肉好きの聖地・京都「くいしんぼー山中」山中康司氏に聞く、肉本来の旨味を味わう極意とは

京都の中心部から車で約30分。決してアクセスに恵まれたエリアとは言えない地に、40年以上もの歴史を刻む「くいしんぼー山中」。
肉好きの聖地と名高く、厳選した牛肉を使用した料理を求め、全国各地から訪れる人が後を絶たない名店です。
今回は店主・山中康司氏へ、長年の付き合いのあるフードコラムニストの門上武司氏によるインタビューが実現。
料理人を目指したきっかけから、上質な牛肉の選び方まで、多岐にわたって語っていただきました。

「福永喜三郎商店」との出会いと二人三脚の歩み

―まずは料理人を目指したのはいつ頃ですか?

店主・山中康司氏

小さい頃から食べることが好きでした。喫茶店やコーヒー屋さんではないなと考え、学生時代にコックのアルバイトをしたのがきっかけです。これは面白いと思って、卒業してからステーキ屋に勤めたんです。滋賀県の有名なステーキ屋さんですが、ここでの「マルキ(福永喜三郎商店)」さんの肉との出会いが決定的でした。「これは肉を覚えなあかん」と思って、休みの度に有名な牛肉店を回りました。

―山中さんが独立した頃は、どんな感じでしたか?

その店のマスターがマルキさんに「回してやって!」と話してくださり、マルキさんとの取引が始まりました。
でもいい肉は、それまで扱いのあった店にいってしまって、最高の肉はなかなか回ってこないんです。こちらも必死ですから、牛肉を勉強し、とにかく通って、色々話をし続けてようやく今のような肉を入れてもらえるようになりました。

-仕入れることができるようになってから現在まで、何年くらい買い続けているのですか?

1976年にオープンなので、もう40年以上は買い続けていることになります。そして1991年(平成3年)に牛肉の輸入が自由化となり、和牛の価値を上げなくてはならないようになったのです。ある種のコストダウンと、霜降りなどの付加価値をつけなくてはならなくなりました。「これはエライ時代が来るな」と思いました。とにかくサシを入れたらいいということになったのです。それでは、本来日本の和牛が持っていた良さが、必ず失われると感じていました。そこでマルキさんと一緒に、和牛の良さを守ろうとしたんです。それには、うちも大きな規模の商売をしないで本物を扱う。マルキさんは牧場のグレードを上げようとしたんです。まさに二人三脚で歩んできたことになります。

―牧場のグレードを上げるというのは、どういったことですか?環境を整備するということでしょうか?

素牛を厳選し、兵庫県・但馬のメスの牛を買うということです。これは値段が高いし、大きくするのが難しい。サシが入りにくい牛なのですが、味は抜群です。素牛は全国どこにでもいますが、やはり但馬の牛が最高です。それと大事なことは市場に出さないということ。市場で高い値段をつけようとすると、どうしてもサシを入れないといけないのです。その市場に参入すると、美味しさを追求するのとは、違う方向に走ってしまいますから。

―市場に出さないということは、それを買い続ける人がいなければ成立しません。

福永喜三郎商店 直営牧場 牛舎

それが先ほど言いました二人三脚ということで、うちは買い続ける覚悟があります。
なのでもう40年以上、ずっと買い続けています。ちゃんとしたモノを扱おうとしたら、それぐらいの思いがないと成立しません。持ちつ持たれつの関係だと思っています。するとやはり「マルキさんの肉を扱いたい」というところが出てきます。もちろん、みんなの要望に応えることはできないでしょうが、マルキさんが扱っている肉は間違いがありません。

―環境が変わったりすると、30年前と牛肉のレベルは変わったりしないのでしょうか?

