大阪「アラルデ」山本嘉嗣氏に聞く、「美味しい」の先を追求するアラルデ流バスク料理とは

オープン2年目にして「ミシュランガイド京都・大阪+鳥取 2019」に一つ星として紹介されて以来「ミシュランガイド大阪2022」まで一つ星の掲載を維持し続けているバスク料理店「アラルデ」。
スペイン・バスク地方の名店「アラメダ」で修業を積んだシェフ・山本嘉嗣氏が、アットホームな空間で本格バスク料理をライブ感たっぷりに作り上げます。
今回「KIWAMINO」では、店主の山本嘉嗣氏にインタビュー。バスク料理との出会いから「アラルデ」のこだわり、今後の目標まで、たっぷりと伺いました。

和食に始まり、海外での経験を重ねてバスク料理へ

-料理の道の入口は和食だったそうですね。料理人を志したきっかけは何だったのでしょうか?

自分が子供の頃、父が日本料理店をやっていました。家庭の事情でお店を辞めてしまいましたが、いつかまた父がお店を持って一緒にやれたらと思い、自分も料理の道を志しました。父にはもちろん反対されましたが、自分の意思は固く、18~19歳の頃に父の伝手がある和食の調理場に修業に入らせてもらいました。

-和食店で約6年間修業された後は、様々な国で様々なジャンルの料理の経験を積まれたそうですね。バスク料理をやろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

父親が亡くなったことがきっかけで、料理から一旦離れようと和食店を辞めました。傷心旅行も兼ねて、北海道にあるホテルの中国料理レストランで洗い物の仕事をしていた時に、ホテルの支配人から、アルゼンチンで料理人をやっている息子さん、大野剛浩氏を紹介していただきました。

大野シェフはアルゼンチンにおける日本料理のパイオニアのような方で、話をするうちに「日本のものを知らずに、海外になんて行くもんじゃない」という自分の考えが変わり、アルゼンチンに行ってみようと思いました。後で分かったのですが、大野シェフはバスク料理も経験されていた方だったんです。
2000年に日本を出てアルゼンチンのブエノスアイレスで働くことになり、大野シェフがやられていたバスク料理に興味を持つようになりました。シェフ仲間の間でもバスク料理の話題が出たり、一攫千金を夢見るシェフ達が「勉強してきて良かった」とアメリカンドリームのように言ったりしていたので、自分も「バスクでリスタートが切れるのでは」と思うようになりました。

-大野シェフとの出会いは、山本シェフの料理人人生において大きなターニングポイントだったのですね。

そうですね。あともう一人、当時、自分の世話をしてくれていたアルゼンチン人のシェフ、フェルナンド・トロカ氏もバスク料理を経験されていた方で、その方の影響も大きいです。
フェルナンド・トロカ氏は、今もロンドンやニューヨークで大きなお店を構えられている、とても勢いがあるシェフです。彼と知り合ったことで西洋料理をやるきっかけをいただきましたし、西洋料理の基礎を教えてもらいました。彼はアルゼンチン人ながら、料理のエッセンスはニューヨークやバスクのものだったので、当時の最先端のスタイルを教えてもらっていたんだと後から気付きました。

―お二人の有名なシェフとの出会いをきっかけに、バスク料理にどんどん興味を持つようになったのですね。その後、バスクへの修業はどのような経緯だったのでしょうか?

その頃からバスクに行きたいと思っていましたが、当時のバスクは紛争も多く、なかなか足を踏み入れられない危険な地域でした。「働きたい」とレストランにメールを送ったこともありましたが、返事が無いのは当たり前。そのうちにアルゼンチンの経済が急激に悪化し、バスクに行くことが叶わないまま2003年に日本に帰国しました。

その後、暫く日本で過ごす中、自分の誕生日に大阪のスペイン料理店で一人ディナーをしていたところ、たまたまスペイン人のグループに居合わせました。話しかけてみると、近くのホテルのバスク料理フェアで料理を作っていた料理人だったんです。チャンスだと思い、バスクで料理を学びたいという想いを話してみると、スペインでミシュランの一つ星を獲得し続けているバスク料理店「アラメダ」の料理人達だと分かり、とんとん拍子で、そこで働かせてもらうことになりました。

-偶然の出会いから長年の夢を叶えることになったのですね!バスクでの修業は念願叶ってのことだったと思いますが、修業の期間は最初から3年と決めていたのでしょうか?

