店:SeRieUX / プルサーレ / bistronomie Avin
・得意ジャンル:フレンチ / バー
・好きな食材:山菜 / 鴨

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