京都「cenci」坂本健氏に聞く、独自の感性と食材が光る”cenci流イタリアン”の魅力とは

京都・平安神宮のすぐそばに店を構えるイタリアン「cenci」。「アジアのベストレストラン50」では京都で唯一、しかも2022年から2年連続でランクインし、世界的にその名声を高めているレストランです。
今回は、フードコラムニストの門上武司氏がオーナーシェフの坂本健氏にインタビュー。自身の修行時代から料理・食材に対するこだわり、さらに第一次産業の未来まで、幅広く語っていただきました。

笹島保弘シェフの元での修業時代

京都イタリアンの生みの親、笹島さんの元で仕事をされていたのですね。

そうです。でも僕が最初のお店「イル・パッパラルド」に入った時は、まだ輸入食材を使って普通のイタリア料理を出すトラットリアでした。その中で、笹島さんが「菊乃井」の村田吉弘さんなどと交流が生まれたのを転機として、イタリアンに京都の食材を使うことを模索され始めました。
そして、笹島さんが独立された後の「イル・ギオットーネ」では、少しずつ京都の要素が強くなってきました。

笹島さんが「イタリアに京都という州があれば、こんな料理になるはず」と話しておられた時代。坂本さんはその影響を受けたのですね。

イル・ギオットーネ 京都店

はい。「イル・ギオットーネ」が京都にオープンして3年目ぐらいに丸の内店ができ、笹島さんと僕が東京と京都を行ったり来たりするようになりました。
当時、笹島さんが色々なアイデアを投げてこられて、それを僕たちスタッフが形にしていく、という期間がしばらく続いて、それは本当にためになりました。
また、アイデアを実現するために、日本料理をよく食べに行きました。その味を覚え、お店に帰っては「イタリアンというフィルターを通せばどうなるか」ということをずっと考えていました。

独立、そして料理に対する考え方の変化

「イル・ギオットーネ」に11年間在籍してからの独立。在籍期間の中で、坂本さんが最も変化したとご自身で感じた点は何ですか?

当時「イタリア料理のフィルターを通す」ということをやり続けてきたのですが、なにぶん僕自身、イタリアでの修業経験がない。
ずっと京都で生きてきて、“出汁と素材”の文化で育っている。そんな自分が「イタリアのフィルターを通すこと」に限界があるな、と感じていました。

それから僕は海外の色々な場所を旅して、各土地の美味しいものに出会いました。その美味しさを自分なりに解釈して持ち帰り、日本や京都の食材で表現したらどうなるんだろう、ということを考え始めたのが、独立の時期と重なっています。

イタリアでの修業経験がない、ということがバネになっていたのかもしれません。それであれば京都のやり方ではどうだろう、と考えました。出汁と素材を合わせる、そして味に厚みを出してゆく、という京都の食文化が、自分の料理への影響としては大きかったと思います。

“自分ならではの味の表現”と“食材を活かせているか”のバランス

例えば「日本の出汁」と「イタリアのブロード」では、油脂のあるなしが大きな違いですね。

そうなんです。西洋では、油脂と糖で厚みを出します。一方、日本では昆布で美味しい出汁が取れます。じゃあそれに変わるものはなんだろうと考えると「菊乃井」の村田さんはドライトマトなどを出してこられる。本来、野菜が作り出す美味しさは動物性の旨みとは違うのに、でも同じような味を作り出せる。そういうのが、食文化のもつ面白いところです。

そんな実験を繰り返し、色々なチャレンジをして料理を出してみると、海外のゲストの反応がすごくいいです。「一見複雑に感じるけれど、すごくシンプルに美味しさが伝わってくる」と言ってもらえるので、日本人だけじゃなく、海外の人にも伝わるんだな、と思えます。
そんな中で、現在自分が大切にしているのは「バランス」です。

「バランス」というのはどのようなことですか?

