インタビュー|

「未在」石原仁司氏に聞く、五感を活用していただく和食の美

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京都祇園、名勝・円山公園の閑静な一角に店を構える「未在」。店主の石原仁司氏は、15歳で料理の道へ進み「大阪高麗橋吉兆本店」にて、吉兆の創始者である湯木貞一氏に師事。24歳で「京都吉兆 嵐山本店」の料理長に抜擢、38歳で総料理長に就任された経歴の持ち主です。今回、名店の味を作り上げる石原氏の料理について、マッキー牧元さんにインタビューをしていただきました。

運命の出会い。湯木貞一氏、盛永宗興氏との思い出

―まず料理人を目指されたきっかけから。15歳で「大阪高麗橋吉兆本店」に入られましたが、最初は美術家を目指されていたそうですね。

大層なものではないですが、小さい頃から絵を描くのが好きでした。兄弟が4人いて生活の大変さを感じていましたから、絵描きは世に出ても結果が出るまで時間がかかりすぎると思いまして。食べることも好きだったので、料理人を目指しました。

―「大阪高麗橋吉兆本店」へ入られた理由は?

当時、15歳ですから料理の世界も「吉兆」がどういう店かも何も知らなかったのですが、父親が動いてくれて候補が上がっている中に「大阪高麗橋吉兆本店」があったのです。昔から大阪は「天下の台所」と言われていますから、大阪の店が良いだろうと選びました。入ってから凄さがだんだん分かってきたんですね。

―その頃の「吉兆」と言えば、名だたるお客様がいらっしゃっていたと思いますが、厨房も相当厳しかったんじゃないですか?

高度成長期で入社後に万博があったりして、とにかくものすごい活気でしたね。料理人が25人位いましたから、人間関係も大変です。
大阪に3年程いて、包丁もそこそこ使えるようになってきましたが、先輩の層が厚いですから上に行くのが難しく、仕事も少ない。「もっとやってみたい」という気持ちを持っていた時に、よそからお誘いがあって。「退職したい」とお話をしたら、吉兆の若主人がこれからの僕のことを思って「続けるにしろ辞めるにしろ、老師(京都龍安寺大珠院住職・盛永宗興氏)のところへ、挨拶に行きなさい」と言われたんです。入社式で老師が講和をされた時「何か道に迷った時があったら、わしの顔を思い出して、お寺へ訪ねてきなさい」とのお言葉を覚えていたので、京都へ連れて行っていただきました。
その時点では就職先も決まっていて、辞める段取りもできていましたが、諭された結果「もう一度吉兆でやろう」という気持ちになって「京都吉兆 嵐山本店」に行きました。

―嵐山に移られてからはいかがでしたか?

(京都吉兆 嵐山本店)

空気が違いました。当時の大阪の店は、窓もない地下の仕事場で四季を感じられないのが、田舎育ちの人間には馴染めなかったのです。でも、京都は水も空気も環境も良く四季を感じられました。

―その頃は、湯木貞一さんがお元気だった頃ですね。

いつも料理のことを考えておられましたね。実際の料理だけでなく、すべてが料理に結びついているという印象を受けました。各店を巡られて、気がつくところを指導なさっていました。
弟子は沢山いらっしゃいますが、あの門を潜って、本当に認められた方は少ないんですよ。僕が一番嬉しかったのは、ご本人の口からそれを聞いた時でした。当時ご主人が来ると、仕事を終えてから寝つかれるまで足揉みをしていました。若い子の仕事でしたが、身近に接したいため僕がしていました。20数年料理長をやらしていただく中で、ある時「わしの弟子やなあ」と、しみじみ言われたんです。誰が聞いているわけでも、聞かれたわけでもないのに言われた。あの言葉が嬉しかったです。

―幾度も湯木さんに料理を作られ、お椀を飲むと、何も言わずに作りなおせと言われたこともあったそうですね。

はい。煮物碗になると「真剣勝負やで」と、言われるんです。まず一度で通ることはない。3度も4度も作り直される時もありました。カツオも昆布もふんだんに使いましたが、ダメ出しされた。
でもそれは、味とかではなかったような気がします。料理に向かう精神を鍛えるというか「もういい」と言われたら満足してしまったり、天狗になったりする。だから厳しく言われていたんじゃないかと思います。「料理は毎日同じではない、毎回真心を持って料理と向き合え」という、仕事に対する心構えを一番教えたかったんじゃないかと。

―盛永宗興老師とのご縁も深かったかと思いますが、胸に刻まれた言葉や教えは?

老師の寺には、その事始めの時やお正月、お盆の時など何回もお邪魔していましたし、結婚式も「京都吉兆 嵐山本店」でさせていただいた際に、老師に来ていただきました。
「京都吉兆 嵐山本店」のご主人、徳岡孝二さんは素晴らしい方で、あの方がいらっしゃったから僕も任されて自由にできました。徳岡さんからある日、老師が呼んでいるから行ってこいと言われまして、二番手と2人で寺に行ったんです。すると「今日は2人を勉強に連れていくから」と言われ「京都吉兆本店」に戻ったことがありました。普段は包丁を握らない大将に料理を作ってもらい、勉強の機会を与えていただいたんです。それだけでなく、他の料亭やフレンチも勉強に連れて行っていただきました。
老師には、迷った時や人が信じられなくなった時に、僕を信じていただいたことに感謝しています。「迷って、回り道をすることも必要で、真っ直ぐ進むよりはいい。ただし本筋を外すな。それさえ持っていれば大道を歩ける」と言われた言葉が胸に残っています。

「未在」でのひとときを楽しむために知っておきたいこと

―「KIWAMINO」読者の中には、「未在」を訪れてみたいと思っている方も多いと思います。初めて訪れる方に「未在」を楽しむポイントや心構えを教えていただけますか?

