名古屋「Itsuki」大坪和樹氏に聞く、素材第一主義で美味しさを表現する、心地よい食体験とは

名古屋・鶴舞にあるイタリアンレストラン「Itsuki」。厳選した食材を組み合わせた料理は、シンプルながら新しい食体験が叶うと話題を集め、2024年には『ゴ・エ・ミヨ 2024』にて初掲載を果たしました。厳選されたワインとのマリアージュが織りなす食体験を求め、数か月先まで予約が埋まるほど。今回はオーナーシェフの大坪和樹氏に、思い出に残る食体験への想いについてお話をお伺いしました。

上質な素材の良さを“調理で魅せる”大切さを学んだ修業時代

―大坪シェフが料理の道に進まれたのは、お料理好きなお父様から薦められたからと伺いました。高級イタリアンレストランの「カーザデッラマンテ」では約11年勤務されたそうですね。

「Itsuki」の大坪和樹氏

当時通っていた名古屋の調理師専門学校(「国際調理師専門学校名駅校」)に「カーザデッラマンテ」の求人があって応募しました。その頃、名古屋には有名なイタリアンレストランというのはあまりなく、求人も多くなかったので、本当に良いタイミングで働けたと思います。

―当時から食材にこだわる人気店だったかと思いますが、修業時代はどんな仕事をされていましたか。

最初はいわゆる追い回しの仕事で、洗い物やメインの付け合わせを作る仕事などをしていました。キッチンは5~6人ほどの料理人がいたので、ポジションごとに分かれていて、徐々に各ポジションでの仕事を覚えていきました。
「カーザデッラマンテ」は、1日に40~60人程度のお客様がいらっしゃる人気店でした。なかでも魚介と野菜の厳選食材を取り扱うお店で、日本料理や鮨屋で取り扱うような高級食材を使って調理をしていました。イタリア料理は調理法がシンプルなものが多いため、素材の良さが際立つので、食材の扱いについてここで学びました。

60人程のお客様がランチ・ディナーで召し上がる食材の仕込みをするので、多くの量が必要になります。イカの下処理1つとっても、すごい量でした。質の良い食材に毎日たくさん触れ、魚や野菜を始め多くの食材の目利きや扱い方を学びました。良いものを知っていると、悪いものが見た瞬間に分かるようになります。厳しい店でしたが、とても良い経験でしたし、今に活きていると思います。

―修業時代に感じた料理のやりがいについてお聞かせください。

特注の炭焼き台

働き始めて数年経った頃、肉の焼き場のポジションに穴が開いた時に、自分を信用してもらえて焼き場を任されたことがありました。たまたま機会を与えられた大役でしたが、1日こなすことができたことが自信に繋がりました。その時、チャンスをつかめるか、つかめないかは、日々の努力の積み重ねだと感じました。

修業時代は、文字通り20代のすべてを仕事にかけていました。食材選びも高い基準が当たり前だと教えられ、素材の良さを知ることで、自分の物差しが分かるようになりました。他のお店での経験や、独立した今、そのありがたさを改めて感じています。

―大坪シェフは、休日にも自ら他のレストランへ食べ歩きに出かけているそうですが、独立前からされていたのでしょうか。

休みの日には月に6回ほど県外や地方のお店へ食べ歩きをしていて、話を聞きたくてお伺いするようにしています。修業時代から食事代にはかなり投資してきました。
最近では地方に良いお店が沢山できているので、東京ではなく地方のお店に伺うことが多いですね。独立してからも、自分の上に教えてくれる方がいるわけではないので、食事に行って勉強することが増えました。魚の焼き方のバリエーションは修業時代にかなり覚えましたが、日本料理の技法はまた異なる部分もあるので、参考にしています。

「Itsuki」がオープンして4年になりますが、その間にも「地産地消」というムーブメントが加速していて、レストランを地方でやる意味などを実際の現場の方に聞かせてもらいました。独立の際に「地産地消」というコンセプトも考えましたが、素材の良いものを厳選して料理をすることに比重を置きたいと考えました。今も毎日市場に行って、新鮮で状態の良いものを選んでいます。野菜は農家さんから直で仕入れさせてもらったり、修業時代から懇意にしている魚屋さんと相談して卸してもらったりしています。魚の状態も随時聞かないと分からない。聞いた上で最終的には、ものを見て決めたいなと。やっぱり最終的に自分の目でその食材の良さを判断して決めていくってことを大事にしています。
今は地元のものだけに制限するより、名古屋という地の利を活かし、日本中の良い食材を厳選して使っていきたいと思います。

