2019年2月にオープンした「恵比寿えんどう」。開店早々予約困難店を果たし、今年上半期のグルメ界隈でも大きな話題となりました。
その一方で、店主の遠藤記史氏に関する情報はまだ乏しい。今回、話題の人気店をけん引する遠藤氏に話を聞くべく、編集部がお店を訪問。修行時代から独立への経緯や、人気の秘訣でもあるチャレンジングな握り・ティーペアリングについてもその真意に迫るインタビューが実現しました。
目 次
海外生活で生まれた「鮨」への憧れ
―早くも人気店の仲間入りをしましたが、料理人を志したそもそものきっかけは何だったのでしょうか。
実家が寿司屋なんです。だから、子供の時は親の仕事を身近で見られる環境で育ちました。大変な部分も理解していたので、当時は寿司屋になるとは夢にも思わなかったですね。
中高生の頃は海外に憧れていて、高校を卒業してから25歳まではイギリスでサッカーをやっていました。大学からスタートして、クラブチームまで進みました。
1度でも国外で生活したことのある方には分かると思うのですが、海外に住むと日本の良いところ、悪いところが沢山見えるようになります。寿司屋の息子ということで、自分は魚の良し悪しがどうしても目についてしまって。そこで、日本の魚の凄さをようやく深く理解できました。あんなに距離を取っていたのに、いつの間にかお寿司に対する憧れが生まれてきたのです。
―修業を始めたのも、比較的遅めですね。
修業は25歳からですね。スタートは銀座の有名店から。大将がすぐに引退されたので、本当に短い間でしたが基礎を学びました。その後、アナゴ専門店でもやらせていただいて、最後は別の有名店に落ち着きました。
そこを上がらせてもらったのが一昨年。もう独立は決意していたので、2018年は1年を通して全国の生産地を回ったりしました。物件は1年かけて、納得のいくものを見つけました。こだわりは、最上階で窓がある点です。
生産者の想いや、食材のバックグラウンドも伝えたい
―お魚を扱うので、素材の仕入れが特に大切だと思います。工夫している点をお聞かせください。
うちの仕入れは、産地直送と豊洲市場から半々という形。「恵比寿 えんどう」のコンセプトでもあるのですが、自分はこの店を生産者のプラットフォームだと考えています。お客様に素材そのものの味わいを楽しんでいただくためにも、作った人や産地が分かる食材を使わなければ意味がありません。
―産地直送だと、天災などの影響を受けやすいという話を聞くことが多いのですが。
産地直送だと、産地に台風が来てしまえば仕入れが1週間ストップすることもあります。
豊洲市場であれば、北海道から沖縄まで仕入れ先があるのであまり影響は受けません。ただ、食材に対する生産者の思いといったバックグラウンドが薄くなり、お店でお客様にプレゼンテーションできるものが少ない。「こんな思いで作っている」など、生産者に直接会って伺った食材にまつわるストーリーを、お客様に届けられなくなってしまうのです。
大間のマグロ一つとってみても、漁師さんは200人もいます。それを「大間のマグロ」と、一括りにして紹介することは荒いですよね。自分はそう考えています。
ここは食材とお客様が出会う「プラットフォーム」
―食材とお客様が出会う場所、「プラットフォーム」というコンセプトを徹底しているのですね。プラットフォームである「恵比寿 えんどう」でのお寿司の楽しみ方について教えてください。
「素材本来の美味しさを味わってほしい」、この一言に尽きますね。具体的には、2つの点に気を付けています。
1つは「脱インスタ映え」。理由は、味を優先させたいから。例えば、AとBというイカがあって、Aのイカがものすごく美味しくて、Bのイカはそうでもないとします。はっきり言って僕がやりたいのは、Aのイカを塩だけで食べてもらうことです。「恵比寿 えんどう」は、食材とお客様を結ぶプラットフォームですから。
現在の料理界は、あまり美味しくないBのイカであっても、いかに見栄え良く作るかという点に心血が注がれていると感じています。ウニを載せて、トリュフやイクラを散らしてしまえばいいわけですから。インパクトが強ければ、「映える」のは当然のことです。
否定はしませんが、それだと「食」そのものの発展がないと危惧しています。100年後の食の発展を思えば、素材にこだわることの必要性は自ずと生じるはずです。
もう1つは、「1つの食材だけで寿司を作ること」。自分は食材を2つ以上使ったものは、寿司ではなく料理だと考えているからです。マグロだったらマグロ、イカだったらイカというように、「恵比寿えんどう」では食材を1つに、あとは調味料と薬味だけと決めています。
軍艦にウニとイクラが載っているものも美味しいですが、それは異なる素材が合わさっての美味しさですから、お寿司ではなく料理だと考えています。
