“和魂漢才”をテーマに、中国の文化を日本の精神をもって昇華。炎の料理である中国料理と水の料理といわれる日本料理の、それぞれの特質を引き出しつつ、日本ならではの中国料理を模索してきた南麻布の名店「茶禅華」川田智也シェフ。西麻布「麻布長江」での修業時代、師である長坂松夫シェフから諭された“日本人が日本で中国料理をやる意義”を常に心に秘め、真摯に料理と向き合ってきた料理人です。

オープン当時、初めて川田シェフの料理を頂いてお話を伺った時、ふっと一人の料理人の名が頭をよぎりました。「カンテサンス」の岸田周三シェフです。もちろん、片や中華料理、片やフレンチですから、料理が似ているというわけではありません。けれども、その料理に対する姿勢、食材へのアプローチ等々。料理を構築する経緯にどこか似たものを感じたのです。
たとえば、川田シェフのシグネチャーメニューの一つである「雲白肉」。「雲白肉」といえば、たいていの町中華で見かける四川の代表的な一品ですが、川田シェフはそれを更にブラッシュアップさせ、茄子と共に蒸したてを供するスタイルで、美食家達の舌を圧倒しました。蒸籠の蓋を開けた瞬間、立ち昇る香気。そして現れるのは、皿一面に広がる大輪の花のような豚バラ肉と茄子。見た目のインパクトにも意表を突かれる意欲作です。
冷菜として出されることの多かった雲白肉を温めて提供する。程良くとろける豚の脂身と、茄子の柔らかさの一体感。誰もが知っていて、どこにでもある料理でありながら、これまで味わったことのない新しい美味しさがそこに表現されています。そう、これこそが唯一無二。単なる創作料理ではない、逸品といえるでしょう。
以前、岸田シェフから次のような言葉を聞いたことがありました。「自分は、決して斬新な料理を作ろうとしているつもりはなく、むしろ古典料理の継承者だと思っています。「(古典料理を学ぶ中で)自分だったらこうする。こうした方がもっと美味しくなるはず」と感じた部分を改良しているのです。伝統料理を現代に即して、より美味しくするにはどうしたら良いかをいつも考えながら料理と向き合う。その思いはまさに川田シェフも同様でしょう。
中華の古典を鑑みつつ、歴史を踏まえながら、日本と中国の関係性を紐解いて現代に照らし合わせ、日本の食材と精神を持って再構築する。それには、それぞれの料理の根幹をしっかりと理解することが必要です。
古典への深い敬愛と食材への深い洞察力、そして豊かな発想と経験から生まれるその料理は、中国と日本の単なるうわべだけのフュージョンではありません。軸足はあくまでも中国料理。いうなれば、四川、広東と同じく中国料理における日本という地方の料理、と考えた方が良いかもしれません。
そして、日本の食材を使うのであれば、ただ取り入れるのではなく、それを最大限に活かすにはどうすべきかを考えるのが川田シェフの流儀。そこで、昆布締めや出汁といった日本の手法が大切だと思いたった川田シェフ。「龍吟」で修業した意図の一つは、そこにあったのでしょう。中国に比べてデリケートな日本の食材を扱う時、日本料理で学んだ下拵えや一つひとつの工程での丁寧さが活きてきて、それこそが川田料理の繊細で緻密な味わいの根源といえましょう。
2017年のオープンから8年。沖縄で出会った琉球王国時代の“御冠船(うかんしん)料理”、台湾出身のスーパーシェフ、アンドレ・チャン氏とのコラボ等、様々な文化との触れ合いを経て、ますます深化していく「茶禅華」の料理。時代の流れを見つめながらも、「最近は原点回帰。データやレシピばかりに捉われず、経験の積み重ねから得られる料理人としてのカンを大切にしていきたい」とは川田シェフ。以前のようにウォーターバスやオイルバスは使用せず「鳩にしても、あらかじめ低温で火を入れず、生の状態からつきっきりで炭で焼き上げています。その方がやっぱり美味しいなと改めて感じています」とのこと。
スタッフが増えたことで、より理想に近い料理を体現できるようになったとか。その若きスタッフらの育成も、今後の自分の務めと考えている川田シェフ。「2、3年先には移転を考えています。ここの厨房は手狭になったので。今、近くに一軒家を建てているところ」だとか。新たな挑戦に目が離せません。
※こちらの記事は2025年03月14日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。