インタビュー|

「菊乃井本店」村田吉弘氏にインタビュー。革新の連続で現代に伝える「日本料理」の伝統

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京都・八坂神社近く、高台寺の緑に包まれた清閑な地に佇む「菊乃井本店」は、大正元年に料理屋として創業し、多くの客人を迎え入れる名店です。3代目主人の村田吉弘氏は、和食の「ユネスコ無形文化遺産登録」に尽力するなど、日本料理界を率いる中心人物の一人。今回は、村田氏の考える「日本料理」のこれからについて、マッキー牧元さんにインタビューをしていただきました。

「公の施設」としての料亭文化と、文化を伝える理由

―今日はよろしくお願いします。村田さんのご経歴ですが、まずフランスに勉強に行かれ、帰国後名古屋で修業してから「菊乃井」に戻られました。そして独立、お父様から借金をされて1976年に「菊乃井 露庵」を始められました。

はい、名古屋の「か茂免」さんから「菊乃井」に帰ってきたのですが、店主の息子というのは居にくいんです。中心的な仕事が僕に回ってきても、そこでやっていた人は他に回ってしまう。あてにして良いのか悪いのか分からない立場ですから、店の他の料理人とはだんだん距離が離れていきます。それから独立して「菊乃井 露庵」を始め、父からは「毎月5万ずつ返せ」と言われて、返せるだろうと思っていたのですが、大変でした。

(マッキー牧元氏)

―僕もその頃、何度か伺いましたが、お昼が確か6千円。当時の東京から比べると、質も量も数倍上等で、いたく感激いたしました。

ありがとうございます。
京都は、1回の食事に払う値段はキープしたいという気持ちがある人が多いと思います。最近は、値段が高い店がいい店だと思っておられるお客様が多いのですが、お金を沢山払えば美味しいものが食べられるというのは、間違ってますし問題だなと思います。
僕らは「菊乃井本店」も含めて「公の施設」だと思っています。例えば、お祖母さんを米寿の祝いに連れていく時に、ちょっと高いけど無理したら来れるくらいの価格帯。赤ちゃんのお宮参りが京都の料理屋デビューで、七五三や成人式、両家顔合わせ、結納といった節目節目に使ってもらうというのが料理屋の仕事です。
料亭というのはフランス料理で言えばグランメゾン、割烹店はビストロという立ち位置です。分限を弁えて、きちっとした仕事をすることが、文化を守ることです。
若い料理人が10席ほどの割烹店を構え、5万円も6万円も払わせるという最近の風潮は、おかしいなと思っています。内容を見ると「京料理の世界では絶対やったらいかんで」と先代から言われてきた皿鉢料理。小さい皿と鉢ばかりが何皿も出てきて、季節の情感もないものが多い。

実は今日、京料理を無形文化財登録しようと文化庁の方とお話をしてきました。
京料理が登録されることで、長崎の卓袱料理や沖縄宮廷料理、飛騨高山の郷土料理といった、地方の風土に根付く食文化も続いていきます。京料理は、伝統文化の総結集。それが料亭に集まっていると言えます。地方の独特の文化を守るためにも料亭がないとダメだと思っています。文明が進むと文化は廃れるんです。

―本来の「料亭」と言える店も、今は減ってきていますよね。

そうなんです。「料亭」というものを守っていきたいと、僕は思っているんです。割烹店ばかりできても、土地の文化を味わうことはできない。
この前も飛騨高山の「精進料理 角正」に行きましたが、ここでなければ出来ない料理で、素晴らしかったです。雪深く寒い場所ですから、設えもそれに合わせた仕立てになっているのが、非常に面白い。
京都でも山の中の「美山荘」に行くのと、市内で食べるのではまったく違う。京都の料理屋の仲が良いのは、狙っているところが違い、それぞれの特徴がはっきりしているからです。地方の料理屋も同じですが、違いを分かって喜んでもらえるということが大切です。山の中で伊勢海老や鮑が出てきたら、どうなのかという気がしますよね。

