岐阜の名店「柳家」山田和孝氏に聞く、素材と火入れにこだわる囲炉裏焼きの魅力とは

岐阜・瑞浪にある「柳家」。決して立地が良いとは言えませんが、国内外から訪れる人が後を立たない名店です。そんな「柳家」で提供されるのは、ジビエをはじめ、旬の食材を堪能できる郷土料理。ゲストの前でこだわりの素材を囲炉裏で仕上げます。今回はそんな多くの食通を唸らせる「柳家」の3代目店主・山田和孝氏の料理へのこだわりについて、フードコラムニストの門上武司氏にインタビューをしていただきました。

料理人としての原点

―実家が料理屋さんということは、自然と料理の道を歩まれたのですか?

家業はずっと飲食店でしたが、僕自身は教員になりたかったんです。一応、教職課程は取ったんですが、採用試験に落ちてしまいました。その採用試験を受ける時の約束が、落ちたら飲食店を継ぐということでしたので、家業に入りました。そんな約束をするということは、どこかに料理をするという意識もあったのかもしれませんけどね。

―家業の飲食店はどんなスタイルでしたか?

戦後間も無くは、この辺りは陶器の町でして、60社ぐらいの陶器会社があり、栄えていました。うちは昭和21年に隣町でお店を開店し、繁盛しているからという理由で、昭和28年に祖母と父が今の場所に移ってきました。当時は宴会などが中心の和食店で、家族の法事などの利用も結構多かったようです。

-その頃から、今のように囲炉裏で提供されていたんですか?

一部囲炉裏はあったのですが、ごく限られたお客様だけに提供していました。町の事業は陶器の輸出がメインだったのですが、だいぶ衰退してしまって。今では扱っている店舗は10社ぐらいですし、町の人口も3分の1ほどになってしまいました。そうなると、これまでと同じスタイルでは厳しくなってきたので、囲炉裏をメインにしようと思ったのです。そうして12、13年になります。

囲炉裏で提供する上での食材へのこだわり

―囲炉裏をメインにされたきっかけはなんでしょうか?

その方が、お客様がお越しになりやすいのではと思い、全てを囲炉裏にシフトチェンジしました。するとその場で調理することが中心になりますので、食材の質が問われてきます。質、そして他では食べられないものを提供するということを大切に考えました。まず岐阜県には海がないので、どうしても山のものがメインとなります。冬ですと、イノシシ、シカ、熊や鴨ですね。これらは獲った後の処理をよほどきちんとしないと、いわゆる獣臭さが強くなるのです。そうするとお客様には食べていただけない。なので吟味を重ねて、満足ゆくものだけを仕入れるようにしました。先代の頃から付き合いのある猟師さんが多くおられるので、最近は本当にいいものだけを持って来てくださいます。こちらが味を心底大切にしているという思いが伝わっているので、お任せしてもいいものが入ってきます。でも、最初はこちらも相当厳しいことを言い続けました。というか、無理を言い続けていましたね。でもそれがお客様に喜んでもらうことに繋がってゆくようになったので、結果的によかったと思います。食材に妥協しなかったことが一番でしょう。

―猟師さんたちとの付き合いはどうされていますか?

やはり人間関係が大事ですから、時間があれば直接会いに行きます。猟師さんの顔を見て話すということが大事です。私のところは下呂から高山にかけての猟師さんが多いので、シーズン前とシーズンオフには下呂温泉に泊まって慰労会をしたりもしています。一緒にお風呂に入り、それこそ裸の付き合いですが、そこにはモノの売買だけでなく、メンタルな思いがついてきます。年に2回くらいにはなりますが、そういった気持ちを伝えることでプラスアルファの何かが生まれてくると思っています。

―猟師さんにもお店に来ていただくことはあるのですか?

