【名店のスペシャリテ】「LATURE」室田拓人氏に聞く、命を余すことなく食す「血のマカロン」

レストランの顔とも言える、シェフが生み出す“スペシャリテ”。
長年愛されるメニューには、シェフの様々な想いやストーリーが込められています。今回は表参道にあるジビエ料理の名店「LATURE」の室田拓人氏にインタビュー。
スペシャリテでもある「血のマカロン」の誕生秘話から一皿にかける想いまで、多岐に渡って語っていただきました。

生きているものを狩猟して料理するジビエの醍醐味

-まず、料理人を目指したきっかけを教えてください。

親が一人でしたので、子供の頃から家で料理を作るのが日常でした。作った料理を「美味しいね」と言ってもらえることが嬉しくて、将来は料理人になりたいと考えるようになりました。
調理学校に入った時は、フランス料理をやろうという目標はなかったんですが、たまたま本屋で見かけた「ル・マノアール・ダスティン」に食べに行った時にいただいたスペシャリテ「ブーダンノワールとリンゴのピュレ」が衝撃的だったんです。

豚の血も初めてでしたし、それをソーセージにしてリンゴジャムを付けることも、しょっぱい味に甘いものを合わせることも、食べたことのない初めての味わいでした。
他の料理も本当に美味しくて、「フランス料理って、なんて面白いんだろう」と感じ、この道に進みました。最初は町場のビストロで働き、後に「タテルヨシノ」に入りました。

-「タテルヨシノ」では何年間働いたのですか?

4年間です。「タテルヨシノ」に入ったのは新しいジャンルに興味があり、なかでもジビエを勉強したかったからです。フランス料理にとってジビエとは冬のご馳走ですが、当時の日本ではあまり食べられていない料理だったんですよね。
でも食べてみると素晴らしく美味しくて。そこでジビエ料理で有名な吉野シェフがいる「タテルヨシノ」の門戸を叩きました。

そこでジビエについて色々勉強させていただき、今はジビエを中心にお出ししています。ジビエは個体差がすごくあるジャンルで、例えば鴨だと獲る場所や土地、餌などに影響され、まれに臭いものもあります。
では、美味しいものを提供するにはどうしたらいいのかを考え、自分で獲るのがいいのでは?と、狩猟免許を取りました。

そもそも猟師さんは獲ることが主であり、それがお客様の口に入るところまでをあまり考えていないですよね。
その後「deco」でシェフをやらないかというお話をいただき、ジビエが好きだったので、それを中心に据えた料理を出したいとお願いしました。

現在、鳥獣による約160億の作物被害があるのですが、狩猟した約9割が捨てられているんです。そういったものを無駄にせず使いたいと思いました。元々フランス料理というのは、無駄を出さない料理ですしね。
そういった背景もあり“美味しさの先に何があるのか”というのをテーマに掲げています。

-実際、最初に猟をされてどうでしたか?

最初はもちろん獲れませんでした。でも初めて獲った時に感じたことは今でも覚えていて、獲れたものって体温がまだ残っていて温かいんです。
僕は今まで食肉を扱ってきていて、加工する前に触れたことがなかったので、温かい身体に触れた時、やはり生きているものなんだなと感じました。命あるものを大切にして美味しいものを作らなくてはいけない。そういう使命感を感じました。

今は便利な世の中なので、携帯でボタンを押せば明日には食材を仕入れることができます。だからこそ命あるものを大切にすることを強く持たなくてはいけないですし、若い子たちにも言っています。
お客様にも「いただきます」という意味をもう一度考えていただく機会になればなと思っています。

-今も猟にはよく行かれるんですか?

自宅から狩場が近いので、11月の解禁から2月まではよく行きます。

-実際にご自身で獲られたものを調理するのはどうですか?

思い入れが違いますね。自分で命を奪って調理するというのは責任が生まれます。また撃った後は冷ましたり腸を抜いたりといった処理が大切なので、料理人にとって究極というか、獲るところから料理が始まっています。

シェフの想いを乗せた、命をまるごといただくスペシャリテ

-そんな思い入れのあるジビエ料理のコースの中で、必ず提供されるスペシャリテ「血のマカロン」ですが、このメニューができたきっかけはなんでしょうか。

これは「LATURE」のオープン当初から作っている料理なのですが、お任せのコースをやる中で一皿目というのはすごく大切な位置付けです。
僕が今までいたレストランでは、アミューズをあまり大切に捉えていなくて、お酒のおつまみ感覚で出していることが多かったんです。
でも一皿目というのは最初に食べていただくものなので、これからどういった料理が展開されていくかを左右する重要なものだと思い、そこに僕の意思や想いを乗せて伝えたかったんです。食材を無駄にしたくないという意思を伝えること、その上でフランス料理らしさが出るアミューズを出したくて、考えたのが「血のマカロン」です。