全く変わっていません。むしろグレードが上がってきたぐらいです。それはマルキさんも経験を重ね、よりいい素牛を仕入れるなど、いわゆる仕事を磨いているということで、育てる技術も上がっているのでしょう。

—そういえば数年前まで「さいとび(最高に飛び切りという意味)が入りました!」という連絡を年に数回いただいていましたよね。「最近、さいとびは入らないのですか?」と聞いた時「最近は、ずっとさいとびが入ってきていますから、マルキさんの肉は凄いですわ」と仰られていたのを思い出しました。

福永喜三郎商店 直営牧場

そうですね。それとマルキさんの牧場がある東近江(旧蒲生町)は、環境もそんなに変わっていません。鈴鹿系の東側の伏流水を飲んでいるのは松坂牛、西側の伏流水を飲んでいるのが近江牛となります。どんな水を飲むかということは味やサシの入り方に大きな影響があるようです。気候が温暖化になり、いつかは牛舎にクーラーを入れないといけない時代が来るかもしれませんが、マルキさんのところは京都と比べても5度ぐらいは低いので、まだ大丈夫です。

卓越した美味しい牛肉を仕入れる目利きの技術

―いい素牛を仕入れるというのも技術だと思うのですが、見分け方があるのです?

まずは血統を重視するのですが、毛並みですね。いい牛の毛並みは、まるでビロードのように細かくツヤツヤしています。反対に良くないヤツは、まさにタワシみたいにゴツゴツしているんです。見たら分かるし、触ったら一発で分かります。

―そこからは育て方になりますね?

先ほど言いましたように、まずは水が大事。昔からの育て方ということになるでしょう。人間と一緒です。狭いところに閉じ込めておくのと違って、ある程度自由に牧場の中を歩かせる。自然の餌を大切にする。当たり前のことを当たり前にやっているだけなんです。それから育てる期間です。マルキさんのところは、生後8カ月の素牛を買ってきます。そこから6カ月は育成し、そして24カ月の間、手塩にかけて育てるわけです。つまり38カ月間肥育するんです。これが理想的な肥育期間だと思います。

ただただ手間はかかりますが、その分高い値段で売るわけではないのです。でもそれぐらいちゃんと育てないと、牛が持っている力でサシが入らないということ。一般的な牛は、28カ月で出荷するので、無理矢理サシを入れることになります。すると、どうしてもサシの味わいに違いが生まれるのです。人工的に入れられたサシと牛の力で自然と入ったサシの違いは、うちの牛肉を食べてもらうとお分かりになるはずです。

―このサシは味に大きな影響があるのですか?

みなさんご存知のように、A5とかA4といいますでしょう。あれはサシの入り方だけで、サシの種類は関係なく、味にはあんまり関係ありません。それに左右されてしまうと、高くていい肉を食べているのに、あんまり量を食べることができないとか、胸がもたれるということになってしまいます。本来、日本の牛肉は世界で一番美味しい牛肉なんです。それをもう一度きちんと知ってもらいたいので、うちとマルキさんは頑張っているのです。

選び抜かれた牛肉を味わい尽くす調理方法

―今度は食べる時のことですが、いわゆる焼き方というのがあります。

正直言ってしまうと、焼き方というのは難しいです。お客さんにミディアムレアと言われますが、ミディアムレアのきちんとした定義を分かっているコックさんも少ないのです。親方がこのぐらいとか、それまでの経験上でしか焼いてないのですね。ですから、ミディアムレアといってもミディアムぐらいまでは許容範囲だと思ってください。それで牛肉が冷たかったりするといけませんし、ベリーレアを言われて温かかったら、これもまたダメなわけです。極端なことを言わしてもらえれば、その牛肉のことはコックが一番よく分かっているので、任せてもらうのが安全というか、結果いい状態で仕上がることになります。

