赤坂「フランス料理 タンモア」田中いずみ氏に聞く、女性シェフが輝き続ける原動力とは

港区・乃木坂、住宅街に佇むビルの地下にある「フランス料理 タンモア」は、女性がオーナーシェフを務めるフレンチレストランです。
“柔らかな時間”という意味を持つ店名の通り、白で統一された優しい雰囲気の店内でいただく料理の数々は、シェフの個性が表れた一品ばかり。
今回は、オーナーシェフの田中いずみ氏に、料理人になったきっかけから料理に対しての考え方まで、女性ならではの視点も踏まえて語っていただきました。

「独立する」という目標に向かって確実に歩まれた修業時代

-まずは料理人を目指したきっかけをお聞かせください。

母子家庭で過ごし、母親が忙しく働いていたので晩御飯を任されることも多く、自然と料理が得意になっていったんです。
母親を見てきたからか、子供の頃からジャンルは何でもいいから、独立したい、自分一人の力で生きていけるようにしたいという気持ちが強く、いつかは自分のお店を出そうと考えていました。
調理師免許を取れる高校に通い、ジャンルを決めるという局面で受けた授業の中で、一番洋食が面白く、フレンチの道に進むことにしました。

-フレンチのどのような所に惹かれたのですか?

単純にフレンチが目新しかったんですよね。食べたことも見たこともない食材を扱うのも楽しかったです。
後は色々な考え方があるかと思いますが、フレンチは冴えないジャガイモや枯れた大地に育つソバの実とか、そういったものに手を掛けて一流のお皿に仕上げ、食べていただくというのは、すごくやりがいがあるなと。
和食は素材が良くないと話にならないですが、フレンチはそうでもないんですよね。
貧しい土地で育った小麦粉を、手変え品変えうまく魔法をかけて一流の皿にしていくという行程が、子供ながらに自分のキャラクターを出せるような気がしたんです。

-高校を卒業した後は調理師学校に通われたんですか?

その後イタリアンやフレンチを学べる調理師学校に行き、卒業後は国内のレストランで修業をしました。

-ご卒業と一緒にご結婚されたそうですね。不安などはありませんでしたか?

結婚する前に「私は仕事に生きるので家事もできないし、いずれフランスにも行きたい。仕事を優先させてほしい」とあらかじめ伝えていたので、不安はなかったです。
修業したお店に後々話を聞くと、雇った社長やシェフは絶対に辞めるだろうと思いつつとりあえず雇ったそうですけど(笑)。

-国内での修業後、渡仏されたそうですね。旦那様は?

フランスヘは自分1人で行きました。
1年間はワーキングホリデーで行って、そこで雇い主を見つけて労働ビザを取得しました。3年半の間フランスにいたのですが、いずれ日本でお店をやるということは決めていたので、いい時期かなと感じて帰国しました。

-フランスでのご修業でも女性は少なかったですか?

仕事で出会った人は男性が圧倒的に多くて、女性はパティシエ志望の方が多かったです。でもそれ以前に外国人ということで、仕事の選択肢が少なくて別の仕事をやっていた人が多かったです。
就労ビザを取得するには雇い主の負担も大きいですから、雇い主に自分がどれだけ仕事ができるかをアピールしなくてはならないんですね。
私も最初に見つけた雇い主には匙を投げられ、次に見つけた人の元で「あなたがやらなかったら私の夢はここで終わってしまう!」と、とにかく訴えて手続きをしてもらいました。

-フランスで修業されるというのは本当に大変なことなのですね。フランスに行こうと考えていたのはいつ頃からですか?

調理師学校にいた時から必ず行こうと考えていました。
今の日本はレストランのレベルがすごく高いですよね。料理の勉強や技術を高めるだけであれば、はっきり言ってフランスに行かなくてもいいと思います。
ただフランス料理をやっていて、フランスで働いたことがないというのは、逆に言うと日本料理をやっていて日本で働いたことがないのと一緒で、自分にとっては違和感だったんです。色々なものを得ることができたので、行って良かったと思っています。

-帰国されてからすぐに「フランス料理 タンモア」を開業されたのですか?