今まで鹿の血は捨てるものでしたが、フランス料理の中には血を使う料理もありますし、本来捨てるものを料理に仕立てたいと考えました。
なおかつテクニックも必要だと思ったので、生地に卵白を入れずに代わりに鹿の血を入れました。鹿の血はアルブミンという卵白と同じ成分が入っているので、泡立つんです。
そうして作った生地の中には、フランス料理らしい鹿の血によるブーダンノワールを挟みました。
「本来捨ててしまうもので作っている」「僕がフランス料理を目指したきかっけでもあるブーダンノワール」。こういったストーリーをアミューズで表現しています。

また「LATURE」という店名は「自然の滴」という意味があるのですが、血の一滴も自然からの贈り物で無駄にしません、という意味も込めています。

-そういったストーリーをサービスの方からお客様へ伝えているのですね。

他の料理より長めに伝えています。そこからスタートすると、お客様もそういったお店だという想いを得て食べ進められるので、先の料理にも影響しますよね。

-「血のマカロン」を生み出すのは容易ではなかったのでは?

鹿が雄か雌かによってもですが、入荷する血の状態が毎回違うので、最初は試行錯誤しました。実は当初スペシャリテにしようとは考えていなかったのですが、食べたいという要望が増えて定番メニューになりました。
また今の時代、SNSが流行っていますよね。そういった時にアミューズが最初に写っていることが多いんです。
鹿の毛も無駄にしないという意味も含めて、毛皮も皿として出しているのですが「これは何?」と、興味を持ってもらえたというのもあるかと思います。

-マカロンだと、ブーダンノワールを食べ慣れていない方も、抵抗なく食べられそうですよね。最初の時から変わった部分などはあるのですか?

確かにマカロンであれば抵抗なく食べていただけそうですね。「血のマカロン」はあえて最初から変えていません。
最初は難しかった血の供給も、今は数ヶ所から安定して入荷できるようになり、捨ててしまうものが売れるのであればと、食肉処理場の方にも喜んでいただいています。

-食肉処理場へ、料理人の意見を通すのは難しい点もありそうですよね。

仰る通りで、衛生面の関係で店側との兼ね合いが難しい点もあり、県庁所在地によってもまちまちです。
でも加熱をしますし、安心安全が担保されればもう少し自由になっていってもいいかなと思います。サスティナブルやSDGsが進んでいますが、文化を大切にしつつ、SDGsを推進していくべきだと思います。

-日本やフランス料理は、元々SDGsですもんね。

僕も若い頃から食材を無駄にするなと口酸っぱく言われ続けていました。

-現在、フランス料理とは何であるのか?一般のお客様に分かりづらくなっているかと思うのですが、室田さん自身はどのように定義されていますか?

もともとフランス料理は、色々な料理を取り入れ成り立ってきているので、シェフが「これはフランス料理です」といえばフランス料理になるのが現状だと思います。
でも骨から出汁を抽出したり、筋も肉も無駄にせず切ったりするのがフランス料理なのではないかと考えています。これは実際には難しいことです。

-僕はよく「ワインが無償に飲みたくなる」のがフランス料理だといいます(笑)。

確かにそれもそうですね(笑)。うちは特にワインがないと食べられない料理もたくさんあります。

-「血のマカロン」以外にも、スペシャリテとして味わっていただきたいメニューはありますか?

今は常に新しいものを追い求める傾向にあるので、“スペシャリテ”という言葉がなくなってきていますよね。だけど僕が若い頃の先輩シェフ達は、みんなスペシャリテを持っています。
例えば吉野シェフだと「リエーブル・アラ・ロワイヤル(王家の野ウサギ)」や「ジビエのトゥルト」。「ラ・ブランシュ」の田代シェフでしたら、「イワシとじゃがいものテリーヌ」など。
フランス料理にとってスペシャリテという存在はすごく大切だと思うんです。

-スペシャリテとは「あそこに行ってあれを食べたい!」と思わせる料理ですね。

そうです。そこに行かないと食べることができない料理です。昨今、SNSを見ると似た料理ばかりが増えていますが、写真を見た瞬間に「これはあのシェフの料理だよね」と言ってもらえる料理を編み出すということは、僕たちにとっても憧れでもありますし、未来に繋がっていくものだと考えています。
自分自身ももっとスペシャリテを増やしたいとは考えているのですが、自分が「これがスペシャリテです」と言ってもスペシャリテにはならないんですよね。
お客様の要望や時代背景など様々なことが重なり、スペシャリテは生まれます。名シェフでも生涯2つや3つくらいですよね。
僕もこれからそこを課題にしていきたいと考えています。

-ではジビエ料理の盛んな冬に、これは食べてもらいたいという料理はありますか?