“自分の味が表現できているか”ということと“食材がきちんと感じられるか”ということを意識しています。旬の食材をきっちり感じてもらう、ということが大切です。後味がソースになってはいけません。
発酵なども最近はよく使うのですが、発酵をするのが目的にならないようにしています。あくまで「食材の味を際立たせるため」の発酵だと考えています。 “調理技法と食材が、お互いを活かしあう”ことを見極めて工程を考えることが、僕の言う「バランス」です。

旬の食材の使い方と、味を分解して再構築する創造性

夏の時期だと、京都は鱧や鮎などが旬。それをどう使いこなすかもチャレンジですね。

はい。鱧や鮎は、様々な料理があるのでチャレンジしがいがあります。日本ならではの食材を、日本料理に寄せるのではなく、むしろもっと掘り下げてここでしか味わえない料理を出そうと考えます。
鮎だと、お茶漬けみたいなものを作ることもあれば、フライにしてロメインレタスで巻いて、「吉田牧場」さんのチーズ「マジヤクリ」をかけて食べるとシーザーサラダみたいな後味になる、とか。

各国、各地方の美味しい料理の“美味しさを構成しているレイヤー”を、一旦頭の中でほどいて「この組み合わせだからこの料理って美味しいんだろうな」ということを考えて、それを日本の食材に置き換えて再構成してみる、ということをやっています。見た目は複雑なことをやっているように見えるけど、実はシンプルにスポンと美味しいものが出来上がっていく、という考え方をいつもしています。チャレンジし過ぎて「遊びすぎ」とは思われないように仕立てなければいけませんけどね(笑)

料理の本質を理解するほどに広がる、表現の幅

「その料理の本質」を、自分で解って初めてほどくことができる。本質を知るには食べ込むことは必須ですね。

そうですね。自分が作る料理の味が「自分のフィルターを通っているか」ということが僕にとっては大事なので、とにかく色々なお店の料理を食べ込みます。様々な地方の料理の、食材や味付けの組み合わせを食べて分析して、自分の料理で色々なパターンを試してみます。
例えば“鉄板”の組み合わせでいうと海苔とウニが美味しい、それならなぜそれが美味しいのかな、海苔はアオサ海苔がいいのか、もっと青味より旨味の多い海苔の方がいいのか。

それをパスタに落とし込んだ時、どんな出汁や具材と麺が絡めばいいのか、味付けや添え付けはどんな組み合わせがいいか、そんな“分解と再構築”をいつもやっています。

昨年の秋に坂本さんの料理を食べ、すごく印象が変わりました。それまでは「京都とは」という世界観を強く感じていたのですが、そこから広い世界に飛び立ったという印象を受けました。味わいの領域が広がったというか、異なるステージの料理だと感じたのです。

新型コロナウイルスの流行後、料理に対して考えることが多くなり、表現の仕方や幅が広がったのかもしれません。またNPO法人「あしたの畑」という、日本の豊かな風土を未来に繋げるプロジェクトの設立メンバーの方々との交流からも影響を受けています。同じ土地に行っても、料理人である僕が感じることと、作家や職人の方は全然違う景色を見ているんです。そのような見方、感じ方が僕にとってはすごく新鮮。

そのような交流が、例えば食材にも「育った土地の力」や「大事に育てられたか」など、これまでにない視点を与えてくれるんです。
そのおかげか、料理を分解する能力が高まったように感じます。味だけではなく、思想の部分まで思いを巡らすようになったことで、自分が表現する料理の幅も広がったように思います。

坂本さんの料理に対する視野が広がっているのでしょうね。まだまだ料理の世界は可能性があり、知らない世界を知ることでもっと違う料理が生まれますね。

僕の中で、色々な経験を経て“物を見る視点”が増えてきているように思います。それを料理に反映させていることが、先日門上さんに食べてもらった時に「新たな世界」だと感じてもらったポイントかもしれません。

お店がガイドブックやランキングなどに掲載されることの影響

「アジアのベスト50レストラン」や「ミシュラン」といった、ランキングなどに載ることの影響は大きいですか。

アジアのベストレストラン50

影響は大きいです。海外のゲストも増えています。「ミシュラン」よりも「アジアのベスト50」の方が、選出されたレストランが京都に1軒しかないので、影響力は強いように感じます。ランキングは時代の流れが反映されている部分も大きいと思います。だから、今の世の中の人たちが面白いと思う流れの中に、自分の料理はあるのかなと感じています。

