『ミシュランガイド京都・大阪』で三ツ星に輝く、日本を代表する名店「HAJIME」。今回はオーナーシェフの米田肇氏が、プレミアム美食メディア「KIWAMINO」のインタビューに答えてくれました。
コロナ禍の中、飲食店の支援を国に求める署名活動や陳情にも力を入れてきた米田氏。トップシェフの視点から見た飲食業の課題から、料理人としての原点や「HAJIME」の世界観まで、多岐に渡って語っていただきました。
※本インタビューは、2020年12月2日にオンラインにて行いました。
(アイキャッチ画像のコピーライト:©Tomonori Hamada)
レストランがお客様に提供する価値を求めて
―米田さんは2020年3月、コロナ禍で飲食店の営業自粛が相次ぐなかで、飲食店の支援を国に求める署名活動や陳情を行うなど、スピーディーな対応で注目を集めました。改めて、今レストランが抱える課題についてお聞かせください。
ここ数年、労働集約型から知識集約型産業へのシフトがますます加速しています。インターネットやAI(人工知能)を駆使して、生産性と合理化が図られるなかで、レストランという労働集約型産業はほぼ淘汰されていると思うんです。特にレストランは生産性が低い業種ですから、今回のコロナによる自粛が続くと倒産が相次ぐのも無理のないことです。
社会構造が大きく変わる中で、レストランやそこで働く料理人のあり方も変化していくと考えています。厨房内には生産性を高めるためにロボットやAIが導入され、料理人の労働時間も減少すると予測できます。飲食業もまた、知識集約型産業への転換が実現されるかもしれません。調理師の「師」が、弁護士や建築士の「士」になっていくというわけです。
ただ、それは20年以上未来の話で、問題は“今”をどうやって乗り越えていくかということです。
対策の1つは、国が飲食業を保護していくかを考えるということですね。レストランとIT企業の税制の仕組みを変えることも有効だと思います。レストランと、大手のIT企業の生産性を比べるとその差は歴然です。一例ですが、10人収容するカウンター席のお店を、2回転しても利益幅はどうしても限られてしまいます。内部留保が少ないお店も多いので、飲食業界は本当に余裕がないのです。
作る側と、食べるお客様との間にある価値観のバランスが崩れていることも指摘できます。海外と比較しても、日本のレストランは低価格ですよね。ラーメン一杯でも高くて1000円ほどですが、ニューヨークなら3000円という値付けも珍しくありません。
もちろん、料理人は純粋に良いものを安く提供したいと考えています。ただ、食べ手であるお客様にも、コストに見合う価格設定を受け入れてほしいという思いがあります。低価格のレストランを探す一方で、「飲食店ってブラックだよね」ということでは、アンバランスは是正されません。
―米田さんが署名活動を行う際に軸としていた“利己的ではなく利他的に”という考えとも一致しますね。
食事を済ませたお客様がお帰りになる際、入店する前と比べて少しでも心の温度が上昇してくれたら、という思いを持っています。「HAJIME」でのひとときを経て、明日また頑張ろうという温かい気持ちを抱いてほしいのです。これは、「レストランがお客様に提供できる価値とは何か?」と考えた時の答えでもあるのではないでしょうか。
幼少期の原風景から生まれた「HAJIME」オリジナルのコンセプト
―お客様を思う気持ちも “利他”の精神の表れですね。その思いは、料理人としての原点にも通じると思うのですが。
子供の頃に家に帰ると、いつも母が料理を作って待っていてくれていました。たとえ学校で悩みがあったとしても家には美味しい料理があって、それを食べてまた頑張ろうと、心の拠り所になっていたのです。だから、自分自身の中心軸にはいつも料理というものがあって、それが料理人になる理由になったと考えています。
その体験は、根本的な部分で今に至るまで残っています。
先ほどお話した、「HAJIME」でのお食事を通してお客様の“心の温度が上昇してくれたら“という思いも、自分が母の料理から受け取った温かさがあったからこそだと思いますね。
―“宇宙”や“地球”といったコンセプトに基づく「HAJIME」の料理も、お客様の“心の温度”を上昇させるためにあるのですね。
「HAJIME」の料理を通して、お客様に美味しいと感じてもらうことは当たり前なのですが、それ以上に感動が必要になってきます。感動は、他のレストランではなく「HAJIME」に来てくれる理由にもなりますから、うちでしか体験できない感動とは何か?と思うようになりました。
考えるなかで流行ではなく、オーナーシェフである私自身が感動するものを提供するべきだと気が付きました。自分の美意識の琴線にふれるものでなければ、感動は生まれません。探求していくと、誰に教わったものでもなく本当に自分が美しいと思った感覚は、自分の幼少期までさかのぼらなくてはならないという考えに辿りつきました。
