【神戸の名店リレー】「料理屋植むら」植村良輔氏に聞く、常に進化を続けるこだわりと好奇心

港町神戸の山手にある、情緒あふれる北野坂に面した場所に店を構える「料理屋植むら」。2011年から「ミシュランガイド京都・大阪・神戸」にて一つ星に、2014年からは二つ星を獲得している名店です。店主の植村良輔氏は、東京、大阪、神戸の名店で研鑽を積み、30歳で神戸・北野にカウンター席のみの「料理屋植むら」をオープン。2020年には、農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」においてブロンズ賞を受賞しています。
今回「KIWAMINO」では開業15年目を目前に、植村氏の料理への思い、こだわりについて伺いました。

※本インタビューは、2021年10月19日に感染症対策の上で行いました。

自分の作ったものにお客様が一喜一憂してくれれば、料理人の道でなくても良かった。

-まず、料理の道へ進んだきっかけについてお聞かせください。

よく聞かれることなんですけど、いつもどう答えていいのかわからなくて。「何も考えてなかった」というのが正直なところですね。気が付いたら料理人の道に進んでいた感じです(笑)。実は高校を卒業してすぐ、ある料理店に住み込みで働かせてもらったんです。でもそこは本当に辛い現場で、1年半で辞めてしまいました。それでも料理の勉強はしたかったので、料理学校に入学したんです。

-普通であれば、心が折れて料理の道から離れそうな体験だと思います。

料理人の道にこだわっていたわけではなかったんです。ただ、僕の根底にあるのは“自分が創造したものに対して、お客様が一喜一憂しているのを見ることが好き”という思い。絵描きでも美容師でもよかったのでしょうが、僕にとってはそれを叶える方法が料理というツールだったんだなと、最近になって思いましたね。

-30歳という若さで独立をされていますが、その当時の思い出を教えてください。

独立したての30代は、自分が持つ技術をすべて使って奇をてらってみたり、過剰なプレゼンテーションをしたり、目立ちたい!という思いが溢れすぎていましたね。エゴの塊だったので、自分の料理をアピールすることばかりを考えていたと思います。
でも今は、そういうのはあまりないですね。前は料理を掛け算で作っていましたが、徐々に足し算になり、引き算になっていって。現在は“引き出す”感じです。生産者の方や漁師の方からいただいた食材のポテンシャルをいかに引き出すかに重きを置いています。食材や原料が持っている背景を知り、それをお客様に伝えることが強くなりました。
だからお出しする料理も今は、わかりやすく、食べやすく、美味しいの3つを大切にしています。目から鱗ではないですが、お客様に「なるほどね」と感じていただく提供の仕方になっていますね。

-料理に対しての考え方を変えたターニングポイントがあったのでしょうか。

お客様や生産者の方との出会いとか、お店のリニューアルとかいろいろあるんですが、一番は外部からの評価でしょうか。「ミシュランガイド」や「ゴ・エ・ミヨ」などに評価していただいたことや、昨年に農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」からブロンズ賞もいただいて。そういったことが、料理人であったり社会人であったりする自分を改めて考え直すタイミングになったと思います。

250万円の蟹、熊一頭購入、生産者と地元を盛り上げたい思い。

-「料理マスターズ」でも食材のこだわりが評価されていらっしゃいました。

実は僕、市場で食材を買わないんです。本当に信頼している生産者の方や漁師の方などに直接お願いしています。自分で見てどうこうするのではなく、まるっとお願いしてプロフェッショナルの目から見て良い品を送ってもらっています。産直が多いんですが、これからの「植むら」は“地産地消”で、関西エリアの食材を集められたら良いなと思っています。

-新鮮すぎて刺身で食べられる穴子や貴重な熊の手など、「料理屋植むら」ではなかなか手に入らない食材が味わえますが、それらを仕入れられる秘密はなんでしょう。

たいていの料理人は、良い仕入れ先を見つけると独り占めしようと考えるんですが、僕の場合は真逆で、自分のコミュニティにいる人たちに教えるんです。広まっていろいろなところから注文が来れば生産者の方も喜びますよね。また例えば熊の手などの場合は、僕はまず一頭買いするんです。他のお店はロース肉やバラ肉を購入するので、どうしても残ってしまう部位がたくさん出ますよね。でも全部購入されたら、在庫も残らないし猟師さんも嬉しいじゃないですか。鮮度のこだわりは、鮎や蟹などの食材は生きているものを必ず使っているところ。それは“命をいただきます”という食の大切な思いに繋がると考えているからです。

-昨年、蟹を1匹250万円で購入されたとか。

浜坂漁港

毎年、浜坂漁港で蟹を仕入れさせてもらっています。店で水産部門も立ち上げ、浜坂漁港の良さを全国に知ってもらおうと考えています。浜坂漁港は質の高い魚介類が手に入る港なのに、いまだにスポットライトが当たっていないんです。行政が動いてくれれば良いのですが、なかなかそうはいかないみたいなので、自分がやろうと。なので、毎年蟹の初セリに参加していて、2020年は1匹250万円で購入しました。これも浜坂漁港の蟹のブランド価値を上げる一環。周りからは、なんやかんや言われますが、すべてお店を構えさせてもらっている“神戸”への貢献だと思っています。
「料理屋植むら」ではなく、植村良輔個人としてのこれからやるべきことは社会貢献しかないと思っているので、これからも様々な方法を行ってきたいですね。

-料理に使われる器も素敵なものばかりですね。

使用している器の6、7割くらいが特注で、残りは骨董ですね。自分がお願いするオリジナルの器には、遊び心を入れさせてもらっています。例えば器に波の模様があればそこに“サーファー”を描いてもらって。以前は葉っぱを使うなど「かいしき」を用いていましたが、それをいつからかやめて、お皿と料理で表現するようになったんです。作家さんには細かいリクエストをして、オリジナルの器を作成してもらっています。

