京都の名店「富小路やま岸」山岸隆博氏インタビュー。日本料理への想いと名物雲丹ドックの誕生秘話

京都・河原町、富小路通り沿いに佇む懐石料理「富小路やま岸」。2015年に創業し、2年後にミシュラン一つ星を獲得した名店です。今回は店主・山岸隆博氏にインタビュー。「やま岸」の料理に欠かせない“水”のお話や名物「雲丹ドック」の誕生秘話など、「二条やま岸」の料理長・横井裕史氏を交えてお話を伺いました。
※本インタビューは、2021年8月23日に感染症対策の上で行いました。

「父親が卸す魚の先はどんな世界なのだろう」と興味をもった少年時代

-山岸様が料理人を目指したきっかけをお聞かせください。

山岸隆博氏(以下、山岸氏):父親が魚を料理店に卸す魚屋を営んでいたんです。小さいときから見る父の仕事ぶりはプロフェッショナルで、そんな人が扱う魚が次に進む料理の世界はどんなのだろうと、興味を持ったのがきっかけですね。それが小学生のとき。本格的に行動を起こしたのは、高校卒業後。京都の寿司店で修業をスタートしました。

山岸氏:父親のように、お客様の目の前で魚を捌くことに憧れていたということもあり、お寿司の世界に飛び込みました。その後は、もっと魚介の知識を深めようと京都中央市場に出入りもさせてもらって。そこからホテルの和食店に入り、懐石料理と出会ったんです。

-その後、京都の名店で研鑽を積まれたわけですね。

山岸氏:懐石料理を学ぼうと「たん熊 北店本店」さんで勉強させてもらいました。約2年たったときに、「一の傳」さんが味噌漬けを使ったお店を出すということでお世話になりました。約10年在籍して、料理長も任せていただきました。その間で思ったのが「日本料理とは日本文化の総合である」ということでした。なので料理以外にも茶道や華道、書道を学びました。

山岸氏:この10年間で学んだことは数多くあって、一番の教えはお店の社長から「料理は一つの武器であって、料理ができるからと言って流行ることはない」ということ。その言葉が、日本の文化を学んだり経営で数字の管理などを身につけたりするきっかけになりました。

-そして満を持して、「富小路やま岸」をオープンされたんですね。

山岸氏:40歳のときですね。料理が美味しいというだけではなく、堅苦しくない程度に日本や京の文化を感じられるお店にしたいとスタートさせました。開店当初は苦労しましたが、自分を信じて続けていくと多くのお客様に喜んでもらえるようになっていきましたね。
ミシュランの星も開店から2年後くらいにいただきました。正直、取ろうという思いはありませんでした。お客様のことを第一に考えていたら評価をいただいていましたね。

名物「雲丹ドック」の誕生秘話とお店の命でもある「井戸水」の存在

-「富小路やま岸」様の名物「雲丹ドック」の誕生したきっかけはなんだったんでしょう。

※ZOOM越しに「雲丹ドック」を提供する姿を見せてくれる山岸様

山岸:「雲丹ドック」はオープンまもなくして出し始めたんですが、もともとお寿司からキャリアをスタートさせたので、懐石の中にお寿司をいれたかったんです。初めは握っていたんですが、握りで勝負するにはまだまだという思いがあって。でもお寿司を出したいという思いも強かったので、普通のお寿司屋さんでは出さないお寿司を出そうと考えてできたのが「雲丹ドック」なんです。誰にもできるので今ではいろんなお店がやられていますが、海苔を4分の1に切った長さと雲丹をすくう道具が、すくえる雲丹一列の長さと同じだったんです。これを一緒に乗せたら面白くてお客様が喜ぶだろうなと思ったのがきっかけ。Instagramで流行るとかそういうことは一切考えていませんでしたね。

山岸:あと名物といえば茶事で出す「煮えばな」。創業以来、お米も水も作り方も一切変えていない一品ですね。ご飯は「富小路やま岸」の敷地内にある井戸の水で炊いています。使っているお米は、幻の米とも言われている長野県・木島平村のコシヒカリ。これがうちの井戸水と相性が抜群なんです。いろいろなお米を試しましたが、これが一番でした。うちの料理はすべてこの井戸水が使われています。まさに命の水ですね。

山岸:旬のものにもこだわっていて、秋の季節であれば、松茸。丹波産が有名ですが、実は高野山のものがかなり良いんですよ。朝採れたのをその日のうちに調理してお出ししています。以前は収穫したら次の日の出荷だったんですが、現地に行かせてもらってわがままを聞いていただきました(笑)。そのほかにも伊勢湾・答志島で獲れるトロさわら。刺網ではなく、一本一本釣り上げたものなんです。秋の1ヶ月半くらいの期間にしか獲れない貴重な魚も提供させてもらっています。脂がのって中トロのような味わいのさわらなんですよ。

「二条やま岸」鍋懐石という新しいジャンルを確立

-「富小路やま岸」の2店舗目「二条やま岸」が、鍋を主役にしたのはなぜでしょうか

山岸氏:小さいときから私は鍋が好きだったということと、「富小路やま岸」のお出汁をたっぷり味わってほしいという思いからですね。鍋でしたら、雑炊や麺で最後の最後まで出汁を味わっていただけると