帰国後半年でオープンしました。フランスにいる時から不動産屋とやり取りをして、帰国後すぐに内見をしてここに決めたという流れです。

-すごくひっそりとした場所にありますが、なぜここに決められたのですか?

ここに決めた理由はたくさんあるのですが、まず一つは地下であったこと。このひっそり感がいいなと思っています。
後はこのビルの古い感じも気に入っていて、少し冴えない感じ、あか抜けない感じが自分のキャラクターに合っているなと。
私が作る料理は少し芋っぽさが残っていると自覚していて、自分では味だと思っているのですが、それに合いそうだなと思ってここに決めました。

月ごとに替わる個性的なコース料理とペアリングを楽しむ

-「世界旅行」や「海と大地」といった、月替わりで印象的なテーマを設定してコースを組まれているのがとても面白いと感じました。

テーマを設ける月と、設けず好きにやる月があるんですけど、テーマを設ける時はお客様に楽しいと思ってもらえることを大前提として考えています。
その中でも私は旅行が大好きなので、ついつい旅行した気分になれるコースというのは、1年に1回は必ずやっていますね。
後、夏はフレンチの売り上げが一般的に下がると言われているんです。暑い時にバターとクリームを使った重たい料理を食べたいとはあまり思わないじゃないですか。
だから夏になると少しアジアンテイストのコースを企画しています。ちなみに今年の夏は「南米横断」というテーマで、南米テイストを少し入れたコースをやろうかと考えていて、今研究中です。
畑の端境期と言われる5月や2月は旬の野菜があまりなくて、魚も肉も旬が何もない時期ってあるんですよね。そういう時期は、少し色物の企画を考えています。
個人的には旬の食材を使って料理を組み立てるのはすごく好きなんですけど、そうじゃない時はテーマ絞りで食材を選んでいますね。

-お客様の意見も反映されるのですか?

月の初めに必ずソムリエと2人で試食をするんですけど、どうしても2人なので客観的な意見はかなり参考にしています。
例えば以前「定番のおかず」というテーマで、モチーフは肉じゃが、コロッケといった具合に定番の料理で再構築することをやってみたのですが、クラシカルなフレンチを期待して初めて来てくださったお客様に、創作料理のお店と思われてしまって。しばらく和の要素はやらないでおこうかと考えています。
後は、寒い2月に「北フランス特集」というのを企画して、バターとクリーム、牛乳をたくさん使った料理をご用意したら、重すぎると常連のお客様に言われたこともあります。
そんな失敗を重ねて、自分の引き出しを増やしていっていますね。
うちに来てくださるお客様は本当に皆様良い方ばかりで、私自身がお店を出してまだ間もないということもありますが、いつも可愛がってくださいます。
食べることが好きな方に多く来てもらえているのはすごくいいことでもありますし、嬉しい部分でもありますね。

-ぜひ食べていただきたい定番のようなメニューはありますか?

なるべく同じメニューは作らないようにしていますけど、季節が来たらやるのはジビエ料理ですね。
私もジビエを触るのは好きですし、毎年ジビエを楽しみに来てくださるお客様も多いです。
なので鳩肉にサルミソースをかけたフランスの定番料理や、雉とフォアグラのソースを合わせた料理、ジビエでコンソメを取ったり、ジビエのパイ包みだったり、そういったものは毎年やっています。

-毎月変わるペアリングも一つひとつのワインに特徴的な文言が付けられていて面白いです。

ワインのペアリングは2種類あるんですが、それを考えるのはうちのソムリエ。ノンアルコールのペアリングを考えるのは私の仕事です。
文言に関しては、もう一名非常勤ソムリエとして勤務いただいているワインライターの葉山考太郎先生に付けていただいています。
ワインを知り尽くしている方ですから、ソムリエがラインアップをお伝えすると、最近はワインをスポーツ選手や宝石に例えてくださり、個性的な文言はさすがだなと思っています。
私が考えているノンアルコールの場合は、材料や味のイメージ伝えると、それに合わせて考えてくれます。