正面の玄関の門の上に、青竹を乗せているのですが、これはある種の「結界」だと思っています。世の中の煩わしいことなどを振り払い、チリを落としてからお入りいただく。1年2年先の予約でお見えになるので、様々な期待や先入観をお持ちになっているかと思いますが「素直に楽しもう」という気持ちで入ってきてもらいたいですね。
日本で第1号の公園である円山公園を歩いて来るという環境の良さもあります。公園の空気を味わいながら気分を沈め、チリを落として入っていただくといいかと思います。

室内では、今の住宅には床の間がないですよね。我々の世代はまだ床の間があって、花が生けられたりするんですが、それが日本文化だと思うんですよね。まず床の間を拝見する。お香が炊いてあったら、香りを聞く。
海外ではそういうことはないと思います。だからそれの良さを改めて知ってもらいたい。
席につくと何箇所かに、季節のものが飾ってある。これは月々のテーマ的なものが暗示されている時もある。結びつけや謎解きを楽しむこと。それが分かってくると、日本文化はさらに面白くなっていきます。

―お店でお軸に書かれていることや器のことなどを、お聞きしてもいいんでしょうか。

もちろん、どんどんお聞きになってください。ただ、それを見て何を感じるということが大事だと思います。人それぞれの解釈がありますから、読めずとも余白や墨の色を見て「何かをまず感じる」ということが大切だと思います。読み方を聞いて、自分なりに解釈する。読み方が分かれば、本で調べることもできます。携帯で調べたら答えが出てきますが、答えは1つではない。「禅語は自分がどう受け取るか」という楽しみ方もできますね。

―仕入れは、ほぼ石原さんがやられているのでしょうか?

ほぼ僕ですね。細かいものもいれると200種類以上の食材があるので、別れて仕入れしないと時間がないということもあります。賀茂とか何箇所に、野菜を作られている方がおられるので、若い子がバイクで回ってくれています。
今はスーパーも努力されていて、産直の物を仕入れ、吟味したものしか置かないところもありますので、スーパーでも仕入れます。卵1つとっても、業者では1、2種類しかないわけですが、種類が実に豊富で用途に合わせたものを買えます。地元の農家と契約している店もありますし。そういうのを色々見るのが楽しいのです。とにかく種類が豊富ですから、季節の変わり目がよく分かります。

―最近のお客様は、高級食材に熱狂する傾向がある一方、日本料理にとって大切な野菜料理が軽視されているように感じますが、石原さんはどう思われますか?

野菜だけでも本当に美味しい料理ができますから、メインになるような野菜や、脇役でありながらメインになりえるような野菜を仕入れていますね。野菜は食べたらすぐ分かりますよ。
今は「美味しいものを食べた」という、食べることだけしか集中しない傾向があるようですが、もっと視野を広げて、空間や器を楽しんでほしい。器を手に取って味わうとか。漆器の肌触りも大事なんです。味わい方が少ないと、楽しみも少ないです。料理だけではなく、五感をフル活用して味わうというのが、本当の味わいだと思うんです。

―器は古いものだけでなく、現代作家ものも取り入れられていますね。

はい。何でも古ければ良いというわけでも、新しいから悪いわけでもない。昔のものは数が限られていますから、昔のものを超える新しいものがあれば使います。要は取り合わせや、時代ものに比べて同じテイストであるか、全体的な流れの中で現代作家のものが入って雰囲気を壊さないかを考えて使います。
他にはマイセンなどの洋食器も、全体の流れで生きてくる場合には使います。

―未来に向けて読者にお伝えされたいことはありますか。

湯木貞一さんも言われていましたが「日本料理」とは世界に冠たる料理だということを、もう少し認識していただきたいと思います。
ナイフとフォークが使えるように、箸をもっと上手に使って、日本文化を勉強してほしいと思います。
これからも世界に出ていく人が多いわけですし、日本人が日本文化を知らずに世界に出ていくと、恥をかくわけじゃないですか。自信を持てる日本の文化にもう少し目を向けていただけると、世界がより広がっていくのではないかと思いますね。

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【プロフィール】
石原仁司

1952年生まれ 島根県出身。1968年に大阪高麗橋吉兆本店に入店、故湯木貞一氏に師事。京都龍安寺大珠院住職・故盛永宗興老師と出会い、師事を仰ぐ。1979年、京都吉兆本店の料理長を経て、1992年総料理長に就任。2004年、京都東山の円山公園に未在を開く。
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【編集後記】

湯木貞一氏に師事し「料理と向き合う真心」を培われ「迷っても、本筋を外さずにいれば大道を歩ける」という盛永宗興老師の教えを大事にされている石原氏。高い文化力と技術によって表現される料理は「美味しさ」の本質を、私たちに示しているように思います。

懐石・会席料理

未在

京阪本線 祇園四条駅 徒歩15分

マッキー牧元

マッキー牧元(「味の手帖」編集顧問) 国内、海外を問わず、年間700食ほど旺盛に食べ歩き、雑誌、テレビ、ラジオなどで妥協なき食情報を発信。近著に「超一流サッポロ一番の作り方」(ぴあ)がある。

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