京都「鮨 まつもと」松本大典氏にインタビュー、逆境を乗り越え開花した師匠譲りの江戸前鮨

京都を代表する花街、祇園。花見小路から一本入った、静かな路地に暖簾を掲げる「鮨 まつもと」は、情緒あふれる空間で正統派の江戸前鮨がいただけるとして、多くのグルメな人々から支持を集める名店です。
今回は、店主・松本大典氏に鮨職人になられたきっかけから江戸前鮨の楽しみ方まで、多岐にわたって伺いました。

「職人」に憧れて進んだ、鮨職人の道

―鮨職人になったきっかけをお聞かせください。

最初は、勉強が嫌いだし、学校に行きたくなかったという理由でした。
今後のことを考えた時、何となく一つのものを作る「職人」という職業に憧れていて。正直、職人だったら大工でも土木でも、何でもよかったんです。
僕の実家は祖父の代から神奈川県・平塚市という田舎で地魚居酒屋を営んでいて、叔父も鮨屋をやっていたのでその影響もあり、叔父の鮨屋にしばらくお世話になることになりました。
仕事をしていると色々と知り合いができるようになって、勉強も兼ねて東京に鮨を食べに行くようになって……そうするうちに「こんな田舎にいてはだめだ」と思うようになり、東京へ修業に行こうと思ったんです。

―東京ではどんな所で修業をされたのですか?

最初は「銀座久兵衛」に入りました。当時の給料は少なかったのですが、ちょっとお金が入ったら銀座や新橋など、美味しいと言われるお店に食べに行っていたんです。
そんな時「新ばし しみづ」に食べに行ったら、その美味しさに感動してしまって。その頃はまだ小さなお店でしたが「ここで学びたい!」と思いました。
ちょうど人を探していたタイミングとも重なり「新ばし しみづ」に入らせていただきました。

―人を探していたタイミングで松本様がいらっしゃったという、とても運命的な出会いですね。

運命やタイミングは本当に大切だと思います。その後「新ばし しみづ」で約5年間修業をしました。

―「新ばし しみづ」での修業を通して、今の松本様に最も根付いていることは何ですか?

親方には「技術や味付けなどは、やれば誰でもできるようになる。それよりも人間性を磨きなさい」とよく言われていましたね。礼儀や作法など、今も全然できていないですけど、いつも根底にはあります。

―親方からの教えがあって、松本様のお人柄も作られているのですね。その後「鮨まつもと」を開業するわけですが、独立はいつ頃から意識されていたのですか?

東京に修業に出た20歳くらいの頃から、絶対に自分のお店を持ちたいと思っていましたね。

―出身が神奈川県、修業も東京ということで、今お店がある京都・祇園とは縁もゆかりもないかと思います。なぜ京都だったのでしょうか?

最初は銀座や麻布で物件を探していたんですが、なかなか縁がなくて。そんな時に「新ばし しみづ」にいらしていた大阪のお客様に、冗談半分で物件を探していることを話したところ、京都にいい物件があることを教えてくれたんです。
その日のうちに夜行バスに乗って京都に行ったのが、最初のきっかけですね。
それまで京都には1、2回程度しか行ったことがなくて、お店をやろうなんて一切思ってもみなかったんですが、藁にもすがる思いで見に行ったら、素敵な街並みに心惹かれてしまって。
結局その物件も縁はなかったのですが、ここでも偶然「新ばし しみづ」のお客様にお会いし、京都に来た理由を説明したところ、紹介してもらったのが今の場所です。
お店を出したいと思い立ったら、場所は正直どこでもよかったですね。多分ブラジルでも行っていたと思います(笑)。
物件もまだ借りられていないのに、金融機関にはお店の場所が決まったと嘘をつき、不動産屋にはお金を借りられたと嘘をつき……当時まだ31歳だったので、今思うと本当に無茶なことをしていたと思います。

京都・祇園でいただく江戸前鮨

―関西と言えば、熟れ鮨をはじめとする「関西鮨」が主流で「江戸前鮨」のお店は少ないかと思います。そんな中で、江戸前鮨のお店を出されることは、大変だったのではないでしょうか?

最初はやはり大変でしたね。15、6年前だったので今と違い、赤酢のシャリを使った鮨は多くなかったですし、やはり色々と言われました。
だけど「絶対に大丈夫」という自信があったので、全く変えてもいないですし、京風にもしていないです。

―「絶対に大丈夫」という強い気持ちがあったのは、なぜでしょうか?

やはり師匠の存在ですね。独立を後押ししてくれたこともあり、習ったことを素直にやっていけば必ずお客様はついてきてくださるだろうと信じていました。
おかげ様で「『鮨まつもと』のシャリがいい」と言ってくださる京都の方も徐々に増えてきているので、ずいぶん浸透してきたかなと感じています。

―師匠との関係性が、とても素敵です。松本様が握りに使用しているネタは、豊洲で仕入れているものも多いそうですね。関西圏の港で扱う魚の方が、鮮度が高いうちに調理ができる気がしますが、今でも豊洲から仕入れる理由をお聞かせください。

