人々で賑わう麻布十番の商店街を抜けて、道を一本入ったところに佇む「麻布 かどわき」。店主・門脇俊哉氏が仕立てる“記憶に残る料理”が評判な、日本料理の名店です。今回は、門脇氏にKIWAMINO編集部がインタビューを実施。独立までの経緯や料理に込める思い、そして名物「トリュフの炊き込みご飯」のエピソードなどについて幅広く語っていただきました。
目 次
自身に秘めた才能を見抜かれ、経理志望から料理の道へ
-まずは、料理人を目指されたきっかけについてお聞かせください。

僕の実家は、もともと札幌で寿司屋を営んでいました。職人である父親を見て大変そうだなと感じていましたが、飲食の仕事そのものは嫌いではなかったんです。簿記の専門学校へ通って、ゆくゆくは実家の経営に携われたらと思っていました。ちょうど知り合いに六本木で高級割烹を営んでいる方がいましたので、まずはそのお店に入って、外食産業の概要を学ばせていただくことに。最初は経理としてお店に入りました。
面接の際は、総料理長兼取締役が対応してくださったのですが、僕の事情を聞き「経理へはいつでも異動できるから、まずは調理の現場でどんなことをしているのかを見て、それに対してどのように数字を管理しているかを学んだほうがいい」と言われまして。翌日から3か月間調理場を手伝うことになったんです。
最初に教えられたのは「一度言われたことを二度言われるな」ということ。調理場に入ってからは、とにかくそれを守るためにどうしたらいいか考えていました。3か月が経つ頃、そろそろ経理へ異動かなと思っていたら「君は動きも判断力もすごくいい」と褒めてもらえたんです。卵を割ったり、大根おろしを作ったり、そういうことしかしていなかったのですが、ひとつ言うなら、先輩には可愛がってもらえていたほうだと思います。料理は好きでも縦社会が苦手な人も少なくないそうで、そういった部分も含めて認めてもらえたのかもしれません。
一方、経理への興味もまだ残っていたので一度事務所を見せていただいたのですが、現場とは全く違う雰囲気に「ここで働くのは難しいかもしれない……」と思ってしまい。料理を続けようと決めたそのときが、料理人になったきっかけですね。
―確かに、調理と経理では仕事場の雰囲気も全く違うイメージがあります。
調理へ進みましたが「いくらで買っていくらで売る」「いくつ注文すれば何人前になる」など、数字への知識は大いに役立ちますから、無駄にはならないなと。最初は数字を扱ってみたかったけれど、気付けば父親と同じ仕事へ。そう考えると、血を引いているというか不思議な流れだなと思いますね。
人生の大きな困難を乗り越え、周囲の後押しをきっかけに独立
-数々の有名店で研鑽を積まれてきた門脇様。2000年に「麻布 かどわき」を開業されましたが、独立までの経緯についてお聞かせください。
修業していた六本木のお店はカウンター割烹だったのですが、料理長に「料亭の経験もしたほうがいい」と勧めていただき、有名店の「つきじ植むら」へ入ることに。そこで改めて料理の面白さや器の美しさに気付き、のめり込んでいきました。
その後、他のお店へ移ったり着々とステップアップを続けていた頃、結婚し子供が生まれました。ただ、間もなく妻が難しいタイプの癌を患ってしまい、亡くなってしまったんです。悲しさはもちろんありましたが、入院費をはじめ何かとお金が必要でしたから、ひたすら働き続けていました。すでに父親は亡くなっていましたが、実家には母と兄がおりまして。僕の状況を見て、母が上京してくれることに。母と自分の双子の子供とで4人暮らしが始まりました。
その頃働いていたのは結構大きな会社で、数字を重視するタイプ。売り上げ目標を達成するために様々な企画会議をしたり、原価率や経費の計算をしたり。僕はそういう仕事が得意なほうだったこともあり、社長の目に留まったそうで。「今後会社を担う人材になってほしい」と言われていました。そうしていくうちに、気付けばデスクワークばかりするようになっていって。正直、料理人という感じではないなと思い始めたわけです。
同じ頃、会社に長く勤められた方の送別会に参加する機会がありました。定年を迎えたその方から「もし何か自分でやりたいことがあるなら、今ですよ」と言われまして。当時僕は一料理長でしたから、それ以上は言われませんでしたが、ふと妻が「自分は長く生きられなかったから、あなたは悔いのないように生きてほしい」と言っていたこと思い出したんです。
さらに、通っていた茶道の先生に「あなたは話にセンスがあるし、お客さんを惹きつける魅力を持っているから、お店をやってみたら?」と言われたり、かつてお世話になっていた六本木の料理長と20年ぶりに再会したときも「絶対にお店をやったほうがいい、もったいない」と強く勧められたり。周りの人たちからの後押しで気持ちがグッと揺れ動き、初めてお店を出すことについて考え始めました。
-お店を出すということを考えていなかったところから、様々なエピソードがあって独立に至ったのですね。
