四谷三丁目、荒木町の車力門通りの角にひっそりと暖簾を掲げる「青華 こばやし」。須田青華の器に盛り付けられた食材をシンプルに仕上げた料理を、洗練された空間でいただけると、食通を唸らせています。
今回は店主を務める小林雄二氏に、料理に対しての哲学や店名の由来にもなった須田青華の器との出会いなど、お話を伺いました。
“一番いいもの”を訪ねてたたどり着いた独立への道
-まずは料理人を目指されたきっかけをお聞かせください。
例えばプロ野球選手に「野球は好きですか?」と聞いているのと一緒ですが、やっぱり「料理が好きだったから」という風になってしまいます。
思い返してみると「料理人になりたくてなったのか?」と言われたら、必ずしもそうではなかった気がしていて。必要に駆られてやり続け、気が付いたらお店を開いて15年になっていました。
自分は「たまたま勉強ができなかったから料理人になった」。ただそれだけのことなんです。勉強ができたのであれば、大学に行く選択肢や、他の選択肢もあったかもしれないですね。
僕は3人兄弟の末っ子でした。家の食事は全部上の兄に取られてしまい、自分の食べる分がいつも少なくなってしまうんです。
でも「美味しいものを食べたい」「お腹いっぱい食べたい」と思った時、自分で料理を作れば好きなだけ食べられますよね。そのおかげで、子供の頃から料理をすることに抵抗がありませんでした。
自分がやりたいことや、将来食べていくため、自分が生活するため……と考えた結果の1つとして“料理人”を選択していたのだと思います。
-幼いころから料理をされていたのですね。その後、調理専門学校に行かれたと伺いました。
料理の勉強をするかという時に、学校の先生に「一番いい料理の専門学校」がどこか聞いたんです。すると「辻調理専門学校」がいいと言われたので入学しました。
さらに、専門学校を卒業して就職する際、専門学校の先生に「一番いい日本料理屋」がどこか聞いたら「吉兆」を紹介してもらえたので、そこで修業をすることにしたんです。こんな風に、自分が知らないことはいつも自分一人で考えるのでなく、人に聞いて情報をもらい動いています。
-様々な料理ジャンルの中でも、日本料理を選んだ理由をお聞かせください。
僕がもう少し賢くて英語を勉強する能力があれば、日本語以外の料理、例えばフランス料理やイタリア料理をやっていたかもしれません。
それを覚えるのが苦手だったので、板前、日本料理という選択をしたのだと思います。
あと、末っ子だった僕は3人兄弟の中で「自分が褒めてもらうにはどうしたらいいか」をいつも考えて生きてきました。勉強ができなかった分、手先は器用だったので、その点を活かせるのは何か考えた時に“和食”という選択肢が出てきたのが一番大きかったです。
-独立は当初から考えられていたのですか?
18歳で板前になった時から、将来は自分でお店をやりたいという目標がありました。
そのため銀座の割烹などでも修業しましたね。
お蔭様で23歳の時からカウンターに立ちお客様とお話し、その方が部長から役員、社長、会長となっていく姿を見て、普段は関わることのない方々のお話を身近に聞くことが出来たのは、大きな財産になっています。
-修業を通し、小林さんが最も学ばれたこと、そして今に活かされていることは何でしょうか?
料理について「板前としてお店を続けるにはどうしたらいいのか」ということでしょうか。僕は、料理はシンプルでなければいけないと考えています。何でもそうですが、何十年、何百年と生き残っている物は皆シンプルです。
例えば「目玉焼きを作ってください」と言われた時、目玉焼きほど難しい料理はありません。千差万別の食べ方がある。両面を焼くか、黄身が固い方がいいか柔らかいのがいいか。味付けは塩胡椒、醤油、ケチャップをかけたい人だっています。そのようにシンプルな料理ほど、調理の手法が幅広いものになります。
でも、目玉焼きという料理は昔からずっとある。この点は素材の良さを活かし、シンプルに仕上げる日本料理と繋がる要素があります。
器も同じで、和食器がこの形でずっと残っているのには理由があります。もちろん洋食器を日本料理に使ってもいいです。でも、日本料理にはこの素材、この形が良いと皆が思っているからこそ、シンプルな形が今も生き残っているんです。
ずっと人々に受け継がれてきた価値あるものであれば、それを“真似する”ということが重要だと僕は考えています。
一番いい料理を一番いい器で提供するこだわり
-「青華 こばやし」では提供する魚が決まっているそうですね。それも“料理はシンプルでなくてはならない”という小林さんの考えからでしょうか。
仰る通りです。魚という素材自体を深堀し「いかに本質の部分で美味しく調理できるのか」を突き詰めています。すると、使用する魚の種類も自ずと決まってくるんですね。
そのように、突き詰めた素材をずっと使い続けることが出来るのか、という点に料理人の技量や能力が問われます。そこに「シンプルさを追求する姿勢」をどれだけ保てているか、ということが重要になってくるんです。
-料理を盛りつけるお皿もこだわっていると伺いました。なかでも、店名の由来となった須田菁華の器はお店の特徴とも言えます。小林さんは専門学校在学中に須田菁華の器に出会い、コレクションをされていったそうですね。
先ほどと同様ですが、何かを知りたいと思ったら、人に聞けば一番いいものを教えていただけますよね。なので、専門学校の先生に「料理を盛るための一番いい器は何ですか?」と聞いたんです。その答えが「須田菁華」だった。そのまま買いに行きましたね(笑)。
-理由などは特に聞かれずに買われたのですか!?
