今年開店したお店の中でも、ひときわ話題を集めている「恵比寿 えんどう」。実家である鮨店で、幼少より魚に慣れ親しんできた店主の遠藤記史さんは、高校卒業後にサッカー留学のためイギリスで数年間を過ごされました。帰国後は数々の有名店で修業を重ね、2019年2月に恵比寿で待望の独立。ユニークな経歴を持つ遠藤さん、今回はその美味しさの秘密をご紹介いたします。
賑わいの絶えない恵比寿駅から線路沿いを少し目黒方面に歩くと、ほとんど喧騒が聞こえてこないエリアに入ってすぐの所にお店があります。暖簾をくぐると、清潔感溢れる白木のカウンターが迎えてくれます。
まずは、鰹と昆布のお椀で胃を温めます。一番出汁の優しい味わいです。
にぎりの前のつまみは、すっぽんの照り焼きから始まりました。炭火でカリッと焼き上げられた表面に歯を入れると、柔らかさと小気味よい弾力がある肉質で、脂の乗りも豊かです。少量ふりかけられている山椒が、適度に口の中をリフレッシュしてくれます。
礼文島のバフンウニ、昆布とトマトで取った繊細な出汁には酢橘(すだち)を絞ります。濃厚なバフンウニの旨味が、淡く引かれた出汁と違和感なく渾然一体に。出汁のとろみがあるので、ウニと同じタイミングで口の中で溶け合い、滋味深さを感じます。
さっと茹で上げられた噴火湾の毛蟹。蟹味噌は主張の強い風味がありますが、鮮度がよければ身と一緒に食べても生臭いということはありませんし、身の旨味を奥深くから引き出してくれます。これはもう、日本酒を頼まずにはいられなくなる後味でたまりません。
ここで、軽く蒸してから焼き上げられた鰻が、目の前で切り分けられていきます。手前が琵琶湖産、奥が天草産の贅沢な食べ比べです。琵琶湖産はさっぱりとした肉質に、皮の風味が香ばしく、天草産はもちもちとした食感にしっかりとした旨味を感じました。
少しお塩を付けてもよいのですが、お塩を付けずによく噛むと、じんわり美味しい余韻に浸れます。
自家製塩麹で和えた胡瓜を食べながら、ここまでのお料理がとても繊細な味付けになって
いることを感じました。食材と食材を組み合わせたりはしませんし、添える調味料も
シンプルです。遠藤さんは「食材そのものの美味しさを味わってほしい。味付けはいつもサラッと、を意識している」とのこと。そのサラッとに、絶えず意識が注がれているのです。
蒸し鮑は房州の千倉産、昆布と鮑から取った出汁が掛けられていて、まずはそのままで
食べてみると噛み切るのに丁度良い柔らかさと弾力があり、お酒を誘う旨味があります。
肝のソースと一緒に食べてみるとより一層風味が増し、口の中でずっと噛んでいたくなります。
メヒカリの一夜干しは、福島県いわき市産で、ふっくらと焼き上げられサクサクした食感。脂の上品さが癖になる美味しさで、思わずビールがほしくなってしまいました。
ここから、宮城県塩釜市産の中トロを皮切りににぎりへ。夏の鮪は脂の乗った濃厚な旨味というより、身から感じる爽やかな血肉の風味が魅力です。鮪には基本的に白酢ではなく赤酢のシャリを使っているとのことで、まろやかな味わいと中トロの脂がよく合います。
続いては、熊本県天草市産のコハダ。酸っぱすぎず塩辛すぎず、繊細な締め加減です。シャリが硬く炊き上げられており、必然的に咀嚼することになります。この咀嚼によって口の中で食材をしっかり噛み締め、味わうことができるのですが、舌が疲れてしまわないようにシャリの塩や酢の利かせ方を淡く抑えているのが見事でした。
滅多にネタの熟成はしないそうですが、この日は神奈川県長井のカジキマグロのみ3週間の熟成をかけて供されました。トロリとネットリの間のような食感で、舌に吸い付きます。
噛み締めると後から後から旨味が溢れてくるので、飲み込むのが惜しくなってしまいます。
食材の持ち味を生かしたいという思いから、鮪の漬けもにぎる直前にサッと漬けるスタイルです。食材本来の持ち味を、いかに美味しく楽しんでもらうかということへの徹底ぶりが素晴らしいです。
天草のスミイカも、細工包丁を施した後にほんの僅かな塩が添えられて供されました。口の中でスミイカの甘さが幾重にも広がっていくような、柔らかい旨味で満たされます。
天草の車海老は、茹で立ての甘い香りがふわっと立ち昇ってきました。口の中に入れると表面はプツプツと弾けるような弾力、身の中心はほんのりと生の食感が残っていて、お手本のような見事な茹で加減に思わず顔がほころんでしまいます。
ここで、軽く塩をふった香ばしいおこげが。適宜緩急を作っていただけるのはホッとします。
長崎県対馬市のブランド魚である「紅瞳」を使った、小さなのどぐろ丼には塩と黒七味を添えて。のどぐろならではの芳醇な身と脂の美味しさに、パリッと焼き上げられた皮。身と皮の間の部分はまさに格別の味わいで、食べながら食べ足りないと思ってしまいます。
さらに小さな丼物が続き、今度は北海道から届いたますこをいただきます。少量の山葵を添えて味わうますこは、くどさのない深いコクがあります。実に日本酒泥棒な一皿でした。
礼文島のバフンウニを、今度は軍艦巻きで。良質な海苔の確保には常に苦労されているそうですが、この日の有明海苔はとても香りがよく、バフンウニもその香りに負けることのない
旨味があって、口の中でゆっくりと溶けていく美味しさの余韻に浸ってしまいました。
大阪湾のアジは、完全に皮を剥いてしまわないことで風味がとても豊かになっています。
飲み込む前に皮と身の間の一番美味しい部分が、アジの美味しさを再認識させてくれます。
にぎりの最後は対馬の穴子を、ツメではなくシンプルに塩で。ふっくらとした身、穴子自体の香ばしさや甘さを真正面から味わえました。
巻き物はいわゆるトロタクですが、日本酒で漬けた沢庵と発酵させた奈良漬けが使われています。ネットリと濃厚に仕上げられたトロタクを、有明海苔がしっかりと受け止めた食べ応えのある巻き物です。
最後に温かいしじみ汁を。緩急の行き届いたおまかせコースに、大満足のひとときでした。
いかに余計な手を加えずに、食材の持つ美味しさを最大限に生かして口に運んでもらうか、終始細やかな心配りに余念のないおもてなしが印象的でした。見た目の美しさや味付けの妙も大事ですが、食材自体の美味しさについて改めて気付かせていただいた思いがしました。
お酒だけでなく、ノンアルコールドリンクのペアリングをしていただけるのも嬉しいです。
鮨自体の美味しさ、奥深さにじっくりと向き合うことができる、おすすめの一軒です。
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アクセス
住所 東京都渋谷区恵比寿南1-17-2 4F
※こちらの記事は2023年04月17日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。