「リエーブル・アラ・ロワイヤル」は、僕の中ではスペシャリテになっていて、「deco」の時から15年ほど作っています。これに限っては毎回少しずつ変えていますね。
僕も年齢を重ねていくので、変えていく必要がある部分もあり、「血のマカロン」とは逆ですが、変わっていくのもスペシャリテの面白みだと思います。

-ソースを変えていくのですか?

そうですね。リエーブル(野ウサギ)は個体差もありますし、熟成もさせるので手間暇がすごくかかる料理なんです。それなので今は作る料理人が少ないですが、ワインがないと成り立たないですし、まさしくフレンチらしい料理ですね。毎年食べたいとおっしゃるお客様もいて、要望の多い料理です。

食材廃棄ゼロを目指し、新たに挑戦する新業態

-今後の展望をお聞きしたいのですが、パン屋を始められるそうですね。

そうなんです。なぜパン屋なのかというと、実は高校生の時にパン屋でアルバイトをするほどパンが好きなんです。
それに「LATURE」だけだと、なかなかお子様連れのお客様は来れないし、また一定の層のお客様だけになってしまいます。
もっとフランス料理を広めたい、僕の料理を色々な方々に食べてもらいたいと思ったんです。
そんな中で、町のパン屋さんで売られる惣菜パンなどで、あまり惣菜自体に力を入れているところって少ないなと感じて。
僕だったらもっと美味しい料理を作ってパンと組み合わせられるのに、と考えたのがきっかけですね。

あと、どうしてもレストランですと野菜の端材など余ってしまう食材が出てきてしまいます。そういったものを有効活用でき、循環させて無駄なくやるにはと思って。
千葉で自家農園をやっているのですが、野菜って採れる時は一気に大量にできてしまうんです。使いきれなくて賄いで食べることもあり、そういう野菜も使えると思い。
とにかく食材を無駄にしたくないというのが、根本にありました。

-具体的に考えられている惣菜パンはありますか?

ジビエブームでモモ肉やロース肉の需要はあるのですが、どうしても首肉やスネ肉など他の部位が食肉処理施設で余ってしまうんですね。
やはり加工が発達しないと、ジビエの産業は活発化しないと思っていて、端肉でソーセージを作って、それを使ったソーセージパンなどを作ろうと考えています。
他にもジビエを使ったシャルキュトリーを開発してパンにしたりすると、もっと多くの人がジビエに親しみを持ってくれるんじゃないかと思っています。

-いつ頃からオープンされる予定ですか?

夏頃からを予定しています。フルーツも廃棄が多いので、雨に打たれたり、台風で落果したりして傷のついたフルーツを無駄なく加工し、パンに活かしたいと思っています。料理人だからこそできるパンを作っていきたいですね。

***
室田拓人氏 プロフィール 
1982年、千葉県出身。世界の美食家に支持される「タテルヨシノ」にて腕を磨く傍ら、2009年に狩猟免許を取得。翌年には渋谷「deco」のシェフに就任し、店をミシュランのビブグルマン掲載店に押し上げた。2016年に「LATURE」をオープン、すぐさまフランス発の美食本『Gault&Millau』にて明日のグランシェフ賞を獲得するなど、ジビエ料理の名手として注目を集め続ける。

フランス料理

LATURE

東京メトロ千代田線・銀座線・半蔵門線 表参道駅 B1出口より徒歩6分

※編集後記※
食材の命を大切にする。料理人なら誰しも、その意識があるだろう。
しかし室田シェフは、自ら狩猟をしてきた実体験の中で、その真意をさらに深めたのだと思う。ジビエに限らず、野菜や果物も、無駄にせずに命を活かすということを、日々切磋琢磨して料理をしてこられたのだろう。
言葉の端端に、その覚悟が溢れていた。だからこそ、室田シェフの料理には、余分な無駄がない。食材の滋味を昇華し切った、澄んだ味があって、それが我々の胸を打つのである。

※こちらの記事は2023年04月20日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

マッキー牧元

「味の手帖」編集顧問。 国内、海外を問わず、年間700食ほど旺盛に食べ歩き、雑誌、テレビ、ラジオなどで妥協なき食情報を発信。近著に「超一流サッポロ一番の作り方」(ぴあ)がある。

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