インタビュー|

日本料理の名店「まき村」牧村彰夫氏に聞く、お客様の笑顔の為に全てを尽くすチームワーク

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数ある日本料理店の中でも、国内外の多くのゲストから絶大なる支持を集め続けている「まき村」。旬の味覚をふんだんに盛り込んだ料理の数々、きめ細やかな接客は「何度でも訪れたい」と心が喜ぶ、幸せな食の体験です。今回は、牧村彰夫氏が日本屈指の名店を築き上げてきた道程から今後の展望まで、様々なお話を伺いました。

希代の人気店となるまで、艱難辛苦の日々

―修業時代、どのような苦労があったか教えてください。

今はインターネットで様々な情報を入手できますが、昔はそんなものはありません。料理関係の書籍は、百科事典のような数冊セットのものが20万円というような時代だったので、簡単には手が出ませんでした。
やっとその本を見られたとしても役に立つ知識が満載という訳でもなく、修業で学べる事もどうしても断片的な経験になっている感じでした。「ただ魚が捌ける、焼けるだけで、何も分かっていないのではないか」という焦りが常にありましたが、それでも早く自分のお店を持ちたいと思っていました。

実家は寿司店を営んでいて、小学生の頃から何でも手伝わされていました。猫の手も借りたい忙しさだったので、遊ぶ時間もないほどに、洗い物でも出前でも何でもやりました。その経験のおかげで、お客様との接し方であるとか、商売のコツみたいな事は小さな頃から自然と身に付いていたので、27歳の時に何とか開業できたのだと思います。今振り返れば、当時の料理は全然駄目でしたね(笑)。

―最初のお店である「たこ入道」を開業されてから、どのような苦労があったか教えてください。

若かったというのもあり、お客様と言い合いになる事も少なくありませんでした。
ですが、本当によいお客様に恵まれたおかげで、沢山の叱咤激励によって大きく自分を育ててもらいました。当時はネットに口コミを残すみたいな事もなかったので、お客様に直接ズバッと言われる訳ですが、それはその場で終わるので、厳しい事を言われても後に引きずるような気持ちにはなりませんでした。
ガンガン意見を言われるけど、また来てくれる。そうやって少しずつ成長していけました。

―「たこ入道」では、どのようなメニューを出されていたのか教えてください。

「女房と2人で飲んで食べて6,000円位だと嬉しいなあ」と思うメニューを出していました。
休みの日に夫婦で色々なお店に食べに行った時に「例えばあの焼肉店のサラダをつまみ、その後にあの居酒屋の刺身を食べて、最後にあの中華料理店のエビチリ炒めを食べるみたいな事を、一軒で完結できたらいいよね」という発想から、日本料理の枠にとらわれずにやっていました。
最初は好きなメニューを好きなように頼める感じでしたが、それだとロスが出てしまう事があるので、週替わりの料理を10品作り、3品頼んだら2,000円、5品なら3,000円というような形に変更しました。
これを繰り返していく中で「たこ入道」を閉業し「まき村」をオープンする頃には、お客様に選んでもらうスタイルから、現在のようにおまかせコースでの料理提供に変わっていきました。

お客様離れの危機を救った、親方からの連絡

―いよいよ「まき村」が開業、最初から順調だったのでしょうか。

自分の技術が上がり、お客様に美味しい料理を食べて欲しいという気持ちがさらに大きくなれば上質な食材を仕入れたくなるので、コースの値段は少しずつ上がっていきました。そうすると、来店頻度が下がってしまうお客様が出てきまして、どうしても寂しく感じる事もあったのです。

ですので、値段が高くなっても「『まき村』に行ったら絶対に満足できる」と思ってもらえるお店にするんだと、自分の中で決意しました。足繫く通ってくれていたお客様を失ってしまうという不安に怯えず、それに負けない美味しさの料理を提供し続けていけば、お客様は必ず付いて来てくれる、そう信じて戦ってきました。

