石川県小松市の最新オーベルジュにインタビュー!廃校を再生した空間で気鋭のシェフが生み出す里山の新たな魅力

旅好きな一休.comユーザーからの人気が高いキーワードは色々ありますが、ここ最近特に人気が高まっているのが、その土地ならではの食を楽しめる「オーベルジュ」。
今回は、関西を代表するフードコラムニストの門上武司氏をインタビュアーに迎え、2022年7月に石川県小松市に開業した「オーベルジュ オーフ」の糸井章太シェフにインタビューさせていただきました。
誕生のきっかけや料理へのこだわり、この地でオーベルジュをやる意味など、多岐にわたってご紹介いたします。

1.石川県小松市の廃校を再生した「オーベルジュ オーフ」誕生のきっかけ

―料理人の働き方として、国内か海外か、自身がオーナーとしてやるのかスポンサーがいる企業でやるのか、店を持たずに仕事をするのかなど、最近は色々な選択肢がありますよね。そんな中で糸井シェフは、オーベルジュという形を選ばれた訳ですが、一番のポイントは何だったのですか?

実を言うと「絶対にオーベルジュをやりたかったか」と聞かれたら、そういう訳ではないです。「オーベルジュ オーフ」の運営を手掛けるスーパープロジェット代表の斉藤さんより廃校再生プロジェクトの話を聞いた時に、事業の在り方やコンセプトとして目指すものが、オーベルジュという運営の仕方が最適だった、というのが本当の話です。

―そこから「やってみよう!」と、心を動かされた口説き文句みたいなものはあったんですか?

斉藤さんからは、最初に「石川で料理長をしてほしいんだけど」という感じで、ふわっと声を掛けていただきました。
北陸ガストロノミーがすごく注目されているので、注目してはいましたが、出身地でもなく石川県にルーツも無かったので、自分がそこで料理をする意味みたいなものがはっきり見えていなかったので、正直なところ、最初はイメージが沸きませんでした。

そんな時、斉藤さんから「騙されたと思って一回見に来てよ」と言われて、この土地に来た時に「すごくいい場所だな」と直感で思ったんです。
田舎で里山なんですけれど、その良さを残しながら、アクセスの良い場所にある。これだけ自然豊かで空気や水が綺麗な土地に、空港から30分で着くというのは、一気に別世界に来るような感じがして「いいな」と思ったのが、一番の決め手でした。

―今「直感」と言われましたが、一番グッと感じたのはどんなところですか?

もちろん自然という魅力もありますし、もう一つ僕の中で大きかったのが、両親が教師だということです。そんな自分が、廃校でレストランをするのは面白いなと思いましたし、廃校を使って官民連携でトップレストランやトップのオーベルジュを目指すというのは、他であまり見たことがなかったので、そこに興味が湧いたというのもあります。

―2022年7月にオープンしてまだ期間は短いですけれども、オーベルジュをやると決意してから今までの手応えは、どんな感じですか?

まだ足りてない部分がたくさんあると思うんですけど、レストランに関しては、一緒にやっているスタッフも含めて最初からどう運営していくか想像ができたんです。

でも、オーベルジュは宿泊するので、お客様が滞在している時間がレストランに比べて圧倒的に長いんですよね。その「レストラン以外の時間」というのが、オープンしたての時は、全く想像できなかったです。
なので、今でも宿泊のお客様からのフィードバックで気付かされることが多くありますね。
例えば、客室が二重窓になっているんですけど、オープンした時に、窓の隙間から小さな虫が入ってきてしまうことが分かって、そのスペースを埋めなければいけなくなったとか。空調の効きがすごく悪くて、それをどうしたらいいかとか。「レストランをやっているだけでは想像できないことがたくさん起こるな」と、常に思います。

2.“よそ者”ならではの発想が光る「オーベルジュ オーフ」の料理

―料理に関して先程「ここでやる意味」と言われていたのが、僕は大事だなと思っています。最初に来た時と、数か月やってみた今とではだんだん変わってくると思いますが、今、糸井シェフの中で一番大きなことは何ですか?

僕が思っているのは“よそ者”ということです。ただ、よそ者にしか見えない景色もあると思っていて、それを表現することは、自分がここに来てやっている意味がすごくあると思います。

―具体的に言うと、どんなことですか?

例えば「オーフ」の周辺で採れる食材です。
今年はすごく柿が豊作だったので、その柿を使って、レストランで料理を出しましたし、他には糠や麹も使っています。
どれもこの土地に昔から住んでいる人にしたら当たり前のことだと思うんですけど、僕から見たらすごく新鮮で。今まで経験してきたことやアイディア、土地に根付いているカルチャーを、自分のフィルターに通して表現することで、新しくなるという感じです。

―代表的な料理は、どんな料理ですか?