自分のお店を持つにあたって悩んだのは、やはり家族のことでした。母は65歳で子供はまだ小学生、僕が失敗したら生活は大変なことになってしまいます。ただ、母は実家で寿司屋をやっていたので商売というものをわかっていたんですよね。「小さい店を出してダメだったら、そこまでの実力。借金が残ったら、もう一度どこかに勤め直して返せばいい」と言ってくれまして。そこでようやく物件探しを始めました。
馴染みのある麻布十番で、移転を経て躍進を遂げる
-現在のお店は移転後の店舗にあたりますが、以前の店舗も同じく麻布十番にあったそうですね。同じ場所、また席数を大きく増やさずに移転されたのは何か理由があったのでしょうか。
麻布十番は、以前六本木の店で働いていた時代に寮があった場所で、もともと馴染みがある地域。最初の店を6年くらいやって、徐々に“十番のかどわき”として広まってきた頃に今のビルのオーナーさんから声を掛けていただきました。麻布十番って不思議な街で、小さな店を大きくすると暇になるという都市伝説みたいなものがあるんです。ただ、僕の気持ちとしては厨房や洗い場の狭さに限界を感じていたので、移転する際は客席を4席増やすだけに留めました。移転時は迷いもありましたが、躍進に繋がってよかったと感じています。
-来店したゲストから「大将とカウンター越しにコミュニケーションを取れて楽しい」という声もありました。
カウンター席は、移転前から距離感を変えていません。少し狭く感じる方もいるかもしれませんが、距離が近い分調理中の息遣いや熱気、ライブ感が伝わると思います。あとは、人と人の波長と言いますか、料理を食べていただいたときの反応だけではなく、お客さん自身の雰囲気もわかりやすいんですよね。そういった意味も含めて、今の距離感で良かったと思っています。
言わずと知れた看板メニュー「トリュフの炊き込みご飯」の存在感
-お店発祥の看板メニューである「トリュフの炊き込みご飯」をはじめ、様々な創意工夫を凝らした料理が評判ですね。
お店を開いたとき、いかに自分が無知なのかと衝撃を受けました。料理の作り方や技法についての知識はあったものの、他のお店の料理を食べている回数が圧倒的に少ないと気付いたんです。どこかへ食べに行くとなれば、自分でお金を出さなければなりませんが、家族の生活費などもありましたから、せいぜい料理人同士の試食会に行く程度。僕よりもお客さんのほうが色々なお店の料理を知っているとわかり、これは良くないなと。とびきり良い素材を使ったお寿司屋さんへ週に1度は行っているとか、そういうお客さんも少なくなかったですから。
一方で、僕がちょっと遊び心を加えてお出しした料理を気に入ってくれる方がいらっしゃったりして。そうしていくうちに、お客さんが他のお店で食べられないような料理を作っていくべきではないかと考え始めました。開店して1か月は大赤字で大失敗という感じでしたが、意識を変えたことで2か月後には4倍くらいの売り上げに。ほぼ口コミだけでたくさんのリピーターの方ができました。
そこからは、僕の料理を目当てに足を運んでくださるお客さんのため、もっと食べ歩いて新しい料理を開発しようと取り組みました。料理を食べたときのお客さんの反応を観察したり、お客さんに育てていただいたと言っても過言ではありません。
「トリュフの炊き込みご飯」もその中で生まれたメニューのひとつです。あるとき、業者さんからトリュフの試供品をいただきまして。何でもいいから料理に使ってくださいと。そんなとき、あるお客さんから「大将、何か面白いご飯が食べたいな」と言われたんですよね。ふと、トリュフがあることを思い出して「これもキノコだから……」と思い、冗談半分で使ってみたところ、とても感動されたんです。それをきっかけに完成度を高くしていったものが、今のトリュフご飯です。
-トリュフご飯について、調理方法や調味料、提供の仕方など工夫されていることがあればお聞かせください。
まずは、美味しい白ご飯を炊く。基本中の基本ですが大事なことです。ベースになるご飯にはカツオの出汁と昆布で味をつけて、仕上げに「太白胡麻油」を少々。キノコご飯って、ちょっとオイリーさを加えるとグッと美味しくなるんです。シンプルなものほど、ちょっとした加減で差が出ますよね。作り手の力量が出る。
コースの終盤、お客さんのお腹が8分目くらいになったところでトリュフご飯が登場すると「これだよ、これ!」って歓声が上がって、店内の雰囲気が一気に明るくなるんです。和食って最後は白いご飯にイクラを添えたり、小さな赤だしがあったり、スッと下がっていくのが美しさであると思います。でも、そういったセオリーどおりにしなくても、お客さんには和食を食べたという満足感を持ってもらえる。カウンター越しのコミュニケーションが楽しいと言ってもらえることも含めて、自分のスタイルなのかなと思っています。
緩急あるコースの流れが“記憶に残る料理”を演出