はい、年に一度は必ず来てもらっています。実際に食べていただかないと、わからないこともあると思います。実は、そこでまた次の展開が生まれることがあるのです。猟師さんには、自分が獲ったものを食べていただくのですが、その時に「こんな食材はないですか」と、こちらから提案するのです。すると「自分は獲っていないが、友人・知人がその猟をしているので紹介します」ということで、仕入れのネットワークが広がって行きました。やはり直接会って話すということの効用です。いい人間関係が築け、それが続いているということなのでしょう。

―猟師さんたちはどのくらいの年代の方が多いのですか?

そうですね。かなり若いです。今は本職がいません。趣味の鉄砲撃ちみたいな人たちですが、自営業、会社勤め、大工さんなど多彩です。でもそんな方々も獲物を仕留めることにかけてはプロフェッショナルです。仕事中でもイノシシが罠にかかったと言えば、すぐに仕留めに行き、できるだけ早めに締めて血抜きをして届けてくれるので、本当にいい状態で届きます。文句のつけようがないぐらいキレイな肉ですね。鮮度がいいというのは大切なことですから、鮮度のいいものを召し上がると、お客様も喜んでくださるというわけです。焼き物のタレも昔から変えていません。変なことをするよりも、よりシンプルに焼くというようにしています。

囲炉裏で提供する上での焼きへのこだわり

―焼く上でどんなことにこだわっていらっしゃいますか?

私のところは炭で焼きます。炭って水分をよく吸うんですよね。クローゼットの湿気も炭を入れておくと水分を吸ってくれますよね。だから季節によって炭も水分を多く含むので、どうしても火力が弱くなったりするので、量や置き方などを工夫しなければなりません。同じ肉を焼くにしても、例えば置く位置を変えたり、角度を変えたりするなど微調整しています。同じ樫の炭でも個体差があると火の周り方も違うので、そこは状況を見ながら判断してゆくしかないのです。これは感覚としか言いようがありません。もちろん、経験を積み重ねて身につくものでもあります。でもこれは数値化できるものではないのです。そして炭の個体差もありますが、なんといっても食材の個体差もかなりあります。同じイノシシでも、メスの若いイノシシからなのか、少し年齢のいったイノシシからなのかで肉の硬さも火の入り具合も違うわけです。すると囲炉裏場に持ってゆくまでに、包丁目をどれだけ入れた方がいいか、またカットの仕方はどうすればいいのか、判断することがいっぱいあるのです。だから食材一つひとつ、処理の仕方が変わるということです。

―これは完全にオーダーメードの世界ですね?

本当にその通りです。次の段階は、お客様の年齢や召し上がるスピード、またワインと一緒の方など、これも調整が必要です。若いお客様の方がたくさん召し上がるので、カットを少し大きめにしたり、ワインを楽しまれる方は少しスピードが遅くなるので、そのペースに合わせて焼いていったりするわけです。これは常に気をつけていることでもあります。

―囲炉裏では味見をすることができませんね。

言わば一発勝負なんです。一般的な飲食店では厨房で味見をしてからお客様にお出しできるのですが、囲炉裏はできません。火の入れ具合も、焼き上がってカットして本当に初めてわかるものです。その場限りの勝負です。そのため極端なことを言えば、完璧はあり得ません。時には、ちょっと火が入りすぎたかなと思うこともあります。本当に失敗というレベルではないですけどね。常に完璧を目指して食材に向き合っています。その分、食材が調理場に届いた時に徹底的に吟味するわけです。どのぐらいの大きさに切った方がいいか、どのような処理をすればいいのか。思えば、囲炉裏で焼いている時よりも、厨房での仕事の方が気を使うかもしれません。

遠くてもわざわざ訪れたい名店の秘訣とは

―リピーターのお客様も多いようですが、何か工夫などされているのですか?