当時素直だったというのもありますが、やはり値段に比例して、高い物はそれなりの価値があるのだろうと考えていました。
調理器具でも、1万円の包丁と10万円の包丁では機能として歴然の差があります。
それと同様に、先生が「一番いい」と言うのであれば、買えるものは買おうと思ったんです。
ただ、一脚買うだけであれば難しくはありませんが、お店をやるとなると少なくとも5脚、10脚と買い揃えなくてはなりません。
3万円の器を10脚買うとなると30万円もしてしまうので、趣味では買えませんよね。
それでも僕が「須田菁華を買おう」と決めた大きな理由は、無駄な時間とお金を使いたくないという気持ちがあったから。
料理も仕事も、一流と言える場所に辿りつくまでには、情報とお金が絶対に必要です。
世の中にはチャンスがたくさんあって、そのチャンスの1つが“人に聞いた情報”だと思っています。僕は専門学校で出会った先生から「須田菁華」という情報を得ることが出来た。
当時器に興味があったわけではないので、先生に出会わなければ、買い始めるのに10年かかったかもしれません。
例えばお店を始めて起動に乗ってから「須田菁華」を知ったとします。1脚3万円の値段を見て、1つ1つ買い揃えていくと月日がどんどん過ぎてしまいますよね。
その時間がとても無駄に感じて。だから自分にとって重要な情報に気が付くことが大切で、そのためには “人との関わり合い”が一番大切だと思うんです。
-カウンターが他のお店に比べて広いのも特徴的ですね。こだわりがあるのでしょうか?
良い器を使っているからこそ、広いカウンターでお客様に手に取ってもらいたいと思いました。人の手に触れることにより、この良さが世の中に広まりますよね。
通常はお客様の手前に料理をお出しするので、手にとることはありませんが、カウンターが広いとお客様自身で料理を手前にもっていかなくてはなりません。料理は五味五感。目で見て耳で聞き、鼻で香って口で味わい、手で触って楽しむ。通常だとこの手がありませんが、手で触れる触感って重要だと思うんです。そのためにカウンターは広く設計しました。また広く作ることで、料理の見栄えも綺麗になります。
-小林さんのこだわりを垣間見れました。現在1日2組のみで運営されていますが、おもてなしの面で心掛けていることはありますか?
一番良い食材を一番良い状態でお出しすること、そのために自分の最大のパフォーマンスを発揮することが大切だと思っています。お客様をたくさん迎え入れようとすれば人を雇う必要もありますし、お店も大きくなくてはなりません。
すると利益優先になってしまい、食材も良いものばかりを使えなくなります。そうすると、先ほどお話した「シンプルな本質を突き詰める」ということが出来なくなってしまいます。
良い食材を見つけるためには、やはり自分で毎日市場に行くしかありません。毎日行って、市場の方と出会わなければ、「必ず毎日お客様に良い食材をお出しする」ということは出来ませんよね。料理に色々な理由を付けて上手にやったつもりでいても、“本物”が分かる人にはすぐにばれてしまいます。
なので“良い食材をシンプルに、一番良い状態で出す“ことに常に真剣に取り組むため、1日2組限定という形でやらせていただいております。
食材をいかにシンプルに調理するかを突き詰める
-最後に今後の展望をお聞かせください。
今の時代、調べれば何でも簡単に情報が手に入るため、頭で分かった気持ちになってしまいます。だけど本当に必要なのは、労力や時間をかけて得た自分の経験。
例えば「一番出汁をひいたり、魚を焼いたりするのはシンプルだからこそ難しい」という情報は簡単に手に入り、頭で分かったつもりになることが出来ます。
でも、本当の意味で「シンプルだからこそ難しい」ということを体感できるのは、自分で労力をかけ、できるようになってからだと思うんです。
“料理を作る”ということは簡単ですが、それを「極めて出す」ことがどれだけ奥深く、難しい事か。
例え話で「洋食は油絵」「和食は水墨画」と言われることがあります。油絵は色見を足すほど深い味わいを出すことが出来ます、逆に水墨画は一度書き終えると裏から見れば二度書きしたことが分かってしまうので、筆を足すことが出来ません。
それは出汁など1つの味のみで勝負し、それ以上味を重ねることができないということに似ています。
分かる人にはわかってしまう。そういう料理を作っているのでやはり時間と労力を惜しむわけにはいきません。これからも怠らず、追求していきたいですね。
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小林雄二氏 プロフィール
1976年、茨城県生まれ。調理師学校卒業後、東京都内で13年間日本料理を修行した後、「青華 こばやし」を2009年に六本木にてオープン。2016年2月に荒木町へ移転。目の前のお客様を楽しませることを何よりも念頭に、今日も板場にひとり立つ。
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【編集後記】
“シンプルな料理ほど難しい”と仰っていた小林様の言葉が強く印象に残っています。一番いいものを求めて人との繋がりを大切にされてきた小林様の哲学が詰まった「青華 こばやし」にぜひ足を運んでみたいものです。
※こちらの記事は2024年11月25日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。