京都「洋食おがた」緒方博行氏に聞く、生産者と料理人をつなぐ”目利きの匠”とともに創造する洋食の未来

京都・京都市役所前に位置する「洋食おがた」は多くの食通たちを魅了し続けている人気店。厳選された食材をシェフの確かな腕で絶品の一皿に仕上げます。今回は、オーナーシェフの緒方博行氏にフードコラムニストの門上武司氏がインタビューを実施。料理人としての原点から、料理や食材へのこだわり、目利きの匠と創り上げる洋食の未来についてまで多岐にわたって語っていただきました。

緒方氏ならではの“割烹スタイルの洋食”その原点とは

ー緒方さんは入社したホテルでのレストラン勤務から始まって、様々な業態の飲食店で修業されていますね。フレンチやイタリアンも経験されている。独立される前、料理長を務めたビストロでは予約のとれない人気店になるほど緒方さんの料理が評判になりました。それが、いざご自身の店を開く時になると洋食というスタイルを打ち出されました、なぜ洋食だったのですか。

日本でいう洋食って、やっぱり日本の中で独自に生まれた料理だと思うのですね。どちらかといえば広い意味で和食のカテゴリーに属していて。今や日本人にはそれだけ馴染みのある食になっています。かつて先人たちがフランス料理に接した時「この西洋料理を日本の調理法や食材で作れないか?」っていう感じで、いろいろアレンジされて創り出されてきた料理が現在の洋食につながっていると思われます。

僕の場合もそれと同じなんです。両親が共働きだったので僕は小学生の頃から家の食事を作っていたのですが、家族みんなが美味しいと喜んで食べてくれる。それでうれしくなって料理に打ち込んでいくのですが、作れるのはどうしても日頃食べている洋食になるんですね。それから30数年、プロの料理人として修業し腕を磨いてきた僕が作る料理をなんと呼べばいいか考えたら、それは“西洋料理を発展させた和食のひとつであり僕にしかできない洋食である”ということになるのです。

ー緒方さんは1969年生まれ。小学生だった当時はネットなんてないし、今ほどグルメ情報も多く流通しているような時代ではなかったはずです。小学生で料理を実際どのように学んでいたのですか。

家では夕食材料の宅配サービスを利用していて、3日に1回ぐらい料理の食材が箱入りで届くんです。それぞれに作り方が付いているので、それを見ながら実際に作ってみていろいろな料理を覚えていきました。でも、食べたことのない料理の作り方だとイメージが湧きません。そんな時は祖母に小遣いもらって、駅前の食堂に食べに行ったりしていました。その頃から、料理に関することは自分でなんとかしようと積極的に取り組んでいましたね。年を経て修業時代になると上柿元勝さんのフランス料理の本を手に入れ、紹介されている料理のレシピをすべて書き写して独習したりしていました。

ー2015年に独立される前から、同じ洋食でも緒方さんのような洋食を作れるシェフは他にいないと評判になっていましたが、緒方さんの探究心がまた次のステップを開いてゆくんですね。

素材に向き合い、その日一番の料理に仕上げる

オープンして2年目ぐらいだったと思います。その当時はまだビストロの延長みたいで肉を使った料理が9割を占め、魚の料理は1割ぐらいしか用意できていませんでした。僕も魚料理のレパートリーを増やさねばと考えていたのです。そこで、お客さんから「魚なら静岡で会わせたいひとがいる」という話をいただいて。まず「板前てんぷら 成生」さんで天ぷらを食べようと一緒に行き、そこで初めて鮮魚卸小売業「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんにお会いしました。それからですね、2か月に1回は必ず静岡へ行って、前田さんの店で魚を見させてもらい、天ぷらを食べて帰ってくるというのをずっと続けていたんです。

前田さんには、魚の捌き方、締め方、塩漬けにする方法を見せてもらったり、魚の種類に応じて魚の水分やうま味を調整し、鮮度までコントロールしている話などを聞いて勉強させてもらいました。ある時「成生」さんで前田さんが用意したアジを、レアで天ぷらにしてくれたんです。それに感動して「これをフライにしたら面白いかな」と思ったのですが、その時はまだ前田さんには取引させてくださいって言えなかった。

