西麻布の名店「麻布さおとめ」五月女広之氏にインタビュー。ミシュランの星を10年獲得し続けた匠の和食道

美食を知る大人たちが集まる街「西麻布」。本格会席料理「麻布さおとめ」は、その大通りから一本道を挟んだ住宅街にひっそりと佇むお店です。店主である五月女広之氏は、「銀座 久兵衛」で料理人としてのキャリアをスタートさせ、香港でミシュランの星を10年以上も獲得し続けてきたレジェンド料理人。今回、特別に「KIWAMINO」のインタビューに答えてくださいました。

香港で10年連続一つ星の店を誕生させ、日本へ凱旋

-香港でミシュラン一つ星を10年以上も取り続け、母国日本に……まさに凱旋といった形ですが、なぜこのコロナ時期にだったのでしょう。

住宅街に建つマンションの1階に店を構える。

料理人人生として、「最後は日本で」という気持ちは前々から持っていました。きっかけとなったのは、2019年頃に起こった香港の大規模なデモですね。これまでいた街とは思えない雰囲気を感じました。

香港を離れ、日本でお店をやろうと帰ってきたのが2020年4月。帰国してすぐに想定外のコロナという状況になってしまって、びっくりしましたね。2020年11月、無事にお店はオープンできましたが、なかなかスムーズに事が運びませんでしたね。

名門「銀座 久兵衛」で研鑽を積み、アムステルダム、ロンドンへ

-五月女様が料理人として歩まれた道のりをお聞かせください。

実家がお寿司屋さんだったので、高校を卒業してすぐに、寿司職人になりたくて「銀座 久兵衛」に入らせていただきました。5,6年修業したら実家に戻ってお店を継ごうかと思っていましたが、なにぶん田舎の町だったので「地元よりも都心で働いた方が良いだろう」という話になり、7,8年ほど働かせていただきました。

その途中で「ホテルオークラ」さんから、「ホテルオークラ・アムステルダムにある日本料理店「山里」に職人を派遣してくれませんか?」という相談が「久兵衛」に来たんです。職人が、何人か交替でアムステルダムへ行ったのですが、その中の一人として私も25歳の時に、1年半ほど「山里」で働いていました。

骨切りした鱧をすり潰し、そうめんのようにした一品。鱧のそうめんは、心地よい歯ごたえと一噛みごとに旨味があふれ出す。

「山里」には、寿司以外にも和食の料理人さんが多数いらっしゃいました。その仕事ぶりを間近で見たことが、懐石料理などの和食に転向するきっかけになったんです。帰国後、「銀座 久兵衛 ホテルニューオータニ本館店」で働きつつ、和食を学べるお店を探しました。

そんな時に、「山里」で一緒に働いていた当時の総料理長から「『山里』で働いたメンバーだけの日本料理の店をロンドンで出す。ミシュランの星を目指す店にしたいから来ないか」と連絡が来たんです。「山里」での仕事の面白さを思い出したのと、強い誘いもあって、90年からロンドンへ行きました。

そのお店「辰宗(たつそう)」では、寿司をメインに和食のツマミ系も担当していました。寿司懐石コースのようなカタチで、料理はおまかせのお店でした。1,2年で帰ってこようと思っていたのですが、気が付いたら7年ほど経っていましたね。その後、当時アメリカで話題になっていた「NOBU」のシェフから誘われて、ロンドンの「NOBU」へ。それで、ミラノとパリにお店を出すというので、1年くらいそれぞれのお店にいましたね。

大根おろしを添えたトロの薄造り。大根おろしがトロの甘みを引き立てます。

「NOBU」のミラノへの出店は、ジョルジオ・アルマーニが主催するイベントでお出しする料理の成功が、重要ミッションでした。ロンドンから精鋭たちが現地に集められ、私もその一人として参加。大成功して、無事出店が決まった時のことは今でも覚えています。

10年にわたってミシュランの星を取り続けた香港時代

―その後、香港に活躍の場を移されたのでしょうか。

ミラノの後に、またロンドンに戻りました。しばらくして新しい別のお店が出店するという話があって、いったん帰国することにしたんです。その時は、南麻布の「分とく山」さんに1年半ほど。その後には、赤坂「菊乃井」の村田さんにお願いして、季節ごとに短期間だけ働かせてもらいました。旬の食材を使った料理などを学ばせていただきましたね。

-スポット的に名店で働くって、なかなか聞かないですね!

