名古屋「ミオオルト」武藤建二氏に聞く、イタリアの食文化と素材の魅力を伝えるこだわりの料理とは

名古屋城のほど近く「町並み保存地区」に指定されているエリアに佇む「ミオオルト」。歴史ある蔵をリノベーションした空間で、本格的なイタリア郷土料理を楽しめるレストランです。今回はシェフ・武藤建二氏に、料理人を始めたきっかけから、イタリアでの修業時代、そして「ミオオルト」で表現されている料理へのこだわりについて、存分にお話を伺いました。

“自給自足”の感覚が身についた、幼少期とイタリアでの修業時代

-武藤さんがイタリア料理の道に進まれたきっかけについてお聞かせください。

私は岐阜県出身で、家は代々続く農家でした。実家には畑があったので、採れた野菜や果物を家族で食べる、ということが日常でした。肉・魚以外は自給自足で、親から「田舎は皆そうだから」と言われたことを疑ってもいませんでした。
大学生になってから、飲食店でアルバイトをするようになり、そこで色々なジャンルのご飯も食べたのですが、昔からのそんな食生活のおかげで味覚が育ったのか「もしかしたら自分は、味の違いが分かるのかも」と思うようになりました。

-食べ物に対する感覚が自然と磨かれていったのですね。

はい。そしてある時、名古屋のホテルでシェフが活き活きと仕事しているのを見る機会があり「料理人なら自分の生い立ちや感覚も活かせるし、楽しく仕事ができるのでは」と思うようになりました。私は小さいころから集団に属するのが苦手で「自分の世界を作ろう」という想いがずっとあり、その気持ちともマッチして、料理人という選択肢が自然と自分の中にでき上がりました。
また、当時フレンチなども経験したのですが、自分の「美味しい」とクラシックフレンチとの感覚が合わず、もっと畑で採ったものを茹でて塩をかけるだけ、みたいなシンプルな料理がしたかったんです。イタリアンならそれができる、と思いイタリア料理の道に進もうと決めました。

-その後、イタリアに修業に行かれた際に印象に残っている経験などはありますか?

イタリアでは、ミラノ郊外の約1,000メートルの山の上にある、スイスやフランスの富裕層が来るような自然派のレストランで修業していました。そこは、自分達で飼育している鶏やウサギを朝締めたり、敷地の畑でフワンボワーズを採ったりしたものを料理に使う、という私にとって理想的な店でした。自分達で豚を解体して、サラミや生ハムを作ったりして、もう楽しくて仕方がなかったです。

また、店で様々なイタリア人達と会話する中で、健康に気を使った食生活や、自給自足についてなど、いつも刺激になることばかり話していました。そのような環境で過ごさせてもらった日々の全てが、私には印象的であり、学びとなっていました。
そこで得た経験から、私は店で出すための生ハムを自分で作ったり、野菜を自家菜園で育てたりということを今でも続けているんです。

「ミオオルト」という場を通して、イタリアの料理や文化を人々に伝えていく

-武藤さんがお店を開業された経緯について教えてください。

イタリアから帰国後、まず岐阜のイタリアンで店長を任されて仕事を始めました。その店で私なりに料理を作っていたら、すぐに美味しいと話題になって、すごく有名になりました。そこからご縁をいただいて岐阜の柳ケ瀬という街で店を開くことになり、2000年3月に開業しました。

岐阜では16年ほど店を続けて楽しくやっていたのですが、またご縁があって「名古屋でこんな蔵があるから店を出してみないか」というお話をいただきました。調べてみたら名古屋城近くの歴史保存地区で、大正3年に造られた蔵だと言うので、歴史背景もとても面白いと思い、やってみようと決意しました。そんな経緯から、2017年にこの名古屋に移転することが決まって、今に至ります。

-「ミオオルト」という店名には、どのような想いが込められているのでしょうか。

「ミオオルト」という言葉は私が作ったイタリア造語です。前から順に日本語訳することで「私の菜園」という意味があります。私はパスタや生ハム、野菜にぶどうジュースなども、全てイチから手で作っています。やはり料理人になってからも「自分の世界を作り上げたい」という気持ちがずっとあるので、それを体現している言葉としてこの名前を付けました。