(こんか鯖を使用したアミューズ ※イメージ写真)

僕が今すごく気に入っているのは「こんか鯖」を使った料理です。

鯖を糠漬けにした保存食なので、本来は、カチカチで塩っ辛くて、酒のアテみたいなものなんですけど、僕は、自家製の糠床に鯖を一晩だけ寝かせて糠締めのようにしています。それを、糠を混ぜた生地に包んで、タコスのようにして手で食べるんです。ソースはクリームチーズやディルを使っているので、西洋チックな王道の感じなんですけど、糠の風味や酸味があって、僕的にはすごく気に入っています。
僕がアメリカで刺激的な経験をした時期があったので、この料理は、経験や文化を自分の中のフィルターに通した時に出てきた料理かなと思います。

―非常に理に適っていると言うか。酸味とクリームチーズは相性も良いはずだし、うま味の出し方や食感も含めてすごく斬新で、糸井シェフが持っている世界観がきちっと表現できていると思います。料理において水の存在は大きいと思いますが、こちらでは隣にある醸造所・農口尚彦研究所の仕込み水を使っているそうですね。

はい、料理のベースになる出汁には必ず使いますね。
硬度などの細かい数値は、僕はあまり把握していませんが、感覚的には、すっと身体に入ってくるようなイメージがあります。出汁を取る時に、すごくクリアに素材の味が出てきているように思います。
あとは「オーフ」という宿の名前に入れているくらい、水をベースに考えていて。広い範囲で捉えると、空気や植物、それを食べている動物も、この土地の水をベースに生きている訳じゃないですか。そのベースにある水と、この土地のものを使うというのが、すごく理に適っていると僕は思っています。

―お米もその土地の水で炊くのが、一番相性が良いと言いますからね。

そうですね。地元で作られる「蛍米」は、蛍が出るくらい水が綺麗なところで育てられています。その中でも、「オーフ」のすぐ近くにある田んぼで作られているものを使っています。僕達は勝手に“オーフ米”って呼ばせていただいているんですけれど、すごく美味しいですよ。

―糸井シェフの料理の特徴として香りを重要視しているように感じますが、香りは、自分の料理の中でどんな役割を果たしていると思いますか?

先ず一つは、お皿が提供された時の最初のインパクトだと思います。あともう一つ、僕がすごく大事にしているのが、余韻です。
食べた時に先ず香りがきて、味がきて、美味しいなと感じて。その後に、鼻に抜ける何かの香りを残したいと思って料理をしているので、最初と最後にくる香りを僕は特に意識しているというか、大切だと思っています。

香りで大きな役割を果たしてくれるハーブは、能登半島にある「あんがとう農園」のもので、こちらでは素晴らしいハーブを作られています。
何回も現地に見に行っていますし、生産者さんにも料理を食べに来ていただいているんですけれど、僕には欠かせないパートナーです。

―調理科学では、味の記憶の殆どは香りだと言いますよね。
香りを嗅いだ時に何を思い出すかは個人差がありますけれど、そのインパクトが強ければ強いほど、食べる側の想像力も働くと思うので、すごいアプローチだと思います。

―新しい料理が生まれる過程には、その土地の歴史や足元に返ってみたり、他国の調理法や調味料を取り入れたり、科学的なアプローチで考えたり、色々ありますよね。糸井シェフは、この土地の伝統や文化、背景から、新しい料理を生み出していこうという感じなのか、それとも、その土地の人や生産者との交流から生まれる感じなのか、どちらですか?

どちらかと言うと、前者だと思います。
今も新しい料理を考えていく中で「どうやってこの料理考えたんですか?」と質問されることが多いですが、旬は捉えたいと思っていて。
食材を挙げながら「自分はこれをどう調理するかな?」と考えた時に、昔からある料理から調べることが多いですね。そのアイディアを頭の中でたくさん巡らして、それを具現化するためにスキルや知識があると思っています。

―「こんな料理を作りたいけど技術が付いてこない」というシェフも世の中には結構いると思いますけれど、糸井シェフは若いのに本当に技術レベルが高いと思います。きっと、頭の中に食材とか文化があって、もう完成間近という料理がいっぱい詰まっていると思っているのですが。

ありますね!今でも早く試したい料理がたくさんあるんですけど、頭と身体が付いてきていないという感じです。
生みの苦しみみたいなものもありますけれど、リピーターのお客様に来ていただいた時に、新しい料理が生まれることが多いですね。

3.「オーベルジュ オーフ」が届けたい、この土地・空間ならではの体験

―最初のお話で、オーベルジュはレストランとは違って滞在時間が長いというのがありました。1泊すれば夕食・朝食の2回食事がありますし「泊まる」という時間も含めて、糸井シェフが大事にしていることは何ですか?