―孤独で苦しい戦いだったと思いますが、打ち勝つきっかけは何だったのでしょうか。

一番大きかったのは、東京に初出店した「吉兆」にお伺いした事ですね。
修業先の親方から「開店直後なら京都から来ている板前の料理が食べられる筈だから行くように」と連絡をもらったのです。食べてみると、あまりの美味しさにひっくり返るような衝撃を受けました。
当時の日本料理の八寸は、ただ複数の料理が盛り付けられているという感じのものが多かったのですが「吉兆」で食べたものは、八寸の中に季節の彩りが盛り込まれ、一つの世界が表現されていたのにまず驚き、鯛の白子を使った椀物は、あまりの美味しさに箸を落としてしまい「世の中にこんなに美味しい料理があったのか」と心底打ちのめされたのをよく覚えています。

それから毎月のように通い続けました。野菜の炊き合わせはどうやって作っているのだろうかと、自分も同じような料理を作れるようになりたいという思いで必死でした。築地市場で何かを仕入れているのを見かけたら、何を買っていたのかを購入先の方に聞いたりして、とにかく死に物狂いでした。
自分にはこんな料理は作れないからもうお店は辞めてしまおうかとも思いましたが、
本当に美味しかったからこそ、自分の目指す所が見つかったと思い、今に絶対に追いついてやろうと決めました。カステラのようにふわふわとした玉子焼きが前菜で少し出てくるのですが、それをどうしても再現したくて、出版されていた料理本を片っ端から購入し、使われている材料がほぼ分かっても、それから上手に焼き上げられるようになるまでには数年掛かりましたね。
何気ない一品なんですが、その後、提供するようになり、お節に入れてみたら「あんなのは食べた事がないよ」とお客様から評判になったのは、嬉しかったです。
そうこうしているうちに、味と食感と彩りをしっかりと意識して料理を仕立てられるようになり、「まき村」の料理自体もどんどん変わっていきましたが、ここに至るまでは本当に大変な毎日でした。

いつもお客様の事を第一に考えるのが、チーム「まき村」のモットー

―お弟子さんと接する上で、どんな事に留意しているか教えてください。

料理はチームワークがとても大切だと思っています。私も昔は人を育てるという事が上手くできませんでしたが、チームワークがなければいいお店は作れないと悟り、人材育成の重要さを理解しました。
弟子たちが私に向かって「板長、それ取ってもらっていいですか」と気軽に言えるようになったら最高ですね。昔は板長に頼み事をするなんてあり得ませんでしたが、それはお客様に料理を提供する為には邪魔な事なんです。「ちょっと、後ろ通ります」なんていうのが平気で言えるという事は、理想のチームワークが築かれている証だと思います。
美味しい料理をお客様に最高のタイミングで供す事を最優先できる人間関係が構築されているお店というのは、とても素晴らしいと思います。

―少々意地悪な事を伺いますが、牧村さんはすぐに教え上手になれたのでしょうか。

ある時、大変名の知れた有名料理店にお伺いする機会があったのですが、お弟子さんたちが先輩に叱責され続けて震え上がっているのを見ながら食事した事がありました。
同業者ですから、ある程度どんな状況なのかも察しは付くのですが、そんな状況でいただく食事はとにかく美味しくありませんでした。お客様に美味しく食事を味わっていただいて、幸せに帰ってもらわなければいけないと、この時に本当に強く思いました。弟子たちが気持ちのよい笑顔で仕事ができるという事は、お客様が食事を心の底から楽しめるかどうかに深く関わっているのだという気付きが、私を大きく変えてくれたのだと思います。この気持ちを共有したいというのもあり、定期的にスタッフ全員で食事にも出掛けています。

料理の献立決めについても、弟子たちに意見を聞いたり提案を受ける事もあり、私が微調整を加えたりもしますが、少しずつメニューへ採用する事も増えてきました。そうするとモチベーションアップにもつながります。
弟子が考えたメニューを提供する際には、お客様にその旨説明してお出しすると、やっぱり本人も嬉しいものです。仮にご好評いただけなかったとしても、直接フィードバックがある事は励みになりますので「次こそは!」という気持ちを抱いて仕事に打ち込んでいく事ができます。