また料理というのは“出会い”だと思っています。この店に沢山の人に来てもらって、料理とも、私自身とも出会ってほしいです。そして来てくださったお客さんに「イタリアの料理や文化ってこんなに楽しいんですよ」ということを伝えていく。店名には、それを発信するための“私のフィールド”という意味も込めています。

-武藤さんが作る料理についてお伺いさせてください。まず食材に対してはどのようなこだわりをお持ちでしょうか。

私は魚市場には毎日必ず朝5時半に行きます。絶対に他の人よりも良い魚を買いたいからです。それより遅い時間に行くと、大体良いものはお寿司屋さんに買われてしまうんですね。毎日、朝一に良い食材を買いに行くことは“料理人としての感覚を研ぎ澄ますこと”だと思っています。

魚介は季節によって旬が変わるとはよく言いますが、季節どころか1週間単位でどんどん変わります。その中でも、その日の深夜0~1時に水揚げされたほんの少ししか量がない一番良いものを狙って、毎朝市場に行くんです。そして魚介を見て、今日はどういう料理を提案しようか、どんな季節の野菜を組み合わせてみようか、と考えながら買い付けていく。それくらい食材には真剣に向き合っています。また、野菜にしても「作れるものは全て作る」という信念のもと、一番美味しい旬を逃さないためにもできる限り自家菜園で収穫したものを使っています。

あとは天然鮎や鹿といった、岐阜で獲れる野性の食材ですね。天然鮎は長良川上流の美濃激流鮎のみを使います。美濃の荒瀬で泳いでいるマッチョで身の肥えた鮎は、塩焼きにすると普通の鮎と比べて段違いに美味しいです。

鹿も、夏のオス鹿は秋に交尾を行うためにしっかりと食べて身体を作ります。だからその時期が美味しくなります。一方メスは妊娠に入る11~12月が一番美味しい。イタリア料理を通してそのような、岐阜の自然の良いところをしっかりと提案していくことも、私の責任だと思っています。

-お店の公式サイトにもある“きちんと説明できる料理”というコンセプトについて教えていただけますか?

うちはイタリア料理店として、全て“イタリア郷土で出す料理”をベースにしています。なので、どれだけ私が色々な食材を集めて組み合わせても、絶対に「イタリア料理」という枠を崩してはいけないと思っています。私はお客さんにも、私が現地で感じた「イタリア」というものを体感してもらいたいんです。そのためには、食材や、調理法やその文化背景も全て説明できることが大切だと思っています。

例えば、イタリア料理の最大の秘訣は、塩の使い方です。イタリアでは塩は溶かして使います。パスタを茹でる際に鍋の湯に塩を入れますよね。そこに表れているように、イタリア料理の味のベースには溶けた塩があります。塩は油には溶けないので、料理に後から塩を振ると、味覚への刺激はあっても胃が痛くなったりします。ベースの部分で塩味を感じて、その上で広がっていく味わいを楽しむ、これがイタリア料理の大事な部分です。だから私は自分の料理にも、決して最後に塩を振ることはありません。このようなことも、オープンキッチンで全てお客さんにお見せして、お伝えします。

-イタリア料理へのこだわりを強くお持ちの武藤さんにとって、これだけは食べてもらいたい“自慢の一皿”とは何でしょうか?

<トルテリーニ>

手打ちパスタです。イタリア北部の都市・モデナにしかない「トルテリーニ・イン・ブロード」というパスタ料理があるのですが、私はそれを店で出しています。スープの中にトルテリーニという、具材を包み込んだパスタが浮いていて、水餃子のように食べる料理です。