それはまだ幼稚園に入る以前に住んでいた、京都と奈良の府県境が近い大阪の枚方市での原体験でした。当時は、毎日枚方の山奥で走り回っていたものです。その時に、春夏秋冬と変化する季節の中に自分がいて、空に鳥が飛んでいて、風が吹いている。耳をすませば虫の音や葉っぱが落ちる音もあって、そんな感覚が美しいなと幼いながらに感じたことを思い出しました。
その気づきが、料理人として「宇宙」や「地球」から受け取った感覚をお皿に載せようと考えたキッカケですね。
―“誰にも教わったものではない、自分が美しいと思った感覚“とはすごく稀有なものですね。
私は数学に熱中した高校や大学時代を経て、コンピューターのエンジニアとして働いた後に料理の世界に入りました。フランスにも赴いて料理をしましたが、フランス料理をやっていると結局は誰かのコピーになるんですよね。
自分自身の本当の個性を引き出すには?と考えた時、誰に教わるでもなく美しいと思ったものが、一番しっくりくると感じたわけです。
大学から高校、中学校と過去にさかのぼっていくと、その時々に、大人や先生から美しいものだと教えられたものを、無条件で肯定していたことに気が付きました。そこから、自分の本当の個性とは何かと突き詰めた時に、幼稚園以前の幼少期に行き着いたのです。
徹底したクオリティ管理が生み出す「HAJIME」の世界観
―幼少期の経験がコンセプトにつながり、数学への情熱が「HAJIME」のもう一つの特徴である緻密な計算に基づく調理方に結び付くのではないかと考えたのですが。
緻密な計算という部分に関しては、チームで調理をすることにつながっています。一人でやっていたら感覚だけで済むのですが、チームプレイの場合には言語化できるところは厳格に具体的な言葉や数値に落とし込むようにしています。そうしないと、クオリティを維持できないと考えているからです。
例えば、“温める”という言葉一つとってみても、10度で温めると捉える人もいますし、80度と捉える人もいるかもしれません。それを避けるためにも、82度で温めることが必要であれば、それを明文化しているのです。
一方で、私自身が美味しいと感じる感覚は言語化ができないものです。そういうことをスタッフに共有する場合には、お互い食材や料理を口にしたうえで、「自分は美味しいと思うけど、君はどうですか?」という風にコミュニケーションを通して理解を深めるようにしています。
言語化できる部分とそうでない部分、双方からアプローチを重ねて私が納得できる、「HAJIME」のクオリティに見合う料理を探求しているのです。
―食材についてのこだわりも気になります。
基本的には、味が良いか悪いか、品質が良いか悪いかでしか、考えていません。食材を選ぶ方法としては、生産者や産地が分からない状態でテイスティングをして、自分が納得いくものであれば、連絡をして取り寄せています。
生産者や産地ありきではなく、食材ありきという考え方ですね。驚かれるかもしれませんが、常にお客様の視線でいるためにあえてそうしているんです。
なぜなら、来店するお客様は、生産者や産地のことを知らずにお食事をして、美味しいかそうでないかを判断するわけですよね。お客様に美味しいと感じてもらうためにも、料理を提供する我々は、同じ視点に立って素材を吟味しなければいけないと考えています。
―徹底したクオリティ管理が、「HAJIME」の料理を作っているのですね。お客様の“心の温度”を上昇させることの大変さを垣間見た思いです。
withコロナの時代にあっては、お客様がレストランに赴く回数は当然減ってきます。それはある意味とても自然なことだと考えています。
一方で、こんな状況だからこそ、レストランでの食事を通して、心の温度を上げていただきたいという思いも抱いています。「世の中は不安なことばかりだけど、『HAJIME』での体験は本当に素敵だった」と、少しでもお客様の心の温度を上げられるよう、努力していきたいと思います。
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米田肇氏 プロフィール
1972年、大阪府生まれ。高校では数学に親しみ、近畿大学理工学部電子工学科へ進学。卒業後は電子部品メーカーに就職しエンジニアとしてのキャリアを歩む。1998年に料理人へ転身。日本やフランスのレストランを経て、2008年に「HAJIME」の前身となる「Hajime RESTAURANT GASTRONOMIQUE OSAKA JAPON」を大阪・肥後橋にオープン。開店後1年5か月での三つ星獲得は、ミシュラン史上世界最短として大きな話題に。
編集後記
忙しい中、ZOOMでのインタビューに答えてくれた米田シェフ。抽象度の高いコンセプトから具体的な施策まで、多岐に渡ってお話していただきました。お話を伺うなかで、米田シェフのスマートさを実感した次第です。お客様の心の温度を高めるために払ってきた努力の量にも圧倒されました。今後の「HAJIME」の進化からも目が離せません。
※こちらの記事は2023年04月21日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。