―先ほど料亭を守っていきたいとおっしゃっていましたが、具体的には何か考えられているんでしょうか。

今は「日本料理アカデミー」と「全日本・食学会」という団体の理事長をしています。「日本料理アカデミー」は、理事13人の内7人はドクター(博士)、料理屋の主人から大学院を出てドクター(博士)になった人が3人。うちの息子も、来年論文が通れば博士になります。
日本料理を世界に発信していくには、勘や経験では無理なんです。海外の人に対して「この火加減、触り心地を覚えるように」と言っても分からないわけで、勘と経験を数値化することをずっとやってきました。それが「日本料理大全」という本になっています。
世界中の日本料理屋のレベルを技術的に上げるためには必要ですが、文武両道でないといけないので、文化をどう伝えていくのかが一番難しいですね。
魯山人の器が良いと言っても、どこが良いかは沢山見ないと分かってこない。そこが皆、抜けてきます。
「旨い」にも色々あって、心と体に栄養を与え、心も美味しがるというのが必要になってくる。その時どういう勉強をしていくか。料理は科学でできていますから、筋道を明快にして、どういう風に若い子を育てていくのか。そして、文化性をどう持たせるのかは、大きな問題だと思っています。

―文化性というのが一番難しい点ですね。

それが難しいんです。料亭は、皿の中が30%、サービスが30%、後の40%は空気ですからね。立地とか窓から見える景色とか、お軸と花とかが空気になってくるわけで、その完成度が一番難しいです。

―初心者でも、なんとなく素敵だなあと思うことから始めるのもいいと思いますが、深みを感じて、また来ようとなるのは、経験を重ねないと難しいと思うんですが、いかがですか?

卒業のシーズンになると、若い女子大生が来るんですよ。テレビに出ている僕に会いたいというので、女子大生の座敷に出てご挨拶しました。
「皆さん、なんでこんな高いとこ来たん」と聞くと「一点豪華主義です」と言う。当時はコロナ前だったので、海外旅行もあるのにと言うと「一番近い外国やから」と言われたんです。なるほどな、と思いました。
彼女らはまず、床の間を見て「これ、何をするところですか」と聞くんです。畳のある家に住んでいる人は1人だけ。「これは床の間というんや」と言うと「あっ、お殿様が座るとこですか」と。「それは殿の間や、こういう形態が日本文化やで」と教えました。

最初は料理を食べながら賑やかに喋っていましたが、そのうち静かになって真剣に料理を食べられているんですよ。最後に僕が出て行って「どうやった?」て聞くと「ショックやった」ていうんです。
「え?ショックなほど変なもの出したか?」ていうと、彼女たちにはカルチャーショックだったんです。自分たちの文化から出てきたものに身を置いて食べると、文化の重みを感じるんです。初めてこういうところで日本料理を食べても、日本人だから分かるんやろなあ、だから普通の人にも必ず分かる筈なので、沢山の人に感じてもらいたいなあと思いました。

日本の食の未来のために、伝統を革新で繋ぐ

―「菊乃井本店」に、まだ行かれてない方へのアドバイスや心構えを教えていただけますか。

うちは敷居が高いと思われているようですが、そんなことはありません。たとえ緊張していても、それを解きほぐすのがサービスですから。
非日常の空間で料理をいただくことによって、また来たいとか、日本料理への気づきがいっぱいあると思うんです。経験していただかないと分からないことは、多いと思うんです。また、日常とは違うところに身を置くことによって、リフレッシュするということもありますよね。「料亭」は予約した時点から、物語が始まります。ご夫婦なら何を着て行こうとか、雨降ったらタクシーで行こうなど、色々な会話があって、その日になると「お父さん、靴下破れてへんやろな?」とか言い合う。玄関から案内されて部屋に入るのも、一つのセレモニーです。でも何よりも、良い時間を過ごしてもらうというのが一番ですね。
友達や夫婦と特別な時間を過ごしてもらうための施設だと、思ってもらえれば良いですね。

―予約から物語が始まる、そのあたりに意識を傾けるというのが大事ですね。

2年も3年も先の予約を取るわけじゃないですからね。僕が大事だと思うのは、1回の食事に適切な料金、そして予約さえ取れば誰もが行ける。予約がフェアではない方式ではないということです。それらが、公の施設である料理屋では、絶対必要なことなんです。

