「麻布台ヒルズ ガーデンプラザA」2階の一角にある「Le salon prive」。オーナーパティシエの成田一世氏は、故・ジョエル・ロブション氏やピエール・エルメ氏を始め著名なシェフ・パティシエのもとで研鑽を積み、帰国後に銀座「Restaurant ESqUISSE」等で活躍した経歴の持ち主。今回タッグを組んだのは、1983年の世界料理オリンピックジュニア日本代表としてゴールドメダルを受賞した笹川幸治氏。華々しい経歴を持つ成田氏に「Le salon prive」で魅せる美味の世界についてお話を伺いました。
目 次
フレンチの最高峰で薫陶を受け、科学的アプローチで美味しさを追求した青年時代
―故・ジョエル・ロブション氏やピエール・エルメ氏など、著名シェフと仕事をされてきた成田シェフ。名だたる名店で働かれていましたが、当時はどのような思いで働かれていましたか。
当時から“習っただけではできない、自分の中で分析して理解しなければ本当に認められるものはできない”と考えていました。そのため、店でやるやり方も全て自分で“なぜそうやるのか”を分析しました。
学校ではベースの部分を教えてもらいますが “なぜそのプロセスが必要か”は教えません。相手に失敗しないやり方を伝えているのであって、調べてみると科学的意味を持っていないことも多々あります。その調理工程や方法が必要な理由を自分で分析し、試行錯誤して科学的な要素を理解することで、初めてプラスアルファの次のものを作るラインに立てるんです。
なので、うちの作り方は一般的な作業工程と全く違うことも多いです。よその店で働いていたスタッフには「(通常と異なるので)なぜこうやって作るんですか」とまず質問されます。逆に「なぜそう思うのか?」と質問で返しても、そう習ってきたからという以上の答えが返せない。自分の中で明確な答えを持っていないからです。
明確な答えがベースにあることで、改めて次世代の味が作れると思っています。フランス料理は血統の料理で、お母さんの味はおばあちゃんがいなかったら、成り立たないようなもの。一時期、一緒に働いたからといって受け継げるものではありません。例えばジョエル・ロブションの味を正しく分かっていて、そのビジョンの中でしっかり働いた人間は、ロブションだったら次にこういうものを作るだろうと考えられて、初めて新しいジェネレーションに対して味を提案できるんです。
ロブションに対して献身的に働くシェフたちは、ロブションのアドバイスを一言聞けば3時間後には完璧にできている。その繰り返しをすることで、ロブションに認められた料理がメニューの中に残る。ここまでやって修業だと思います。
自称“修業”レベルの人たちは、働いた当時その店で何をやっていたかはできますが、その人が辞めた後の次の時代に何をその人たちが作っていたかまでは答えられません。
ロブションにはよく試食のテストをさせられました。ニューヨーク時代には、朝一緒に朝食をとって、昼飯のときに彼が来て、午後にも夜飯のときにも来て、毎日3時間ごとぐらいにテストを繰り返されました。顔を見れば「テストはどうした」って言ってくるほど。帰国のリムジンに乗る間際に「まあまあだったぞ」と言って帰られたのが印象に残っています。
和魂洋才をテーマにした「Le salon prive」で表現するフレンチの世界
―「麻布台ヒルズ」に「Le salon prive」をオープンされました。お店のコンセプトについてお聞かせください。
フランスでフランス料理を食べてきた人達やフランス人が日本に来たときに、面白いね、美味しいねって思ってもらえるようなものを提案したいですね。フランス料理はフランス向きに物事を考えるべきで、自分たちは正しいフランス料理を伝えていく存在として必要なんじゃないかなと思っています。つまり、日本の材料をフランス料理的な観点で捉えたときに、その材料に対してフランス的なベストな調理法を施した味になっていて、それがフランス人にも理解してもらえるということ。
今回「Le salon prive」と、隣に「LE SATINE」というパティスリーをオープンしました。“SATINE”とはシルクサテンなどのサテンという意味です。少しマットな世界観。光がある世界とマットな世界でいうと、日本はどちらかというとマットな世界。日本人の魂で洋のテクニックや考えを用いる“和魂洋才”をテーマにしています。
フランスのクオリティで料理・パン・チョコレート・デセールを日本のものを使い日本で作る。そのイメージで作った店なので、カトラリーから、グラス、お皿、食材まで日本のクオリティにこだわっています。店内のデザインも、縦横のラインが入っているんですけど、襖や障子に対してのリスペクトです。この空間全体で“和魂洋才”を感じてもらえれば、それがフランス料理を受け継いだ、フランス料理の一部分としての日本らしさに通じると。フュージョンという形で表現されるのは不満で、これは明確にフレンチです。
先ほど申した通り、日本の料理人は、自分が学んだフランスの技術やスタイルを誇示しがちですが、それは自分がいた頃のものを形式的に習ったものであり、真髄を理解していないので新しい創造性を欠いていると感じます。僕からしたら、勝手なクオリティの中で売っているのを日本ではいっぱい見ます。
