福井「御料理 一燈」倉橋紀宏氏に聞く、福井の風土を活かし厳選した素材で作る“越味料理”とは

福井・さくら通り沿いにお店を構える「御料理 一燈」は、和の趣を残す古民家をリノベーションした日本料理店。2021年にはミシュラン二つ星に輝き、全国各地の美食家が同店だけを目的にわざわざ訪れる名店です。その魅力は何と言っても、地元の厳選食材で四季折々の変化を表現する料理の数々。今回は店主・倉橋紀宏氏が掲げるテーマ“越味(えつみ)”と、料理人としての思いについて語っていただきました。

食が身近な家庭で生まれ育ち、いつしか料理人の道へ

―倉橋さんは福井県に生まれ16歳の頃に料理の道へ進まれました。料理人を志すようになったきっかけについて教えてください。

「御料理 一燈」の倉橋紀宏氏

幼い頃から食がとても身近な環境で育ったことが1番の理由です。僕の父親がお酒好きだったので、つまみを作ったりと、料理に溢れている家庭でした。福井県は田舎ですから、子供のときには実家の田んぼで田植えをしたり、料理を作ったり。そんな訳で、いつからか食に携わる仕事をしようと思うようになりました。

―なかでも日本料理を選ばれたきっかけというのはありましたか。

僕自身食べることが好きでしたので、毎日食べても飽きないモノを作りたいと思ったら、やっぱり和食だったんですよね。学生時代にはアルバイトでイタリアンやその他、さまざまなジャンルの料理を経験しました。その結果の原点回帰でしょうか。そして日本料理店に足を運ぶうちに、どんどんのめりこんでいきました。その後18歳で料理人を目指し上京しました。働いたところは名のある店というわけではありませんでしたが、和食をベースにした料理を提供していました。その後、福井に戻りさらに色々な和食店で修業させてもらいました。

必死に働き料理と向き合った修業時代、そして独立へ

―色々なお店で修業されて現在、ご自身の料理人としての経験で活かされていると感じるのはどのようなところでしょうか。

技術的なところはもちろんですがそれ以上に、料理とだけ向き合う時間を若いときにしっかりと取れたことですね。当時は本当に長い時間、がっつり働いていましたから。精神的にも肉体的にも必死になった時間というのが、自分を成長させてくれたと思います。独立後は積極的に食べ歩きを行いました。特に美味しいと思った料理は独自に研究し、新しい発見や経験値を増やしていきました。

―そうして修業された後、2007年にご自身初となる店「ときの蔵」を鯖江市にオープンされたんですね。

はい。僕が28歳になったときに開業しました。「ときの蔵」は現在の「御料理 一燈」とは異なり、単品料理を扱う居酒屋割烹スタイル。当初から、幾つか店を出そうと決めていたのでファーストステップですね。僕は先のことを考えながら、今の仕事に取り組むタイプなんです。実は、食関連の仕事で独立しようと考えたのは中学生くらいからなんですよ。当時から、福井市でもう一店舗やろうと考えていたので「ときの蔵」で使用する食材は全て福井市から取り寄せていました。また、有力な業者さんとの信頼関係を構築しておきたいという思いもありました。

ブランド作りを目標に、福井市へ進出した「御料理 一燈」

―2017年にはさらに、福井市の足羽川沿いに2店舗目となる「御料理 一燈」をオープンされました。「ときの蔵」との違いはどのようなところにあるのでしょうか。

スタイルの違いに関しては「ときの蔵」が単品料理向きだったのに対して「御料理 一燈」はコース料理が主体というのがひとつ。ただし最初は「御料理 一燈」でも単品料理をいくつか出していました。完全にコース料理のみとなったのは現在の春山に移転してからですね。

そしてもうひとつ、大切だったことがブランド力をつけるということでした。
僕らは有名料理屋の何代目とかではありません。初代でやっている分、そういう施策が必要だったんです。足羽川沿いというのは昔の料亭が立ち並び格式のある場所。そこで勝負することで「御料理 一燈」という名が知られるようになればと考えました。現在の「御料理 一燈」は昔、酒屋だった古民家をリノベーションして、建物は数寄屋造りの名手といわれる建築家に依頼しました。骨太の建物は重厚感と風情があり、印象もまた変わったと思います。また、新しい店舗や食に繋がる事業を進めたいと思っています。そのため、一緒に会社を盛り上げ、将来、お店を任せられる若いスタッフの育成にも力を入れています。

倉橋紀宏氏が打ち出した「御料理 一燈」のテーマ“越味料理”とは

―改めて、「御料理 一燈」のテーマ“越味(えつみ)”とはいったいどのようなものなのでしょうか。また、京懐石の中でどのように越味を表現されているのでしょうか?

“越味”とは、北陸の食材を使い、この場所に訪れないと食べられない料理を示しています。もうかれこれ10年くらい掲げていますね。これは、自分の経験から感じたことですが京懐石も懐石料理も元々はその土地に根差した郷土料理なんですよね。僕自身、色んなところへ食べ歩きに行きましたが、例えば、京都の人が福井まで来て京料理を食べたいとは思わないじゃないですか。京料理は京都で食べるのがいい。同様に、福井だったら福井でしか食べられないものを食べたいでしょう。そんな思いから“越味”を発信しています。

食材然り調理法や調味料など、全ての料理に北陸の要素が入っています。なかには郷土料理からインスピレーションを受けているものもありますね。例えば、春の時期は富山県産のホタルイカは先付に。お椀でしたら甘鯛やカサゴで福井県産か石川県産のものを使っています。福井県は酒処としても有名で、料理に合うきりっと辛口の日本酒が豊富。さまざまな酒蔵からお声かけいただきます。仕入れた日本酒とのペアリングを楽しみに来店くださる方も多いですね。

地元の人と切磋琢磨して生まれる“越味料理”

―倉橋さんは地元の生産者とも積極的に関わっています。仕入れに関するこだわりを教えていただけますか?

