アパレル業・ポップアートのアーティストとしての経験を持つ「GINZA BENI」の溝部真宏氏。何事にも研究熱心な溝部氏が作るのは、美味しいのはもちろん、五感全体で楽しめる寿司体験。今回は、そんな溝部氏に今までのキャリアや「GINZA BENI」ならではこだわりなど多岐にわたって伺いました。
アパレル業から飲食業へ転身、様々なフィールドで研鑽を磨く日々
―元々はアパレル業やアーティストとして活躍されていたと拝見しました。
18歳の時に青森から上京して、約10年間アパレル関係で働いておりました。29歳でアパレル業を断念し、飲食の道に進むことになりましたが、今でもアパレル関連のお客様は多いですね。アートに関しては、小さい頃から親の影響もあってアメリカのポップカルチャーに興味がありました。小学校の頃から音楽と言えば「カルチャー・クラブ」「デュラン・デュラン」を聞いたり、アートで言うと「アンディー・ウォーホル」や「キース・へリング」などが大好きで、自分でも絵を描いたりしていました。「LOOTONE(ロートワン)」という有名なアーティストさんは先輩で、今でも仲良くさせて頂いています。
―飲食店でのキャリアはどのようにスタートされたのですか?
僕の飲食業界でのキャリアは、某大手ピザ屋のチェーン店にてスタートしました。“人がやらないことをやる”をモットーに取り組み、自分が店長を務めていたお店は売り上げもスタッフの笑顔も一番を目指しておりました。それから 1年ほど働いた後、会社から「ミシュラン三つ星のフレンチレストラン」か、 原宿駅前にある繁盛店「回転寿司」のどっちにいきたいか聞かれました(笑)。すごく難しい選択でしたけど「お寿司なら自分にもできるかな」と思い、寿司屋を選びました。異動してみると、店舗の売り上げは飽和状態。要因は、正社員が多く人件費が高かったことでした。なのですぐにスタッフ達の働く環境を見直し、人員の整備をしました。かなりの大箱店舗でしたが、優秀な人を1人だけ入れてくれとお願いして、最終的には自分とその人の2人だけでお店を回し、状況を回復させました。彼は元々アメリカで寿司職人をしていた人なんですけど、捌き方や握り方などお寿司の基本は彼から学びましたね。それから異動の関係で某レストランに従事した際は、ミシュラン三つ星のフレンチレストランのシェフやソムリエ、パティシエともお仕事する機会があり、自分の中の意識が変わりました。ピザのチェーン店でしたけど、フレンチやイタリアンなど様々なジャンルの業務に携われるのは非常に良い経験でした。
その後、大手建築会社の下請け会社に転職。そこでは建築現場や 建築事務所への出張寿司ケータリング等を任され、3年間勤務していました。VIPの方をはじめ、多様なジャンルの方をもてなすことが多かったので、どうやったらそういう方に喜んでもらえるのか、そこではおもてなしの基礎を学びましたね。当時はお寿司、中華、イタリアンなど色々と食べに行っては、どうやったらこういう味になるんだろう、シャリの硬さはどのように調整するんだろうと、自分なりに色々と試行錯誤して研究していました。今みたいにYouTubeなんてありませんでしたので、とりあえずやってみるという日々です。
その後は、たまたま高校の同級生が銀座に高級寿司屋をオープンするタイミングで声をか けてもらい、一緒に働くことになりました。有難いことに一人で切り盛りする期間も沢山頂けました。朝、お店に来ては仕込みをして、夜中の3時くらいまでお寿司を握っていました。いつか独立したいと言う気持ちから資金を貯めるため、寿司屋の仕事の後は朝の8時9時くらいまで中華屋さんで皿洗いのバイトもしていました。翌日11時頃から仕入れや準備をしないといけなかったので、当時は寝る時間も惜しんで働いていましたね。