弟子たちには全員に毎日必ず声を掛けるようにしています。それぞれがどういう精神状態であるか、きついとか辛いというようなネガティブな心境になっていないかは目を見れば分かるので、ドスンとどん底まで気持ちが落ちて行ってしまう前に感じ取れるよう、気を付けています。

―今後の料理について、何か超えていきたい目標のようなものはありますか。

自分の料理に少し自信を持ち始めた頃に「あなたの料理は疲れる」と言われた事がありました。あれをやってあげたら、これも追加してあげたら喜んでくれるだろうと、どんどん料理が過剰になってしまい、コース料理を通して美味しく味わえる流れがない、押し相撲一辺倒の仕立てになってしまっていた為でした。ひたすら足し算を繰り返してしまっていた事を、お客様に指摘されるまでまったく自覚がありませんでした。全ての料理に対して、うま味にうま味を浴びせ掛けるような度を越えた仕立てになってしまっていたのは、結局自信がなかったからでした。
引き算をするのには大きな恐怖がありました。そこを勇気をもって引き算し、料理を研ぎ澄ましていく事で見える美味しさがある。そこに気が付けたのは40歳半ばでした。

“料理の研ぎ澄まし”というのは永遠に突き詰めていかなければならないと思っていますが、今の時代に求められているのは、その突き詰めた料理に意味のある大きな足し算を持って来られる料理を出せるか、という事ではないかと考えています。決してごちゃごちゃと塗りたくるというような意味合いではないです。
この大きな足し算の持っていき方をどれだけ追求できるのかが、この先も残っていける一皿になり得るか否かの、大きな分かれ目になってくるのではないかと思います。

―「まき村」のこれからの展望について聞かせてください。

今年で63歳になりますが、正直やりたい事が沢山あります。もっと美味しい料理を作っていきたいですし、お客様への接客もより丁寧で寛げるものに、という思いが尽きる事はありません。
いつまでも、お客様に喜んでいただけるお店であり続けられるよう、引き続き最善を尽くしていきたいと思います。

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【プロフィール】
牧村彰夫
1959年昭和34年生まれ
服部調理師栄養専門学校卒業後、赤坂の料亭長谷川にて修行。昭和60年27歳、たこ入道を開店。平成元年30歳にまき村を開店。平成22年52歳の時に移転し、現在に至る。
2007年 ミシュラン1つ星
2011年 ミシュラン2つ星
2015年 ミシュラン3つ星 連続8年
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日本料理

まき村

京浜急行電鉄本線 大森海岸駅 徒歩約5分

【編集後記】
牧村さんは何をするにしても、とにかくそれがお客様の満足に寄与するのかどうかという事を徹底的に追求されており、それ以上に重要な事はないという気持ちがインタビューを通してひしひしと伝わってくる事に、深く感銘を受けました。
日本料理を軽んじるような事は勿論しませんが、お客様が幸せな食事を楽しめるのならば、
既成概念にとらわれずにどんな事でもやっていきたいという一貫した姿勢。それは牧村さんが今日までいかに多くの困難を乗り越えてきたかの、なによりの証だと感じました。
幸せな食事ができる牧村さんのお店、またいつかインタビューをしたいと願わずにはいられません。

橋本 恭一

美味しいお酒とお料理を求め続ける 都内屈指の胃袋&肝臓フル回転系ライター。 和洋中ジャンル問わず、王道の古典料理から イノベーティブ系のお料理にどんなお酒が合うかを ひたすらに追い求めており、食前食後などのバーの 楽しみ方も皆様にお伝えしてまいります。
【MY CHOICE】
・さいきん行ったお店:ナスキロ/サエキ飯店/赤坂 らいもん/鮨 みうら
・好きなお店:レストラン キエチュード/ラ クレリエール/私厨房 勇/トラットリア ダディーニ
・自分の会食で使うなら:くろ﨑/Les Chanterelles/日本料理 晴山/の弥七
・得意ジャンル:フレンチ/イタリアン/バー
・好きな食材:サルミソース/真鱈の白子/生トリ貝

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