最初は1年と決めていましたが、当然終わる訳もなく、2年目、3年目と過ぎ、その頃には日本に戻らないつもりで働いていました。
バスクに限らず就労ビザを取るのはとても難しく、実は自分も観光ビザで渡航していたのですが、だんだんと「アラメダ」で自分のことを評価してもらえるようになり、魚料理の部門シェフを任されることになりました。それもあって就労ビザを取るために一時帰国したのですが、ちょっとした手違いと、スペインの経済悪化により、バスクに戻れなくなってしまいました。せっかく「アラメダ」で認めてもらえたので戻りたいと思っていましたが、ビザの問題が大きく、戻れないと分かったので、バスクでの修業は3年になってしまったんです。
当時は自分の料理がまだ完成形ではないと思っていたので、独立に向けて、神戸のスペイン料理店や大阪のバスク料理店などで約6年働きました。

「アラメダ」での3年間は、シェフと毎日ほぼ隣り合わせで料理の話や口喧嘩をしながら過ごしてきました。今は一人で料理を作っていますが、感覚はその頃と変わっていなくて、新しいことをしようと思った時にも「バスクのシェフだったらどうやるかな」と想像することが当たり前になっています。バスクのシェフ達のアイディアを想像しながら色々と試行錯誤を重ねて、そこから生まれた料理もたくさんあります。

国内外での様々な経験を経て、2016年2月に「アラルデ」をオープン

-「アラルデ」の由来はバスクのお祭りと拝見しました。店名に込めた想いをお聞かせください。

「アラルデ」は、修業時代に住んでいた街の伝統的なお祭りの名前です。そこで行われるパレードに外国人として初めて受け入れてもらい、その後も参加させてもらっているので、感謝の気持ちとプライドを込めて「アラルデ」と名付けました。

-「アラルデ」の一番のこだわりは何でしょうか?

色々なお店で経験を積む中で、お金儲けのためにお店をやるのではなく「この店に食べに行きたい」と思ってくれるお客様のために料理を作るような、コアなお店をやりたいと考えるようになり「アラルデ」をオープンしました。
結婚して娘が生まれたタイミングと重なって、もっと居心地の良い空間をみんなに提供したいという気持ちが強くなってきていた時期だったんです。「美味しかった」は当たり前で、更に「楽しかった」を提供できるお店にしたいと思っていました。

お子様連れの家族の方にも来ていただけるようなアットホームな空間を目指して、照明は明るめにしています。また、家に遊びに来てもらったような感覚でおもてなしをしたかったので、2回転、3回転とするのではなく、時間を区切らずに、お客様のペースでゆっくりと楽しんでもらえるようにしています。
娘のために優しい食事を作る生活をしながらオープン準備をしてきていたので、料理の味付けは塩味が優しめになっていますし、お子様用メニューもあります。

-山本シェフが料理を作る際に一番大切にされていることは何でしょうか?

何を食べているかがちゃんと伝わる味わいを、一番大切にしています。
料理を作る時に演出にこだわるお店も多いですが、自分は、素材がしっかりと分かる味わいで食べ応えがある料理の方が、何を食べたかをちゃんと理解できて、記憶に残ると思っています。その素材を「しっかりと噛み締められた」と感じていただくことが、大切なことではないでしょうか。

例えば「アサドール」で焼き上げるメインのお肉料理は、炭と薪、ブドウの枯れ枝を使ってじっくりと焼き上げているので、素材の味を分かっていただけるように、ソースも付け合わせもしていません。
お肉料理はコースの最後ですが、最初にお肉をお客様にお見せしてからコースが始まるので「このお肉を食べたんだ」と実感できるしっかりとした量でお出しして、食べ応えも楽しんでもらえるようにしています。

-スペシャリテの「フォアグラのボンボンショコラ」はどのように誕生したのでしょうか?

フォアグラの良いと思われているテイストや香りを表現したのが「フォアグラのボンボンショコラ」で、フォアグラが苦手な方にも美味しく食べていただけることが多い一品です。元々は「アラメダ」のスペシャリテだったメニューで、そのレシピを譲ってもらって、自分の中で構築して作り直しました。
バスクのレシピは日本では手に入らない食材もあるので、そういったものを使わずに作ってみたり、自分の記憶の中から舌ざわりや味わいを探って、色々なチョコレートを試してみたり、試行錯誤を繰り返しながら今の形になりました。

-他にも、名物のバスクチーズケーキやチストラも、現地の名店からレシピを伝授されたそうですね。

日本では門外不出のレシピなどとよく言いますが、バスクではどんなに有名なお店でもレシピを共有する文化があるんです。最初はレシピ通りに再現しますが、そこから自分達の色を付けて、同じにならないようにという努力をする、というのが繰り返されているので、バスク料理の水準が高いのだと思います。

自分も教えてもらったチーズケーキやチストラのレシピを元に、より親しみやすい味わいを求めて試行錯誤を重ね、今のレシピに至っています。

-Instagramを活用して情報を発信するなど、新しいことにも積極的に挑戦されていらっしゃいますが「やってみよう」という原動力はどこにあるのでしょうか?