この場所にわざわざ来ていただくわけです。それもかなりの期待を持って来られる。これを裏切ることはできません。といっても、お店を豪華にするとかではなくて、むしろリラックスした雰囲気を大切にしています。それと価格も重要だと思っています。お客様は東京、大阪、京都、名古屋からの方がほとんどです。つまり新幹線など交通費がかかるわけですね。だから値段は私の代になってから、ずっと1万2千円と一切値上げをしていません。これに消費税、ワインを飲まれても2万円ぐらいに収まるように努力しています。

―それはすごいことだと思います。今の時代にあって、その値段はお値打ちと感じられる方が多いと思います。最近、飲食店の値段が上がっていますので……

―系列店も色々と展開されていらっしゃいますよね?

はい、名古屋に2店舗、タイにフランチャイズがあります。名古屋の2軒はスタイルが違って、一軒は「Gastronomie Saule 柳家」というイタリアンのお店です。そこではジビエが中心。こちらの食材を使って、山菜のパスタを作ったり、フリットにしたりなど本店とは料理の印象が異なります。シェフはトスカーナ地方で修業をしてきて肉料理が得意なので、パテを作るなど、ジビエがかなりの人気を集めています。2軒目は「柳家 錦」と言いまして、弟が担当してくれています。弟は大阪の辻調理師専門学校を出て、大阪の「神田川」で働いていました。だからスッポンの扱い方などがうまくて、こちらは面倒臭い食べ方の田舎の料理ですが、「錦」では懐石風に少し美しく盛り付けられた料理になっています。2軒とも、基本的にはこちらと同じ食材を使っているのですが、3軒とも印象がまるで違います。

―料理人としての才能も素晴らしいですが、プロデューサー感覚もお持ちだと思います。

先ほども言いましたが、やはり値段は大切です。3軒とも基本は1万2千円と同じラインで、ワインの値段も全く同じです。だから同じことをやっていては、お客様も楽しくないと思い、同じ食材で値段もほぼ同じ、でも印象はかなり違うという方が、3軒リピートしたくなると思ったのです。だから、コロナの時期もタイのお店も含めてなんとか頑張れました。

新しいジャンルの開拓も視野にグループ全体でリピーター獲得を狙う

―今、3軒のお店をやられていますが、これから手掛けたいお店はありますか?

ちょっと寿司や天ぷらが気になっています。名古屋の錦ですと、3万円を超える寿司や天ぷらのお店が出てきています。それを1万2千円ぐらいでやれないかと考えています。一回の食事に大きな金額をいただくのではなく、何回も私たちのお店に来ていただければいいわけですから。きっと可能だと思います。グループでリピーターになっていただきたいです。

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山田和孝氏 プロフィール
1970年、岐阜県生まれ。23歳の頃から県内の飲食店に勤務し、先代が亡くなったのを機に、「柳家」三代目の主人に就任。ジビエなど地元で採れたこだわりの食材を先代が切り開いた炉辺焼きでおもてなし。日本きっての名店へと昇華させ、国内外問わず多くのゲストから愛されている。

郷土料理(その他)

柳家

JR線 瑞浪駅 タクシーで20分(片道約4000円/台)です

15,000円〜19,999円

【編集後記】
今後の抱負も含め、非常に興味深い話を聞かせていただいた。時代の流れと食べる側の要求を見事に受け止め、それを叶えるような展開を考える能力は素晴らしい、また凄みがあると感じた。料理は単純に作るだけではなく、食べてもらって初めて料理となるということを熟知している料理人である。ワインの品揃えも相当で、その価格もかなり抑えられているのであっぱれであると感じていた。同時に猟師さんなどの付き合いも含め、人の関係性を大事にする人でもある。

※こちらの記事は2023年04月20日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

門上 武司

1952年10月3日大阪生まれ。フードコラムニスト。
株式会社ジオード代表取締役。
関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。一般社団法人 全日本・食学会 副理事長。2002 年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与。
著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。2023年11月29日発売の「あまから手帖別冊 食べる仕事 門上武司」(クリエテ関西)はこれまでの門上武司の食の歴史と、これからの「食」を考える刺激的な一冊。

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