やっぱり、制約があるからこその醍醐味ってあると思うんです。サッカーと一緒で、手が使えないからサッカーが成り立つ。手が使えたらできることは増えますが、サッカーの面白さはなくなってしまいますから。
「恵比寿 えんどう」では、調味料の味が素材を超えないということも徹底しています。すべての調味料は、素材である魚の引き立て役なのです。醤油もわさびも、強すぎてはいけません。最近ですと、シャリにパンチが効いているというお店も多いですが、うちの主役はやっぱりネタなのです。
アナログだからこそ超えられる壁がある
―白木の一枚板を用いたカウンター席など、お店の設えにもこだわっていますね。遠藤さんが特に注力している部分をお聞かせください。
氷室の冷蔵庫ですね。食材に良いと思っているから使っています。理由は、アナログなものだからこそ出せる美味しさがあるためです。
氷室であれば、温度が低すぎず湿度もある。さらに微妙な温度変化があり、食材の味わいが変わります。普通の冷蔵庫だと温度が一定のため、凡庸な味になってしまいます。安定していても、90点までしか出せないイメージなのです。氷室は90点を下回る時もあるのですが、たまに105点が出ることがあるんですよ。普通の冷蔵庫、いわゆるデジタルなものだと100点を超えられない。アナログは、ブレがあるが故の意外性に期待できるのです。
余談ですが、うちは包丁もステンレスではなく、錆びてしまう鋼を使っています。鍋もあえてホーロー鍋や土鍋を用いています。アナログなものによって引き立つ美味しさを届けられるよう試行錯誤を続けてきました。
「伝統をアップデートする」
―今後の挑戦というところで、オープンから半年で感じている課題についてお聞かせください。
1つは、これまでお話ししてきた「素材とお客様を結ぶプラットフォームになること」。もう1つは「伝統をアップデートすること」ですね。まだスタートして半年ですから、実践しきれていない点も多いのですが、引き続きスタッフとも協力して取り組んでいきたいですね。
「恵比寿 えんどう」では、お茶のペアリングにも力を入れているのですが、伝統的には「お寿司=あがり」ですよね。でも、それは冷蔵庫がなかった時代のアプローチ。殺菌作用込みで、熱くて苦いお茶を出すことが正解でした。今は冷蔵庫もある上、素材のお魚も綺麗なので、そのアプローチではちょっと乱暴だと感じてしまいます。そのためにも、料理が進化しているのと同じように、提供するお茶や飲み方をアップデートしていく一貫として、お茶のペアリングを提案しているのです。
寿司屋では珍しく、鰻やすっぽんを使う点も「恵比寿 えんどう」ならではのアプローチです。その際には、なぜその食材を提供するのか? という点をしっかりと説明しています。実は、寿司屋で鰻を提供することには歴史的な背景があるのですが、その点をきちんとお客様に説明することで「伝統のアップデート」を実現していけると考えています。
ただ奇抜で新奇なことではなく、「アップデート」という点がポイントですね。
―最後に、一休.comレストランのユーザーにメッセージをお願いします。
料理も含めて、ちょっと挑戦的な面が多いことが「恵比寿 えんどう」の特徴。その辺も加味して来ていただけると嬉しいですね。でも、「どうだ! 」というよりは、「色んなチャレンジをやらせてもらっています」というスタンスなので、肩の力を抜いて気軽に訪れていただければと思います。召し上がっていただいて、お考えやご感想があればぜひお聞かせください。真摯に受け止め、素材とお客様を結ぶプラットフォームである「恵比寿 えんどう」をアップデートしていきたいと考えています。
編集後記
真剣な表情の中で、ふと見せる屈託ない笑顔が素敵だった遠藤氏。何事も、自分の言葉で語れるよう、伝統を学び実験を重ねる真摯な姿勢が印象的でした。たゆまぬ努力の結晶として生まれる、伝統のさらなるアップデートを多くの方が待ち望んでいることでしょう。
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遠藤記史 プロフィール
実家が鮨店を営んでいたこともあり、幼い頃からお寿司に親しむ。18歳から25歳にかけて、イギリスにサッカー留学し、現地のクラブチームでもプレイ。海外での生活を経て、自らも寿司を追求する道へ進むことを決意。帰国後は六本木のや広尾の名店などでの修業を経て、2019年2月、満を持して「恵比寿えんどう」を開店した。
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アクセス
住所 東京都渋谷区恵比寿南1-17-2 4F
※こちらの記事は2023年04月17日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。