昭和40(1965)年に創業以来、地元名古屋にて多くのお客様に愛され続ける「天婦良 あやめ」。家族経営ならではの心地よいおもてなしと、その時々で変わる旬の食材を使った天ぷらコースが自慢のお座敷天ぷら屋です。今回「KIWAMINO」では、大将・片山孝氏、そして息子で若大将・健次氏にインタビューを実施。お店の歴史から食材をはじめとした天ぷらへのこだわりなど、多岐に渡って語っていただきました。
母の名を冠した「天婦良 あやめ」、その約60年の歴史とは
―今年で創業59年を迎える「天婦良 あやめ」の歴史をお聞かせいただけますか?
大将・片山孝氏(以下、大将):「天婦良 あやめ」は、昭和40(1965)年に私の母が女将として始めた店でございます。昔、母の祖母が東京・日本橋で天ぷら屋をやっておりまして、その影響で母が名古屋に天ぷら屋を始めました。母は元々日本舞踊の舞踊家でして、西川あやめと申します。そこで店名は母の名前を取って「天婦良 あやめ」になりました。
当初は東京から天ぷら職人を呼んで、母が女将を務めていました。私は今年71になる歳ですが、20歳の時にこの世界に入りました。それから天ぷら一筋、もう50年になります。その間、東京の天ぷら屋さんへ修業に行かせていただくなどありましたが、約20年間下積み時代を過ごし、40歳で大将としてこの店を継ぎました。
―創業以来変わらず守っている伝統について、一方で時代に合わせて新しくアップデートしていることについてお聞かせいただけますか?
大将:創業以来変わらず続けている部分は、お座敷でお客様の目の前で揚げるスタイルです。天ぷらのネタに関しては、継承している部分もあれば、私の代になって変わったものもあります。例えば、昔は伊勢若松の穴子といえば、日本一美味しいと言われるほど有名でした。ですが今では伊勢湾ではほとんど穴子が獲れなくなってしまいました。そのため今は、地元で良い食材が獲れるなら、もちろんその食材を使用しています。ですが地元産のみに限定せず、日本中の優れた生産者さんから仕入れた食材を使っています。
―現在の営業スタイルは、大将・孝様と、息子さんの健次様の2名体制になりますか?
大将:今は私と息子の健次、そして健次の双子の兄・真次の3人で切り盛りしています。たまに忙しい時は娘も手伝いにきてくれるので、家族全員で切り盛りしております。現在揚げ手は私と健次の2人ですが、将来的には真次を加えた3人体制にしていきたいと思っています。ただ、私も40歳でこの店を継ぎました。そろそろ息子達も良い歳になってきていますので、大半の仕事は息子達に任せています。時代もどんどん新しくなっているので、若い世代にバトンタッチしていこうと思っています。
1日3組のみをもてなす、「天婦良 あやめ」こだわりの天ぷら
―「天婦良 あやめ」ならではの食体験についてお聞かせください。まず、1日3組というのはだいぶ贅沢だなと思うのですがそこにはどんなこだわりがあるのでしょうか?
大将:お昼の営業はしていませんので、1日最大3組様をお迎えています。美味しい天ぷらを提供することはもちろんですが、お店で過ごす時間と空間も存分に楽しんでいただきたいなと思っています。もちろん利益などを考えると、2回転するのがいいんでしょうが。せっかくいらっしゃったお客様には、気兼ねなく寛いでいただきたいので、3組様にさせていただいています。
―家族で切り盛りされるからこそのおもてなしは、例えばどんなところがございますか?
大将:入店から退店まで、なるべく気持ちよく過ごしていただきたいです。そうして食べ終わる頃には「また来たいな」って思っていただければ嬉しいです。お座敷天ぷらですので、初めて来店される際は、ちょっと敷居が高いと思われる方もいらっしゃると思います。ですがうちは家族経営ですので、家族でやっているからこそ雰囲気もすごく柔らかいところがあると思っています。最初はちょっと緊張される方もいらっしゃいますが、天ぷらを揚げながら対面でお話をさせていただいく中で、リラックスしていただきたいです。
若大将・片山健次氏(以下、若大将):元々は接待で利用されるお客様をメインにしていたのですが、今はご夫婦やカップルの記念日に使っていただくことも増えてきました。もちろん接待の時はかっちりとした雰囲気でおもてなしさせていただきます。一方ご家族・ご夫婦での来店の際は、柔らかい雰囲気を意識し、状況に合わせた雰囲気作りをしています。
―「天婦良 あやめ」ならではの天ぷらについて、こだわりの部分を教えていただけますか?
若大将:重きを置いているのは、毎日市場に行って自分の目で見て仕入れることです。そしてその仕入れたものを自分で捌いて、自分の目で食材の状態を確認する。そうすることによって、その素材の状態がわかるので、それに合わせて揚げる時間などを調整しています。感覚的な問題なので、決まったルールがあるってわけではないんですけれども。だからこそ自分で確かめて調理するということが大事になっています。
―食材選びに関してはどんなこだわりがございますか?