お客様が滞在している時よりも、帰る時に「また帰って来たいな」と思ってもらえることです。
そのための要素として、レストランは大きなコンテンツが料理やワインですが、オーベルジュでは宿泊と、最近は「間の時間」というのが大事だと思っています。部屋で寝る時間とレストランで食事をする、間の時間。そのタイミングで「オーフ」ならではの体験をしてもらえるのかなと。

―料理が最大のコンテンツではあるけれど、それだけにとどまらず「間の時間」も、ということですよね。「オーフ」の場合は土地の歴史もあるし、アートもあるし、そういう意味では博物館や美術館にもなりうる存在と言えますよね。

そうですね。最近は「うちってオーベルジュなのかな?」と思っています。
オーベルジュって、レストランに宿泊施設が付いているものというイメージですけれど「オーフ」はアートがあって、市と連携しているという面でパブリックなスペースやレンタルできるスペースもあるので。「オーベルジュ」以外の、他にいい言葉が無いかと考えたりしています。

―そのような新しい言葉や価値観が見付かったら素晴らしいですね!

4.「オーベルジュ オーフ」が目指す、これからのオーベルジュの姿

―先程ハーブの「あんがとう農園」のお話で、パートナーという言葉が出ましたけれども。他にもお肉や魚、野菜でパートナーと言える方は見付かってきましたか?

地元の農家さんで協力してくださる方は、どんどん増えてきていますね。
あと、まだ1シーズン過ごしてないので何とも言えないところもありますが、周りにある自然の中から得られる食材や植物とか、そういったものが、この土地ならではの強力なパートナーだと思います。
料理人の方では、北陸の中では富山県にある「レヴォ」の谷口シェフとの交流が一番多くて、つい先日も食べに来ていただきました。

―「レヴォ」も素晴らしいところですよね。
先日、谷口シェフとお話しした時に「どんな場所でやっていても、フーディーズの方達が来てくれるのは、今の時代の特徴として情報が伝わる時間が早くなったということ。でも、そういう方達だけの料理を作っている訳ではなくて、地元の人達にも来てもらいたいし、協力していきたいと思っている」と。
「オーフ」もこの短期間で色々なメディアで紹介されていますが、特にどういった方に来てもらいたいと思っていますか?

僕が思うのは、地元の人や、食にあまり興味が無いお客様が来ても楽しめる空間でありたいですし、世界中で食べ歩いておられるようなお客様にも、もちろん楽しんでもらいたいということです。
全てのゲストに楽しんでいただける空間造りをベースにすることで何かが生まれて欲しいというか。それが、僕がここで料理をしている意味になると思っています。

お客様が来て、喜んでくれるだけでも素晴らしいことですが、それは世界中、日本中の各地で既にできていることですよね。僕は、自分達がそのうちの一つになるよりも、そこから更に価値を付けられないかと思っていて。それが、限界集落にある廃校を、官民一緒になって盛り上げていくレストランでありオーベルジュである「オーフ」なんだ、と。
いずれそういったことを周りの人達から言われるようになった時、ここで何が生まれているのかということに、すごく興味がありますね。それが目に見えないものなのか、見えるものなのかはまだ分からないですけれど、考えながらスタッフ達と一緒にやっていきたいなって思っています。

***

糸井章太

1992年 京都府生まれ
2013年 辻調理師専門学校へ進学後、系列校のフランス校へ留学
アルザスの3つ星レストラン「オーベルジュ・ド・リル」にて研修
2014年 帰国後「メゾン・ド・ジル芦屋」に入店
2015年 「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」アシスタントとして出場
アジア大陸予選優勝/フランス本選 総合5位入賞
2016年 ブルゴーニュ地方の一つ星「レストラン・グルーズ」にて研修
2017年 帰国後「メゾン・ド・タカ芦屋」に入店
2018年 「RED U-35」35歳以下の料理人を対象にしたコンクールにて、最年少の26歳でグランプリ「レッドエッグ」を受賞
2019年 フォーブス「30 UNDER 30」Asia アーティスト部門に選出
2022年 アメリカ「マンレサ」「フレンチ・ランドリー」にて研修
帰国後「オーベルジュ オーフ」に就任

***

【編集後記】
糸井シェフについては、ピュアであり、技術レベルの高さは傑出していると思います。「オーベルジュ オーフ」がある土地だけではなく、周辺の文化まできちんと理解しようとする姿勢には、見事だと感じました。「オーベルジュに変わる言葉を探したい」という発言は、前人未到の道を切り拓いて行こうという意思の現れでもあり、一個の料理人という範疇を超えた存在だという気がしました。

オーベルジュ オーフ
https://www.ikyu.com/00002996/

※こちらの記事は2023年07月12日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

門上 武司

1952年10月3日大阪生まれ。フードコラムニスト。
株式会社ジオード代表取締役。
関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。一般社団法人 全日本・食学会 副理事長。2002 年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与。
著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。2023年11月29日発売の「あまから手帖別冊 食べる仕事 門上武司」(クリエテ関西)はこれまでの門上武司の食の歴史と、これからの「食」を考える刺激的な一冊。

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