「Itsuki」流のおもてなし

―今の場所に移転する前に、名古屋市中区で2017年から「Itsuki」をオープンされました。当時はお1人でお店を始められたそうですね。

最初のお店は、ご縁があったお店(「ビストロルボル」)のオーナーからお店を任せていただき、2年半の期限付で始めました。オープンキッチンで、調理もワインもサービスも本当に1人ですべてをやる形でした。最初は夜だけ10人程度のお客様を入れる形にして、アラカルトで営業していたんですが、なかなか難しくて。
元々ずっとコース料理をやっていたので単価設定を安めのコースで仕切りなおしたら、じわじわ来ていただけるようになりました。
当時はスタート時間もバラバラ。大変でしたが、お客様がこちらの調理を楽しそうに見てくれて、気を使っていただけるというか、見守ってくれる良い方が沢山いたので助けられました。
独立前はクローズキッチンで、厨房の仕事しかしていなかったんです。接客もワインのサービスもしたことが無くて、当時は大変でしたが、そこで今のお店の基盤になる接客や、おすすめするワインの知識をつけることができました。

―2020年に鶴舞に場所を移してオープンされました。奥様とご一緒にお店をされていますが、どんな思いでお店を始められましたか。

今のお店のコンセプトは“友人の家に招かれた時のような雰囲気”のお店。元々、妻と2人でやる予定だったので、僕らのお店が友人の家のように感じていただくように、居心地の良さとちょっとした緊張感が共存するようなお店にしたいと思っていました。親しき中にも礼儀ありというか、お互い最低限の気を使って、気持ちのいい時間を作り上げるようなお店にできたらと思っています。
2019年頃から次のお店の準備をしていたんですが、友人の家のような雰囲気にするため、庭付の物件を探していたんです。この物件は新築で、建物はビルですが入口からアーケードを歩き、扉を開けた先にリラックスした空間が広がる。そんなイメージをもてたので、この場所に決めました。

店内はデザイナーに60年代のミッドセンチュリーのコレクションを中心に空間を作ってもらい、白熱電球で温かみのある雰囲気を出しました。カウンターの高さや椅子の座り心地など、体に触れるもの、手に触れるものは吟味して選びました。
居心地の良さはお客様にも好評です。料理の味はもちろんですが、誰と、どこで、何を食べるかということも大事だと思うので、良い時間を過ごせたなと感じてもらえたらと思います。

今は妻と27歳のスタッフと3人でお店を切り盛りしています。妻も元々料理人で、18歳でフランスに渡り、そこからずっとフレンチでキャリアを築いてきました。今回の独立のためにソムリエの資格を取って、退社の時期を合わせてくれました。今はサービスやワインの提案をしています。普段から料理の構成や食材についてなど、会話の大半が料理の話になりますね。

厳選した食材を、どう調理で魅せるか

―料理のコースは9~10皿で組まれていますが、コース構成のこだわりについてお聞かせください。

月替わりのコースで、少しずつ入れ替えながら作っています。旬やその時に良い食材をワーッと書き出して組み立てる感じです。前はコース料理の基本として冷たいものから温かいもの、薄味から濃い味に移っていくようにしていました。最近はあえて冷たいものと温かいものを交互に出すなど、少し緩急をつけるようにしています。

食材の使い方にも、僕なりのイタリアンの解釈が反映されていますね。もちろん食材の組み合わせを大事にしていますが、自分の中ではだいぶシンプルになってきていて、でも食べると複雑であったり、楽しさがあるような、そういう一皿を考えています。
今の季節ならパセリの代わりに山菜のようなアクセントのある食材を使っても、イタリア料理だねって言ってくれる人も結構いる。シンプルな中にもお客様が驚きの反応をするような、鼻に抜ける香りや食感で新しい体験を感じられる料理ができたらと。

―こちらのお店の逸品に「熊本 赤茄子 生ハム」という料理があります。お客様にも人気の一品ですが、どのようにして誕生したのでしょうか。

この料理は元々スペシャリテとして考案したものではないのですが、お客様から人気が高くて結果的にスペシャリテと言われるようになりました。
蒸した熊本の赤茄子にスライサーで切った生ハムを載せる、組み合わせの料理の1つ。それぞれの組み合わせは、食べ歩きの経験を重ねて思いついたものでした。

元々、イタリアから「ベルケル」の良いスライサーを購入していたこともあって、生ハムで何かできないかと考えていたんです。当時、蒸した茄子に出汁が香る日本料理の一品や、中華で麻婆茄子を食べて口当たりや食感が印象に残っていて、茄子をベースに見た目と組み合わせで見たことが無いものが作れないかと思いこの料理が生まれました。
蒸されて熱くなった茄子の上に、生ハムを載せると脂が溶けて口の中で消えていく。味付けはあまりせず、ハムの塩気で成り立ってて、どちらの食材の良さも活かしたバランスの一品ができました。シンプルですが組み合わせた時に完成するような、自分の今の重点になっている一品です。