そんな中、そろそろ自分のお店を出そうと思っていた時に、「TRAX TOKYO」のマイクさんにお話しをいただき、「GINZA BENI」を立ち上げることになりました。マイクさんとの出会いは、僕が時折仕事帰りに寿司屋の格好のまま時計を見に行っていて、面白いお寿司屋さんがいるって言い家族のように接してくれました。それから時折お店に食べに来てくださるようになってという感じです。友人の寿司屋を辞めた当時、僕は45歳。そんな年にもなって誰かに拾ってもらえるって思ってもいませんでしたよ。ましてや大金を払ってもらって何かをしてもらうなんて……今までにないほどにすごいプレッシャーと共にやる気を感じました。今は常に、お客さんとマイクさんのために何かしたいと思っています。
唯一無二のアート空間で、溝部流の寿司を味わえる「GINZA BENI」
―店内にはポップアートが飾られ、お寿司屋さんとしては異彩を放っている部分があるかと思うのですが、お店のデザインや空間づくりに関するこだわりについてお聞かせください。
「GINZA BENI」は、2019年10月10日にオープンしました。前の寿司屋を辞めてか ら、すぐ作業に取り掛かりましたね。マイクさんにはお店の絵コンテは何度もダメ出しをくらいました。どういう配置にしたらいいのかを試したり、完成するまで試行錯誤を繰り返して約10ヶ月かけて店舗製作をしました。ピザのチェーン店に勤めていた時に、新規店の開業も何度か経験したことがあったので、その時の知識がすごく役立ちました。お店全体はマイクさんの「奇抜でお洒落なお寿司屋さんを作りたい」という熱い思いもあり、マイクさん発想のアイディアや優秀なデザイナーの方にもご協力いただき、ジャズホップやチルミュージックがかかる、ポップでお洒落な空間を作り出すことが出来ました。
―お手洗いにも色々と溝部さんのアート作品が飾られていますよね?
以前は自分が描いた作品も置いていましたが、今は主に頂き物と買い揃えたものが中心です。「LOOTONE(ロートワン)」さんや「田中拓馬」さんの作品を飾らせていただいています。うちのトイレは非常に“気”が高いそうで、僕はそういうのを感じる力はないのですが、そういった“気”を感じられる方々は皆さん仰っていますね。そういうのもあって、スポーツ選手のお客様も多く、うちのトイレで写真を撮ると勝てるみたいなジンクスがあるらしく、色々な方が試合前に訪れてくださります。
―寿司店と思えないような楽しい空間を作る溝部さんならではのおもてなしについて教えてください。お客様にどんな食体験をしてもらいたいと思っていらっしゃいますか?
今は、美味しい!が当たり前の時代だと思います。美味しい!以外でどれだけお客様を楽しいや、嬉しいと言う気持ちにさせられるのかを考え、視覚、聴覚、嗅覚へのアプローチを考えています。月に一度は気になる飲食店へ必ずスタッフ全員で社外勉強会を開催して、味や視覚的な流行には常にアンテナを貼り巡らせています。
―アート空間とは裏腹に、寿司は本格派。特に熟成の技術を駆使されている印象がありますが、溝部さんが寿司を作る上でのこだわりについて教えてください。
僕は、言ってしまうと“超三流”です。ミシュランを獲得するような有名寿司店など、一流のお店に勤めてきた経験は一切ありません。ですがもちろん目指しているのは、“一流”です。ただ“一流”というのは、一流のお店で働いたからすぐになれるようなものではなく、自分自身についてくるものだと思うので、日々そうなれるように研鑽を積んでいるところです。
うちは、熟成寿司も色々と出しているのですが、知り合いに熟成寿司のお店も多いため、色々食べに行って勉強しています。熟成は、いわば空気と水による化学反応と考えます。水と空気その2つは人間にとって絶対に必要なものですけど、ある意味菌を発生させたり腐らせたり悪さもする。その加減を上手く調整さえできれば、お魚の本来もつ美味しさをもっと引き出せると思っております。例えば昨日仕入れたマグロも、すでに5回は水分を拭き取り真空状態にし冷蔵保存しております。これを少なくとも10日間は繰り返してお魚を熟成させております。または、小肌にしても、それぞれに個体差があり、そのお魚達に合わせた、塩加減、酢加減も変えて仕込みを行なっています。とにかくお魚の持つポテンシャルを最大限に引き出すことを考えて、種類によって寝かせ方や保存方法も変えて、1つ1つ丁寧に仕込みをしております。
―ネタやシャリへのこだわりはいかがでしょうか?