とても親しくさせていただいたからだと思いますが、「菊乃井」の村田さんの度量の大きさですよね。今でも感謝しています。「分とく山」さんと「菊乃井」さんで勉強させてもらった後に、渋谷・松濤の会員制のお店に行きました。そのお店は8席くらいの小さな空間。これまでのお店は、カウンターが8席程度だとしても、他にもテーブルがありましたから、自分のお店としては初めての経験でしたね。

ルビー色に輝く赤身の漬け。ネットリとして口溶けが良く、ふわっと口の中でほぐれるお米も美味。

大きなお店と違って、小さいお店は自分一人で対応するので、全責任が自分になるわけです。妥協できない状況が、とても魅力に感じました。そのお店に、香港からプライベートジェットに乗って年に何回もやってくるお客様がいたのですが、ある時その方から「このお店と同じものを香港でやってくれないか」と言われたんです。それで香港へ行くことに。

-それがミシュランの星を取り続けた「Kaiseki Den」誕生のきっかけなんですね。

鮎の油が染みた竹串で少し香り付けした、若鮎の塩焼き。頭からガブっといただきます。

「Kaiseki Den」は、2009年の2月に香港でオープンしました。一度移店しているのですが、共に20~30席ほどの広さのお店。ミシュランの一つ星は、オープンした年の10月に獲得させていただきました。香港の日本料理店としては、初だったそうです。ミシュランの星を取りたいという思いはありましたが、早かったですね(笑)。それから、香港を離れるまでの10年間いただいていました。

星を獲得した以外にも、香港時代にはいろんな思い出がありますね。多くの著名人の方に来ていただいたというのもありますが、個人的には私のスペシャリテ「うにトリュフご飯」が形になったことですね。最初のアイデアはロンドンにいた時に思いついたんです。「リゾットを土鍋で炊いたら面白そうだな」という、単純な発想からでした。

五月女氏のスペシャリテ。「うにトリュフご飯」。トリュフの香り、ウニの甘みがしっかりと感じられ、深く噛みしめるとバターとチーズのコクが顔を出す、一度は食べていただきたい一品。

松濤の時に、お客様にお出しして反応が良く、香港でも出してみたら、とても喜んでくださって。バターとチーズを多く入れるリゾットとは異なり、それらを隠し味程度にしています。「麻布さおとめ」でも、〆としてお出ししています。「旬の食材を使った土鍋など、別のものからも選べますよ」とお伝えするのですが、ほとんどの方は「うにトリュフご飯」を頼みますね(笑)。

食材と設え、こだわりをすべて形にした「麻布さおとめ」

-そして、2019年に帰国され、2020年10月に「麻布さおとめ」をオープンされました。すでに多くのメディアで紹介され、著名人のお客様も常連になっているそうですね。

オープンするまでは大変でしたが、今はたくさんのお客様に喜んでいただいています。香港にいた当時から、日本には年に数回訪れていたので、今の日本の和食の流れはしっかり把握していて、浦島太郎みたいなことにはなりませんでしたね。

使用している水は、富士山の伏流水。軟水なので、口当たりがとてもまろやか。出汁やお米にも使われています。お客様に出すお水もこれなのだとか。

お店の設えはこだわりました。土壁や檜の木材を使用し、つけ場はシックで落ち着いた印象を感じさせる素材にしました。食材にもこだわらせてもらっています。「菊乃井」の村田さんのご厚意もあり、ある仕入れ先をご紹介いただいたんです。

鮑の肝ソースがけ。鮑と小メロンの歯ごたえが抜群。

当店のスペシャリテといえば「うにトリュフご飯」ですが、その他にも、素揚げして外はサクッと、中は柔らかい繊維がしっかりした「フカヒレスティック」や「トロたく」などの料理もスペシャリテとしてお客様にご好評いただいて、嬉しいですね。ご期待に沿えるように、最高の食事を準備するのが大変ですね(笑)。

お客様に満足していただくために、この8席という席数、おまかせというスタイルにさせていただいています。自分のカラーの一つであるお寿司もお出ししています。「ここに来ると、お寿司もお肉も、土鍋でご飯も味わえる」と喜んでいただいています。当店に来られたら、日本にしかない旬を味わっていただきたいですね。

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【プロフィール】
1957年生まれ、栃木県出身。高校卒業後、寿司職人として「銀座 久兵衛」へ。「ホテルオークラ・アムステルダム」の日本料理レストラン「山里」やロンドンの「辰宗」、「NOBU」など、海外の超一流店での活躍。一時帰国の際には「菊乃井」や「分とく山」などの名店で包丁を握るなど、自身の料理のスタイルに磨き上げる。香港では「Kaiseki Den」で、和食店として初めてミシュランの星を獲得し、10年に渡って星を取り続けた。2020年10月、西麻布に自身のお店「麻布さおとめ」をオープン。
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懐石・会席料理

麻布さおとめ

東京メトロ日比谷線 六本木駅 499m

30,000円〜39,999円

【編集後記】
食材へのこだわり、納得の一皿を形にするこだわりを強く感じたインタビューでした。生まれ故郷である栃木県も大事にされていて、お店では佐野市の酒蔵が手掛けた「特別純米原酒 開華 みがき」を扱っていらっしゃいます。竹の皮で包まれた瓶の、見た目のインパクトは抜群です。お料理に合うお酒も様々用意されているので、マリアージュを楽しんでみてはいかがでしょう。

吉田ふとし

人材業界系メディアの編集・制作を経て、現職。小学生の娘をもつ1児の父。アルコール(日本酒、焼酎、ウィスキー)を好むのは祖母譲り。読者のみなさまには、気づきのある多くの情報をお届けいたします。よろしくお願いいたします。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:ジランドール
・好きなお店:広東料理 センス
・自分の会食で使うなら:「赤坂浅田」
・得意ジャンル:和食 / バー
・好きな食材: ジビエ、白子

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