「食堂おがわ」小川真太郎氏に聞く、美味しい料理を気軽に楽しめる“食堂”ならではのお店作りとは

京都・河原町の割烹料理店「食堂おがわ」は、予約がなかなか取れない人気店。その魅力は、本格的な日本料理を気軽に楽しめることにあります。気さくな店主・小川真太郎氏の人柄もあって、13席のカウンターは常に満席状態とのこと。今回は、そんな小川氏にフードコラムニストの門上武司氏がインタビューを実施。修業時代の話や、お店と料理へのこだわりについて、語っていただきました。

京都で“料理の供し方”を鍛えられた修業時代

-小川さんが持つ料理人としての独特な個性は、どのようにして育まれてきたのでしょうか。地元・福岡では、若い頃から料理人を目指されていたのですか?

僕は18歳で京都に来たのですが、それまでは福岡にいました。高校を中退して、友人の親が経営する居酒屋で雇ってもらい、16歳から料理の修業を始めたんです。小さい頃は家族そろって外食する機会が多く、僕は子供ながらに寿司屋の大将がカウンターで寿司を握る姿を見て「格好いい」と思ったんですね。それが料理人の道に進むきっかけとなり、今の板前で見せるスタイルにもつながっているのかもしれません。

-すると、福岡は都合2年、後の修業はずっと京都ということですね。京都を目指された理由やきっかけはあったのでしょうか。

福岡で働いていた居酒屋の常連さんに「料理を本気で修業したいのなら、若いうち」と勧められたのがきっかけです。その時に「和食なら京都を目指すべき」と言われ、祇園にある「井筒屋」に入れてもらいました。当時は仕出しが中心でしたが、厨房では“京料理のなんたるか”を学びました。例えば、福岡ではどんな料理でも活きの良い鯛や伊勢海老などの豪華な食材が使われていれば「美味しかった」と言われるんですね。

けれど、京都は違います。料理を出前した後に「小芋が上手に炊けていた」「湯葉がええ塩梅やった」「旬の蕗がよかった」などと声を掛けられたりするんです。原価も手間も掛かっている料理は沢山あるのに、お客さんの評価する視点が福岡とは違うんです。「京都は料理の味わい方でさえも、すごく格好いいんだな」と痛感させられました。

-修業の身でお客さんの反応が直に聞ける体験は貴重ですよね。料理を作る側も食べる側も、互いに分かり合うというか“評価のしどころ”が定まっていると、料理のクオリティも高まりますね。

はい。京都では良い食材を使っていればそれだけで“良い料理”とは認められない。食材の原価に気張るより、自分が良いと思って選んだ食材を、どのように料理するかが大事です。ただの豆腐でも、供し方一つでお客さんに感動してもらえる、そういう部分を京都という街に教わり、鍛えられました。

-その後は先斗町の「余志屋」に行かれていますね。

「余志屋」は、刺身もあればコロッケや牛タンの煮込みもあるような店で、和食を学んでいるつもりが毎日デミグラスソースを作っていました。「余志屋」の川那辺大将の“ジャンルに囚われすぎずに食材の良さを引き出して、お客さんに喜んでもらえる料理を作る”という考え方は、その当時未熟だった僕には気づいていないことでしたが、今の僕には大きな影響があったんじゃないかと思います。

-修業時代の最後に「祇園 さゝ木」に入られた2006年頃は、お店が今ある八坂に移転するタイミングでしたが、2年程で辞めて独立されています。その頃はどのような思いでいられたのですか。

「祇園 さゝ木」

美味しい料理をアラカルトで気軽に楽しめる「食堂」というコンセプト

-小川さんが自分のお店に「食堂」と名付けたのは、あらかじめコンセプトを決められていたのでしょうか。

「食堂」というのは、料理をアラカルトで提供する店だと強調したくて名付けました。メニューには一品ずつ値段を載せて、お客さんに料理を気軽に選んで楽しんでもらえるようにしました。親しみやすくて居心地が良いけれど、単なる居酒屋ではなく、ちゃんと料理をする姿を見せたかったので「食堂」というコンセプトにしたんです。一言で言えば“居酒屋以上に美味しいけれど、割烹未満の気軽さで楽しめる店”ということになります。

アラカルトだと、コース料理みたいに計算し尽くした流れとは違い、注文された料理を提供した時に店内がワッと盛り上がる瞬間があって、それがまた楽しいんですよ。カウンター13席の店内で、料理人もお客さんも肩肘張っていてはせっかくの食事が楽しくないので、初めての人でも緊張せずに来ていただきたいです。

-小川さんの作る料理は、見た目はシンプルでわかりやすく、なおかつ食材の良さを際立たせて独創的な美味しさを生み出しています。その調理法について、特にこだわっていることがあれば教えてください。

鶏の唐揚げ

料理で大事にしているのは、塩加減です。「祇園 さゝ木」では、良い食材に塩を振り適切な調理をすれば、必要以上に手を加えずとも美味しさは引き出せるのだから、「それ以上の料理人のエゴみたいな仕事は不要だ」ということをよく言われていました。
今もその教えは自分の中に活きていて、例えば魚なら下処理で旨味を引き出すために塩を使用するのはもちろん、調理の仕上げにも使っています。野菜の料理でも、出汁と少しの塩で充分。そこの塩加減で、どのくらい食材の味を引き出せるか、ということが大切だと思っています。後は火加減ですが、こればかりは自分の経験で身についたものとしか言いようがありません。ただ調理する際は、食材一つひとつに対して、どのようなアプローチをすればそれが一番美味しくなるかということを常に考えています。

-食材選びについてはどうですか?

