広尾「TATSUMI」渡辺辰実氏に聞く、素材の魅力を際立たせたシェフ渾身のイタリアンに込める思いとは

日比谷の「イル・テアトリーノ・ダ・サローネ」や西麻布の「K+」など、都内の有名店で研鑽を積んだシェフ・渡辺 辰実氏が営むイタリアンレストラン「TATSUMI」。今回は、KIWAMINO編集部が渡辺氏にインタビューを実施。修業時代のお話から料理に込める思いまで、多岐にわたってお話を伺いました。

高校卒業後イタリアンの道へ、有名店で研鑽を積む

-まずは、料理人になったきっかけをお聞かせください。

これといった大きなきっかけはないのですが、母と兄と僕の3人家族だったこともあり、小学生の頃からわりと料理をしていたと思います。母が忙しかったので、僕がごはんを作って兄と分け合いながら食べていました。

実際に料理の道を歩み始めたのは、高校を卒業してから。最初は、カジュアルなイタリアンレストランにアルバイトとして入店しました。働いていると難しいことやなかなかできないこともあったのですが、それで逆にやる気が出たんです。その後、東京へ来てからもイタリアンのお店で働くことが多かったです。

-日比谷の「イル・テアトリーノ・ダ・サローネ」など、有名店でのご経歴もあると拝見いたしました。当時のエピソードについてお聞かせいただけますか。

「イル・テアトリーノ・ダ・サローネ」にいたときは、特にハードでした。23歳くらいの時に入店しましたが、入った当初からメニュー作りは必須。新人でも関係なく、自分で考えたメニューを作って定期的に提出しなければなりませんでした。

正直、求人を見ている段階で大変なお店だということは何となくわかっていたんです。ただ、当時は自分自身を料理人として中途半端だと感じていたので「この店を辞めるなら料理の道も諦めよう」と覚悟を決めて入店しました。もちろん苦労はありましたが、色々なことに触れられる会社ですから、考え方によってはそれも良い部分かなと思います。

その後は、アメリカに行く予定で手続きを進めていたのですが、ギリギリのところでビザが通らず渡米の話がなくなってしまって。しばらくは、伊豆・下田にある会員制のホテルで料理長を務めていました。

-一時期は、西麻布の「K+」で料理長も務められていたそうですね。

もともとは、知人から元麻布の「エクアトゥール」を手伝ってほしいというお話があり、お世話になることに。そこでマダムの弘子さん(川島弘子氏)にお会いしたのですが、あるとき「シェフをやってみないか」と声を掛けていただいて。年齢的に少し早いかなと思いましたが、なかなかない機会ですし「K+」でチャレンジすることにしました。

ただ、僕が入店したのは「K+」がオープンしてから半年後でしたので、そこでも苦労がありましたね。メニュー構成などは急に変更できないので、1年くらいかけて徐々に作り直していきました。

入店当初はスタッフも少なく、アルバイトと新卒のスタッフのみで営業していた時期もあったんです。そこから段々とお店が軌道に乗り始めて、気づいたらずっと満席。プリフィックスコースやアラカルトで、メニュー数も多くかなり勉強になる職場だったと思います。

2021年12月に「TATSUMI」をオープン、カウンター席へのこだわり

-その後、「TATSUMI」をオープンされるまでの経緯についてお聞かせください。

「K+」を続けていてもよかったのですが、やはり一度は自分のお店を持ちたいと考えていました。入店して3年ほど経ってから、オーナーに「この先どうするの」と聞かれたので「1年後に辞めます」とお伝えしました。引継ぎなどもありましたから、ゆっくり進めて1年後くらいかなと。2021年の8月に「K+」を辞めて、12月に「TATSUMI」をオープンしました。

-カウンター6席に個室が一つ、かなり席数を絞られていますね。

もともと、テーブル席を作るつもりはなかったんです。カウンター席とテーブル席を同じ空間に作ると、どうしても客席に“温度差”ができてしまうので。これは、「K+」にいたときから気になっていました。

カウンターに座りたい方が毎回テーブル席になってしまうと満足度が下がりますし、シェフとの会話も生まれにくくなってしまう。だったら、テーブル席は個室にして、あえて僕たちが入る必要性のない空間にしようと考えました。お客様同士で、ゆっくり会話を楽しみたいときに使っていただけたらなと。

-カウンターがフルフラットというのもこだわりでしょうか。

今まで働いてきたお店が、ほぼすべてカウンター席のあるオープンキッチンでしたので、裏にこもるという考え方がなかったのもありますね。あとは、料理の美味しさって味覚や嗅覚だけでなく、視覚や聴覚も関係していると聞いたことがあって。「いい匂いがするな」とか「何か焼いているな」とか、そういう感覚が少しずつ積み重なって最終的な美味しさが生まれると思っているので、ライブ感も大切にしたいんです。

あとは、裏にこもっていたら、どんな方がどんな風に料理を食べてくれているのかが、なかなか見えてこない。一方で、お客様が目の前にいたら、料理をお出しするテンポや好みの量、好きな食材などもわかりやすいですし、会話も弾みます。そういう意味で、カウンターは僕たちにとっても魅力的だと言えますね。

「TATSUMI」ならではの料理に込める思いとは

-「TATSUMI」らしい料理の魅力を最大限引き出すために、普段から意識されていることはございますか。

一番意識しているのは、無駄なパーツを乗せないということ。お客様に伝わる料理を作りたいんです。例えば、自分がよくわかっていないのに何となくお皿にハーブを乗せてみても、お客様の印象には残らないと思います。きちんと構成を考えて作った料理に「今日はこんな素材が手に入ったから乗せてみよう」とか、そういうことはしたくないですね。
僕の考えはもっとシンプルで、手間をかけた主素材を分かりやすく食べていただきたいんです。

