虎ノ門「apothéose」北村啓太氏に聞く、新たな舞台で挑戦する“頂点”を目指すフランス料理とは

2023年11月21日、話題の新ビル「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」49階の「TOKYO NODE(東京ノード)」内にオープンした「apothéose(アポテオーズ)」。シェフの北村啓太氏は、南青山の名店「NARISAWA」のオーナーシェフ・成澤由浩氏のもとで修業を始め、2008年、渡仏。パリ2区にあるレストラン「エール(ERH)」のシェフに就任後、一つ星を獲得し5年間キープしてきた実力派です。フランスの食材の持つ力強さに魅了され、パリで料理を作り続けることに意義を見出していた北村氏が、東京で新しいガストロノミックフレンチを生み出す決心をした、その挑戦について語っていただきました。

仏・日での経験をアドバンテージに挑戦の舞台を「apothéose」へ

―フランス・パリで15年の経験を経て、あらたに東京で挑戦するにあたっての思いをお聞かせください。

とにかくフランスから離れがたく、日本に帰る決心をすることについてはかなり迷いました。結果的にこの場所で新しい挑戦ができたことはこの上ない幸せですね。環境がここまで整ったところで料理を作ることができるのは、大きなアドバンテージです。

フランスでは、100年ほどの歴史がある古い建物が多いため、水回りなどの故障が多いのですが、修理人がいつ来てくれるかわからない状況が一般的です。何か壊れたらほかの方法を考えなければならない。その点、日本では少しでも調子が悪いところがあると、すぐに業者が修理してくれます。料理に集中する上でこれほどプラスになることはないですね。

しかも、このレストランは、最先端のキッチン設備が完備されており、手をかざすだけで水が出るくらいですから、なんのストレスもなく料理だけに集中できるベストなシチュエーションです。ハード面で料理にプラスになる要素が予想以上に多く、優秀なスタッフにも恵まれ、フランスで理想としていた店が日本だからこそ実現できたと思っています。

―東京を一望する「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」の最上階という立地に店を構えることへの思いをお聞かせください。

パリの店で二つ星を目指していたのですが、東京で新店を任せていただけるというオファーをいただきました。ゼロから自分の好みの仕立てで店づくりを表現して欲しい、という申し出に心が傾きました。よりレベルの高いクリエーションに挑みたい、と考えた時、これ以上の環境はありません。

オープンしてから2か月ほど経ちましたが、話題の新しいビルの最上階、49階に位置するメリットは大きいですね。この場所に来るだけで満足していただけるお客様も多いんです。圧倒的な絶景はもちろん、料理以外の価値ある要素がたくさんあり、そういう環境でスタートできたことは、本当にありがたいと思っています。

―料理人になってからは、成澤シェフのもとで8年間研鑽を積んだあと2008年に渡仏。その後パリの名店の数々で腕を磨き、2017年にパリ2区「エール」シェフに就任。そして2019年からは5年間連続ミシュラン一つ星に掲載されるなど、非常に濃いお時間を過ごされていたと思います。在仏15年間で印象的なことや、今に活かされていることをお聞かせください。

フランスに来た当初は、独立して自分の店を持ちたいと思っていたのですが、フランスの労働者は法的に守られており権利の主張が強いので、経営者にはなりたくない、と考えが変わりました。今やミシュランの一つ星を取って結果を残しても、そこからどんどん縮小せざる得ない状況となる料理人たちが多いんです。スタッフが揃っている店が果たしてあるのか、それぐらい人材確保が難しい状況です。そんな中で、さらに上のレベルを目指したいと思っても、個人ではなかなか到達できないのが現状です。その点でパリに固執していいのか迷いはありました。

フランスの生活自体は今も大好きです。第一に、生きていく上で本当の豊かさがある。心の贅沢ですね。そして、無駄なものがない。たとえば、コンビニは便利でありがたい存在なのですが、24時間開いている必要はないですよね。その便利さが本当に幸せなのか、疑問に思うんです。フランス人は、自由に人生を楽しんでいるように感じられます。

また、フランスのお客様は、料理への高いリスペクトがあり、文化として尊重しています。食事が終わったあとに感想を言いにきてくれることも多く、ある時「ピジョン(鳩)に満足できなかった」とお客様に言われたので、意見を聞いて調理法を変えてみたら、また来店していただき「美味しくなったね」と常連になってくださったんです。お客様が店を育てる文化がある。それがフランスで料理を作る醍醐味です。