―パンも自家製で毎日焼いているとか。

パンはこだわっていて、毎朝分担して仕込んでいます。昔はレストランで提供するパンの種類が多かったと思いますが、今は1種類で提供するところも増えていて。自分たちなら種類が沢山あると嬉しいので、3種類のパンとグリッシーニのようなタイプを用意しています。1人1つずつ籠で出てきて、開けた時に見た目が可愛かったり、五感が刺激されるようなものがあれば良いなと思っています。

―ワインのセレクションは奥様がされているということですが、イタリアワインが中心でしょうか。

基本はイタリアを中心に、シャンパーニュを始めとするフランスワイン、ドイツのものも取り揃えています。ボトルでも提供していますが、ペアリングですべてのお皿に合わせたワインをグラスで提供していて、最近はそちらが人気ですね。
イタリアワインは作り手の個性があるタイプを置いていますが、そのワインがすべての料理にマッチするかというと難しい場合もあります。一方で妻が選ぶワインは料理を前提として合わせているので、一皿ひとさらに寄り添ったり、印象が変わるような楽しみが提供できていると思います。
先ほどの「熊本 赤茄子 生ハム」とのペアリングは、定番で出しているからこそですが、季節によってセレクトするワインを変えることも。やはり常連さんに喜んでいただきたいので、食べた瞬間の印象に新しい発見が生まれるようにしています。
その日の気候や温度、季節でワインの感じ方も変わるので、お客様が飲みたいであろうものを想定して選んでいます。

―2024年には「ゴ・エ・ミヨ 2024」にも選ばれ、いま非常に注目されているかと思います。どのような食体験をゲストに味わっていただきたいか、今後の展望も踏まえてお聞かせください。

コロナ禍にオープンした時は、前からのお客様が通い続けてくれたことが励みになりました。そしてこの場所で新しく来てくれるようになった方も多くいらっしゃるので、常に「良くなったね」と言っていただけるような店にしていきたいなと思います。 5月から料金改定を行いましたが、食材の価格高騰はもちろん、より良い食材で良い料理を作りたいという部分もありました。オープンから出しているものも、見直していこうと思います。その価格以上にご満足いただきたいと思っていますし、実際「前より良くなった」とおっしゃってくださると、とても嬉しく思います。料理だけではなく、この空間を過ごす時間含めて大切だと考えているので、それをより感じられるようなお店にしていきたいです。

また、自分たち自身が昔から食べるのが好きで、今でも色々なお店に食事に行きつつ、お店作りに反映しているのは、お客様のニーズに応える部分での自信に繋がっているかなと思います。給料の使える部分はほとんど食べ歩きに使って来たので、価格に見合う価値をいかに提供するかは、今でもシビアに思うことがあります。
お客様の今のニーズをとらえ、応えるところに繋がっていると思うので、特にこれから料理人を目指す方には、ぜひ自分で食べ歩いてみてほしいなと思いますね。

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大坪和樹氏 プロフィール
1986年 静岡県島田市出身
2007年 国際調理師専門学校名駅校卒業
2007年 「カーザデッラマンテ」で修業開始
2018年 「イツキ」オープン (2019年末まで)
2020年5月 現在の場所に移転

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公式Facebook : https://www.facebook.com/profile.php?id=100054502178106

公式Instagram : https://www.instagram.com/itsuki__tsurumai/

【編集後記】
奥様と料理について真摯に語らい、ゲストが居心地よく美味しい料理を提供するかに情熱を燃やす大坪和樹氏。自ら様々なお店に足を運んでいるからこそ、お客様目線でお店のことを考えられるのだと感じました。ピカピカに磨かれた厨房を見て、素材だけでなく調理器具にもこだわりが伝わってきました。居心地の良い空間でシンプルながら新鮮な発見がある美食体験を「Itsuki」でしてみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2024年10月11日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Airi Ishikawa

一休のメディア事業部長。日本全国を旅しながら、その道のプロにインタビューや取材をしています。休みには足をのばして国内ワイナリーを巡るのが好き。地産地消や、生産者に近い距離で食材や料理に向き合う「極みのシェフ」がいる店をご紹介します。
【MY CHOICE】
・最近行ったお店:銀座 しのはら / 南青山 まさみつ / サエキ飯店 / コートドール
・好きなお店:鮨 梢 / フランス料理 エステール / コンチェルト / エンボカ 京都
・注目しているお店:SeRieUX / プルサーレ / bistronomie Avin
・得意ジャンル:フレンチ / バー
・好きな食材:山菜 / 鴨

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