佐賀「草庵 鍋島」料理長・西村卓馬氏に聞く、酒蔵オーベルジュで味わう佐賀の魅力を感じる食体験とは

「富久千代酒造」が直営するオーベルジュ「御宿 富久千代」内に位置する日本料理レストラン「草庵 鍋島」。江戸時代の歴史的建造物を上質な空間にリノベーションしたオーベルジュでは、料理長・西村卓馬氏が織りなす九州の旬食材をたっぷり使った逸品の数々と、銘柄「鍋島」のマリアージュを楽しめます。今回は、西村氏にお料理をはじめレストランの魅力を多岐に渡り伺いました。

食べることが好きという気持ちから進んだ料理人への道

―料理の道に入られたきっかけを教えてください。

幼い頃から本当に食べることが好きで、母親の手伝いをしたりするうちに料理に興味を持つようになりました。時々地域の子供料理教室にも連れて行ってもらったりしていたんですけど、当時は料理をしたくて通うというよりも「あそこに行けばなんか美味しいものを食べられる」という気持ちが強かったかもしれないです(笑)。

優秀な先輩方に揉まれた修業時代

神楽坂の名店「石かわ」グループにて5年間研鑽を積んだ修業時代。特に印象的だったことはなんでしょうか?

地元福岡の調理学校を卒業した後は、東京・神田にある「石かわ」グループに入りました。自分と同年代の先輩が多い環境で働くのは、非常に刺激的でした。みんな調理学校を卒業して、新卒で入ってくるのですが、やはり一流のお店で働こうと思う人達ですから、志が高く非常に優秀で、一緒に働くだけで学びが多かったです。自分は負けず嫌いな性格なので、そんな先輩達に負けじと切磋琢磨していましたね。

―その後日本料理を離れ、フレンチの名店「Restaurant Sola」で1年半ほど修業されていらっしゃいましたが、そのきっかけはなんでしょうか?

「Restaurant Sola」の吉武シェフは、自分が通っていた調理学校の先輩なんです。幼い頃から漠然と料理の道に進みたいとは思っていましたが、どんな料理人になりたいかというイメージはなかったんです。そんな中、高校2年生の時に学校の先生から、吉武シェフがフランス・パリでミシュランの星を獲得したという新聞の切り抜きを渡されました。その記事にとても感銘を受け、自然とこういう世界を目指したいという気持ちが生まれました。ただフレンチをやりたいという気持ちはなかったので、「いつか一緒にお仕事ができたらな」と当時は漠然と思っていました。

―そこからどのような経緯で「Restaurant Sola」で働くことになったんですか?

吉武シェフがフランスから日本に戻り、私の地元である福岡でお店をオープンされるというFacebookの投稿を見かけたのがきっかけです。すぐに連絡をして、開店前のお店を準備している様子なども現地で拝見し、「石かわ」での務めを終えてから働かせていただけることになりました。ずっと和食の世界にいたので、全く別のジャンルのお料理に触れるというのは文化も全く違いますし、非常に学びが多かったです。何より憧れだったシェフの元で働けるというのは貴重な時間でした。

ゼロから生み出すことへの初めての挑戦

―2021年3月に開業した「草庵 鍋島」に、料理長として就任されることになったきっかけや想いをお聞かせください。

共通の知人から「富久千代酒造」が新しくオーベルジュをオープンするので料理長を探していると紹介されたんです。新しくゼロから何かを作るということは自分にとっても初めての取り組みでしたし、何より飯盛社長の思いを聞くうちに心揺さぶられて、「ぜひ挑戦したい」と思いました。

佐賀の隠れた魅力をここから発信したい

―「草庵 鍋島」のコンセプトをお聞かせください。

ここは人口も少ないですし、佐賀県の中でも交通の便が良いとは言えない場所にあります。ですが佐賀県は器の名産地としても知られていますし、ここ鹿島市は焼酎が有名な九州では珍しく、日本酒造りが盛んです。また良い食材も数多く手に入るこの佐賀の魅力を、もっとたくさんの人に知ってもらいたい、“「草庵 鍋島」を拠点に佐賀の魅力を発信したい”という思いがコンセプトです。

―「富久千代酒造」直営オーベルジュならではの魅力とはなんでしょうか?

