中目黒「炎水」伊藤龍亮氏に聞く、出汁の香りを楽しむ繊細な日本料理の魅力とは

数々の飲食店がひしめき合う、グルメの街・中目黒。駅前の喧騒から少し離れたエリアに位置する「炎水」は、ミシュラン一つ星の日本料理店です。今回は、店主・伊藤龍亮氏にKIWAMINO編集部がインタビューを実施。料理に対するこだわりから今後の展望まで、幅広くお話を伺いました。

専門学校から日本料理一筋、ミシュラン星付きの有名店で研鑽を積む

-料理人、そして日本料理の道を選ばれたきっかけについてお聞かせください。

小学生の頃は、札幌の実家でよく母の手伝いをしていて、晩ごはんにカレーや焼き魚などを作っていました。“食”に興味を持つようになったのも、その頃ですね。

高校生になってからは、地元に新しくできたハンバーグレストランでアルバイトを始めて。調理や仕込みの方法はもちろん、お店の運営には、食材の検品や管理を担当する人、それらを配送してくださる人など、様々な人が関わっていることを学びました。飲食店のシステムそのものに、すごく興味が湧いたんです。休日は特に忙しいお店でしたが、素早く仕事をこなしていくことにも面白さを感じていました。

その後は、もっと料理やお店について学んでみたいと思い、東京の「武蔵野調理師専門学校」に入学。2年制で料理ジャンルごとにいくつかのコースがあり、私は日本料理のコースを選択しました。

-アルバイトをしていたお店はハンバーグレストランでしたが、なぜ日本料理のコースを選ばれたのでしょうか。

日本の食材や和包丁に興味があったんです。和食で使うものだと、魚を下ろす包丁や刺身を切る包丁、野菜を切る包丁、鱧切り包丁なんかもありますよね。切る食材によって包丁を変えていくのが、すごく面白いなと思っていました。

途中で別のコースに変更できるタイミングもあったのですが、さらに知識を深めていきたいと思い卒業まで日本料理を学ぶことに。その頃には「いつか自分のお店を持ちたい」と考えていました。

-その後、独立されるまでの経緯についてお聞かせください。

専門学校を卒業してから独立するまでの間も、ずっと日本料理のお店で働いていました。
今はもう閉店してしまった赤坂の料亭で働いた後、中野にあるお店へ。アラカルトがメインで、20席ほどの規模なのにメニューが100種類以上もあるお店でした。

同じ頃、勉強のために良く東京や京都の有名店に足を運んでいて。そうしていくうちに「自分が独立するなら、アラカルトではなくコース料理のお店にしたい」と思うようになったんです。別のお店へ移ろうと考えて、2010年10月に当時ミシュラン二つ星だった「日本料理 龍吟」へ入社しました。もともと独立したときの強みになればと思い、フグの免許やソムリエの資格を取っていたんです。それらを武器に、何とか使ってくださいという感じで、最初はサービススタッフからスタートしました。

-ずっと料理人を続けてきたところで、突然サービススタッフとして入社。意外な選択のように思います。

メニューブックやワインリストのデザインにもこだわりが

当時はお店自体の勢いがものすごく、スタッフもたくさんいましたから、単純に料理人の空きがなかったんです。でも、そういったお店の空気を吸っているだけで良い経験になりますし、独立したらサービススタッフの経験を積めるタイミングってないんじゃないかなと。そんな思いもあって、最終的に約2年半ホールを担当しました。

独立した今、当時の経験がすごく活かされていると感じます。例えば、お客様が触れるメニューブックやワインリストなども、うちのお店では表紙の素材からこだわって作っています。接客方法はもちろん、空気感の作り方というか“お店を営んでいくための考え方”は、サービススタッフを経験したからこそ得られたものだと思いますね。

-2年半という期間で、貴重な経験をされたのですね。「日本料理 龍吟」では料理人の経験も積まれたのですか。

サービススタッフを続けていた頃、台湾店や香港店など海外にお店をオープンするタイミングがありまして。調理場にも少し空きができたので、料理もやらせていただけることになりました。一つひとつの物事を深く掘り下げていくタイプのお店でしたから、新しい発見もたくさんあって。その後、働き続けたい気持ちもあったのですが、すでにいい年齢になってきていたので独立を決意。お店には、トータルで10年ほどお世話になりました。