また、食べ手側のフランス料理に対する意識も課題が多いです。例えば、日本によくあるクラシックなフランス料理の店。クラシック料理が好きという人ほど、誰かが美味しいと言ったものしか食べない。既に美味しいと誰かが言ったものでしか物事を判断できない、教科書のようなガイドブックに書かれたものを信じているようなものです。
美味しいと評価されたフランスの三つ星レストランに、自分がフランスに行ったタイミングで食べたものを「美味しいんだよ」と他人に言えば、他人のイニシアチブを握れると思っている。それは、その人が行った時のもので、過去や未来を知った上で言っているわけではない。そういう人ほど、新しい発想の料理を食べたときに「まずい」と否定します。日本人は自分の軸と言える価値基準や文脈への理解がない人が多いので、新しいものを食べさせたときに美味しいかまずいかって判断が、ほぼできないように感じます。だから一休さんとかガイドブックに頼ってしまう人が多いのではないでしょうか。
今一番必要になってきたのは、次のジェネレーションの味を提案するときに、どういったものが求められているか。例えばヘルシーさやカロリー、ボリュームがどれくらいあればいいのか、お酒とのペアリングなど、何をもって美味しさを提案していくのか。
女性は分かると思いますけど、メイクやファッションはトレンドに合わせて、毎年新しくしたり変えたりしますよね。料理だけは、なんでクラシックで良いと思うんでしょうか。このヘルシー志向の時代に、40年前から変わらないクラシックなメニューを食べさせられたらフレンチって重いなと思いませんか。
自分自身の価値基準がないので、ジェネレーションで変わっていっているっていうことを理解できない、それを正したいんです。
―今回、料理を担当されている笹川幸治シェフとは恵比寿の「タイユバン・ロブション」時代からのお付き合いですが、一緒にお店を始めようと思ったきっかけは?
恵比寿の「タイユバン・ロブション」がオープン(1994年)した頃からの付き合いですね。彼は出来が良かったんで、一番先に店を辞めたんですよ。シェフの紹介で紹介状をもらってフランスに行けた、腕の立つ料理人です。フランスでもたびたび縁があって。
一番プライベートでご飯を食べに行っていたのも、笹川さんのやっていたレストラン(「Petit Bateau」)でした。
彼は、今まであった調理のプロセスがほぼパーフェクトに出来ている。現時点のパーフェクトの土台から、次のジェネレーションで食べたときに“正しく美味しいものなのか”を自分で検証し(て)、よりハイレベルに、ステージを上げる料理にしていくチャレンジができる料理人です。僕がお題を投げて、彼はまたレベルを上げて新しいステージに乗せた料理を作ってくれる。それがロブション流のやり方です。
(笹川シェフ)僕はフランスから帰ってきて、早くに独立をしたのですが、成田さんが打ち上げやプライベートで料理人を連れてうちの店に来てくれていました。自分が分からないことがあって質問すれば、10も20も教えてくれるんです。そんなに教えてくれる人ってなかなかいないんですよ。そういう関係が今まで続いてきて、今回の提案をいただいた時も、すごい良い経験になるだろうなと思いました。
―日本の食材での料理にこだわっているとのことですが、どうやって選ばれてらっしゃるんですか。
例えば、うちは能登の野菜を使うんですが能登地域は赤土で育てています。ヨーロッパもほぼ赤土ですが、土壌は酸性で、鉄が錆びていて赤くなっているためミネラル分に関してはものすごい強い。フランスの野菜は赤土で育てるから、小さくカチカチに硬く、それに合った調理法が必要となります。能登野菜みたいな赤い土で育てる野菜を、フランスのテクニックで調理すると、調理した後に甘くなり過ぎることがほぼないんです。
でも、日本では品種改良しながら黒い土で育てる野菜を作っている。素材自体が勝手に甘くなっちゃって、料理もドンドン甘くなってしまう。シンプルな調理法で素材の良さを生かして、というのはそもそも料理をしていないのと同じこと。お料理の世界っていうのは、バリエーションを楽しむ世界なんで、しょっぱい世界から甘い世界までのバリエーションをどれだけ豊かにできるかなんです。
魚介については、良いものって豊洲に行ってしまうので、産直では残ったものしか売っていない印象です。そのため豊洲に行って、全部笹川シェフの目で選んでいます。食材に関して自分たちは、現地に見に行ってみて、これが良いから買うなんていうのはほぼないんです。
逆にどんなものが来ようが、現状の中から選ばれたものを、笹川シェフのテクニックと知識の中で、美味しくして最高の状態で召し上がってもらえるっていう自信がある。どんな素材だろうが、パーフェクトに美味しくして、それを出す。それが研ぎ澄まされていけば、美味しく食べてもらえると考えています。
一流レストランで培った技術と知識を活かす、日本での挑戦