「鍋島」は、世界最大規模の酒類品評会であるIWCの日本酒部門において最高賞を受賞するなど、国内外の品評会でも多くの入賞実績を持ちます。しかし、「富久千代酒造」は蔵での販売をしておらず、地酒にこだわった特約店のみにしか販売していないことから、入手困難とも言われています。せっかくここまで来ていただいても直接販売をしておらず、酒蔵も非公開のため、応援してくださる方々に少しでも楽しんでいただける空間として、「御宿 富久千代」を開業しています。
非公開の酒蔵をご覧いただけ、限定酒の試飲などお楽しみいただけるのは、宿泊者限定の特権だと思いますし、私達の精一杯のおもてなしです。また、宿泊ゲストだけではなく夕食のみのコースの方でも、本数限定ではありますが「鍋島」の購入が可能なのもお客様に喜んでいただいています。

―「佐賀の食材の魅力も発信していきたい」と仰っていましたが、素材へのこだわりについてお聞かせください。

食材は、佐賀を中心に九州全域から良いものを取り寄せています。
福岡の北には博多湾と玄界灘が広がり、南には有明海もあって美味しい魚が獲れます。お肉の名産地もありますし、農家さんとの距離も近いので朝は自分で畑に野菜などを採りに行くこともあります。これからも積極的にこの恵まれた環境を活かし、佐賀、そして九州の食材を使ってお料理をしていきたいです。

全てのお料理に一切妥協を見せない姿勢

―お料理を作る上でどんなことを意識されていらっしゃいますか?

メニューは一月半ごとに変えており、コースはデザートまで含めて11品から12品程お出ししています。お客様に全てのお料理を美味しいと思っていただきたいのでお出しするお料理は、一切妥協していません。1日6席だけですし、常に最適な温度帯で召し上がっていただきたいです。そのため揚げ物も奥で揚げて、走って戻って盛り付けして、常に全力で提供しています。毎日レストランの中を走りっぱなしです(笑)

一枚板で作られたカウンターもこだわりの1つです。通常手元が一段下がっていることが多いんですが、完全にフラットなカウンターなんです。とっても素敵な一枚板だったので伐りたくなかったんですよね。そのため全部さらけ出した状態で、お料理を作り上げていくのでそのプロセスを目の前で一緒に楽しんでもらいたいですね。

―お1人で切り盛りされて、一月半ごとにメニューを考えるのは大変そうですが、レシピ作りはどのようにされているのですか?

食べ歩くのが本当に好きなので、毎週休みの日はひたすら他のお店を巡って勉強しています。九州以外にも東京や京都など気になるお店があれば全国飛び回っているので、そこからインスパイアを受けることも多いですね。正直寝ている時間以外はほとんど他のお店のInstagramやfacebookでそのお店のお料理のことを見たり、料理に関する本を読んだりしています。本当に料理が好きなんです。開業から少し時間が経ち心に余裕ができてきたこともあるので、今後はさらに良いものを生み出していきたいなって思います。

温度は1度単位で選ばれる最適な鍋島とのペアリング

―お料理の美味しさを最大化する鍋島ペアリングについてお聞かせください。お酒を選ぶ際のこだわりや、お客様に体験して欲しい食体験とはなんでしょうか?

「鍋島」は、使うお米や酵母の種類、精米歩合などにより36種類以上の銘柄に分かれます。その中から、自分達がそれぞれのお料理に合うと思うものを毎日しっかりテイスティングをして、温度は1度単位でどれが最適かを検証しています。ですが、お客様に伝える時はそれが決して唯一の正解だと押し付けないように伝えるよう心掛けています。お客様がそのお酒に対して固定概念を持ってしまって、提供されたお料理以外とのペアリングを楽しめなくなったら嫌ですので。プロとして1番良いと思う組み合わせをしていますが、伝える時は、「今回はこれを試してみて、すごく美味しかったんで、ぜひ飲んでみてください」くらいのスタンスでご紹介させていただいています。お客様が楽しんでくださるのが1番だと思っています。

―伝統的建造物内にあるレストランだからこそ、大変な部分などはございますか?

