【対談】「SÉZANNE」ダニエル・カルバート氏✕中村孝則氏に聞く、「SÉZANNE」の魅力と2023年の食トレンドとは

世界に数ある食のコンペティションの中でも、今注目を集めている「ベストレストラン50」。2023年3月に発表された「アジアのベストレストラン50」で、東京「フォーシーズンズホテル丸の内 東京」のメインダイニング「SÉZANNE」が「日本のベストレストラン」を受賞、そしてランキング第2位に選出されたことは、記憶に新しいことでしょう。今回は「SÉZANNE」のエグゼクティブシェフ・ダニエル・カルバート氏と「アジアのベストレストラン50」で日本評議委員長を務める中村孝則氏との対談が実現!世界中の人々が注目する「SÉZANNE」の魅力や、レストランシーンのこれからなど、多岐にわたって語っていただきました。

2023年版「アジアのベストレストラン50」での受賞を振り返って

―「SÉZANNE」は、2023年版「アジアのベストレストラン50」にて、2位に選出されましたが、受賞のご感想をお聞かせください。

SÉZANNEのダニエル・カルバート氏

ダニエル・カルバート氏(以下、カルバート氏):まず、驚きました。シンガポールでの授賞式に出席していたのですが、ランキングの発表でなかなか名前が呼ばれないので「予約してあった帰りのフライトに間に合わなくなるのでは」と、実はそわそわしていました。(笑)。「トップ10に入ることができたら上出来」とは思っていたのですが、2位で名前を呼ばれたときは光栄でしたし、感謝の気持ちでいっぱいでした。「アジアのベストレストラン50」は“時代を象徴する料理とレストランを選ぶ”という趣旨のランキングだと認識していますが、素晴らしいレストランがたくさんある中で「SÉZANNE」を選んで食事に来ていただいたお客様には大変感謝しております。

中村孝則氏(以下、中村氏):今回のランキングでは、日本のレストランが最多の10店舗ランクインし、「SÉZANNE」は日本のレストランでナンバーワンです。「1位になるのではないか」とも思ったのですが、2位という結果で十分うれしかったです。アジア中からたくさんのお客様を迎えて高い評価を得た、ということは私にとっても誇りですね。

カルバート氏:ありがとうございます。おかげさまで、昨年はたくさんの方に注目していただき、お客様にも喜んでいただいていることを肌で感じていました。記念日を始め、さまざまなシーンで活用してくださり、また、国内外のシェフや料理人の方々にも来ていただく機会が多々あって、ありがたい評価もいただきました。「もしかしたら2022年よりランクアップできるのでは」と密かに期待はしていましたので、それを実現できて何より幸せです。

―昨年度は17位を受賞、今年は2位と躍進されていましたが、アジアや世界に向けて「SÉZANNE」の魅力を伝えるために、この1年はどのようなことに取り組まれてきましたか?

カルバート氏:国境が閉鎖されたコロナ禍で重視したことは、日本のお客様に魅力を発信することでした。東京だけでなく、北海道や福岡からも毎月のように来てくださるお客様がいる、そんなお客様にしっかりと丁寧に向き合おうと考えました。正直、世界に向けてアピールしようとはそれほど思っていなかったのですが、海外から来ていただければ、もちろん嬉しく思います。日本は世界の美食家たちが集まる都市で評価の高いお店が目白押しです。そんな中、たとえば「傳」や「茶禅華」などとともに「SÉZANNE」を選んで足を運んでいただけることは、大変光栄に思っています。ただ、東京を拠点とするレストランである限り、日本のお客様が何度も再訪してくれるような魅力を発信していきたいのです。日本人のレストランに対する期待値はとても高いので、ゲストに満足していただけるように料理のレベルを上げていきたいと思っています。

「SÉZANNE」のお料理の魅力とは

―お料理を作る上で、特にこだわっていらっしゃることはなんでしょうか?

カルバート氏:この店でしか味わえない料理を編み出すことが、最も重要だと思っています。多くのレストラン、特にフレンチは決まりきった構成が多いように感じますが、「SÉZANNE」でしか出せないオリジナルの料理を創り出していきたいですね。そのためにも、今は日本各地の名だたるレストランを回って料理人の方々から教えを乞い、インスピレーションを得るようにしています。昔はテクニックやスキルを学ぶことが最重要でしたが、今はまず食材ありきです。その上で味覚はもちろん、風味や食感全体の調和に一番のこだわりを持っています。

―ゲストに味わって欲しいのは、どのような食体験ですか。

カルバート氏:一度いらしたお客様がまた訪れたいと思ってくれるレストランにしたい、それが一番の願いです。何度も通っていただける料理を作っていきたいのです。自分の料理のスタイルは、コンセプチュアルではなく、シンプルでストレート。テクニック的には、クラシックな技法を使ったフランス料理だと思っています。ソースもクラシックのアイディアから作っていますが、プレゼンテーションを含めて、“誰も予期することができない、惹きつけられる料理、一度食べたら忘れられない余韻の続く料理”を目指しています。

―ロンドン、NY、パリの名だたるレストランで研鑽を積まれた後、香港で活躍されていました。そこから日本に拠点を移し「SÉZANNE」にて挑戦されたいことはなんでしょうか?