辞めるとはいえ、私が任されていたポジションの仕事はきちんと部下に伝えていかなければなりません。しばらくの間は若手の教育にも力を入れ、ある程度の期間を経て2020年12月に独立する運びとなりました。

-2020年というと、ちょうどコロナで世の中が慌ただしかった時期ですね。

本来は2020年4月にオープンする予定でいたのですが、やはりコロナの影響で内装業者の方も動かなくなってしまいまして。工事もできないまま、結局10月くらいまで何もできない状態が続きました。

とはいえ、自分のお店についてゆっくり考える時間ができたことや、家族と過ごす時間も増えましたから、悪いことばかりでもなかったのですが。資金面で心配な時期はありましたね。家内をはじめ、専門学校時代の友人なども力になってくれて、すごく心強かったです。

“温故創新”がコンセプト、学びを得て新しきものを創る

-お店のコンセプトは“温故創新”。“温故知新”とは少し異なる“創”という字が用いられていますが、どのような思いが込められているのでしょうか。

私なりの解釈ですが“温故知新”は、古い書物などで昔の人たちから学び、それを未来に活かしていくことだと思っています。どちらかというと“自分自身のため”というイメージ。一方で“温故創新”は、昔の人たちから得た学びを活かし、新しいものを創り出していくことかなと。自分の中で0から1を創り出し、未来に繋いでいけたらと思っています。

-「炎水」という店名の由来についてお聞かせください。

非常にシンプルで“炎”は炭火のことで“水”は料理に使う出汁を意味しています。どちらも日本料理の基礎となるものですから、そういった部分をしっかり守っていきたいという思いを込めました。あとは“炎”と“水”って相反するものなので「それらを合わせることで何か新しいものが生まれるのではないか」という意味合いもありますね。

香りの重なりを楽しむ、出汁が決め手の繊細な日本料理

-お席は、ゲストとの距離が近いカウンター8席と個室が1つ。カウンターには、削り台が付いているそうですね。こだわりを感じます。

お店には私以外のスタッフもいますが、“私一人でもお店が成り立つこと”を基本としています。一人で目を配れる規模となると、やはり6~8席がちょうど良い数かなと。

また、うちのお店ではコースの始めに、お客様の目の前で削ったかつお節で出汁を引くのが基本。カウンターがフラットなのは、私が重要視している香りを伝わりやすくするためでもあるんです。例えば、削り台でかつお節を削ると、カウンターに遮るものが無いので端のお客様にも香りが届きます。様々な料理の香りが行き届きやすいように、あえてフラットにしたわけです。

あとは、かつお節を削るときの音も大事。料理の前に、削る音を聞いて、香りを感じて、削り節と出汁を味わう。そうすることで、お客様の心が整う気がするんです。「ああ、日本人で良かったな」って思ってもらってから、最初のお椀をお出しするという流れですね。

―そういった流れがあると、背筋が伸びて、落ち着いた気持ちで目の前の料理に向き合えそうですね。

これは私の持論ですが、香りを重ねていくことによって、塩分をほど良く落とすことができるんです。味だけでなく美味しい香りも含めて料理を楽しむというか、言葉で表現するのは少し難しいのですが、香りと味の調和は大切な部分だと思います。

―となると、香りを重ねる順番も重要な気がします。

香りを綺麗に重ねていくのはもちろんですが、それまでの流れを断ち切るような料理を挟むこともありますよ。フレンチでいうところの「グラニテ」のような役割で、今うちのお店では辛味大根のおろし蕎麦をお出ししています。蕎麦でサッと流し込む感じ。そうすることで一旦流れをリセットして、新たな気持ちで次の料理に向き合えます。

やはり最初からすべて重ねていくだけでは、緩急がなくなってしまいますから。どこかでアクセントをつけるのが、面白いんじゃないかなと。お客様からも「このタイミングでお蕎麦なの?」と聞かれることもありますが、実際に食べてみるとなんかスッキリするねと喜んでもらえます。