受賞の模様・画面左方に坂本シェフ

料理は“西洋のもの”だけど、食材が“日本のもの”ということが響いているのかもしれません。日本の食材は海外の人もみんな好きだし、それを自分たちが慣れ親しんだアジアやヨーロッパのスタイルで食べられる、という楽しさが、評価されるポイントになったのかな、と思いました。

料理人として食材、そして環境への取り組みを考える

シェフは「Chefs for the Blue」という活動にも参加されていますね。

はい。いま、海産物は分かりやすく減っています。これは結構前から危機感があったので「Chefs for the Blue」は東京が立ち上げた組織ですが「関西でもこれはやらなくてはいけない」と感じました。“料理人が第一次産業をサポートする”というか、僕らがアクションを起こさないと業界が変わっていかないと思います。流行っているお店のシェフが率先して環境への取り組みを進めていかないと、料理業界自体がダメになると思います。食材のための環境について、改善できることは本当に多いです。

そこまで考えて料理を作っている人は少ないと思います。

考えれば考えるほど、料理にフィードバックされると最近感じています。
食材をじっと眺めていても、なかなか新たな料理は生まれないのですが「海藻に近い植物は何か」など考えていると、新たな一皿が生まれることもあります。

環境のことも考えると、さらに新しい視点が生まれます。例えばコーヒーのカスなど、ただの生ゴミになるようなものが、畑で使えばそこでまた美味しい野菜ができるとか、ゴミを減らす活動を1つやると色々と料理にもつながってきて逆に楽しくなってくるというか。
結果として、料理人として社会において果たしている意味が、単に美味しい料理を出す、ということ以上に増えているのかな、と思いますね。

これまでの話を伺って、この「cenci」ができるときにスタッフで土を掘って半地下を造り、その土を信楽に持っていってレンガを焼いてお店で使った、というエピソードを思い出しました。この土地で自分たちのレストランを作る意味を考えた結果ですね。

自分たちで作り上げるから愛着が湧くというか、そこからスタートしましたが、その思いがお店作りや料理、そして今の社会活動にもずっとつながっているんだと思います。

本当に素敵な考え方です。今回は坂本さんにご自身の料理やお店のことから、これからの料理人の役割など非常に貴重な話を聞くことができました。ありがとうございました。

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坂本健氏 プロフィール
1975年、京都生まれ。大学在学中に欧州旅行の際にイタリア料理の美味しさに出会い、料理人の道へ。伝説の名店「イル・パッパラルド」で3年半勤めた後、同店の笹島シェフの独立に伴い、2002年に「イル・ギオットーネ」に移籍。2005年の「イル・ギオットーネ 丸の内」開店の際には、笹島シェフと交互に店舗をマネージメントし、9年間料理長を務める。その後2014年に独立し、「cenci」をオープン。2022、23年に京都では唯一「アジアのベストレストラン50」に選出されている。

イタリア料理

cenci

京阪線 神宮丸太町駅 徒歩12分

15,000円〜19,999円

https://cenci-kyoto.com/

【取材後記】
昨年の秋以来、料理は確実に変わったと感じている。坂本健シェフの料理がまさに時代の欲求を叶えているように感じる。グローバルな視点で身近な食材を使い先端の料理を作る。京都という土地がベースにあり、そこからの飛翔ぶりが見事である。

※こちらの記事は2023年08月30日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

門上 武司

1952年10月3日大阪生まれ。フードコラムニスト。
株式会社ジオード代表取締役。
関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。一般社団法人 全日本・食学会 副理事長。2002 年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与。
著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。2023年11月29日発売の「あまから手帖別冊 食べる仕事 門上武司」(クリエテ関西)はこれまでの門上武司の食の歴史と、これからの「食」を考える刺激的な一冊。

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