うちは、四季を感じられる料理を心待ちにしてくださっているお客様が多いです。季節を感じられるお料理を出すためには生産者とのコミュニケーションはもちろん、僕ら料理人がしっかりと食材のことを知っておく必要があります。

春にはタケノコ料理をお出ししていますが、スタッフのみんなで毎年山に出向いて収穫の手伝いをさせてもらっています。タケノコの生産地として知られる宮崎地区では、急斜面の山を切り開いて収穫するのですが、竹林が密になりすぎないようプロの方がコントロールしています。地面から顔を見せる前に掘り出すのですが、柔らかい赤土の中で育ったタケノコはアクが無く甘い。こうした知識や生産者の苦労をしっかりと体感することは物凄く大切なことです。

―地元のものを使うだけでなく風土を知ること、人を知ることもまた“越味”を体現される上で必要不可欠な要素だったのですね。

6月~7月は池田町の鮎を求め川へ行き、ときには漁の場に同乗させてもらうことも。夏には契約している北潟湖・三方五湖の天然ウナギを、秋にはキノコ、冬は越前ガニですね。特に11月~3月下旬までお出ししている別途コースでは、希少性が高い献上ガニのみを使用しており、お客様の多くが心待ちにしてくださっています。四季の変化を感じられる料理を出すために、こうした生産者との関わりは大切なんですね。

「御料理 一燈」のスペシャリテ無農薬の白米「田んぼ天使」

―季節によって変化するお料理の数々。お話を聞いているだけで倉橋さんが持つ食への愛情を感じます。なかでも「御料理 一燈」のスペシャリテを教えてください。

うちの最大の売りは白米ですね。毎回コースの最後におかずを何種類か選んでいただくのですが、このときの主役はお米。今日は小浜の白魚を福井県産の地鶏卵で閉じたご飯、その他にも季節の野菜を使ったおかずや、旬の朝どれづけ丼などさまざま。使用しているのは完全無農薬で作られる「田んぼの天使」のみ。毎年田植えの時期にはスタッフ全員で手伝いに行きます。無農薬だと雑草が生えやすので草刈りやゴミ拾いを行い、9月半ばには稲刈りへ。若い子たちにとって凄く刺激になっていると思いますし、やっぱり苦労を身体で体感することはとても重要です。

稲刈りの時期に行く理由はもうひとつあって、藁を貰うためでもあります。完全無農薬の藁は、初ガツオの時期には藁焼きにするなど1年を通して使います。できるだけ無駄を出さないこともまた、食に関わる上で大切なことだと考えています。

長きに渡り“食”に関わり感じた、後世に残す大切さ

―これまで地域との関わりを大切に、数多くの挑戦をされてきたかと思います。今後さらに力を入れていきたいことなどはありますか。

これまでの話に繋がるのですが、持続可能なシステム作りを強化したいですね。今後新たな店を出す際に任せられるよう、若い子の育成は継続してやっていきたい部分です。さらに食に関わる身として、生産者にスポットライトが当たるような環境作りをすることはひとつの使命のように感じています。僕ら料理人は食材を作ってくれる人がいるからこそ成り立つ職業。昨今の人手不足は深刻です。だからこそ、料理人と生産者がタッグを組み、町全体を盛り上げることが出来れば、技術や思いがしっかりと後世に受け継がれると考えています。

―料理人だけでなく食に関わる多くの人たちを巻き込み、町全体の活性化へと繋げていきたい。そんな強いメッセージを感じるお話でした。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。

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倉橋紀宏氏 プロフィール
1978年生まれ、福井出身
16歳で食の道を志し、いくつかの和食料理店で研磨。
2007年に「ときの蔵」をオープン。2012年に2店舗目となる「御料理 一燈」を足羽川沿いに開業。その後2019年に現在の春山に移転し、2021年には「ミシュランガイド北陸2021特別版」にて、二つ星店に掲載。全国各地から食通たちが福井ならではの四季折々の料理を求めて訪れる日本料理店に。
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【編集後記】
今回の取材を通して印象に残ったのは、倉橋さんの持つ北陸への深い愛情と、次世代に受け継ごうという強い意志。“越味”とはただ北陸の素材を使うだけでなく、生産者との信頼関係や地元の文化を含む奥深いテーマなのだと感じました。目に見えぬところまでこだわり抜いた四季折々に変化する「御料理 一燈」の料理を味わいに、皆さんも訪れてみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2024年10月11日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Sonoka Watage

スイーツ専門メディアから「KIWAMINO」編集部へ。美味しいだけじゃない食文化の面白さや、作り手の思いを発信していきます。
好きなワインはピノノワール。お気に入りはカウンターで食べるデセールコース。
【MY CHOICE】
好きなお店:ADI /FARO
好きなジャンル:スイーツ/イタリアン

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