Instagramを積極的に活用するようになったのは、なるべくお金をかけずに自分で情報を発信しようと思ったからですが、新しいメニューや取り組みへの原動力は、Instagramの影響が大きいと思います。
以前はお店に来てくれたお客様のInstagramの投稿1枚目の写真は、ほとんどが「フォアグラのボンボンショコラ」でしたが、お肉を見せるための大きなお皿を購入したことで、1枚目の写真にお肉料理も使ってもらえるようになりました。

そのことから、投稿の1枚目に選んでもらえる料理が増えた方が良いと気付き、新たにピンチョス的な料理をやろうと自家製のブリオッシュに挑戦しました。それも1枚目に載せてもらえるようになったら、新しい看板料理と言えますね。
コースは8~9品で構成しているので、リピートしていただいた時に同じメニューが続かないように、看板メニューは少なめにして、ピンチョスの具材を変えることで変化を付けたり、3~4皿は新しい料理をお出しするようにしています。

日本におけるスペイン料理、バスク料理の更なる向上を目指して

-「ミシュランガイド大阪2022」でも、引き続き一つ星の掲載おめでとうございます!今後の目標をお聞かせください。

先ずは、スペイン料理というカテゴリーの水準を高めていきたいです。
日本にスペイン料理店はまだ多くないですが、最近のシェフの傾向もあって、スペイン料理店でもイノベーティブ料理のカテゴリーに分類されてしまうお店が出てきていると感じています。フランス料理やイタリア料理のカテゴリーは、たくさんのお店がひしめき合う中で選ばれる店・選ばれない店があるので、そこに並ぶくらいの水準にしていきたいです。自分がスペイン料理店として星をキープし、更に向上していく存在のモデルケースになっていかなければと思っています。

-料理も接客も全てお一人でやられているスタイルは、かなりのパワーが必要かと思いますが、今後もこのスタイルを続けていかれるのでしょうか?

「一人の力でレストランをやるのは難しい」と言う人は多いですが、自分としてはできる人もいますし、それが全て個人の能力やスキルの証明にもなると思っています。チームでやる楽しみもありますが、一人でできていることは大きな強みであり、お店の色を出しやすいので、暫くはこのスタイルで続けていきたいです。
一人用に簡素化している部分もありますが、料理を食べてみたら味わいの奥深さを感じてもらえるように、プロセスは丁寧に時間をかけています。一人だからと言って手を抜いていることはないので、そういったところを感じていただけたら良いですね。

-シェフの技術の継承や次世代の育成、食文化発展への貢献に関してはどのように考えていらっしゃいますか?

先々には、そういったことも考えています。バスクに行って料理人としてここまで育ててもらったので、バスクの人達への感謝が一番にありますし、学んだことをどこに還元するかと言ったら、日本人のお客様です。まだ自由に海外旅行ができない状況だからこそ、料理を通じてバスクやスペインのものをピュアに感じてもらえるように、料理人としての役目を果たしていきたいです。
もし今後バスクとの仕事が動き出したら、プロジェクトを自分が総括して人を動かす時が来るかもしれないので、そのタイミングが育成に携わる時なのかも知れませんね。僕自身はスペイン語にもバスク語にも理解があって、料理人という立場でもあるので、バスクと日本の架け橋になっていけたらと思います。

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山本 嘉嗣
1976年 奈良県生まれ奈良県育ち
和食料理人の父親の影響で日本料理のキャリアをスタート
その後、2000年からアルゼンチン・ブエノスアイレスを皮切りにウルグアイ、スペインバスクで西洋料理と郷土料理の修行を経て2008年に帰国。その後大阪や神戸のスペイン料理店で研鑽を積み
2016年にアラルデをオープン。
世界的に稀なワンオペレストランで開店2年後ミシュラン一つ星獲得。
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モダンスパニッシュ

アラルデ

大阪メトロ長堀鶴見緑地線 西大橋駅 2番出口 北へ600m 徒歩6分

15,000円〜19,999円

▼公式Instagram
【アラルデ】https://www.instagram.com/restaurante.alarde/?hl=ja
【山本シェフ】https://www.instagram.com/yoshitsuguyamamoto/?hl=ja

【編集後記】
国内外での経験を経て、ご自身のお店「アラルデ」をオープンさせた山本シェフ。現在に至るまでの様々なターニングポイントには必ず人との出会いがあり、その人達への想いやリスペクトが山本シェフの中心にあるのだと感じました。一人でお店をやることへのプライドを持ちながらも、人と人との繋がりをとても大切にされているお人柄も、お客様に支持されている理由のひとつなのでしょう。
日本のスペイン料理・バスク料理を牽引する存在になっていかれるであろう山本シェフと「アラルデ」の、今後のご活躍がますます楽しみです!

Mika Tsuboi

一休.comの宿泊営業アシスタントから編集部へ。ワインと一緒に、美味しいものを少しずついただくのが最高の幸せ。こぢんまりとしたフレンチやネオビストロがお気に入り。
最近は日本ワインにも興味を持ち、旅先で出会った好みのワインを自宅で愉しむのが日課。パンやスイーツなどにも目がなく、週末にはカフェやパン屋巡りをし日頃の情報収集も欠かさない。
・最近行ったお店:Restaurant Fermier/六雁/Varmen
・好きなお店:広尾 ぺりかん/RESTAURANT MAMA./LATURE
・得意ジャンル:ビストロ
・好きな食材:ジビエ/蛤/伊勢海老/キノコ

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