大分県・別府市内にある老舗ホテル「別府温泉 ホテル白菊」4階に店を構える「日本料理 菊彩香」。『ミシュランガイド熊本・大分 2018 特別版』では、二つ星に掲載されるなど、大分を代表する名店の1つです。数寄屋造りの純和風の佇まいの中、完全個室のプライベート空間で和のフルコースを楽しめます。今回「KIWAMINO」では、料理長・天野耕作氏にインタビューを実施。食材にこだわり、職人の技で織りなすこだわりの料理について、語っていただきました。
幼い頃から身近な存在だった料理の道へ
―料理の道に進まれたきっかけをお聞かせください。
実家が、祖父の代から続くお惣菜屋さんでした。そのため子供の頃から、料理というものが身近で、親の働く姿を見て育ちました。小さい頃から料理をすることも多く、小学生の時には、一通りの調理ができるようになっていました。そんな中、学校の家庭科の授業で調理実習をした際に、当たり前に料理ができるのは特別なスキルであることに気づいたんです。そこから料理をより好きになっていきましたし、将来は料理人になりたいと思うようになりました。
―なかでも和食の世界に進まれたきっかけはあるのですか?
元々親の影響で時代劇が好きで、日本文化やそこに映る美学に憧れを抱くようになりました。その流れで日本料理に進みたいと思うようになったのですが「日本料理と言えば京都」と思い、京都の料亭に就職を決めました。京都での修業時代は、朝の7時から夜の12時くらいまで働き詰めでしたね。ただそんな中、唯一の楽しみとして少ない給料の中から毎月2万円分、名店の料理を食べ歩くことを目標としていました。そうして様々な名店に触れることで、料理の世界というものを学びました。
地元大分に戻り「ホテル白菊」へ就職、そして料理長へ
―その後地元大分・別府に戻り2001年に「ホテル白菊」へ就職されましたが、30歳で「日本料理 菊彩香」の料理長に至るまでの経緯をお聞かせください。
地元大分・別府に戻り、親の勧めもあり「ホテル白菊」へ就職しました。当時は今とは全然環境が違っていて、宴会や結婚式の利用で1日に1,000人近くをもてなす日もありました。料亭では細やかな仕事が多かったので、大きな方向転換でしたね。色々な違いの中で自分にとって嬉しかったのは“自由に挑戦させてくれる”ところです。例えば料亭では、魚を捌かせてもらえるようになるまでに、ものすごく時間がかかるんです。でもここでは、1年生でも魚を捌かせてもらえました。それが嬉しくて、休みの日もお店に出てきて魚を捌く練習をしていましたね。
一方、日々ものすごく多くの方々をもてなすので、大型施設だとありがちですが、既製品を使ったメニューも多かったんですね。ただ、自分は手作りしたものを提供したかったので、当時の料理長にお願いして、自分の担当箇所に関しては一から手作りさせてもらったりしていました。これも“自由に挑戦させてくれる”環境だからこそだと思います。少しずつ周りからの信頼もいただけたのか、業務が増えていく中こなさないといけないことも増えていきました。非常にハードな日々ではありましたが、毎日の反復練習の中で基礎を叩きこむことができたと思います。そして29歳の時ですね、自分の上司となる方が退職してしまうなど、環境に大きな変化が起きました。紆余曲折ありましたが、総料理長からのサポートもあり、30歳の時に「日本料理 菊彩香」の料理長を務めさせていただけることになりました。
生産者から直接仕入れるこだわり食材を使用した逸品
―「日本料理 菊彩香」ならではの料理についてお聞かせください。
「菊彩香」の料理は、きっちりとした懐石料理というよりは、和モダンのようなイメージです。自分には師匠のような存在がいなかったので、良い意味で固定概念はありません。自分が良いなと思ったものは、積極的に取り込むようにしています。例えば、お付き合いのある料理人の方々からインスパイアされることも多いです。一時期はフレンチのシェフから学んだフレンチの技術をいかに日本料理に落とし込むか、試行錯誤していたこともありました。料理を作る時は、そのままお出しするというよりは、自分なりに一工夫してエッセンスを加えることを常に意識して調理しています。
―食材は大分・九州産にこだわり、ご自身で生産者を訪れることもあると伺いました。食材へのこだわりをお聞かせください。
以前より生産者さんを訪ねる機会はあったのですが、新型コロナウイルスの流行が始まり料理が作れない時間が増える中、自分の料理のあり方を見つめ直す中で必然と生産者さんを直接訪ねて仕入れる機会がより増えていきました。うちのお客様の層は9割程が県外の方です。そういった方々が何を食べたいかというと、やはり大分・地元のものなんですよね。地元の市場でも、もちろん色々なものを仕入れられますが、やはり市場に出回らないものも多く存在します。生産者さんを直接訪れることによって、そういった食材も手に入るようになり、今はそのスタイルで仕入れています。生産者さんと直接繋がることで、その生産者さんが普段作っている野菜以外を試食させていただけたり、思いがけない野菜や果物に出会えたりすることも良くあります。食材を起点に、今まで作ったことのない料理や、思いがけない料理が生まれたりするので面白いですね。
ある意味今までは「何を作ろう」が発想の起点で、その後に食材が来ていたのですが、今は「食材が決まっている」という中で、いかに自分の技術や知識でアウトプットを出すかというスタイルに変わってきています。食材が起点になることで、その食材でしか作れない料理もたくさん出てくるので、それも興味深いです。今お付き合いさせて頂いている苺の生産者さんの作り出す苺は、華やかな香りがありながら、酸味と甘味のバランスが非常に良く色も鮮やか。生産者さんと直接繋がりがないとなかなか手に入れる事は出来ない食材の一つです。
後は、僕は元々オリーブオイルがそんなに得意ではなかったんですけど。国東にあるオリーブ畑のオリーブオイルは、ものすごくフルーティーで美味しいんですよ。そのオリーブオイルがあるからこそできたという料理もありますし、その素材がヒントをくれるという場面が多くあります。
また、毎年恒例行事として、新米の季節にお客様に提供出来るように、調理、サービス全スタッフ総出で信頼できる県内の有機栽培の米農家さんの所で田植えと稲刈りをしています。自分達が体験したストーリーや思いを、料理を通してお客様に伝わったらいいなと思っております。
―天野さんが、生産者さんとの関係性を大切にしていらっしゃるからこそ、そういった素敵な循環ができているんですね。
リレーに例えるなら、料理人は生産者の方々の食材を通した思いのバトンをお客様にお届けする最終走者と思っています。そう思うと手抜き出来ませんしプレッシャーはありますね。
―料理を作る上で大切にされていることはなんでしょうか?