鱧の焼き霜

「余志屋」では「中途半端な牛肉を使うくらいなら、同じ値段の最高の鶏肉で料理を考えろ」とよく言われました。つまり、高級な食材に頼らない、ということなんですね。僕もその考え方を持っていて、例えばアワビや伊勢海老なども、旬の時期に一瞬安くなる時にしか買いません。それよりも、すごく質の良い鱧や鰯を使って、ちゃんと手をかければ美味しい料理ができるんです。もちろんそのために、毎朝一番に市場に行って良いものを探します。

-高級食材ではなく、質の良いものを使って美味しい料理に仕上げる、ということですね。

はい。僕のポリシーは「ミドルプライス」と言われる、食事の予算1万円台を変えずにキープしていくことです。うちは「食堂」として各料理の値段も調整しているので、予算を越えてしまうような食材は使わないようにしています。お客さんの心づもりを店側が裏切らなければ、若い人も年輩の人もみんな安心してまた来てくれるので、お客さんからいただく金額は変えたくないと思っていて。そうするためには、料理人として自分はどんな仕事をすべきかが、自ずと明確になります。

-例えば、メニューの「鳥からあげ」は、鶏の手羽を半日風干しして素揚げしたり、今や名物となった「だしまき」は、卵と出汁と塩と醤油で作るけれど、夏場にはくず粉を入れたりと隠れた仕事も効いていますよね。

食材も調理法も、色々な要素を組み合わせてはいるのですが“目新しいものを作る”というよりも“それぞれの食材が一番喜ぶのは何か”というのを常に考えています。うちのスペシャリテ「だしまき」だったら、卵というものは何が美味しいかを考えると「ふわふわ感とかジューシー感が魅力だよな、それなら途中は柔らかい火で焼こう、最後は強火で焼こう、くず粉入れてみよう」とか、日々計算しています。常に進化中なので、同じ「だしまき」でも10年前と今とでは、全く別物になっていると思います。

「食堂」という原点に立ち返って、人が喜ぶお店を続けていきたい

-2019年には近所に2号店と言える「食堂 みやざき」が開店しました。それまでもレシピ本を出版されたりイベント出演などをされたり、小川さんは精力的に活動されています。その他に、現在挑戦されていることや今後取り組んでいこうと思われていることがあればお聞かせください。

今の場所でオープンした当初は僕1人でしたが、僕と同じ福岡出身の宮崎裕司君が店に入ってくれてからは、仕事を分担させることができて効率がよくなりました。お陰様で、店が予約も受けられないほどキャパを越えてきた時、宮崎君も独り立ちできるまでに育ってくれたので「食堂 みやざき」を構えてもらいました。「食堂おがわ」とメニューもほぼ同じですし、仕込みも一緒にしています。現在は、うちに勤めて7年になる27歳のスタッフに任せられる店の出店を計画しています。

「食堂おがわ」は15年の間で客層があまり変わっていなくて、いつの間にかお客さんの間に「アラカルトで頼むのも申し訳ない」というような空気があるんですね。それなので、新しい店ではしっかりアラカルト主体に戻して、まさに「食堂」と言える原点の店にしたいと考えています。僕も45歳になり、同時代を生きる若い世代の料理人を見ると「そういう世界観でくるのか」と少し脅威を覚えることもありますが、自分もそうであったように、若い人は新しいものを生み出すパワーを持っているわけなので、そこに期待もしているんです。

物販は、お客さんが安心して持って帰られるものにしたかったのと、僕が自分で作れるものしか作ってこなかったので、商品の種類が限られています。もっと挑戦したいと思い、新しいことも色々と考えてはいるんですが、それよりも、店のメニューを増やしたり、今あるものをブラッシュアップしたりするという、基本方針は変えずに続けていくことが大切だと考えています。「食堂おがわ」が健在し続ければ、お客さんにも喜んでいただいて、良い結果が回ってくるはずだと思っています。

https://www.instagram.com/shokudou_ogawa/

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小川真太郎氏 プロフィール
福岡県出身。16歳から福岡で料理の修業を始め、18歳で京都へ。「井筒屋」の仕出しで京料理の修業を積んだ後「余志屋」「祇園 さゝ木」で腕を磨き、2009年に独立。2010年に現在の河原町へ移転。店主の明るい人柄と、手頃な価格で一流の割烹料理が食べられることが評判となり、超予約困難店と言われるように。2019年9月には2号店「食堂みやざき」がオープン、2022年5月にはレシピ本「『食堂おがわ』の料理帖」が出版される。今後、3号店のオープンを計画中。
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【取材後記】

食べる側と作る側の関係の大切さを熟知する料理人である。むしろ食べる側の気持ちを尊ぶほうが多いぐらいである。それは一緒に働く料理人への思いも同様であろう。働くということの楽しみ、また将来への展望などを同じ目線に考え、アドバイスできる料理人はそんなに多くない。それができる小川真太郎さんの仕事ぶりにはいつも感動させられる。また、将来の在り方を考える姿勢にも感服であった。こんな料理人が作る料理は間違いない!

※こちらの記事は2024年01月13日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

門上 武司

1952年10月3日大阪生まれ。フードコラムニスト。
株式会社ジオード代表取締役。
関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。一般社団法人 全日本・食学会 副理事長。2002 年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与。
著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。2023年11月29日発売の「あまから手帖別冊 食べる仕事 門上武司」(クリエテ関西)はこれまでの門上武司の食の歴史と、これからの「食」を考える刺激的な一冊。

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