ー私が「洋食おがた」で感動した最初の半レア状態のアジフライは、淡路で獲れたアジだったんですね。私がFacebookにアジフライの写真と感想をあげたところ、それを前田さんが見て「俺のアジを送るから」という話へと急展開。

送られてきたアジにはびっくりですよ。身がプリップリ、こんなに身の太いアジがあるなんて初めて知りました。それからです。「サスエ前田魚店」の魚を京都へ送ってもらえるようになりました。こちらの希望を伝えて、あとはお任せ、前田さんの目利きで選んでもらっています。魚が届く度、それをどう活かせばいいかと話しあったりしているうちに、素材への向き合い方がこれまでとは一気に変わっていきました。前田さんの魚ありきで、調理油も変えました。それまで主にサラダ油を使っていたのを上質の米油に変えて素材の魚をより引き立てる調理になっています。そういう感じで少しずつですが、いい方向に変えていけるような契機になりました。

ー前田さんのアジがあって、緒方さんの半レア状態にしたフライ料理が生きるんですね。前田さんの果たした役割ってのは、凄く大きいですよ。

以前は先にどういう料理にするかを決めて、それに合う食材を注文していましたが、魚はいつも注文通りに仕入れるとは限りません。天候や海の状態とか自然の条件によって収穫できる魚がちがってきます。つまり、前田さんからどんな魚が送られてくるかは届いてみないとわからないのです。今では、届いた魚に合わせてどういう料理にしようかと考えるようになりました。そういう意味からも、料理する前の素材との向き合い方も変わったといえます。

“生産者・食材・環境”のあくなき追求

野菜についても同様です。京都伏見の「山田ファーム」や佐賀県「ささき農園」など僕自身が足を運んで確かめた生産者さんと契約して、無農薬野菜を送ってもらっています。また、洋食には御飯が付きものですから、お米も大事なんです。いまは京都綾部の「丹州 河北農園」にうち専用のお米を作ってもらっています。「京の輝き」という日本酒の酒米があるんですが、糖度が高くて炊きたては凄く美味しいんですけど、30分ほど経つと水分が抜けてパサパサになる。それにコシヒカリから生まれたミルキークイーンと粘り気のあるお米をブレンドして送ってもらっています。

いずれの生産者さんともずっといっしょに話し合ったりして納得のいくものができるように取り組んでもらい、ようやく今のかたちになっています。肉でいえば、豚肉は鹿児島の「ふくどめ小牧場」から送ってもらっていますが、これと組み合わせるハンバーグ用の牛肉に悩んでいたら、門上さんに精肉店「サカエヤ」の新保吉伸さんを紹介していただきました。

ー肉の目利きと熟成をかける手当ての技術には定評のある新保さんです。教えられたのは、熊本のあか牛でした。放牧させて草だけを食べて育った牛の肉で「今ならあるから、それでハンバーグ作ってみたら」って言われて、すぐ新保さんの店まで行かれて入手されていましたが、実際に作ってみていかがでしたか。

衝撃的でした。お肉も少しでもいいお肉に変わると味もこんなによくなるんだってびっくりでした。もうこれからは熊本のあか牛しか考えられません。でもこれも常に手に入るとは限らない。あか牛か、北海道のジビーフ、岡山「吉田牧場」のブラウンスイス。いまはこの3択です。本当は、あか牛が切れることなく安定供給してもらえるのがいいんですが。先日、新保さんと熊本へ行って、あか牛を飼育してくれる生産者さんを紹介してもらいましたが、昔ながらの育て方であか牛を育てるプロジェクトも計画されていて、いろいろ手助けできればいいなと思いました。やっぱり自生しているものを餌にして食べている牛と豚は、安全だしお客さんに安心して食べてもらえます。