―これは食べる側にはありがたいことですね。山中さんで食べるステーキの美味しさは格別ですが、コンソメやハンバーグも凄いと思います。

これはマルキさんの牛肉をどれだけ使うかだと思います。コンソメなんか特にそうです。いい肉をどれだけ入れて、きちんとするか。これ以外に秘訣はありません。でもマルキさんの肉があれば、できるということでもなくて、ハンバーグも同じなんです。
それからうちの肉ですが、今日召し上がっていただいたのは、3日前に屠畜したものです。ある時期から熟成とか言われますが、きちんと育てられた牛は、新鮮な方がうまいんです。だって熟成する必要がないのですから。それを感じていただければと思っています。

―牛肉の美味しさは格別ですが、ハンバーグのソースも素晴らしいです。

ソースはあくまで牛肉をうまく食べていただくためのものです。ですから徹底的に油抜きをします。このソースが脂っぽかったら、牛肉の邪魔をすることになります。ハンバーグを召し上がっていただき、ソースが余りますね、そこに白ご飯を少し加えて食べていただくと、よくそれを分かってもらえると思います。ご飯をソースの旨味(牛肉の味)が包むことになります。その時に油を感じるようではいけません。

—実際、東京の名だたるシェフたちが、ここでコンソメ、ステーキ、ビフカツ、ハンバーグと進み、最後にカレーを食べた時に、カレーの油を徹底的に抜いた味に驚愕し、大きな感銘を受けたそうです。牛肉の凄さや、大事なことは理解できたのですが、料理人は調理技術も必要です。

あんまり調理技術のことばかり言うのは、ちょっとどうかと思います。もちろん基本は本当に大事です。でも基本は焼く、煮る、蒸す、炊くということ。
これを分かっていると、それからのことは日々成長というか、コックを辞めるまで、上手になれる可能性はあるわけです。「これが最高」と思った時点で成長と進歩は止まってしまいます。
いつも基本を忘れず、自分の仕事を見直していれば、調理技術云々と語ることはそんなに必要ではないと思います。一所懸命にやるといってしまえば、それまでですが、お客さんに喜んでもらえるよう日々やり続けるしかありません。何と言ってもそれを50年近くやってきたのですから。

―今後、山中さんの希望というかビジョンは、どんな感じですか。

日本の和牛は世界で一番美味しいということを、きちんと理解してもらいたいです。そう胸を張ってお出しできる牛肉を育てているマルキさんの凄さを、もっともっと理解してもらいたいです。そのためにも、マルキさんのような育て方をする牧場(生産者)が増えて欲しいです。そしてその味を分かってもらえる方が増えて欲しいです。

***
山中康司氏プロフィール
京都府出身。1976年「くいしんぼー山中」開業。取り扱う牛肉は、開業時からの付き合いだという滋賀県の「マルキ福永喜三郎商店」より、市場にはまず出回らない「近江牛」のみ。
その牛肉へのこだわりは、食肉を取り扱うものであれば誰もが一目を置くほどで、全国からファンが絶えない。

ステーキ

くいしんぼー山中

阪急京都線 桂駅 徒歩約15分

15,000円〜19,999円

※編集後記※
「くいしんぼー山中」で初めて「マルキさん」の牛肉を食べたのは、おそらく40年以上も前のこと。最初はハンバーグであった。牛肉の塊、エキスを食べていると感じた。それからコンソメ、ステーキ、ビフカツ、カレーというオールスターにたどり着くのだが、最初に受けた衝撃は今も変わることがない。そしてこれまで色々な人たちを連れて行ったが、全員山中さんのファン、信者になってしまう。今回、その凄みの片鱗を伺うことができたような気がします。

※こちらの記事は2022年08月05日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

門上 武司

1952年10月3日大阪生まれ。フードコラムニスト。
株式会社ジオード代表取締役。
関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。一般社団法人 全日本・食学会 副理事長。2002 年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与。
著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。2023年11月29日発売の「あまから手帖別冊 食べる仕事 門上武司」(クリエテ関西)はこれまでの門上武司の食の歴史と、これからの「食」を考える刺激的な一冊。

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