-出汁や香りなど、並々ならぬこだわりを持たれていらっしゃいますが、食材の仕入先も厳選されていらっしゃるのでしょうか。

例えば、かつお出汁ならかつお節・昆布・水を使うわけですが、それらは長く信頼の置ける業者から仕入れています。かつお節の仕入れ先は、鹿児島・指宿にある問屋さん。前職の頃から、かなり長いお付き合いをさせてもらっています。昆布は、福井県・敦賀の問屋さんの利尻昆布。水は鹿児島・垂水の温泉水を仕入れていて、料理だけでなくティーセレクションのお茶にも使用しています。

良い素材は世の中にたくさんあると思いますが、一定のクオリティの素材をきちんと提供してくださるので、仕入れ先はずっと変えずに来ていますね。

-台湾や中国のお茶なども揃うティーセレクションは、お酒を控えている方にも喜ばれそうですね。

お茶は、お店がオープンする際に厳選したもので、今扱っているのは6~7種類ほど。特に静岡の「玉露おくみどり」は、テイスティングしたときに圧倒的な違いを感じて決めました。お酒についても様々なジャンルのものを取り揃えています。酒屋さんやインポーターさんに私の好みを伝えたうえで、おすすめを選んでいただくこともありますね。

お酒にしろお茶にしろ、料理と飲み物の組み合わせを考えることも重要ですが、全てを合わせなければいけないわけではないと思うんです。
料理は料理、飲み物は飲み物、それぞれ単体でも美味しいものですから、自由に楽しんでいただければと思います。もちろん、ペアリングをしたいという方にはおすすめをご案内できますので、お声がけいただければと思います。

さらなる高みを目指しつつ、若手の成長も見届けていきたい

-2022年には、初となるミシュラン一つ星を獲得されました。おめでとうございます。獲得についての思いをお聞かせください。

素直に嬉しい気持ちはありますが、やはり二つ星、三つ星と続くので、しっかり人員を揃えて私自身も成長していきたいと思っています。

ミシュランの肩書きってすごく影響力があって、獲得することでお店の人材が集まりやすくなりますし、食材やお酒についても良い情報が手に入りやすくなるんです。また、従業員にとってもミシュランを獲得したお店で働くということは付加価値になる。私だけではなく、周りの人にも良い影響を与えてくれますから、これからも頑張ってさらに上を目指していきたいと思います。

-この先も続けていきたいこと、もしくは新たに挑戦したいことがあればお聞かせください。

もともと人の成長を見届けるのが好きなので、生涯を通して、人材を育てていきたいです。近い将来、専門学校のようにカリキュラムを組んだりして、きちんと人を育てられるシステムを作れたらと考えています。

料理業界って、お金の借り方とか動かし方とか、独立するための情報が少ない気がしていて。私も最初はそれなりに苦労をしてきました。でもプロのスポーツ選手だって、本人の周りにフォローしてくれる人がたくさんいますよね。それと同じように、若手の進む道をサポートすれば、もっとスムーズに良い人材が育っていくと思うんです。

開業して約2年半になりますが、会社としてはまだまだ未熟な部分があると感じています。まずは、今いるメンバーでしっかりお店を続けていくことが最優先。来季は新人が2人入ってきますから、彼らのためにもしっかりと体制を整えていきたいですね。

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伊藤龍亮氏 プロフィール
(ITOU RYOSUKE)
1982年 北海道札幌市出身
2002年 武蔵野調理師専門学校卒業
2003年4月 日本料理人修行開始
2010年10月 日本料理「龍吟」山本征治氏に弟子入り
2020年12月 炎水開業
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公式HP:https://nihonryori-ensui.com/

【編集後記】
料理人からサービススタッフまで、幅広い経験をお持ちの伊藤氏。“香りを重ねる料理”について深いこだわりを持たれており、とても興味深くお話を伺いました。自らの経験を活かし、未来で活躍する人材を育てたい。伊藤氏ならではの“温故創新”は、料理だけでなく若手への想いにも反映されているのだと感じました。

※こちらの記事は2024年03月26日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Yuri

校正の仕事に興味を持ち、スクールを経て一休コンシェルジュ編集部へ。好き嫌いはほぼなし。食べることが大好きで、どんなものでも美味しく・楽しくいただきます。編集部メンバーとのお店巡りが最近のマイブーム。もう少しお酒が強くなりたいと思う今日この頃です。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:さ行/デンクシフロリ/BLESS/レストラン プルニエ/ラフィナージュ

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