実直に「美味しいものを出す」というのが一番です。プロが作る料理って美味しくて当たり前と思われていますが、それってある意味一番難しいことだと思うんです。変わったことをしようと変化球を試みたこともありましたが、今は一周回って「美味しい料理をいかにつくっていくか」というところにフォーカスしています。後は、自由な組み合わせを意識しています。遊び心と言いますか、自分自身がルールに縛られることなく、楽しく作りたいなと思っています。そのため、ぜひうちの料理を召し上がっていただく際は、食材同士の組み合わせを楽しんでいただきたいです。口の中に入れて完成する料理もありますので、口の中で繰り出される色々な要素の融合、積み重ねを楽しんでもらえたら嬉しいです。
―利酒師とソムリエの資格をもつ、天野さんならではのお酒と料理のマリアージュ体験についてお聞かせください。
料理人が、お酒に関する専門的な知識を持つというのは、非常にメリットがあると思っています。というのは、料理を作った本人が、その料理に合うお酒を的確に選ぶことができるからです。ワインに関しては、価格帯に囚われず自分が美味しいと思えるワインを仕入れています。なので、繊細な日本料理に合うようなフランス産や日本産のワインは特に多いかもしれません。
―お客様としても料理に一番合うお酒を楽しめるというのは非常に嬉しいですよね。
最近は、お酒のチョイスをこちらにおまかせしてくださるお客様も増えてきていまして、嬉しい限りですね。また店長の林は、日本酒ソムリエ「酒ディプロマ」の資格を持っていますので、日本酒のペアリングにも力をいれております。日本酒も地元のものから県外のものまで色々と揃えております。林はとても日本酒に詳しいですし、僕が作る料理も熟知していますので「料理に合うお酒」というのを的確に選んでくれます。これはうちの強みだと思います。
―ワインでも日本酒でも、美味しい料理と一緒に満喫できるのは幸せですね。
飲食業界の未来のために、まずは自身が積極的に活動を
―現在挑戦されていることや、今後取り組んでみたいことについてお聞かせください。
料理に関して言うと、やはりお客様のことを考えると今後は、大分県産100%の食材で料理を作っていきたいなと思っています。正直これはなかなか難しいです。もっと色々な生産者さんとのネットワークを広げていって、できる限り理想に近づけていきたいなって思います。
飲食業界という大きな枠の話で言うと、非常に人材不足が深刻だと思っています。なので、料理長やオーナーシェフという上に立つ立場の人が、次の世代に憧れるような存在になっていかないといけないなと思っています。『ミシュランガイド熊本・大分 2018 特別版』では、ありがたいことに二つ星に掲載していただけましたが、自分もそういう評価にふさわしい存在になれるように、常に自問自答しながら努力していきたいなと思っています。
―天野さんのお人柄でしたら、きっと多くの若い料理人の方々が憧れていらっしゃると思います。
後は個人的な活動にはなりますが、学校給食の関係者と繋がりが深くて、毎年講習会に出させていただいています。やはり食は非常に大切で、子供たちに与える影響も大きいです。よく「好き嫌い」などともいいますが、美味しければ子供たちは有無を言わずに食べると思うんですよね。そういう風に考えると、我々作り手側に大きな責任があるなって思うんです。家庭でも、和食が作られる機会って減ってきていると思うんですけど、給食現場で和食が食べられる環境を整備することで、和食離れを少しでも減らし、和食の人気を高めていきたいなとも思っています。
―素敵ですね。小さな子供たちもこの取り組みを通して、 食事の大切さや、和食の美味しさに気づいてくれたら嬉しいですよね。
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天野耕作氏 プロフィール
1977年生まれ、大分県別府市出身
地元の田北調理師専門学校を卒業後、京都の老舗料亭で修行。2001年に帰郷しホテル白菊へ。2007年に「日本料理 菊彩香」料理長に就任。
日本ソムリエ協会認定 ソムリエ
SSI認定 唎酒師
厚生労働大臣認定 日本料理専門調理師
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【編集後記】
インタビュー中、終始和やかで真摯に語ってくださった天野さん。料理にもその人柄が現れているんだろうなと感じました。天野さんの感性と今まで磨いた技で生み出す、食材が活きる料理の数々。ぜひ食べてみたいです。
※こちらの記事は2024年10月21日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。