僕らが提供する料理に使うお肉とか魚、それに野菜やお米は体にいい食材を選ぶとか、生産者さんといっしょになってこだわりを持っていかないとダメだなと思いますね。料理人も食にかかわる仕事をしている限りは、生産・食材・環境について考えることがこれからますます求められていくと思います。

質の良い食材を緒方氏ならではの発想で新たな料理に

ーそういう意味では、前田さんや新保さんのような生産者と料理人をつなぐ目利きの存在価値は非常に高まっています。そのようなお二人とかかわりながら料理について考える料理人もまた、その存在価値は高まるばかりです。緒方さんの凄いところは、手にした素材の質が高まれば、それに相応しい思考や発想で新たな料理を生み出すことです。

洋食って、もともと自由度の高い料理だったと思うのですね。手軽に楽しめるコストパフォーマンスのよい庶民的な感じではあるんですけど、うちみたいにいい食材を使ってちゃんと味わってもらえるような料理を作っていけば、喜んでいただけるのかなと思って。やっぱりそういう食に共感してもらえるひとを世界中に広めてゆければいいのかな。まずは京都から、ようやくもう1店を広げられましたが、ゆくゆくは東京にも進出させたいと思っています。僕の考えているこういう感じの洋食店はあまりないらしく、出店依頼は結構いただくのですが、なかなかそう簡単にはことは進められません。

ー高級料理でもなく洋食で価値を高めるというのはそう容易いことではないですよね。「洋食おがた」は京都にある店らしく、割烹のようにお客さんの要望に応えられる洋食店を目指されているのですが、そういったスタイルそのものも新たな洋食店へとアップデートしている。

ほとんどアラカルトの店なんで、好きなお料理と好きなお酒を飲んでもらう。「好きなもん食べて、好きなもん飲んでください」みたいな。そうすると、年配のご夫婦に結構よく利用していただけています。今はやっぱり和食が世界一。和食はお寿司だったり世界のいろんなところで日本の食文化が発信されている中で、海外のお客さんもたまにいらっしゃいます。そこで、ハンバーグとか、トンカツとか、カレーとか、そういう国籍不明の食文化というのは世界にあんまりないので、召し上がったらびっくりされます。

日本の洋食というのも世界中の人に食べてもらえるチャンスがこれからもっと出てくるんじゃないかなと思っています。ただし、和食みたいに世界に広めるというような指向ではなく、あくまでも世界から日本に来て、日本で多様な食文化のひとつとして理解してもらうというようなスタンスですかね。

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緒方博行氏 プロフィール

1969年生まれ、熊本県出身。高校卒業後、熊本「ニュースカイホテル」にて洋食の基礎を身に付ける。その後、長崎・ハウステンボス内「ホテルヨーロッパ」「迎賓館」にて、フレンチの重鎮・上柿元勝氏のもと研鑽を積み関西へ。2007年より肉料理で名高い、京都「ビストロセプト」の料理長を6年間務める。2015年に独立し「洋食おがた」を開店。

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https://youshoku-ogata.com/

【編集後記】

「洋食おがた」の緒方博行さんの凄さは、現在食の世界で注目を集めている「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんから魚介類、「サカエヤ」の新保吉伸さんから肉類を、相当高いレベルで入手するところにある。緒方さんの料理に立ち向かう姿勢が、二人を動かす。定期的に二人を訪ね、コミュニケーションを深める。そこで次の一手が見えてくる。その地道な繰り返しが「洋食おがた」の料理を形成しているのだ。従前の洋食の伝統は踏まえながらも、食材に対する峻別やスタッフに対する指導など稀有な一軒である。

※こちらの記事は2024年04月18日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

門上 武司

1952年10月3日大阪生まれ。フードコラムニスト。
株式会社ジオード代表取締役。
関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。一般社団法人 全日本・食学会 副理事長。2002 年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与。
著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。2023年11月29日発売の「あまから手帖別冊 食べる仕事 門上武司」(クリエテ関西)はこれまでの門上武司の食の歴史と、これからの「食」を考える刺激的な一冊。

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