お茶屋さんが軒を連ねる京都・祇園。はんなりとした空気が流れる街並みに、溶け込むように暖簾を掲げる「やまぐち」は、完全紹介制のレストランです。
腕を振るう山口正氏は、日本料理からイタリア料理のシェフへ転身した後、東京の「リストランテ カノビアーノ」や京都祇園の「リストランテt.v.b」で腕を磨いてきた実力者。
今回は、料理人になったきっかけから祇園ならではのお店作り、完全紹介制に至った想いまで多岐にわたってお話を伺いました。
日本料理からイタリア料理の世界へ、京都・祇園との出会い
―料理人になったきっかけをお聞かせください。
元々両親は僕を弁護士にしたいと考えていて、18歳の時に大学進学のため出身地の岐阜から上京しました。
大学に入学して蕎麦割烹「吉法師」でアルバイトを始めたのですが、そこで料理の仕事にどっぷりハマってしまって。
卒業後に住み込みで働かせていただくようになり、調理師学校へは行かずに独学で調理師免許を取りました。
―その後イタリア料理の世界へ転身されたかと思います。きっかけは何だったのでしょうか?
当時はイタリア料理がブームで、サルバトーレ三兄弟がイタリアから来日していたような時期でした。「吉法師」にも来てくださっており、何をしている人なのかな?と興味を持っていたんです。さらにトマトの冷製カペッリーニを生み出した「リストランテヒロ」の山田宏巳シェフも、よくご家族でご飯を食べにいらっしゃっていて。
「吉法師」の大将は、山田シェフと仲が良く一緒に「リストランテヒロ」へご飯を食べに連れて行ってもらったのが、最初のきっかけです。
その時代「和食」と言えば、切った食材をそのまま出すのが基本でしたが、イタリア料理は野菜一つ、お肉一つとっても調理の方法がたくさんあって、そのアレンジの豊富さに感激したんです。
イタリア料理のかっこいいシェフたちへの憧れもあって、大将に相談したところ、山田シェフのお弟子さんだった、植竹隆政シェフをご紹介いただきました。
植竹シェフが独立して東京・代官山に「リストランテ カノビアーノ」というお店を出す時です。
当時「イタリアンはイタリアン、フレンチはフレンチ」といった考えが主流で、交わるという柔軟な考えを持っている人はいなかったんです。
「イタリア料理には絶対にオリーブオイルを使い、醤油は使いません」というシェフが多かったのですが、植竹シェフは「これからのイタリア料理には和食や日本の野菜、日本のお魚や日本の調理法など、異なるジャンルのものを取り入れていきたい」と考えていたそうで、日本料理を経験している人が必要だと。その流れで繋いでいただきました。
日本料理をやっていてもイタリア料理の道に進めるという、最初の扉を開いてくださった方ですね。
―その後「カノビアーノ京都」の立ち上げにも参加されていますね。
「カノビアーノ」は京野菜をふんだんに使っていたので、その流れで京都店をオープンすることになり、立ち上げの際にシェフとして京都に行きました。
―ここで初めて京都と繋がりますね。そこから「リストランテt.v.b」で研鑽を積まれた後、独立されたかと思います。いつ頃から独立を意識されていたのでしょうか?
「カノビアーノ京都」を閉めて東京に戻るとなった時、たまたまお声がけいただいたのが「リストランテt.v.b」でした。悩んだ結果、もう一度祇園で料理をやりたいと思って。働いているうちに、独立を意識するようになりました。
祇園は京都の中でも特別。そして花街なので、全国の人にとっても謎に包まれている場所です。独特なルールや遊び方があって、飲食店は、お客様がお茶屋さんに行くまでの腹ごしらえに利用する所。飲食店が主たるものではなく、お茶屋さんが主になっている街です。
そういう世界でずっと飲食店をやらせていただいていると、逆にその世界がとても面白くなっていきました。
今まで扱っていた食材も祇園という土地柄、良いものを触らせていただいていた。そして、それに対してお客様も付いてきてくださっていたので、そのまま祇園で独立したいという気持ちになっていきました。
祇園に訪れる一人ひとりに寄り添った料理
―祇園ならではの特徴が、ここでお店をやることの面白さに繋がっていったのですね。先ほどお茶屋さんのお話もありましたが「やまぐち」は完全紹介制でのみ予約が取れるお店です。いらっしゃるお客様は、お茶屋さんからのご紹介が多いのでしょうか?
基本的にはお茶屋さんからのご紹介や、僕のことを以前から知っている人に来ていただいています。最近は、周辺の宿泊施設様よりご紹介いただくことも多いです。
特に昨今京都に続々と開業しているホテル様は、オープンする際にお茶屋さんのお母さんと一緒に祇園中のお店を食べ歩いて、挨拶されるんですよね。
お茶屋さんのお墨付きがあるので、こちらも安心してお客様に来ていただいています。
―「やまぐち」を始められた当初から、完全紹介制だったのでしょうか?