カルバート氏:料理人人生すべての経験がチャレンジでした。ロンドンで料理修業を始めて、仕事は順調でしたから、ロンドンに留まることもできました。でも、もしそうしていたら、今のようなシェフになっていたかどうかわかりません。ニューヨーク「Per Se(パーセ)」、パリの「Le Bristol Paris(ル・ブリストル パリ)」のレストラン「Epicure (エピキュール)」へ次々と挑戦の場を求めていきました。「パーセ」ではスーシェフをしていましたが「フランス料理を続ける限りはフランスで研鑽を積みたい」と思い「パーセ」のシェフ、トーマス・ケラーにエリック・フレションシェフを紹介してもらったんです。「エピキュール」では、コミ(一番下のポジション)からのスタート。その店は料理のレベルが格段に高く、厳しい修業場でした。それだけに学ぶことは多かったです。その学びを糧に、次のチャレンジの舞台として選んだのが、香港です。料理長をしていました「Belon(ベロン)は2020年の「アジアのベストレストラン50」で4位に選ばれました。その後「世界一の食文化を誇る日本でチャレンジしたい」と東京に来たのが、約3年前。日本は食のレベルが非常に高いので「新たに達成できる何かが見つけられるのではないか」と、期待に満ちての来日でした。その思いを実現したい、それが2021年7月にオープンした「SÉZANNE」での挑戦です。

2023年版「アジアのベストレストラン50」から見る2023年度の食トレンド

―最新ランキングから見る、2023年のレストランシーンのトレンドをお聞かせください。

中村氏:1つ感じたのは「原点回帰」ですね。「SÉZANNE」の料理は、極めて職人的で高いテクニックである点が評価されています。このランキングは“ホスピタリティ、プレゼンテーション、レストラン空間で過ごす楽しさ”などのトータルで評価されますが、今回は、料理により高い関心が集まり、フォーカスされたのかと思います。「アジアのベストレストラン50」は、もともとイノベーティブなレストランを評価する傾向があるのですが、今回は料理のクオリティに重点が置かれています。ダニエルさんの持ち味は、ニューヨークやパリで学んだしっかりとした基礎をベースにした上でのオリジナリティあふれる料理です。そういう意味で、クラシカルな料理を「原点回帰」と表現しました。特にコロナ禍で移動ができなかったこともあって、料理がとりわけ重視されたのではないでしょうか。
「アジアのベストレストラン50」の評価方法はさまざまで、基準はボーター(投票者)に委ねられており、360人のボーターがレストランの名前を10店舗選んで投票します。個人的なイメージでは、料理のクオリティや味付けの評価が全体の30から40パーセントくらいです。アジア中の人が投票するので、味のイメージは地域により差がありますが、時代を先取りする料理に対する評価が高かったのではないかと思います。

―そういったトレンドの中で、今回「SÉZANNE」が2位を受賞されたのは、どういったところが評価されていたとお考えでしょうか?

中村氏:ベスト50に入っているレストランは、それぞれキャラクターがあります。テクニックやセンスがあることは最低条件です。その上でオリジナリティが出せるかどうか。ダニエルさんの料理は、彼にしか出せないユニークさ、オリジナリティがある。
長くランキングに入っている店は、どの時代も新しいクリエーションを作り、継続させることを可能にしています。「アジアのベストレストラン50」は、毎年ボーターが25パーセント変わりますので、ジェネレーションが少しずつ若くなっているんです。ですから、今の時代を表現してその時代の中で光っているレストランがランキングに入ってきます。
ダニエルさんがランキングに入っているのは、時代を表現しているからでもあるんです。人々の味覚やトレンドの構成は、時代によって少しずつ変わっていきます。時代を掴み取って表現することも、このランキングにおける重要な要素です。ダニエルさんの料理は、少なくともこの1年半、時代を一番表現していたと言えるでしょう。
多くの店を回って食べながら学んでいるのも、今の時代の料理とは何かをキャッチしていきたいからだと思うんです。レベルの高いシェフがたくさんいる東京で、なぜダニエルさんが評価されるかというと、潮流を変えていっているからです。彼には変える力がある。
今は、誰もが新しい味、エクスペリンスを求めています。新しい何かが求められているのであれば、それに応えていかないといけない、それを彼は実現しています。本当は日本人がやらなければならない使命を、ダニエルさんが果たしているんです。どこの国の人であろうと関係はないのですが、英国人が今の日本を表現していることが素晴らしいところだと思います。