-「麻布 かどわき」のコンセプトとも言えるのが“記憶に残る料理を作る”ということ。普段はどのような点を意識して、料理に向き合っていらっしゃいますか。
無難な料理ってどうしても忘れてしまいがちで、だから皆さん写真を撮ったりするのだと思います。僕の料理は意外とお客さんの記憶に残っているみたいで、度々「大将、あのとき出してくれた料理がまた食べたいな」と言ってもらえるんです。料理は食べたらなくなってしまうものですが、例えなくなっても記憶には残るような一皿を生み出していきたいですね。
やはりトリュフご飯に関心が向きがちですが、そこに行きつくまでの料理も大事にしています。他の料理に興味を持たれなければ「早くトリュフご飯出して!」で終わってしまう。「フカヒレの唐揚げ美味しかったね」「茶碗蒸しも美味しかった」と言ったところでトリュフご飯がやってくるからこそ、いい流れができあがる。日本料理ですから季節感はもちろん重視していますが、全てが奇をてらったものでないほうがいいと思っています。
あとは、料理を出す順番も大切です。1品目は季節が感じられて、グッとお客さんの心を引き込む料理を。そこで掴んだ部分を逃さないように、2品目にはインパクトのある高級食材をお出しします。和食のセオリーどおりなら揚げ物は後半に登場しますが、うちでは最初のほうに出す。皆さん、よくお酒を飲んだあとにラーメンを食べに行ったりしますよね。酔いが回ると汁物が欲しくなるんですよね。それもあって、うちでは後半に季節のお鍋を出しています。意外性がありつつ理にかなった順番と言いますか、映画の起承転結のような流れを意識していますね。
“食”が生み出す平和を、後世に伝えていきたい
-『ミシュランガイド東京2025』での三つ星獲得、誠におめでとうございます。選出についての感想をお聞かせください。
評価されて嬉しかったことや良かったことは色々ありますが、業者さんが自ら良い素材を使ってほしいと用意してくださるのですごくありがたいですね。よく「門脇さんのお名前を出してもいいですか」と聞かれるのですが、快く返答しています。僕は良い素材をいただけて、そのことを他のお店の方が知れば、業者さんにとっては販路が広がるわけですから。もっと言えば生産者の方も助かるし、お互いに良い循環が生まれていますよ。
連続で星をいただけていますが、やはりお客さんの期待を裏切らないようにしなければなりません。僕も嬉しいですが、従業員や業者さんなど周りの人たちが自分以上に喜んでくれているのも嬉しいですね。そういった人たちに恥じない行いをしていきたいです。
-開業から24年が経ちました。これからも続けていきたいこと、今後挑戦していきたいことがあればお聞かせください。
お店に関しては、大きくしたいとか支店を出したいとかそういう風には思っていなくて、逆にもっと縮小したいくらい。そうして、さらにうちのお店らしさを出したいですね。
最近はインバウンドのお客さんが本当に増えまして、様々な国の方がカウンター席に並ぶようになりました。最近、改めて「料理を食べていただく瞬間って、すごく平和だな」と感じるんです。どこの国の人かとか関係なく、皆さんが和やかに食事をしている風景。あぁ、“食”って平和に繋がるんだなと。食の世界で評価していただいたからこそ、食の世界に恩返しがしたいなと思っているんです。
今の時代は料理人を目指す人が少なくなってきています。辛いとか大変なイメージがある業界ですが、君たちが目指そうとしているところは世の中のためにもなるんだよと伝えたい。例えば自分でNPOを立ち上げて、イベントだったり何か取り組みをしたり。引き継ぐ人が少ないと業界が衰退してしまいますから、自分で行動をおこして、料理の道を志す方を少しでも増やしていきたいですね。
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門脇俊哉氏 プロフィール
1960年生まれ、北海道札幌市出身。六本木の「越」を経て、「つきじ植むら」で茂木福一郎氏、「エスカイヤクラブ」で山本敏雄氏に師事。「海燕亭」では料理長を務める。
2000年に独立し「麻布かどわき」を開店。2004年、現在の地に移転オープン。
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【編集後記】
様々な経験や苦労を経て今に至る門脇様。実際に現地を訪れたことでより深いお話を聞くことができたインタビュー。最後にお聞きした展望について、平和という言葉が出てきたのも印象深く、未来に対するスケールの大きさにも感動を覚えました。名物のトリュフご飯はもちろん、そこにたどり着くまでの逸品にも注目。“かどわき流”のコースを堪能すべく、ぜひ一度お店を訪れてみてはいかがでしょうか。
※こちらの記事は2025年01月30日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。