フランスでの経験を一番活かせるところは、食材との向き合い方ですね。シェフとしてのスタートがフランスでしたので、今お出ししている料理もすべてフランスで考案したメニューがベースになっています。

たとえば、羊肉の生産者さんから「一頭で買ってください」と言われても、日本の料理人にはなかなか扱いきれないと思うんです。フランスではほとんどの場合が一頭買いですので、捌くのはウォーミングアップのようなものなのですが、日本では下処理をしたことがあるスタッフが少なくて大変な仕事なんです。
フランスでそうした作業を経験してきたことで、一頭買いし、この部位は何に適しているか判断し、部位ごとに使ってムダも出さない。その点は強みとして活かされています。

「apothéose」で味わう唯一無二の食体験

―店名「apothéose」に込められた思い、コンセプトをお聞かせください。

「apothéose」という店名はフランス語で“頂点”という意味なのですが、シンプルに“頂点に上りつめる”、という思いを込めて、美しい響きのフランス語を選びました。
そのために意識していることは、自分に満足しないこと。死ぬまで見えないゴールを追い続ける。それがないと料理は進化していかない。年齢で料理は変わっていきますから、その時のベストを常に出す、それが信条です。たとえ三つ星を取ったとしても、まだまだ頂点を目指していきたいですね。

―北村氏が料理をする上で意識していること。「apothéose」での食事を通して、お客様に味わって欲しい食体験とは何でしょうか?

野菜、肉、魚は、極力日本のものを使用することを想定していますが、調味料、オリーブオイル、ビネガー、香辛料は世界中の良いものを中心に使いたいと考えています。日本ではあまり使われないようなスパイスで変化を付ける面白さも体験していただきたいですね。東南アジアには多彩なスパイスがありますから、いろいろ取り寄せて実験的な料理を試してみたいですし、そうして新しい味わいを生み出していきたい。組み合わせ次第でオリジナルな味が出せるはずです。

日本でもまだ知られていない食材を探し出してフレンチに仕立て進化した料理を堪能していただければと思っています。とは言え、ベースはフランス料理ですから、ソースありきです。ワインを美味しく飲むためには外せない。日本ではなかなか浸透しないのですが、ワインの世界の面白さも知っていただきたいですね。そのために、パリの店でともに仕事をしていたフランス人のソムリエもこの店に連れてきました。

―食材へのこだわりについてお聞かせください。
また食材への向き合い方に関して、フランスとの違いまたは同じく意識していることがあれば教えてください。

日本に長い間いなかったため食材事情がまったく分からず、作り手側の工程を勉強させてもらいながら、理想的な食材を見つける作業から始めました。オープン前に極力フランスに近い食材を日本の中で探したいと全国を回ったんです。その時出会った生産者さんの素材を使っているのですが大量生産ではないため、安定した流れでの確保をどのようにしていけば良いかで苦労しています。

フランスでは、1箱買いでドンと届いて冷蔵庫の部屋に保管して使っていく。1週間ぐらいは蓄えられます。足りなければ、すぐマルシェに買いにも行ける。そうした違いにとまどいはあります。慣れるのに時間はかからないとは思いますが。

一番大変だったのは、日本とフランスの塩の違いです。いかに塩が大切かを痛感しました。最初は日本の塩を使ってみたのですが、ブイヨンの味が予想と違う味になってしまい、どうしても日本の塩を扱いきれない。感覚的にパチッとはまってこないんです。やはりフランスの塩のほうが、味に奥行きや深みがあるので、日本の塩は諦めて、ゲランド塩やフランスから送ってもらったイル・ド・レの塩に変えてから味が決まり出しました。試作を何度も重ねて、オープンの時にやっと満足できる味が完成しました。これからは、日本の塩も使っていきたいので、いろいろな地方の塩を試しているところです。

料理だけではない特別感を、居心地の良い空間づくりでも

―空間デザイン、香りとサウンドなど、五感で味わう空間づくりをされていらっしゃいますが、そのこだわりについてお聞かせいただけますか?