うちのお店のコースはパスタが多く、デザートを含めた全11品のうち、パスタは4品あります。個人的に、パスタってちょっと安く思われがちな気がしているんです。2万円でパスタって、高いと感じる方が多いんじゃないかなと。ランチでよく出てくるスパゲッティのイメージが強いのかもしれません。僕はそういった「一つの料理として見られていない感じ」がすごく残念で。

ショート・ロング・ラビオリ・カッペリーニなど、パスタの種類を変えれば飽きないですし、パスタという料理の価値観向上のためにも、色々なものをお出ししたいと思っています。

他にコースで意識していることは、塩味や味が重すぎないかどうか。イタリアンってチーズを使うものが多いのですが、うちのコースではスペシャリテにしか使っていません。バターもほぼ使わないです。夜に食べるものですから、食べ疲れしないようなコースにしたいと思っています。色々な出汁を使って塩味でなく旨味を強調したり、あえて抜け感のある一皿を加えたりすることもありますね。コース全体のバランスを考えている感じです。

-スペシャリテの「ラヴィオローネ」など、こだわりのメニューについてお聞かせください。

ラヴィオローネは、僕がサローネグループに入ったきっかけでもある特別なメニューです。「biodinamico(ビオディナミコ)」というお店がありまして、そこで初めてラヴィオローネを食べて「こんなに美味しい料理があるのか」と衝撃を覚えました。面接でも「ラヴィオローネを勉強したいです」とお話ししたくらいです。コースでないとできない料理なので「K+」では提供していませんでしたが、独立してやっと自分のラヴィオローネを出せるようになりました。

昔食べたものに比べて、生地は薄め。春先はホワイトアスパラ、初夏はトウモロコシ、秋口は栗カボチャ、冬はちぢみほうれん草と、季節によって中身も変えているので面白いと思います。

-「軍鶏のコンソメ」も評判だそうですね。

以前僕が働いていた下田は、天城軍鶏が有名な地域です。ホテルで働いていたときに色々な素材で出汁をとったことがあったのですが、そこで軍鶏の美味しさに気づきました。牛のコンソメはわりとポピュラーだと思うので、何か他の素材でできないかと考えていたんです。今は僕の地元である茨城・奥久慈の軍鶏を使っています。

今お出ししている軍鶏のコンソメも、オープン時に比べるとかなり改良を重ねていて。素材の切り方など、細かいことでも仕上がりが変わってくるんです。包丁も今はステンレスですが、鋼に変えてみようかなとか、調理器具についても色々気を遣っていますね。

-ワインは、ソムリエの方におまかせしているのでしょうか。

ペアリングはソムリエにおまかせしていますが、ボトルは僕が選んでいて、個人の店舗としては結構本数も多い方かなと思います。料理人も料理だけでは生きていけない時代になってきていると感じているので、ワインの勉強もしているんです。

やはりお店として考えるなら、料理がいくら美味しくてもワインがなければ来ないお客様もいらっしゃいますから。料理も美味しくてワインもあって、設えも良い。そういう部分が揃っているのが、良いお店なんじゃないかなと思います。

人生の最終目標を視野に入れながら、後進の育成もしていきたい

-今後挑戦してみたいことや、未来への展望があればお聞かせください。

やはり、お店の継続とスタッフの育成は大事。長く働いているスタッフもいますから、来年あたりは彼らと何か新しいお店をやりたいなと思っています。若いと失敗することもあるかもしれませんが、そこはフォローしてあげたい。コースばかり作っていてアラカルトができない子も多いので、知識と経験を積めるお店も必要かなと。

あとは、こことは真逆のお店を作りたいとも思っていて。今は「このシェフがいるからこのお店に行きたい」という考え方が高級業態の主体になってきているので、簡単に動けない部分があります。一方、飲食業で成功しているお店は、広く店舗展開していたりしますよね。

僕らのやり方って、単価も良いしロスも少ないですが、展開はしにくいと思うんです。だからコンセプトを変えて、ちょっとカジュアルな流行りのお店みたいなものを作れたら面白いかもしれない。フラッグシップ的な立ち位置に「TATSUMI」があって、他に数店舗そういうところがあってもいいと思います。

10年単位で先のことを言うなら、将来は下田でオーベルジュをやりたいです。実は今すでに土地を見たりしていて。以前住んでいたときすごく良い場所だと思ったので、人生の最終目標は下田。東京暮らしは40代後半くらいまでにして、その後は田舎での生活を楽しみたいですね。

渡辺辰実氏 プロフィール
1988年生まれ。日比谷『イル・テアトリーノ・ダ・サローネ』では副料理長として、『エクアトゥール』のイタリア料理版、西麻布『K+(カゲロウプリュス)』では料理長として研鑽を積んだ。2021年白金に「TATSUMI」を開店。

イタリア料理

TATSUMI

東京メトロ日比谷線 広尾駅 徒歩12分

20,000円〜29,999円

【編集後記】
終始落ち着いた表情で、一つひとつの質問に丁寧に答えてくださった渡辺シェフ。料理について意識されていることはもちろん、スタッフの方々に対する思いも垣間見えるインタビューとなりました。6席のプレミアムなカウンターで、渡辺シェフ渾身の一皿を味わってみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2023年08月31日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Yuri

校正の仕事に興味を持ち、スクールを経て一休コンシェルジュ編集部へ。好き嫌いはほぼなし。食べることが大好きで、どんなものでも美味しく・楽しくいただきます。編集部メンバーとのお店巡りが最近のマイブーム。もう少しお酒が強くなりたいと思う今日この頃です。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:さ行/デンクシフロリ/BLESS/レストラン プルニエ/ラフィナージュ

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