-シェフがノンアルコールを考えられるんですね。

ソムリエが考えるとどうしても既製品のカクテルのような形になるかと思いますが、私が考えると野菜を使ってジュレにしてみたりアイスにしてみたり、かき氷にしてみたり「料理人が考えたんだな」という飲み物になりがちですね。
私自身はお酒が好きなので、ノンアルコールのペアリングを考えるのにいつも苦戦しています。
まず料理を構成できないとペアリングも考えられないし、毎月最後まで定まらないですね。
でも必ずノンアルコールペアリングを毎月頼んでくださるお客様も一定数いらっしゃるので、その方々のために頑張らなくてはと思っています。

育った文化の違いを理解し、お互いを尊重する考え方

-今回「料理業界で活躍される女性シェフ」にスポットを当ててお話を伺っているのですが、女性であることが活かされた点、逆に大変だった点などはありますか?

女性であることが活かされた点はすぐに浮かんで、こうやって「女性シェフだから」という視点で取り上げていただけることですね(笑)。
男性シェフの場合、お店を開く方はたくさんいらっしゃいますが、その中で女性シェフだからという理由できてくださるお客様もいるので、そのあたりは得したと思います。
男女の差を感じたことはあまりないのですが、一度フランスで修業をしていた時に、セネガル人の洗い場の方に「女性の指示なんて聞けない」と言われたことはありました。
その当時、私は副料理長という立場だったのですが、お願い事をするたびに言われていましたね。
でもその時の料理長や社長が素敵な考え方の持ち主で「それは文化の違いだよ」と言ってくださって。
それぞれ育ってきた環境や受けてきた教育が違う中で、それを否定するようなことも肯定するようなこともなく、私に伝えてくれたのはすごく救われましたね。
その経験から、私も言い方に気を付けるようになりました。

-文化の違いという考え方はすごく素敵ですね。では最後に、田中シェフの今後の展望をお聞かせください。

大きな展望と言えるものはないのですが、今はまずこのコロナ禍を乗り切ることが目標です。
毎月来てくださるお客様はすごく安定しているのですが、ただ一方で初めてきてくださるお客様も増やしていきたいなと考えています。
そのために毎月楽しんでもらえて、来月は何が食べられるんだろう、来月も絶対に来なくちゃと思ってもらえる料理を、今後も考えていきたいなと思っています。

=======
田中いずみ プロフィール ※多媒体を参考に作成いたしました。ご確認をお願いします。
1984年、東京都生まれ。
幼少期から料理に親しみ「将来自分の店を持つ」と決意。調理師学校を経て料理人の道へ進み、横浜元町「修廣樹」で5年間の修業を重ねた。後に鎌倉のフレンチレストランで3年間修業し渡仏。一つ星レストランやパリのビストロで3年半かけて腕に磨きをかけた後、帰国。2018年9月「タンモア」を開業。
=======

フランス料理

フランス料理 タンモア

東京メトロ千代田線 乃木坂駅 徒歩6分

8,000円〜9,999円

※取材後記※
最初にお会いした時はとてもテキパキと動かれる女性という印象を持ちました。お話を伺っているうちに、その親しみやすい雰囲気や謙虚な姿勢、常にお客様のことを考えている徹底した料理に対しての姿勢にとても感銘を受け、一人の女性としてとても素敵な方だなと感じました。
田中シェフが紡ぐ毎月楽しい料理の数々にぜひ舌鼓を打ってみませんか。

※こちらの記事は2023年04月20日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Minaho Ito

一休.comの宿泊営業から編集部へ。子供を預けて、つかの間の贅沢をレストランで過ごすのが楽しみ。見た目が美しい料理が好きで、イノベーティブ料理やフレンチ・イタリアンがお気に入り。
自分へのご褒美にスイーツ店巡りをすることも多く、行きたいお店リストは常に更新中。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:ラペ (La paix)
・好きなお店:NARISAWA/Crear Bacchus/オテル・ドゥ・ミクニ/ガストロノミー ジョエル・ロブション
・得意料理:イノベーティブ料理/フレンチ/イタリアン
・好きな食材:赤身肉/チーズ

このライターの記事をもっと見る

この記事をシェアする