“寿司のシャリは寿司の命”とも言われております。季節によって変わるその時々の米の状態を見て、最適な水加減、火加減を考え、別注作製してもらった厚釜を使用してご飯を炊き、
熟成されたお酢とこだわりの赤酢とのブレンド酢を使い、寿司飯を作っております。
―これだけは味わって欲しい一品とはなんでしょうか?
お寿司はもちろんのことですが、食後のデザート(自家製の白胡麻豆腐と黒胡麻のアイスクリーム)にこだわっています。温かい白胡麻の胡麻豆腐に、パコジェットという機械を使って黒胡麻をたっぷり入れて作ったキンキンに冷えたアイスを一緒に出しています。
―でもなんで胡麻豆腐を作ろうと思ったんですか?
色々と試してみたんです。世界一美味しい杏仁豆腐を作ってみよう、世界一美味しいプリンを作ってみようと試みてみたんですけど。やっぱり1番って超えられないんですよね。パティシエじゃないですし。でも日本料理で出している胡麻豆腐って美味しいし、また食べたいってなるから、これを使って何かできないかなって思ったんですよね。何と言っても、マイクさんがすっごく研究熱心で。「毎週必ずどっかで研究する日を作って食べにいけ」って言ってくださるので、そういうサポートがあってこの逸品が生まれました。
あとは、銀座では「GINZA BENI」でしか味わえない「トリバコーヒー」さんとのコラボであるブルーマウンテンのアイスコーヒーは是非味わって欲しいです。つい最近、東京駅に移転しちゃったんですけどね。ここには、1年間通い詰めて、やっと提供させていただけることになりました。僕は何においても人との繋がりを第一に考えていて、このコーヒー店の方とも関係値ができたからこそこういったコラボが実現できました。とっても美味しいですし、色々な方に味わって欲しいですね。
あとは、これも寿司ネタではないんですけど(笑)、名物料理でもある「鮭ハラス弁当」 です。お帰りの際にお土産としてお渡ししているんですけど、これもぜひ食べて頂きたい 1 品ですね。
2023年には海外出店も計画中
―最後に今後挑戦してみたいことや現在取り組んでいることについてお聞かせください。
今、シンガポール・マレーシアでの海外出店のお話を頂いており、早ければ2023年夏に出店できるように画策中です。すでにマニュアル作成なども進んでいて、今は現地での人材獲得に力を注いでおります。銀座店があるので、なかなかそちらに僕が長期滞在するというのは難しいですけど、「GINZA BENI」の味を日本人だけではなく、世界中の方に味わってもらう機会ができることに今からワクワクしっぱなしです。
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溝部 真宏氏
29歳にてアパレル業から飲食業に転身。某大手ピザ屋のチェーン店にて飲食業のキャリアをスタート。宅配ピザ、回転寿司など多岐に渡る事業に関わる。建築会社にてケータリング事業に従事。その後銀座の寿司店での勤務を経て独立。2019年10月に「GINZA BENI」を開業。現在海外出店の準備中。
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編集後記
謙虚に、真剣に、そしてたくさんのユーモアを交えながら語ってくださる溝部氏。どんな場所におかれても、常により良いものを作ろうと研究を欠かさず、何より人との縁を大切にされている姿勢が、お客様が絶えない理由だと思います。オープン初期にお邪魔したきりになっていたので、また溝部さんの作る楽しい寿司体験をしにお店に伺いたくなりました。
※こちらの記事は2023年01月13日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。