京都にもいい市場はあります。しかし土地柄、鱧や鮎、蟹のような割烹料理向けのものが多くて。例えば、僕らが使うような、鮪や小肌、穴子は、やはり豊洲でなければ手に入らないものがあって、質が全く違うんです。江戸前鮨に合う魚は、豊洲が圧倒的に仕入れやすいですね。
豊洲から仕入れるとトラックで輸送するので、一晩かかります。しかし、僕らは仕入れた魚を寝かしたり手を加えたりするので、新鮮だからいいというわけではない。だから、距離に関しては気にしていません。
それでも関西が強い魚、例えば甘鯛や琵琶湖にしかいないビワマス、明石のタコや鯛などはこちらで仕入れたものを、江戸前鮨の技法で調理したりもします。

―江戸前鮨のお店ならではの理由ですね。コースに関しては「にぎりのおまかせ」「にぎりとつまみのおまかせ」の2種類をご提供されているそうですが、コースを組み立てる際に心掛けていることはありますか。

握りは17~18貫を提供しているのですが、通常は淡いものから濃いものへ、具体的に言えば白身魚から始まって、最後はいくらや雲丹、穴子に辿りつくのがセオリーかと思います。
ただそれだけだとつまらないので、緩急をつけた流れを心掛けていますね。
同じ光ものでも、淡い味のものと濃い味のものがあって、例えばサヨリはさっぱり、鯖ならこってりしています。そんな、それぞれの魚の特性を活かして流れを考えています。
「新ばし しみづ」さんや他のお鮨屋さんのおまかせコースの流れも参考にしつつ、そこに自分の好みも入れて、自分が食べていて心地よい順番にしています。

―そんなコース料理の中でも「鮨まつもと」に行ったからにはぜひ食べていただきたい、松本様の中で一番自信のある握りは何ですか?

一番はシャリです。お米自体に強いこだわりがあるわけではなく、炊き方は固めにパラっと、特別なことはしていないですが、砂糖が全く入っていないというのはポイントです。
酢の割合や種類はマイナーチェンジしていますね。何しろシャリが一番難しいですし、一番考えている部分です。
ネタで言うと一番お店のカラーが出やすいのは、小肌、穴子、卵、意外とかんぴょう巻。
クラシックに手を掛けるネタは、すごく差が出るし、作り手の味が出ます。
なかでも小肌は最もカラーが強く、差が出やすいネタですね。
どこのお店でも提供しているかと思いますが、僕が握る小肌はやっぱり他のお店にはない。
塩で〆る時間、そこから置いたり置かなかったり、酢にどれくらい漬けるのか、その後何日寝かすのか、高度なテクニックではないですが、すごく差が出ます。
お客様の好みも分かれる部分ではありますが、自分は「自分が握る小肌が一番美味しい」と思っているので、そういった意味ではぜひ食べていただきたいです。

より原点に立ち返った鮨屋へ

―最後に今後の展望を教えてください。

今後お店を広げたいとも、どこかに移転したいとも思わないので、大きな展望はないのですが……。
しいて言うのであれば、都会ではなくて自然が見える田舎で商売をしてみたいという気持ちはあります。
最近は鮨屋も洒落たお店が増えてきていますが、もう少しいい感じで古いと言いますか、渋いお店にしたいですね。
昔ながらのアラカルトがあったり、昼から夜まで通しで営業していたり、自分が鮨屋に行くのであればそういったお店が好きなので、将来はそんなお店にしていきたいです。

―人材育成に関してはいかがでしょうか。

今、僕には弟子が2人いるのですが、今後独立させてあげて、僕の味といいますか「新ばし しみづ」の味をどんどん広めたい。そして一派が増えてくれたら嬉しいですね。
今後もっと弟子が増えるということであれば、今の時代に合わせた修業のスタイルに自分の考え方も変えていかなくてはと思っています。

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松本大典氏 プロフィール 
1974年、神奈川県・平塚市出身。父が地魚料理のお店、叔父が鮨屋を営み、幼い頃から魚介料理に触れて育つ。
一つのものを作る「職人」に憧れ、鮨職人の道に進む。叔父の鮨屋から銀座の名店、そして「新ばし しみづ」で修業し、2006年31歳の時に独立し「鮨 まつもと」を開業する。
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寿司

鮨まつもと

京阪電気鉄道京阪本線 祇園四条駅 徒歩5分

*編集後記*
「人見知りなので、自分からお客様にあれこれお話することはありません。純粋に食事を楽しんでいただきたいです」とおっしゃっていた松本様。
開店当初は、江戸前鮨が根付いていない京都で苦労もされたそうですが、師匠譲りの確かな味と素敵なお人柄で、多くのファンを魅了し続けているのかと思います。
京都でいただく正統派の江戸前鮨、風情あふれるお店とその味を堪能するため、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2023年10月04日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Minaho Ito

一休.comの宿泊営業から編集部へ。子供を預けて、つかの間の贅沢をレストランで過ごすのが楽しみ。見た目が美しい料理が好きで、イノベーティブ料理やフレンチ・イタリアンがお気に入り。
自分へのご褒美にスイーツ店巡りをすることも多く、行きたいお店リストは常に更新中。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:ラペ (La paix)
・好きなお店:NARISAWA/Crear Bacchus/オテル・ドゥ・ミクニ/ガストロノミー ジョエル・ロブション
・得意料理:イノベーティブ料理/フレンチ/イタリアン
・好きな食材:赤身肉/チーズ

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