230年以上の歴史がある伝統的建造物の中にあるレストランのため、カウンター内では薪火や、炭火が使えません。全カウンター6席なので僕1人で料理をしているのですが、お肉や魚は奥で焼く必要があるため、焼いている間はカウンターを離れないといけないので苦労しています。せっかくのカウンタースタイルなので、できるだけお客様の前で盛り付けをしたり、お料理のストーリーをお話したりしつつ召し上がっていただきたいのですが、なかなか難しいですね。お料理は出来たてを食べていただきたいですから、焼きあがったらダッシュでお客様の元に戻ってきます。

―一方で、伝統的建造物内にあるレストランだからこその魅力とはなんでしょうか?

ただお料理とお酒を楽しむだけでなく、歴史ある空間で食事をするということ自体がやはり特別なのではと思います。建物自体には非常に歴史がありますが、レストランの内装は全く古くささを感じさせない洗練された空間になるよう力を入れています。また佐賀は有田焼や唐津焼など、焼物の名産地ですので、器のセレクションにもこだわりがあります。器に関してはオーナーの“良いものしか使わない”というスタンスの元、通常の料理屋さんではなかなか用意できないような、美術館に置いてあるようなものまで使用させていただいています。

―器に関するお客様の反応はいかがでしょうか?

元々器など美術品に造詣が深いお客様が多いので、すごく関心を持ってくださる方が多くて嬉しいです。器に関して色々お話しながらお料理を楽しんでくださりますし、現代の焼物作家さんに関しては窯元をご紹介させていただくこともあります。実際にお話をした翌日に窯元を訪れてくださるお客様もいたりしますので、佐賀の魅力を発信できているのかなと嬉しくなります。

自分ならではの技術で佐賀の美味しさをもっと発信したい

―現在挑戦されていることや、今後こういった取り組みをしていきたいなどの展望がありましたらお聞かせください。

有明海ってちょっと変わった海でして、ムツゴロウとかワラスボをはじめとする独特な魚がいたり、クラゲやイソギンチャクなどもこの辺りだと食べられたりしているんですけど。正直、特段美味しいなっていう食材ではないと思います。今はこのお店で出すレベルでお出しする自信はまだないのですが、いずれ私の技術でそういう食材もお客様が美味しいと言って喜んでくださるような逸品としてお出しできるように挑戦してみたいなって思っています。他の誰にも真似できない形で、もっと佐賀の魅力を多くの人に発信できたら嬉しいですね。

日本料理

草庵 鍋島/御宿富久千代

JR線 肥前浜駅 徒歩6分

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西村卓馬氏 プロフィール
「神楽坂 石かわ」で修業し、故郷福岡へ。「Restaurant Sola」で研鑽を積んだ後、2021年3月「御宿 富久千代 草庵 鍋島」開業にあたり、料理長に就任。
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【編集後記】
終始笑顔で楽しそうにお話をしてくださった西村氏。料理が好きという気持ち、お客様に楽しい時間を過ごして欲しいという熱意が伝わってきました。佐賀の魅力が詰まった美食とお酒を堪能しに、ぜひお伺いしたいです。

※こちらの記事は2024年03月27日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Mika.A

外食が何よりの楽しみな編集部メンバーです。
野菜へのこだわりは人一倍!好きが高じて
ベジタリアン・フルーツアドバイザーの資格を取得しました。

・好きなお店:銀座レカン/シンシア/Heritage by Kei Kobayashi
・好きなジャンル:フレンチ/鮨/肉料理
・最近行ったフレンチ:ラルジャン/apothéose/渡辺料理店/フロリレージュ
・好きな美食宿:ホテルリッジ/sankara hotel&spa 屋久島

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