始めた当初は完全紹介制ではありませんでした。雑誌やテレビに出た時にスポットで来てくださるお客様も多かったのですが、皆さんがいい反応をしてくださるとは限りません。
徐々に「やまぐち」を知って愛してくださる方のために、料理を提供したいという気持ちが強くなっていきました。
カウンター6席のみの狭い空間なので、予約が重なってきてしまうようになった頃、完全紹介制にしようと決断したんです。
―完全紹介制にすることで、お客様の好みを含めてより深い部分まで提供しやすくなりますよね。
これは土地柄もありますが、お客様と共通の秘密を持たなくてはいけないシーンも多々あるんです。お客様も僕らを信用して来てくださるので、より一層関係性が強くなってきます。そういったお客様が「美味しかったよ」とまた別の方を紹介して下さり、それが続いてお客様が広がっていったという感じですね。
―先ほど「祇園には良い食材が集まってくる」というお話がありましたが、山口様が食材を決められる時に心掛けていることはありますか?
“持続性があるか”というのは考えています。最初はどこの業者さんもすごくいいものを持ってこられるのですが、それを1年2年と続けられるか、1個2個いいものではなくて10個20個持ってきてくれるのかということ、天候的に生産が厳しい時でもちゃんと食材を持ってきてくださるのか、というのは大切ですね。
―仕入れのルートは以前のお店からの繋がりも多いのでしょうか?
「カノビアーノ京都」の時から関係性が続いている仕入れ先もあれば、どんどん変えている食材もあります。
定期的に現地に足を運んだり、他業者さんと比較したりしながら変えています。逆に天候に左右されない調味料などは京都のものにこだわって変えていません。
例えば、オリーブオイルは京都・宮津にある純国産オリーブをずっと使っています。
お礼の品としていただいたオリーブオイルに感動して、直接生産者さんの所に伺い「やまぐち」専用に作っていただきました。
―調味料も美味しく料理をいただくためのエッセンスなのですね。「やまぐち」でいただく料理はおまかせのコースですが、メニューを考える際に大切にしていることはありますか?
10回、20回、30回と作っても新鮮な気持ちで作れる料理であることを大切にしています。
自分の中で長く続けられる料理というのは、お客様が何度食べても感動してくださると信じていて、いくら美味しいものでも1回作って飽きてしまう料理は、おそらくお客様も同じだと思うんです。
作り手が常に新鮮な気持ちで向き合える料理は、食べ手であるお客様が何回食べても飽きない一皿だと思うので、そういった料理を常に考えていきたいと思っています。
もちろん、同じ料理であっても少しずつアップデートはしています。
変化を感じてしまうと別の料理になってしまうので、分からない程度に。お客様は常に「美味しいね」と食べてくださるけれど、常にアップデートしているというのがいいんです。
「やまぐち」は2021年で10周年を迎えましたが、10年間来てくださっているお客様にこれからも来ていただきたいと考えた時、同じ料理でも「10年前と全く変わっていません」というのはいけないと思っていて。なぜならお客様も10年間で歳を取られ、僕自身も10年前とでは味覚が変わっているから。
なのでキャビアの塩分を落としたり、お酢をまろやかなものに変えてみたり、お客様によって変化をつけるようにしています。
―「何度作っても飽きない料理」とおっしゃっていましたが「やまぐち」ならではの定番料理はありますか?
全ておまかせのコースですが、自家製のカラスミをかけ放題で提供しているのは変わらないですね。冷製パスタに「好きなだけおかけください」とご案内しています。
常連さんになればなるほど自分の適性量が分かってくるので、かける量が少なくなっていきますが、初めて来られるお客様はハチャメチャにかけられて失敗されています(笑)。
あとはコースの最後に必ず、約40日間熟成した牛肉のフィレ肉を炭火でじっくり焼いたものに、丹後半島で生産している塩を添えて提供しています。こちらもぜひ召し上がっていただきたい一皿です。
祇園で10年、20年とレストランを続けること
―最後に、山口様が今後挑戦したいことをお聞かせください。
今は体力もあり無茶もできますが、やはり歳を重ねるにつれて、自分が頭の中で思っていても身体がついていかなくなると、諸先輩方の話でよく聞きます。今後は自分のコンディションと向き合いながら、あまり頑張り過ぎずにいきたいと思っています。
また今後世の中の情勢がどうなるのかは分からないですが、流行りに惑わされないようにどんな世界になったとしても「やまぐち」は、ぶれずにいたいと考えています。
そして10年というスパンで考えた時、きっとオープン当初から10年間来てくださっているお客様の中でも、引退していく方々が十分いらっしゃると思うんです。
新たなお客様との出会いも大切に、長く良い関係性を築けていければ、さらにこの先の10年間も続けていけるのかなと思っています。
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山口正氏 プロフィール
1975年、岐阜県出身。18歳で料理の道に入る。東京の蕎麦割烹「吉法師」で修業した後、イタリアンシェフに転身。代官山の人気店「リストランテ カノビアーノ」にて研鑽を積み、「カノビアーノ京都」の立ち上げメンバーとしても活躍する。京都祇園「リストランテt.v.b」でさらに腕を磨き、2011年にオーナーシェフとして「やまぐち」を開店。和食とイタリアンを見事に融合させた独創的な料理で、多くの食通を魅了している。
【編集後記】
他の街とは一線を画す“祇園”で10年間もレストランを続けてこられることは、おそらく並々ならない苦労や努力があるかと思います。しかしそれを「楽しい」とおっしゃり、探求していく姿に、料理人としての神髄を垣間見たような気がしました。
時に真剣に、時に楽しくお話をしてくださった山口様。その真摯な姿が、舌の肥えた祇園の人々を魅了し続ける所以なのでしょう。
※こちらの記事は2023年04月20日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。