<トルテリーニ・イン・ブロード>

スープには特にこだわっていて、名古屋コーチンと鹿肉、そして生ハムや野菜をしっかりと下処理して煮込んだあと、さらに処理して綺麗に澄んだ出汁を取ります。またトルテリーニは、仔牛肉やモルタデッラ(ボローニャソーセージ)に生ハム、パルミジャーノ・レッジャーノチーズを手打ちの生地で包んで茹でます。それをスプーンですくって食べるのですが、もう抜群に美味しいですね。これは、自分が店をやり始めたきっかけの1つと言っても良いくらい、イタリア料理の素晴らしさに目覚めさせてくれた料理です。1人でも多くの人に食べていただきたいです。

手打ちパスタというものは、イタリアでは主役です。その店自慢の手打ちパスタを提供する、ということがおもてなしであり「イタリア文化」であるということなので、私はそれをしっかりと伝えていきたいと思っています。

イタリアの食文化を広め、関係する人全員が幸せになることに取り組みたい

-最後に、現在取り組まれていることや、今後の展望についてお聞かせください。

現在取り組んでいることは、健康的なものを作る、ということです。添加物や農薬が過剰に使われていない食材を作ること。そのために7年ほど前から、私の実家の方の約1,000坪ある畑を整地して、欧州系ワインぶどうを作っています。そこで採れたぶどうでジュースやバルサミコを作る、ということを続けています。

苗から植えて、除草剤や殺虫剤を使わず、土壌のコンディションをこまめに見ながら大事に育て、手摘みで収穫したぶどうを足踏み・手もみします。イチから全て手作りの超自然派ぶどうジュース、これは自分でも、非常に手間をかけたもの凄いことをやっていると思っています。それを続けている内に、始めた頃よりもだんだんと健康的な食材作りの取り組みが世間にも認知されるようになってきました。この素晴らしさがもっと世の中に伝わればいいなと思います。

ただ、どうしても自分だけだと発信が弱いので、今後の展望としては発信力をつけることを目指しています。そのためにECサイトを立ち上げて私の手打ちパスタ「トルテリーニ・イン・ブロード」を冷凍した商品をネットで販売していこう、というプロジェクトが現在進んでいます。このECサイトは、来年4月にはオープンする予定です。モデナに行ったことがある人はごく僅かかもしれませんが「トルテリーニ・イン・ブロード」の味を求める人に届けることができれば嬉しいです。そのようにして少しずつでも、イタリアの食文化を広めていきたいと思っています。

やはり“料理は出会い”です。なので、食べてくれる人も食材を提供してくれる人も、関係する人全員が笑顔で幸せになれるようなことに、これからも食を通して取り組んでいきたいですね。

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武藤建二氏 プロフィール
岐阜県生まれ。大学時代に飲食店でのアルバイトを経験し「自己表現」ができる料理人という仕事、また素材を活かして作るイタリア料理に魅力を感じる。1994年より岐阜県内の料理店にてキャリアをスタート。1997年からはイタリア本国にて修業し、帰国後の2000年に「ミオオルト」を岐阜市内にオープン。2017年7月に名古屋へ移転開業し、現在に至る。イタリアの食文化を広めるため、郷土愛溢れるイタリアンを提案し続けている。
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イタリア料理

ミオオルト

市営桜通線 国際センター駅 徒歩6分

15,000円〜19,999円

【編集後記】
イタリア郷土料理に強い愛情を持つ武藤氏。お寿司屋さんよりも朝早く市場へ買い付けに行き、手打ちパスタやぶどうジュースなどできるものはほぼ全て手作り、というこだわりある姿勢には、まるでアーティストのような情熱を感じました。武藤氏が熱意を持って作るイタリアンには、味覚で感じる以上に、心に沁み入る味わいがあるように思います。“イタリアの食文化を伝える”という強い想いが込められた料理を堪能しに、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2023年11月23日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Katayama yuta

神楽坂在住の、外食を楽しむ編集部メンバー。
旬の食材を活かした料理がとても好きで、特に季節の野菜にはこだわりが。
気になった食材は、採り方などまでしっかりと聞き込みます。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:南青山 七鳥目/鮨 はしもと
・好きなお店:笠井/ひらまつ 広尾
・注目しているお店:比良山荘/cenci
・好きなジャンル:和懐石/フレンチ/イタリアン
・好きな食材:季節の旬野菜/お肉/麺類

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