―明確なコンセプトを持たれてお店作りをされている中で、お料理を通じて、ゲストにどのような体験をしていただきたいですか。
目指しているのは「麻布台ヒルズ」にお住まいの方に、一番高い価値として感じるものを提案していくこと。今の日本でここ以上に高い地価の場所はないでしょう。これまでなら田園調布や奥沢、代官山などが人が住める高いエリア。銀座は高いけど、住む場所ではないでしょう。「麻布台ヒルズ」は、住居と「エルメス」や「ディオール」などのハイブランドが共存し、会社まで車なら15分ぐらいで行けるような場所です。
これからは自分の時間をどれだけ有意義に過ごすかがリュクスに繋がる、その価値を重視している方々の食べたいものを正しく作りたい、そんな上質な店を目指しています。
ここに住んでいるお子さんたちが10歳くらいになり、テーブルに座ってご飯を食べられるようになったときに、お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に食事をして“Education”していく、家族の味覚を培っていく場所にしたい。そこに使われるお金が一番高いお金であるべきだと思っています。
一番素敵な場所で、一番美味しいものを食べ、自分たちの時間を有意義に使える。移動に時間を使わないで美味しいものを食べられる場所を提供したい。
もしパリだったらそれがフォーブール・サントノレだったり、ニューヨークならフィフス・アヴェニューだったりという代名詞的な街がやっと東京にできた。ならばそこには三つ星レストランに匹敵するものがあるべきだと思うんです。
―これから挑戦されたいことについてお聞かせください。
常に世界のトップを目指しています。トップを目指していれば、ちょっと失敗しても世界の5番くらいになる可能性があるじゃないですか。でも世界で5番ぐらいを狙っててミスしたら10番くらい。自分はフランスとイタリアで三つ星のシェフでエグゼクティブとして経験を積んできましたが、自分のハードルを上げて、プレッシャーをいつもかけていました。それを保とうと思ったら、何をしなきゃいけないかが決まってきます。納得できないものは絶対出さないし、他人のコピーはしない。なぜ美味しいのかの理由には全てエビデンスがあるという理念でやっています。
グランシェフはマエストロ(指揮者)ってよく言われます。マエストロは1枚の譜面にどれだけの音階があるのか、それを様々な楽器に変えながら網羅させて、どのタイミングで音を出せばいいのかを、コントロールするわけでしょ。
シェフとして必要なのは、オーケストラの奏でる音楽のように複雑さをもつものに思考が進んでいくことです。それが耳に対してなのか、目に対してなのか、鼻に対してなのか、口に対してなのかを誰もが考えていないから、シンプルなものがいいとか言ってしまうんですよね。トランペットの音だけで全ての音階を奏でるのが無理なように、思考の部分っていうのも、複雑な方にしか進まないし、今は感覚の限界に到達してる感があります。オーケストラでいったら、オペラみたいに詩がつくことで、頭の中で先に考えさせ、先入観を持たせながら音階を耳に入れることにより、音楽が表現したい印象をより強く感じさせることが出来るようになったと思うんですね。なので、ガストロノミーという世界にも、音楽の世界と同じ手法を取り入れたい、と。お客様に、我々の考え方や調理法につながるイメージの先入観を与えた上で味わってもらうことで、より一層強い感覚を美味しさとして感じさせることが出来るのではと考えています。
食事とは、作る側と食べる側に信頼関係があり、そこにはお互いに共有された正しいエビデンスがあり、生きていく為の栄養素として、と、美味しさとが両立されている必要があると思っています。
我々が思う美味しさの価値観を、日本の方だけでなく世界中からいらっしゃる多種多様なお客様にも共有してもらい、美味しさという共通ワードで、一緒に楽しんでいただけるお時間を作って差し上げたい、それが僕の思いです。
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成田一世氏 プロフィール
1967年青森県陸奥市生まれ。
パリ「ステラ・マリス」フィレンツェ「エノテカ・ピンキオーリ」恵比寿「ジョエル・ロブション」銀座「エスキス」等でシェフを歴任。
2007年『ニューヨークタイムズ』誌が選ぶ「Best of New York賞」を受賞
2017年『Asia‘s 50 Best』にて「アジアベストパティシエ賞」を受賞
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【編集後記】
世界的な成功を治めた成田シェフが語る世界基準の料理。それは自分に対してハイプレッシャーをかけ、常に次の美味を探求する強い志の賜物なのだと感じました。その哲学を料理に落とし込む笹川シェフの料理と共に、唯一無二のデザートの世界を楽しんでみてはいかがでしょうか。
※こちらの記事は2024年09月19日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。