-「二条やま岸」の料理長を横井様に任せたきっかけをお聞かせください。

山岸氏:京都の知り合いのお店で二番手として働いている姿を見ていたんです。バリバリ働いていて、とてもできる子だと。そのお店を辞めて静岡の実家に戻り、また京都に帰ってくるというタイミングで説得したんですよ。この子しかいないと思っていたので。

横井氏:とても光栄です。「富小路やま岸」という大きな軸をブレさせず、いかに違いを出すかを考え日々板場に立っています。旬の食材を、自慢のお出汁でおいしく召し上がってもらいたいですね。

横井:「富小路やま岸」はカウンターがあって、大将がお客様の目の前で調理するなどライブ感もありつつ会話もありつつですが、「二条やま岸」では、お客様同士の会話がメインになるので、いかにそのお話を楽しいものにできるか、おもてなしなども含めて工夫をさせてもらっています。

横井氏:開店当初は、お鍋の食材をお席に運んで調理の仕方をお伝えするだけだったのですが、お客様のご意見や大将からアドバイスを頂戴して、お客様の席で女将やスタッフが調理をさせていただくようにしました。そのおかげで、私もお客様に顔を覚えていただき、楽しくお話もさせていただけるようになりました。

-「二条やま岸」にも常連のお客様が必ず頼む名物があるとお聞きしました。

横井氏:「富小路やま岸」では「雲丹ドック」をお出ししていますが、「二条やま岸」では、オープン当初から雲丹とトロとイカを混ぜてシャリの上に乗せるという「うとい和え」というものを名物として提供させていただいています。「富小路やま岸」では大将が名物を巻いていますが「二条やま岸」では女将自ら巻いているんです。実は私もお客様の前で巻かせていただいたことがあるんですが、女将に巻いてほしいというリクエストが多くて(笑)。

「やま岸」の味を80%は伝えられる、残りの20%は自分の個性を入れる余白に

-自身の味を次世代に繋いでいくことに関して、山岸様のお考えをお聞かせください。

山岸:自分の味はレシピなどで残せるようにしています。ただ、気温や天気、食材においても日々変動があるので、レシピ通りで100点になるわけではありません。80点はレシピに沿って仕上げることができるようにして、最後の20点以上を私の手で加えているイメージです。自分の店を持つであろう弟子たちには、私が伝える80点に自分自身の個性や想いを込めた20点を加えられるようにしていってほしいと思っています。

-様々なことにチャレンジし続けている山岸様、2021年6月には新店をオープンされたとか。

山岸氏:地下鉄市役所前駅から徒歩10分のところに、「想いを繋ぐ」をコンセプトに“お祝い”をテーマとした料理屋ならではの贈り物を提供するお店「おいわいや」をオープンさせました。コロナ禍ということもあり、オンラインでも購入できるようにして、こういう時代ですから、すこしでもご家庭を笑顔にできればと思っています。

山岸氏:少しでも世の中を明るく、お客様が笑顔になるように「富小路やま岸」の「雲丹ドック」のような品を他でも作っていきたいと思っています。そういうを考えていくのが好きな性分なんですね(笑)。店舗でもお取り寄せでも、「やま岸」の料理を味わっていただき、笑顔になっていただけると嬉しいです。

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【プロフィール】
山岸隆博
1975年生まれ、京都府出身。高校卒業後、懐石料理「たん熊 北店本店」などの名店で研鑽を積み、西京漬けの老舗ブランドとしても有名な「一の傳」で料理長として活躍。2015年に独立し「富小路 やま岸」を創業。茶道裏千家講師、華道嵯峨御流華範、書道師範という文化人という一面も。2019年には、鍋懐石「二条やま岸」をオープンさせ瞬く間に人気店に。2021年6月には料理のギフト専門店「おいわいや」を開店させるなど、幅広く活躍。

横井裕史
1987年生まれ、静岡出身。専門学校卒業後、懐石料理「高台寺和久傳」「木山」などの名店で研鑽を積み、2019年に「二条やま岸」の料理長に抜擢。大将の山岸さんと共に、月替わりの鍋懐石を考え、お取り寄せの商品開発も担当。
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【編集後記】
山岸様は、とても明るくてにこやかな方でした。料理はもちろん、この素敵な笑顔が多くのお客様を魅了する理由のひとつなのだと思いました。「二条やま岸」の自慢の鍋はお取り寄せも可能だそう。もちろん使用されている水は、「富小路やま岸」の井戸水。京都へなかなか行けない方でも、家で山岸氏と横井氏の味を堪能してはいかがでしょう。

※こちらの記事は2023年08月24日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

吉田ふとし

人材業界系メディアの編集・制作を経て、現職。小学生の娘をもつ1児の父。アルコール(日本酒、焼酎、ウィスキー)を好むのは祖母譲り。読者のみなさまには、気づきのある多くの情報をお届けいたします。よろしくお願いいたします。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:ジランドール
・好きなお店:広東料理 センス
・自分の会食で使うなら:「赤坂浅田」
・得意ジャンル:和食 / バー
・好きな食材: ジビエ、白子

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