―中村さんが感じる「SÉZANNE」のお料理やダニエル氏の魅力をお聞かせください。

中村氏:ダニエルさんの魅力は、もともと抜群のセンスを備えている上に職人気質で努力家。さらに、各国のハイエンドレストランにおける経験を持つことで、ほかのシェフにはできないような料理を生み出しているところです。ベースのテクニックはもちろん、ロンドン、ニューヨーク、パリ、香港、東京などで培った技術やセンスにより創り出されるさまざまなフレーバーを感じます。その点に多くの人が共感するのではないかと思います。
コロナを経て、レストランは“シェアする場”になりました。今の時代に人々が求めている価値観だと思います。ダニエルさんも「SÉZANNE」が「ゲストにとってみんなでシェアできる楽しい場でありたい」と願っているのではないでしょうか。今回はそんなレストランが評価されたかと思います。「もう一度訪れたい」と思わせる力があるかどうか、それが最も重要なポイントですが「SÉZANNE」はそう思わせるレストランなのです。

―ダニエルさん、今後の展望を教えていただけますか。  

 カルバート氏:日本では、レベルの高い料理人から学ぶため、できるだけ多くの店を訪ねるようにしています。先日も大阪の「本湖月」で食事をする機会がありましたが、驚くほど多様な食材を入手し、それぞれの素材の使い方が実に巧みでした。とても真似できません。同じ食材を使っていても、自分とはアプローチがまったく違う。さまざまな店で食事をすることで、学んだことを自分のものに消化して進化させていきたいです。たとえば、厨房でハモを前にして調理法を学ぼうとするより、実際に味わってみる方が得るものが大きいのです。今、次のシーズンのメニュー構成を考えているところなのですが、日本の偉大な料理人たちから学んだことを活かしていきたいですね。

ダニエル・カルバート(Daniel Calvert)プロフィール
1988年、英国生まれ。16歳で料理の道に入る。ロンドン「The Ivy(ザ・アイビー)」、「L’Autre Pied(ロトール・ピエ)」などを経て、NYの3つ星レストラン「Per Se(パ・セ)」では最年少のスーシェフに。その後パリの3つ星レストラン「Epicure at Le Bristol(ホテル ルブリストル パリのメインダイニング)」を経て、2016年香港「Belon(ベロン)」のシェフに。2020年Asia’s 50Best Restaurantの4位に選ばれ、ミシュラン1つ星を獲得。2021年7月「SÉZANNE(セザン)」のシェフに就任。開業して以来、わずか半年でミシュランの1つ星を獲得し、2022年には2つ星を獲得。また、2023年のWorld’s 50 Best Restaurantにて37位、Asia’s 50Best Restaurantに て2位にランクイン。世界有数の美食都市で経験を積んできたダニエルは、異なる文化に対して偏見のない、そして様々な素材を積極的に取り扱うことができる、オープンマインドなシェフです。

中村孝則氏 プロフィール
神奈川県生まれ。美食評論家、コラムニスト。 ファッションからカルチャー、グルメ、旅やホテルなど“ラグジュアリー・ライフ”をテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。 2007年、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を授勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士の称号も授勲。 2013年からは、「世界のベストレストラン50」、「アジアのベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士七段。大日本茶道学会茶道教授。

https://www.fourseasons.com/jp/tokyo/dining/restaurants/sezanne/

【編集後記】
真空低温調理機を使わずに、精緻な肉の火入れをする職人肌の料理人、といった印象が強かったダニエル・カルバートさん。日本の食材に魅了され、日本では名だたる料理人との出会いを求めて全国を食べ歩いた数々のエピソードを嬉々として語る姿に、真の料理人魂を見た思いでした。中村さんの「アジアのベストレストラン50」の意義には説得力があり「SÉZANNE」の2位受賞に、あらためて拍手を送りたいと思います。

※こちらの記事は2024年11月25日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Miki D'Angelo Yamashita

コロンビア大学・パリ政治学院修士。新聞社を経てフリージャーナリスト。専門は別だが、趣味が高じて食担当記者に。延べ3000人料理人インタビュー、約30カ国で食関連を取材。料理本も多数編集。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:未在 / 晴山 / レヴォ /茶禅華
・好きなお店:ギ・サヴォワ / Restaurant KEI / 祇園さゝ木 / 宮坂
・自分の会食で使うなら:ル・ブルキニオン / ラルジャン / 乃木坂しん / 蕎麦おさめ
・注目しているお店:お料理ふじ居 / 日本料理 研野 / ELEZO ESPRIT
・得意ジャンル: スイーツ
・好きな食材:麺類

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