若大将:特に魚介類に関しては地元産を大事にしています。キス、メゴチ、ハゼ、アオリイカ、スミイカなどは全部地元のものを使っています。野菜は、最近では農家さんから直接仕入れさせていただくことも増えてきました。農家さんから直接ご連絡いただいて「この野菜試していただけませんか」というケースも少しずつ増えてきました。なので、うちでも積極的に新しいものを取り入れさせていただいています。どんどん新しい食材を使用して、野菜1つとっても日々いろんなところを試しつつ、進化し続けたいなと思っています。
揚げる温度も大切です。魚1つとっても、個体差があります。例えば海老と穴子では、揚げる温度が全然違いますので、全て温度を変えています。野菜にしても、目安となる温度はあるとして、その日仕入れる素材によって水分量も変わりますので、揚げる温度と時間を少し変えています。季節によっても食材の状態は変わりますし、それぞれの食材にあった温度に日々調整をしております。
油に関しては、綿の種子を原料とした綿実油と、胡麻油をブレンドして使っています。コースで召し上げっていただくので、胡麻油が強すぎると最後の方になると重たくなってしまいます。ですが綿実油だけだと軽くなりすぎてしまいますので、胡麻油は香りやコクをプラスするために使っています。
衣に関しては、基本的に薄い衣で揚げています。最初から最後まで美味しい状態で召し上がっていただくために、軽い食べ口になるように意識しています。「天ぷらってこんなに軽いんですね」って言われるお客様もたくさんいらっしゃいます。素材を活かすために揚げていますので、軽い衣で素材本来の味わいを楽しんで頂けるように揚げています。揚げ物が苦手な方でも、うちの天ぷらだけは食べられると言ってくださるお客様もいらっしゃるので、嬉しいですね。
―天ぷらを頂く際に何かこだわりはありますか?
若大将:うちは、天つゆにおろしを入れたものと、レモン汁、お塩の3つを初めに用意しています。お店によってはお塩で、天つゆでと決まったものをお出ししているところもあると思います。ただうちのスタイルとして、お客様には肩ひじ張らずに楽しんでもらいたいと思っていますので、お好きな味で食べられるように全て最初にお出ししています。お客様には、自分の好きなもので自由に召し上がっていただきたいです。
―様々な天ぷらがある中でも、特にお客様に味わって欲しい逸品について教えてください。
若大将:全部と言いたいところですが、やはり愛知県の県の魚にも指定されている車海老ですね。コースの中でも、1番最初に車海老を天ぷらで召し上がっていただいています。
うちの場合は初めに4本お出しするのですが、使用する海老は全部直前まで生きていたものしか使っていません。その新鮮な車海老に、完全に火を通すわけではなくて、少しレアな状態にしてお出ししています。4本あるので、1本ずつ天つゆ、レモン汁、塩で食べていただいても、好きなもので全部召し上がっていただいても好きな食べ方で召し上がって欲しいです。
敢えてもう1つ上げるのであれば、穴子です。“穴子を食べればその天ぷら屋さんの実力がわかる”と言われますので、穴子の天ぷらに関してはかなり気を使っています。後は、さつまいもの天ぷらもお客様よりご好評いただいています。じっくり低温で揚げたものを、最後に部屋のライトを消してフランベで仕上げています。
お店の魅力、そして天ぷらの魅力を多くの方に発信していきたい
―最後に、現在挑戦していることや今後取り組んでみたいことについてお聞かせください。
若大将:今まで、ホームページのようなものをほとんど作ってきませんでしたので、うちの情報は、今はほとんど口コミだけです。最近になって、ありがたいことにミシュランで星をいただく機会もありましたので、自分達でホームページを作ったり、少しずつ情報発信に力を入れています。また、日本の方だけじゃなくて、海外のお客様にも天ぷらというものを、そして「天婦良 あやめ」を知っていただきたいという気持ちもあります。愛知県では、東京などに比べるとまだまだお座敷天ぷらの知名度は低いです。自分達のお店、天ぷらに関しては時代に合わせてどんどん進化させつつ、色々な方に天ぷら、そしてうちの魅力を伝えていきたいと思っています。
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プロフィール
片山孝氏
1953年 愛知県名古屋市出身
1972年 明治学院大学入学
1974年 天婦良あやめで修業開始
1976年 「お座敷天婦羅 天政(東京)」で修行開始
片山健次氏
1986年 愛知県名古屋市出身
2007年 愛知学院大学卒業
2007年 天婦良あやめで修業開始
2015年 「天真(東京)」で修業開始
片山真次氏
1986年 愛知県名古屋市出身
2007年 愛知淑徳大学卒業
2022年 天婦良あやめで修業開始
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【編集後記】
「お客様に居心地の良い時間を過ごしてもらいたい」そう語る気さくな大将、そして穏やかな若大将へのインタビューは終始和やかな時間でした。約60年と続く歴史のある天ぷら屋さんですが、地元の食材も大切にしつつ、時代に合わせて進化を続けています。これから次世代へと引き継がれていき、ますます進化していく「天婦良 あやめ」の天ぷら。ぜひ一度味わってみてはいかがでしょうか?
※こちらの記事は2024年10月15日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。