―食材へのお話も伺いたいのですが、野菜と共に日本料理の主軸であり根幹である魚介類の高騰や減少が問題になっていますね。

若い料理人が中心になっている「シェフス フォー ザ ブルー」も顧問になっていますが、勉強しているだけではダメで、解決法を自分なりにやっていかないと無理だと言っています。日本の海岸線は、リアス式ということもあってアメリカの3倍あり、魚のゆりかごとして最適なんですが、獲っていい時期といけない時期のけじめをつけず、年中魚を追いかけ回して獲るのは、やめないといけないですね。
海洋資源の減少については、シラスを獲らない、獲る時期をもっと減らすといいですね。
高級食材もそうですが、皆が集中して同じものを買うから高騰するんです。今年のカニは信じられない値段ですが、とんでもない値段でも卸から買って使い、客に高値をつけるというのは、いかがなものかなと思うんです。
目先の利益ではなく、日本の食の未来を、料理人は考えていかなければいけない。
「高級食材を使う高級店だから、高い値段つけてもお客さんが来てくれる」というのは、もう古い考えじゃないかなと思います。和牛の上にウニとキャビアを載せた高級食材の羅列のような料理は、京都でやったら怒られます。美味しいものを追求するあまりに、料理や食材だけに目が行きすぎているような気がします。また、「お金を払えば旨いものが食える」という勘違いは、日本文化を衰退させる一つの原因だと思います。

―美味しいものを食べようと思ったら、高級食材で喜ぶのは卒業して、さまざまな経験値を積んで、客側も少し勉強しなければいけないですね。

正直、飲食業では儲からないんです。でも利益を追求することが正義と勘違いしているところもある。京都の料理店の場合は、利益を上げることより、存続に意義があります。何代も続くのは、存続しようという意識があるから。そのために、町衆と共にあるべきだと思っているんです。
「儲かる」という字は信者と書きます。「何かあったら菊乃井さんに行くねん」と言ってくださる信者のようなお客様が沢山いてこそ、何代も続けられるのです。

―村田さん自身も3代目ですが、何代も続けられる店の「伝統」と「伝承」の考えをお聞かせください。

「伝承」は同じことを続けていくこと。「伝統」は革新の連続を繋げていって、後ろを振り返ると伝統になっていったということですね。伝統を繋げていくには、お客様に喜んでもらえることを革新的に繋げていかねばなりません。

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【プロフィール】
村田 吉弘
株式会社菊の井 代表取締役 /NPO法人日本料理アカデミー理事長
京都・祇園の老舗料亭「菊乃井」の長男として生まれる。立命館大学在学中、フランス料理修行のため渡仏。大学卒業後、名古屋の料亭「加茂免」で修行を積む。
1993年、株式会社菊の井代表取締役に就任。1976年、「菊乃井木屋町店」を開店。
2004年、「赤坂菊乃井」を開店。

自身のライフワークとして、「日本料理を正しく世界に発信する」「公利のために料理を作る」。また「機内食」(シンガポールエアライン)や「食育活動」、医療機関や学校訪問・講師活動)を通じて、「食の弱者」という問題を提起し解決策を図る活動も行う。
2012年「現代の名工」「京都府産業功労者」、2013年「京都府文化功労賞」、2014年「地域文化功労者(芸術文化)」を受賞。
著書に、『儲かる料理経営学~ケチなお店にお客は来ない~』日経BP社(2014年6月)、 『英語でかんたん和食』講談社インターナショナル(2011年3月)、『きちんと日本料理(別冊きょうの料理)』NHK出版(2009年1月)等、他多数。

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【編集後記】

「僕ら料理人は、理を測り定める人です」と笑顔で語る村田氏。科学的根拠で技術を継承する姿勢と、伝統が培う文化的な価値の重要さ。四季の恵みを客人にもてなし、特別な時間を過ごす日本固有の文化を守るために、今するべきことを全力で取り組まれている様子が垣間見えました。

菊乃井
https://kikunoi.jp/kikunoiweb/top

マッキー牧元

マッキー牧元(「味の手帖」編集顧問) 国内、海外を問わず、年間700食ほど旺盛に食べ歩き、雑誌、テレビ、ラジオなどで妥協なき食情報を発信。近著に「超一流サッポロ一番の作り方」(ぴあ)がある。

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