-最近、とてもすごい器と出会って手に入れたとお聞きしたのですが。

僕は自分で言うのもあれですが有田焼「柿右衛門」の結構なコレクターで、オークションにも参加するんです。先日そこにパブロ・ピカソが絵付けした大皿が出て、お皿に書かれたナンバリングが1/200だったんですよ。その1枚を買わせてもらいました。1枚目ですからね、作る側も緊張しながら作ったと思うんですよね(笑)。「ケースに入れて展示するレベルですよ」と言われたんですが、せっかくなので、お客様の誕生日とかに黙ってその器の上にケーキを置いて出そうと考えています。お客様も喜んでびっくりしてくれそうじゃないですか。やっぱり、高価なものであっても器は料理を盛るために生まれたものですから、飾らずに使うのが当たり前かなと思っています。

-「料理屋植むら」でしか味わえない日本酒があるのに驚きました。

お酒は、器に注がれた時点で料理として完成していると僕は解釈していて、“お酒も料理の一品”と考えているんです。料理は料理、お酒はお酒で楽しんでもらいたいので、骨太の強い日本酒が良いなと思うようになって。酒蔵さんに、好きな米の品種で磨きはどうするかをイチからお願いしたり、蔵でその年のお酒を全部試飲させてもらって、一番美味しいと思ったものをタンクごと買わせていただいたりしています。「料理屋植むら」だからこその体験をお客様に味わって欲しいんです。

-新たな料理が生まれるきっかけはどのようなタイミングなのでしょうか。

決まったタイミングはないんですよね。例えば、フレンチのシェフに「日本料理で鱧に梅肉使うのはなぜ?」と聞かれて、「味で言ったら酸味があるからでは?」と答えたんです。でももっと考えてみたら、梅肉ではなく柑橘系でも良いわけだと思いついて。そうして生れたのが、生の鱧を皮目だけ炙ったものにほぐした酢橘を混ぜた一品。評判は結構良いですね。

名物「せこ蟹の面詰」がさらに進化し美味しく

-これからメニューに入る一品料理を教えていただけますでしょうか。

うちの名物と言われているもので「せこ蟹の面詰」というのがあって。メスの松葉ガニを1匹すべてほぐして面の中に詰め直すという料理なんですが、これまでは改善の余地のない完璧な一品だと思っていたんです。食べやすいし、美味しいし、綺麗だし、三拍子そろった料理だと。でも、本当に完璧なのかという思いが生まれてきたんです。結果、“温度”が鍵になるのではないかと考えました。せこ蟹の特徴は、色鮮やかな内子とぷちぷちとした歯ざわりの外子なんですが、これまで常温だったのを熱々でお出ししたら、もっと美味しいのではないかと。ボイルではなく、低温でゆっくり火を入れてあげたら、ねっとりもっちりとした食感で、コクのあるテイストになったんです。去年、それを試しにやってみたところツボにはまったので、今年はそれをメインにお出ししようと思っています。なので、コースの中で、せこ蟹を一匹ではなく二匹分食べてもらう感じですね。

あとは、「酔っぱらってない蟹」(笑)。よく酔っ払い海老とか蟹とかあると思うんですが、車で来られているお客様は食べられないんですよね。お酒を使わずどうにかできないかと思案して、これも温度でクリアしました。この料理のポイントは、蟹の食感。蟹に長時間ゆっくりと火を入れ続けると、ねっとりとした食感の旨味が凝縮することがわかったんです。これを「酔っぱらってない蟹」として出そうかなと考えていますね。そういった具合に、熱いと温かいでは全然違うので、それぞれの料理の適正温度を改めて考えています。

日々やりたいこと、やらなければならないことを考えてしまうんです。だから、半年先の自分は考えられるけど、1年後、2年後の自分は想像もできない。新たな発見やお客様の一喜一憂を見るたびに、どんどん変わって行くんです。本当は早くリタイアしてゆっくり暮らしたいんですけどね(笑)。

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【プロフィール】
植村良輔氏
1976年生まれ、香川・高松出身。21歳で調理師学校を卒業後、名店「浅田屋」の東京店で加賀料理を学ぶ。神戸「西村屋」、大阪・北新地の老舗和食店などでも研鑽を積み、30歳のときに神戸・北野にカウンター8席のみの「料理屋植むら」をオープン。現在場所に移転後はカウンター11席のみに。2011年から「ミシュランガイド京都・大阪・神戸」において、1つ星の評価を、更に2014年から2つ星の評価を獲得。また、2020年に料理マスターズのブロンズを受賞するなど、国内外から高い評価を得ている。
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https://www.ryouriya-uemura.com/

【編集後記】
インタビューのなかで、自分の3年後、5年後はもちろんのこと、1年後の姿も想像できないと話す植村様。料理はもちろん、浜坂港や生産者の方へのサポートなど、日々考えて新たなアクションを起こしていく植村様にとって、その日の行動が数年後の未来を変えてしまうことは往々にしてあり得ることで、それは想像ができないよなと思いました。進化を止めない「料理屋植むら」。その過程を絶対に体験するべきだと、飾らない自然体の植村様とお話をさせていただいて感じました。

※こちらの記事は2023年04月20日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

吉田ふとし

人材業界系メディアの編集・制作を経て、現職。小学生の娘をもつ1児の父。アルコール(日本酒、焼酎、ウィスキー)を好むのは祖母譲り。読者のみなさまには、気づきのある多くの情報をお届けいたします。よろしくお願いいたします。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:ジランドール
・好きなお店:広東料理 センス
・自分の会食で使うなら:「赤坂浅田」
・得意ジャンル:和食 / バー
・好きな食材: ジビエ、白子

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