まずは、49階に降り立った時の香りから始まります。リラックス、安らぎを得られる、オリジナルの香りが漂い、一瞬にして別世界へ。贅沢なウェイティングスペースに通されると流れてくるのは、京都・仁和寺で録音・収録した環境音とピアノのサウンド。近未来のビルを辿り行き着いた先には、夜景を眺めながらウェルカムティーで癒される空間を用意しました。

ガウディのモチーフをデザインした自動扉が開くと、和と北欧要素を融合させたダイニング。食材選びの旅で出会った88個の自然の素材を、サウンドデザインチームの「SOUND Co UTURE」がミックスした音が流れます。インテリアは素材感を重視した料理に合う石や木を多用し、ライトやテーブルなどのデザインは、デンマークの「ノーマ(noma)」の内装やインスタレーションも担当したデザイナーユニット「SPACE COPENHAGEN」に依頼しました。北欧テイストが好きなので、白を貴重とした曲線で構成された空間をデザインしていただき、器は日本の作家にお願いして和の雰囲気も取り入れました。おかげさまで「居心地が良くて気がついたら、もうこんな時間だった」というお客様が多いんです。

自分の希望をすべて実現できて、スタートとしては、うまく機能していると思います。完璧な箱を与えてもらって、あとは自分たちがどういうパフォーマンスをしていくかを考えています。
たとえば、ウェイティングルームでは、今、お茶を出していますが、アペロや食後酒に使いたいと試行錯誤しているところです。夏は外にも出られるので、カクテルも出したいですね。食事をトータルで楽しんでいただきたいので、料理以外の要素を詰めていき、レストランの楽しみ方が伝わるように空間づくりをしていくつもりです。

五感で体験するレストランという空間

―新しい挑戦が始まったばかりですが、料理人として今後挑戦していきたいことや思いをお聞かせください。

日本ってこんなに素晴らしいですよ、と感じてもらえる料理を作っていきたいですね。自分もまだ出会ってない、いい食材がたくさんある。そういう日本の宝を探し出してひと皿を表現することで、日本の良さを発信していきたい。海外から帰ってきてみると、日本ならではの良さがたくさんあることに気づきます。日本国内に住んでいると気づかないようなことを少しでも伝えていけたら。海外で得た力を日本のために使いたいですね。  

―「KIWAMINO」の読者に向けてメッセージをお願いします

レストランをオープンしてから「食事に来てください」とは言ったことがないんです。記事を読んでいただいた方には「レストランという空間を五感で体験しにいらしてください」というメッセージが伝われば嬉しいですね。

***
北村啓太氏 プロフィール
1980年滋賀県生まれ。1999年辻エコールキュリネール大阪あべの卒業後、小田原「ラ・ナプール」、「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」にて8年間成澤由浩シェフに師事。 2008年渡仏。パリ8区「ピエール・ガニェール」、パリ7区「シェレザンジュ」などの名店を経て、2011年パリ7区「オウ・ボン・アクイユ」にてシェフに就任。2017年6月から約6年間パリ2区「エール」にてシェフを務め、2019年より5年連続ミシュランガイドフランスにて一つ星を獲得。 2023年フランスから本帰国し「apothéose」をオープン。
***

https://apotheose.jp/

【編集後記】
パリ2区のレアール近くにある酒バー「メゾン・デュ・サケ(Maison du Sake)」に併設されているレストラン「エール」。高いガラス天井から昼は陽の光、夜は星空が降り注ぐ、そんな魅力的な空間で、北村氏は、ハーブやエディブルフラワーをたっぷり使った華やかな料理でゲストを魅了してきました。恵まれた環境からあえて東京に新天地を求めたのは「さらなる高みを目指すため」と決意を力強く語る北村氏。すべて自分の希望を叶えた空間を、今後、どのようなレストランへと進化させていくのか、楽しみでなりません。

※こちらの記事は2024年03月31日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Miki D'Angelo Yamashita

コロンビア大学・パリ政治学院修士。新聞社を経てフリージャーナリスト。専門は別だが、趣味が高じて食担当記者に。延べ3000人料理人インタビュー、約30カ国で食関連を取材。料理本も多数編集。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:未在 / 晴山 / レヴォ /茶禅華
・好きなお店:ギ・サヴォワ / Restaurant KEI / 祇園さゝ木 / 宮坂
・自分の会食で使うなら:ル・ブルキニオン / ラルジャン / 乃木坂しん / 蕎麦おさめ
・注目しているお店:お料理ふじ居 / 日本料理 研野 / ELEZO ESPRIT
・得意ジャンル: スイーツ
・好きな食材:麺類

このライターの記事をもっと見る

この記事をシェアする